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由莉ともう一人の由莉-サツイとサツイ-

「うん……殺したいよ」



〈だよね。私も……殺したいよ〉



 その瞬間__もう一人の由莉を中心に空気がねじ曲がった。由莉は今までに感じた事のないくらい強烈な圧迫感に押しつぶされそうになった。全身の肌がピリピリするし、少しでも気を抜いたら倒れてしまいそうだ。



 これ……マスターと会った時に一瞬感じたやつと似てる……けど……この子から出てるのは……そんなレベルじゃない……っ。



〈……これが私……これが……あなたの本当の殺意だよ〉



「私……の?」



〈そうだよ。あなたは……あの記憶を失っているから……お母さんを殺したいとは思っていても……殺意は湧かない〉



「……っ」



『あの記憶』……?もう一人の私は何を知ってるの?それに……お母さんの事を話している時の私……すごく辛そう……。由莉は胸が少し締め付けられるような思いだった。



〈殺意ってね、2種類あるんだよ〉



「2種類……?」



 もう一人の由莉の話は唐突に始まった。



〈絶対に殺すって気持ちはないけど、死んだら死んだでいいなって意思の【未必的殺意】。そして……何があろうと絶対殺してやるって意思の【確定的殺意】。どっちも殺意なんだけど、私が抱いてるのは後者。……あなたにもこの種類の殺意は分かるかもしれないね〉



「どういう……こと?」



 何を言ってるのか分からず由莉はもう一人の自分に聞いてみたが、それを狙っていたと言わんばかりに近づいてくると自分の耳元でもう一人の自分が悪魔のように囁いた。



〈じゃあさ、もし私が『マスターと阿久津さんを今から殺す』って言ったら……どうする?〉



「っ!?」



 理解が出来なかった。マスターと阿久津さんを……殺す?ねぇ、何言ってるの……?訳が分かんないし、そもそもそんなこと出来るわけない。……出来るはずがない。



〈ふふっ、出来るよ?今のあなた……私ならばね〉



「……ふざけないでよ」



 冗談にしても大概な発言に由莉の心は狂い始めていた。そして__急速に芽生えては行けない『何か』が成長しはじめていた。



〈確か部屋の中にハサミあったよね?朝起きたら阿久津さんが朝食を持ってくるから、その時に阿久津さんに抱きついてそのままハサミでクビを切ってしまえば簡単に殺せるよ?あなたは気づいてないと思うけど、もうその位の力はあるんだよ?〉



 もう、由莉には今目の前にいるのが自分なんて認識していなかった。そんなのどうでもいい。今は目の前にいる人間に抱いてる気持ちはただ一つ。




 ……殺す。それだけだ。




〈そのまま地下の射撃場に行ってマスターに挨拶していつも通り、あの子を使って撃つ練習をする。それで、たまにマスターは何かを取りに私より前の方に行く時があるよね?その時に撃っちゃえば普通に殺せるよ〉



 殺す……殺す……



 思考を喰らい理性すら喰らい、『それ』はついに弾けそうになっていた。



〈なんなら、私があなたの意識を乗っ取って、本当に___〉



「っ!この………っ!」



 その瞬間___由莉の中で『何か』が弾けた。血は沸騰するように熱く、身体はそこら中に電気が走ってるかのように力が漲ってくる。視界は真っ赤になり、目には電撃のような光が迸る。





 __由莉はその日、殺意を覚えた。決して抱いてはならない、そんな殺意を___





 由莉はもう一人の自分に飛びかかると馬乗りになって肩を両足で押さえつけて動けないようにした。そして残った両手で首を絞めようとするがもう一人の由莉も何とか動かせる手で由莉の手首を抑え、必至の攻防が続けられた。




「殺す……あなた……ううん、《《お前》》だけはっ……絶対に殺す……殺してやる__っ!」





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