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愚者と城  作者: 的野ひと
10/31

10話 アマデウスの防戦

 王国の海岸線は、中心にルー川と城を挟んでずっと砂浜であり、砂浜と市街地や農地との境には延々と土塁がある。砂浜が終われば海岸線を成すものはは崖に代わるから、この土塁を超えさせなければ王国に敵を入れないことになる。

 早朝である。アマデウスは、サリーの父である将軍とともに土塁の頂に立っていた。そして、遠くに迫り来る帆の群れを見詰めていた。

「ついに来てしまったか」

 アマデウスは拳を握りしめて呟いた。爪が掌を強く痛めつけた。

 その間にも、王国の兵は将軍たちの命によって、海上のロメス帝国の動きに合わせ、土塁の前後にどんどんと展開されていく。ロメスは密集して近づいてきていた。

 そして、目を凝らせば顔が認識できるほどにロメス帝国は近づいてきた。ロメス帝国の兵たちは、革の鎧を赤く塗り、殺伐とした気を放っていた。

 アマデウスは、土塁を海岸の側へ降り、海へ向かう。将軍はそれを諫めた。

「陛下、危のうございます。お下がりくだされ」

 しかし、アマデウスはそれを聞かず、砂浜を歩いて波打ち際に至った。そして、船に向かって声を張り上げた。

「ロメス帝国の者たち。なぜ戦うのですか。私たちは交易をおこない、平和に過ごしてきたではありませんか。この戦いに益はありません。戻られよ」

 王国の千の兵たちは、アマデウスのその背を静かに眺めているらしかった。

 アマデウスのの声は届いたのか届かなかったのか。しばらくして、船上の兵が持つ機械の弓から放たれた矢が、アマデウスの眼前の、くるぶしほどの深さの海水に落ち、ぶしつけな水音を立てた。その矢を、すぐに波がさらった。

 船団はじわじわと近づいてきている。土塁の後ろに隠れていた、文官ファラードが叫んできた。

「陛下、もう十分お分かりでしょう。ロメス帝国という国の傲慢は。我々と何かを話す気など、奴らには無いのです」

 アマデウスは、後ずさりしながら返した。

「分かっているとも。私だって、分かっているとも」

 そして、アマデウスは船の方から目を離さぬように、じりじりと土塁の後ろへと戻っていったのだった。


 やはり戦いは、始まることを避けられなかった。日が昇りきったころのことである。

 初めに戦いを主導したのはロメスであった。ロメスの矢は海上から放たれるにもかかわらず届いたが、王国の矢は届かなかったからだ。ロメスは船に満載した矢を土塁に向けて惜しまず放ちながら海上を近づいてきたため、塁の前方の砂浜に展開していた兵たちも含め、土塁に隠れざるを得なかった。ロメスの兵は難なくある箇所の浅瀬に足を付けた。このころになって、やっと王国の矢はロメスの兵に届きはじめた。

 王国の矢が届くようになって、ロメス帝国の足は遅くなった。ロメス帝国は、次々と兵を上陸させつつ、前線の兵は、木の大盾を前面に構えてじりじりと歩まざるを得なかった。王国の放つ石の(やじり)は、たいてい木の盾や革の鎧のような防具に弾かれて効果が無かったが、それでも時には敵を傷つけ、稀に殺した。


 アマデウスは、背後の市街地にまで退き、高所からその様子を眺めていた。

 見渡せば、ロメス帝国は約五千であった。これまでの侵攻のなかで最大の兵である。五倍の兵に対し、結局この海岸の長い土塁を守り切ることはできず、籠城策を取らざるを得ないだろう。そのことは、既に結論が出ていた。それでも土塁を守るこの時間は、民のための時間である。アマデウスの背後で、民は続々と城の堀を越えていた。

 やがて、大盾に守られながら前進してきたロメスの兵は、土塁の足下に至った。土塁は人の背よりは高い。王国の兵は、上方から長槍による打突や投石により激しく攻撃する。大盾を構えていたロメス帝国の前線の兵は、矢には対処できても、それには対処することができず、傷つき、砂に倒れていった。

