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ゆりスナ! 〜引きこもりの少女はスナイパーを目指します!〜  作者: ミカサ
第5章 第7節 滾る力、覚める心
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えりか、初めての調理

料理の知識も少し散りばめてみました!

_____________________


 〜日が暮れ始めた頃〜


「はぁ、はぁ…………っ」


「流石に……疲れますね」


 えりかと阿久津は連続50戦という何ともやばいことをしていた。阿久津としても、えりかに教えられることがほとんど無いくらいにえりかの技術は完成していた。……本人はかなり無意識らしいが。

 そんな訳で、実践をこなしまくっていた。結果的には―――


「1回……勝てました…………!」


「1日にこうも黒星連ねると結構心に来ますね……」


 えりかは50戦で49回負けたが、その中で1回だけ勝ちをもぎ取っていた。かなり本気の阿久津を相手にして、だ。えりかは息を切らしながら、疲れで地面に背をつけていた。だが、その顔は本当に安らかに満足したような表情だった。


「えへへ……もう、疲れて動けません……」


「そうですね……今日はここまでにしましょうか」


 えりかは今まで張っていた気が一気に抜けてしまうと、急激に由莉に会いたくてたまらなくなってしまった。


(ゆりちゃん……早くもどってきて? 1人はさびしいよ……)


 阿久津が夜ご飯を作っている間、どれくらい部屋で1人でいればいいのかな……とえりかは萎んだ表情をしていると、阿久津はそれを見かねて近寄ると、急に近寄ってきた阿久津を見て不思議そうにしているえりかにある一つの提案をした。


「そうだ、えりかさん。料理をやってみたくはないですか?」


「料理……?」


「えりかさん1人で待たせるのもなんですし、私が夕食を作る手伝いをしてもらいたいと思ったのですが、どうですか?」


 その提案を聞いたえりかは暗い気持ちが一気に霧散するどころか光輝かいた。夕食を作る、それはつまるところ、自分で由莉の食べるご飯を作れるということなのだ。……音湖も食べるのかと思うと若干嫌だったが、それでも由莉のためならそれくらいの問題は平気だった。


「はいっ! おねがいします、あくつさん!」


「それでは行きましょうか」


 えりかの元気な声を聞いて安心した阿久津はえりかに手を貸すと地下室から出るのであった。


 ______________________


「ゆりちゃんのごはんがつくれる〜♪」


 阿久津に言われるがまま自分の部屋に直行し、着替えたえりかは阿久津のいるキッチンへと足を運ぼうとしていた。

 何気にえりかは阿久津がご飯を作っている所へ来るのは初めてで、自分もこれから由莉も食べるご飯を作る手伝いが出来ると思うとつい浮き足立って鼻歌交じりでスキップをしていた。


「楽しそうですね、えりかさん」


「ゆりちゃんの〜……ぁ、あっ、あくつさん!? い、いまのきいてましたか……?」


 そうして歩いていると唐突に通路の角からヌッと阿久津が現れ、声もスキップもカチコチに凍ったように動かなくなった―――と、思えば急激にえりかの顔が耳たぶまで真っ赤になった。


「ふふ、可愛かったですよ」


「ぁう……ううぅ……」


 赤面を隠すように手で覆いながら背を向けてプルプルと震えているえりかを阿久津は少しからかい過ぎたかと軽く謝っておくと、その手を取ってキッチンへと誘導した。


 ____________________


「さて、えりかさんには何をしてもらいましょうか」


「わぁ……!」


 キッチンに連れてこられたえりかはその場の綺麗さに思わず声がこぼれ落ちた。

 重厚な木製の棚や、吊り下げられている汚れの1つすらないフライパンやまな板、一体何が入ってるんだと言わんばかりの業務用冷蔵庫、黒カビの欠片も見当たらないステンレス製のシンク、阿久津の清潔ぶりと料理に対する熱意がもろに出ているようだった。

 えりかのテンションもますます昂り、早く手伝いたい! そんな気持ちでいると、ある1つの疑問が頭に浮かんだ。最も単純にして、最も大切なこと。それは―――、


「あくつさん、なにをつくるのですか?」


「今日はカレーにしますよ、えりかさん」


「!? ほんとですか!? やった〜!」


 カレーの3文字の言葉を聞いた瞬間、えりかはぴょんぴょんとうさぎのように飛び跳ねて喜んだ。

 2ヶ月ほど前に1度作ってもらった時に、えりかはカレーにハマってしまって今度はいつ作ってくれるのかと密かに楽しみにしていたのだ。まさか、自分で作る手伝いが出来るなんてえりかは夢にも思ってなかった。


