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愚者と城  作者: 的野ひと
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17話 リウスの憂慮

 王座が空いた。

 とはいえ、誰かが王座を占めるわけにはいかない。王座には象徴としてアマデウスが用いていた飾り棒が置かれた。

 春の夕方、その王座を見上げながらリウスは、アマデウスを旅立たせて良かったのかと悩んでいた。

 ファラードが現れた。

「陛下がご出立なさってから、四十日になってしまいました」

「ああ」

 アマデウスが王国を離れてからの政は滞りなかった。税の徴集も、さまざまな工事も、兵の訓練も習慣と予定のとおりにおこなわれていた。ロメス帝国では、こういったときにはいつも臣下の権力闘争が起こるのだと聞く。のどかなものだ。

 しかし、ファラードはアマデウスの出立を繰り返し嘆いていた。曲がった腰のファラードは、リウスを潤んだ目で必死に見上げた。

「群臣は、陛下のことを何だと思っているのでしょうか。私は恥ずかしゅうてなりません。陛下はお優しいからその声を汲んでしまわれましたが、このたびは優しすぎました。しかし、それにもたれかかってのうのうとここで過ごしている者たちは、最も大きな過ちを犯したことに気づくべきです」

「そうだな」

 ファラードには同意を示したが、リウスは今回の問題は難しいと考えていた。

 アマデウスの行動は、ほとんどの場合つつがなく終わるだろう。特にアマデウスには、自分という代わりが居る。代わりが居るから殺されても国は揺るがないし、そうであるために危害を加えられることはないだろう。

 ファラードはロメス帝国に対して常に敵愾心を露わにしているが、あの国が本気になったらどうしようもないという事実は依然として確かだ。ファラードは認めたくないだろうが、機嫌を取らなければならない。

 だが、アマデウスが行くという形で為されるべきことだったろうか。そこに、疑問が残らないわけではない。

 ロメス帝国がアマデウスに危害を加えないというのは、ロメス帝国という国が合理的だという前提の上に言えることだ。

 あの国が七年前に停戦を持ちかけてきたのは、戦いに利が無いと判断したからだ。七年でその状況が変わるとは思えない。何らかの事情で再び開戦するにしても、自ら国内の信望を失うようなことを好んでするはずがない。これまで従わされてきた多くの領主が(そむ)く。民が叛く。あの国は、少なくとも都において信頼と秩序を失わなかったから、臣下も属領も民も従い、覇権国家でありつづけたのだ。大国を保ってきたのだ。ロメス帝国は、冷たい合理を失っていない。

 しかし、アマデウスが帰ってこないということも、全くあり得ないという話でもない。たとえば、なんでもない事故で死ぬかもしれない。すると、どうなるのか。

 その場合は、リウスが空いた席に座らなければならない。リウスは慕われていないが、憎まれてもいない。今までどおりの政をおこなう限り、問題は起こらないだろう。

 アマデウスに何かがあったら、ファラードが言うとおりに、臣下たちは一度悔いるだろう。だがそれだけだ。薄情な者たちだ。アマデウスの身のことなど、心底では何とも思ってはいないのだ。

 ――。では、なぜ兄である自分は止めなかったのか。自分が強く止めれば、アマデウスは行かなかったかもしれない。

 あの会議で、おかしな思考が一瞬生じたことを思い出した。サリーが行けば良いと(そそのか)し、群臣が行ってほしいと(こいねが)ったとき。どうでも良いではないかと。そう自らが考えたことを思い出すと、悪寒が胴の周りを伝った。しかし、確かにそう思考した。

 とはいえ、結果的には間違っていなかったはずだ。リウスはそれを確認せずにはいられなかった。


 その日の晩のことである。ロトンは隣室で既に眠った。サリーもまた壁際の寝台で眠ろうとしていた。リウスは机に向かい、しかし何を読み書きするでもなく思い耽っていた。横になるサリーに、リウスは机から声をかけた。

「陛下が……アマデウスがうまくやってくれると良いな」

 サリーは、眠そうな声で答えた。

「そうね。まあ、きっとうまくいくわ」

「そうだろうか」

「そうよ」

 サリーの簡単な返事が、気に入らない。

「なぜあのとき、お前はアマデウスに行くことを薦めたんだ」

「その話は何度もしたじゃない。アマデウスが小さい頃から行きたがっていたし、ロメスの人も最近和やかにやってくれているからよ。それに、必要なことなんでしょう?」

 サリーは寝返りを打ってリウスに背を向けた。この四十日の間、数日ごとにこの話をしているのだった。

「そうだな」

「そうよ」

 いつもなら、この話はここで終わった。しかしこの日のリウスは、サリーが菓子を飲み込んだ喉元と、そこから発せられた明るい「行ってみたら良いんじゃないの」という声とを思い出し、会話を続けた。

「だが、そんな簡単な話ではなかった」

「そうかしら」 

「ああ、そうだ。簡単な話ではなかった。なぜお前は、あんなことを言ってしまったんだ。あれで、アマデウスがそういう気分になってしまったのではないか。あの気楽な、軽率なことばがなければ……」

 違う。こんなことが言いたいのではない。早口にこぼれだしてしまった非難に、リウスは反省した。自分だって、行けば良いと思ったのだから。アマデウスだって、一度は拒んでいた。成長しているのだ。あのことばで事が決まったわけではない。

「すまない」

 リウスのことばに、サリーからの返事は無かった。

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