 それでも、ロメス帝国の前進は止まらなかった。前線で苦戦する兵を背後の兵によって圧して進軍をつづける。骸を踏み越えながら。

 そして、塁の一箇所がついにやぶられた。塁の上に立ったロメスの兵を討てど、一人倒せば二人が立ち、二人を倒せば四人が立つ。こうなってしまえば、退くほか無い。ロメスは、数百人の損害を出しながら、強攻を以て土塁を制したのだった。

 王国の兵は、城に向けて街路を速やかに撤退した。土塁での戦いにおける負傷者は少なかったが、敵に痛烈な一撃を与えることも叶わなかった。

 アマデウスたちと兵は城に入った。そして、兵の半数は直ちに城壁の上に展開する。アマデウスとファラードは、壁の内の建物を目指した。

 民は既に城中にひしめいていた。城の中からは外の様子がわからないから、アマデウスの姿を見て、多くの者がほっとした表情を見せた。

 会う民を鼓舞しながら、アマデウスは城の中心に至った。そこにはリウスが待っていた。民に聞こえないところで、アマデウスはこぼした。

「ついに始まってしまいました」

「そうですね。陛下。戦い抜きましょう。この日に向けて、準備をしてきたのです」

「しかしお兄様、土塁での戦いは、思うほどには(かんば)しくありませんでした。機械の弓を知っていますか」

「機械の弓というのは、どういったものですか」

「はっきりと認めたわけではないのですが、弦を腕で引くのではなく、木の棒にいったん固定し、その木の棒を外すと矢が放たれるというもののようでした。これが、私たちの矢が届かないところから攻撃ししてきたのです」

「なるほど。それの名はわかりませんが、もしかするとロメスの新兵器かもしれません」

 アマデウスは、新兵器という語を聞き、小さく呻いた。その様子を見て、リウスは諭すように言った。

「戦いですから、そのくらいの予想外はあるでしょう」


 その後も戦いは続いた。ロメスの兵は、五千から少し減った兵で、足場の安定しない砂浜の側とルー川の側を除く二辺に布陣した。当然、唯一の城門を塞ぐ格好となった。

 ロメスは矢の届かぬ市街に隠れてひとまず落ち着くと、梯子を組み立てた。そして、百はあろうかという長い梯子を持った兵を、城壁に向けて突進させた。

 王国の兵の士気は極めて高い。二辺からの突進に、投石を以て応じ、これを寄せ付けなかった。土塁の時とは異なり、ロメスは無理に押すことはなく、一度退いた。このやりとりによって、膠着状態が生まれた。


 この膠着は長く続いた。アマデウスは、城の中央にある唯一の尖塔の内でしばしば戦いを見守った。

 ロメスは数日に一度、不定期に攻撃をおこなった。この攻撃によりロメスにはわずかずつ損害が出ており、その損害は王国よりも大きいものであったから、その意味では賢明な用兵とはいえない面もあった。だが、この不定期の攻撃は、王国の全ての者に精神的な負担を与えた。

 また王国は、千人による三交代制での警戒態勢を強いられた。そのうえ、城内の過密の問題もあり、十分に休まれなかった。体力的な面でも徐々に削られていった。梯子が城壁の頂に触れる回数が増え、遠矢が王国の兵を掠める機会が生じた。


 この膠着が始まってから二十日が経った。

 この昼、アマデウスは中央の尖塔から戦いを見ていた。中天からの夏の日差しは強く、街道には陽炎が生じていた。双方の兵は疲弊していた。

 ロメスはそれでも矢を放った。どんなに疲労していても、機械の弓から放たれる矢は一定の速度で城壁の上に至る。飛来した矢は、なんとなく隙を見せていた王国の兵の一人の首を不運にも貫いた。そして、その兵はよろめいて城内に落下し、城壁の下に居た二人の民を押し潰した。建物が過密であったから、城壁と城の建物の間にも、少なからぬ民がいたのである。三人の死体は、醜く絡み合っていた。

 このできごとは、長い戦いにあってはちょっとした不幸の重なりから起こった三つの死であり、戦局に大きな影響を与えるものではない。だが、尖塔からこれを見下ろしていたアマデウスにとっては、そういうものではなかった。三つのあまりにも無意味な死を見たアマデウスは、尖塔の頂上から去り、吐瀉した。そして、自らの部屋で独り、膝を抱え込んで震えた。

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