 ……と言うのは何となくだが、阿久津も分かっていた。カレーを食べた時のえりかの反応が今までで1番良くて、由莉よりも食べるのだから当然と言われれば当然だった。

 しかも、今日からは5人で食べるのだから出来るだけ満足して食べられるようにという意図もあった。


「さて、えりかさんもまずは手を洗ってください。そうしたら……そうですね…………まず、人参の皮をピーラーで剥いてくれますか?」


「はい!」


 えりかと阿久津は隣に並んで、入念に手を洗う。そして、えりかは渡された人参と金具に引っかかっていたピーラーを手に取ると軽く水でひと洗いする。

 右手で人参の太い部分から細い部分へとかけて撫でるように橙の皮に沿ってピーラーを走らせると、2つの刃のすき間から皮の残骸が身を守る役目を終えたと言わんばかりに切り取られる。


「強くやりすぎると身ごと切ってしまいますし、自分の手も傷つけるかもしれないので気をつけてくださいね」


「わかりましたっ」


 阿久津の邪魔にならないように、なるべく早く、それでいて由莉の口に入るのだからと皮を少しでも残さないように次々とピーラーで皮を削いでいった。

 その様子を阿久津は玉ねぎをみじん切りにする横目で見ながらほんの少し驚いていた。初めてとは思えないくらいに慣れた手つきでやっていて、それでいてすごく楽しそうにやっているえりかを見て、勧めて正解だったと心の中で微笑んだ。


「あくつさん、できました! 次はなにをすればいいですか?」


「早いですね。それでは、人参を1/6にすりおろし器ですりおろして貰えますか?」


 嬉しそうに出来上がった事を報告したえりかだったが、分数を聞いた瞬間、目が点になった。1/6……何を表すのだろうか?


「あくつさん……1/6ってどのくらいですか?」


「あっ、そうでしたね。大体、これを6つに分けた分の1つくらいの量をすりおろしてくれれば大丈夫ですよ。多少の誤差なら問題ないので気にせずにやってください」


「……はい!」


 ようやく理解したえりかは金属製のすりおろし器を持ってくると刃の部分に突き立てるように人参を突き立てながらすりおろしていった。


 その一方で、玉ねぎをみじん切りにしたものとくし型切りしたもの、じゃがいもは1口大に、にんにくはみじん切りにしたものをまな板の上に用意する。

 すると、丁度いいタイミングでえりかが「できましたっ」と摩り下ろした人参を持ってきてくれたので残った人参も1口大に切ってそれも加える。


「あくつさん、すごい早いですね……!」


「お腹を空かせている由莉さんやえりかさんを待たせる訳にはいきませんしね。それに、えりかさんがいてくれて作業がいくらか楽になっているので助かっていますよ」


「えへへっ、ありがとうございますっ」


 阿久津に褒められたえりかは由莉に負けずとも劣らない笑顔を見せてお礼を言った。

 すると、阿久津は思い出したように業務用冷蔵庫を開けると綺麗な赤色をした大きめの肉をえりかに渡した。きょとんとしながらもそれを受け取ったえりかはこれをどうするのかと聞こうとしたが、その寸前で阿久津からやる事を伝えられた。


「それでは、えりかさん。あなたを信じてそれを任せてみます。その肉を自分の好みに合わせて1口大に切ってください。割とその大きさがカレーの味にも関わってくるので大役ですよ」


「…………っ!!」


 1口大、それがどのくらいの大きさなのか、阿久津からは一切伝えて貰えなかった。自分の好みに合わせて―――簡単に言ってしまうが、なかなかに難しい。


(1口と言われても……うぅ、どのくらいの大きさなのかな……? あの時のお肉は大きくて食べててすごいおいしかったけど……思い出せない……っ)


 その肉を見つめながらどうすればいいのかと、頭をオーバーヒートさせるえりかに阿久津は魔法の言葉をかけてあげた。えりかが最もやる気になれるそんな言葉を―――、


「由莉さんのためにも頑張ってくださいね」


「っ! ゆりちゃんの……ため…………ゆりちゃんのために……」


 えりかは囚われたように呟きながらゆっくりとまな板にその肉を置くと、包丁を手に取る。

 普段は殺意を宿す刃を代わりに由莉に食べてもらう思いやりの心を込める。そのまま自分が思い描く由莉が食べて喜びそうな大きさを想像しながらやや大きめにぶつ切りにした。

 細々と切るより、大きくて食べ応えのある方がきっと由莉は喜んでくれる、そんな確信があった。


「…………よしっ、これでいいですか?」


「……はい、それで大丈夫ですよ。由莉さんが好みそうな大きさですね。あとは……これを10分ほど、コーラに浸せば完成ですね」


「なるほど〜コーラに浸すんですね………………えっ……コーラ!?」


(コーラ……って、あのコーラだよね? ……えっ?)


 真っ黒な炭酸にこのお肉をぶち込むなんて考えもつかない、そんな顔をしていると阿久津は思わず笑ってしまった。


「ふふふっ、驚きましたか?」


「はい……どうしてなのですか?」


「コーラに肉を浸すと中に含まれている炭酸水素ナトリウムが肉を柔らかくして、臭みも消すからすごくいいんですよね」


「そ、そうなのですか?……」


 多分、由莉が好きそうな内容だとえりかは苦笑いしながら納得すると、タッパーにコーラを流し込み、その中に切った肉を完全に浸るようにすると、その間に他の作業を協力して手際よく行った。


 ───10分後


「さて、あとは牛肉を焼いてゆっくり煮込めば完成ですね」


「うぅ〜もういい匂いがします……」


 炒めた玉ねぎや人参の香ばしい香りがキッチンを漂い、それだけでえりかはお腹が唸り始めていた。だが、これからがメインなのだ。まだこれは前菜にしか過ぎない。

 えりかはつけておいた肉をタッパーの中から取り出して水でひと洗いすると、心なしか肉が柔らかくなっているような気がした。

 そして、キッチンペーパーで水気を取ってから阿久津に渡すと炒められた野菜達の中に生の肉を冷たいバターを仲間に入れて、弱火でじっくりと焼く。


「あくつさん、強くやかないんですか?」


「初めはゆっくり焼くことで肉が固くならずに済みますからね。そこから段々と火を強くして焦げ目をつけると肉の香りや旨味がさらに引き立つんですよ?」


「そうなんですか〜。あくつさん、何でも知ってるんですねっ! 銃の事を教えるゆりちゃんみたいです!」


 えりかが由莉の名前を出しながら褒めることに阿久津は若干驚きはしたが、すぐさま平然を取り戻すとほんの少しだけ笑ってみせた。


「そこまで言われしまっては受け取るしかありませんね、ありがとうございます。とは言っても、私にだって何でもは知りませんよ。知っていることだけ、ですね」


「ゆりちゃんもあくつさんも本当にすごいですよっ。……ねこさんは知りませんっ」


 プイッとそっぽを向くえりかだったが、肉が段々と焼けてきて食欲を唆る匂いが鼻をつついた瞬間、音湖に対する気持ちなんぞすっぽりと忘れてしまった。


「うぅ……この匂いはひきょうですよぉ……」


「えりかさん、涎が出てますよ? ……っと、そろそろ出来そうなので鍋に水を入れてください。大きいカップに……15杯くらいですかね」


 指示されたえりかはお腹を擦りながら大きな鍋を取り出し、その中にカップで水をかなりの量入れ込んだ。そして、IHコンロにそれを運んだ。

 水の重さだけでも3kg以上あるのだ。持つだけでも普通の女の子なら大変だが、えりかは毎日7kgのおもりを背負って走っているのだからあまり気になりもしなかった。……もちろん、由莉の場合は13kgのおもりを背負っているからあとは言うまでもない。


 火を入れて、沸騰させてアクを取り除いた所に軽く炒めた肉や野菜達を一斉に鍋の中に放り込んで弱火で柔らかくなるまで煮込む。

 そして、いよいよメインのカレーのルーを入れる時が来た。阿久津はえりかに頼んで棚の中のカレーのルーの辛口を丸々1箱、中辛に至っては2箱持ってくるように言うとお腹が限界だと言わんばかりにすぐさま取ってきてみせると、さらにあるものを持ってくるようにも言った。


「あと、牛乳も取ってきて貰えますか?」


「牛乳……ですか?」


「このままルーを入れると熱すぎて上手く溶けないですし、牛乳を入れるととても味がまろやかになるんですよ?」


「へぇ〜……あっ、取ってきますね!」


 冷蔵庫から冷たい牛乳を持ってくると阿久津はすぐに開いて火を止めた鍋の中に適量牛乳を流し込み、それと同時に準備していたカレーのルーを次々に投入していく。もう、ここまでくれば後は弱火でコトコトと煮込めばカレーの出来上がりだ。


「さて、取り敢えずこれでカレーの方は待てば出来ますね。米も作る合間に炊いて置いたので、2人が帰ってくるのを待つだけですね。えりかさん、お疲れ様でした。おかげで作業がだいぶ楽になりましたよ?」


「ありがとうございますっ! わたしもゆりちゃんの食べるごはんを作るおてつだいが出来てすごくうれしかったです!」


 自分の手で作れたんだというその実感にえりかは心からの笑顔を零しながら前もって用意されていた椅子に座りながら足をばたつかせていた。

 そんな様子を見た阿久津は更なる提案をえりかに持ちかけた。


「えりかさん、でしたら……これからも料理の手伝いをしませんか? えりかさんの様子を見る限り、間違いなく料理をする才能があります。どうですか?」


 またもや、えりかは阿久津の言葉に目を丸くした。これからも由莉のためにご飯を作るお手伝いが出来るのに加えて、阿久津からも自分の事を認められた。その感触が嬉しくて嬉しくてたまらなかった。そして、断る理由もなかった。


「はい!! わたし、がんばってゆりちゃんのために、おいしいごはんを作れるようになります!!」

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