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ゆりスナ! 〜引きこもりの少女はスナイパーを目指します!〜  作者: ミカサ
第5章 第7節 滾る力、覚める心
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由莉は向き合いました

 外にやってきた音湖と由莉は外用のシューズに履き替えると、山のさらに上、由莉も行ったことない場所へと迷いのない足取りで歩いていった。由莉はコンクリートの感覚とはまた違う土や草の柔らかい感触に慣れなかったが、それでも何とか音湖の後をつけて行った。


「10月の後半となってくるとやっぱり涼しいにゃんね〜」


「ね、音湖さん待ってくださいよ〜っ」


 スタスタと進む音湖に、若干疲れを見せ始めている由莉はまだ2kmも歩いていないはずなのに……と不思議に思いながらもついて行った。


 出発して40分、少し開けた所に入っていく音湖の後を追った由莉が見たのは石が床いっぱいに散りばめられていて川の流れる音がする河辺だった。


「あの、音湖さん……ここで何をやるのですか?」


「簡単に言えば瞑想にゃ。ほら、そこに大きめの石があるからそこに座るにゃ」


 音湖は少し離れた所にある丁度2人分くらいの大きさがある石に由莉も誘導すると、2人であぐらを組んで座った。ちょっとだけだが、音湖は由莉が慣れたようにあぐらをすることに若干驚いていた。


「由莉ちゃんもあぐら出来るのかにゃ?」


「私が一番座りやすいのがあぐらなんです。そうですね……休憩挟みながらなら100時間くらいは……」


「にゃ!? ……あーそっか、そう言えば由莉ちゃんはそうだったにゃんね」


 一瞬は音湖も驚きはしたが、由莉の経緯について阿久津から聞かされた事を思い出して、すぐに納得した。


「それなら心配はないにゃ。さて、ここからうちがいいと言うまではずっと瞑想してるにゃ。目を閉じても、目を開けても構わないにゃ」


「……はい」


 由莉は迷いつつも目を閉じてやる事を選択した。目を閉じて……それから…………


(あれ……? 瞑想って何のためにやるのかな……)


 気になって聞いてみようと目を開けたら、完全に自分の世界に入っているかのようにリラックスしきっている音湖を見て由莉は聞くのをやめてそのまま目を閉じた。


(自分で何かを見つけろって事なのかな……)





 ―――そして1時間が経過


(うぅ、これなんの意味があるんだろう……)


 暖かい石の上で座り続けるのは苦ではなかったが、これに意味があるのかと音湖の狙いがわからなくなっていった。


 ―――さらに1時間


 由莉は……恐怖に苛まれていた。段々と余計な考えが消えていくうちに過去の辛い虐待が思い起こされた。


 幾度となく親から殴られ、蹴られ、悲鳴をあげたせいで余計に殴られ、最初は涙が零れたが、次第に泣くことさえ出来なくなり…………


「う……くっ…………っ!」


 ついに由莉は耐えられなくなり両手を石の上についた。


「にゃ……どうし…………由莉ちゃん、大丈夫にゃ?」


「音湖さん……教えてください…………っ、これになんの意味があるのですか…………目を閉じると昔のことが頭をよぎって怖くなって……」


 声を震わせながら尋ねる由莉に音湖は一旦、あぐらを解いて正座をすると自分の膝で寝る事を勧め、それに縋るようにして由莉は音湖の太ももに頭を置いた。


「瞑想の目的は……自分の心と向き合うことにゃ。そうすることで、頭の中をクリアに出来るし感情のコントロールが効くようになるにゃ。この2時間で由莉ちゃんは何もわからない所からそこに辿り着いたのはすごいにゃ。……その記憶に向き合うこと、それが出来れば何かが見えてくるはずにゃ」


「…………っ」


 また『あれ』を思い出さないといけないのか……とどうしようもない位に不安に駆られている由莉だったが、唐突に音湖の手が由莉の髪の毛をボサボサにするように撫でた。「んん〜〜っ!」と由莉は感じたことのない撫で方に違和感を覚え唸るも音湖はやめようとはしなかった。

 いよいよ、痺れを切らした由莉は起き上がるとボッサボサの髪を直しながら音湖をじっと見た。


「な、なにするんですかっ」


「由莉ちゃん、うちは師匠だにゃ。困ったことがあれば、うちでもいいし、あっくんでもいい。助けを求めるにゃ」


「でも……これは…………」


 自分の過去なら自分一人で向き合わないと……とうじうじ悩んでいる由莉を見た音湖はもどかしいとその悩みを強引にぶっちぎった。


「弟子を支えられない師匠ならうちはすぐにでもやめるにゃんよ?」


「っ! それは……いやです……っ」


「なら、話してみるにゃ。いつまでも悩んでてもしょうがないし、時間の無駄にゃ。……それに、うちは由莉ちゃんから返しても返しきれない程の恩を貰ったにゃ。だからいっくらでも頼って欲しいにゃ」


 迷い続ける由莉の頬に手を当てならがら話す音湖の様子は母性そのものだった。そんな暖かいものに触れた由莉は心の奥底にある氷製の鎖が溶けていくのを感じ、それでも少し迷ったが意を決して音湖に自分の事を話した。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「…………って事なんです」


「なるほどにゃ……あっくんから概要は聞いてはいたけど……酷いことをするにゃ。こんな可愛い子にそんな事をする親は親じゃないにゃ」


 生々しく語られる由莉の過去に音湖は顔を曇らせながらもしっかりと覚悟を決めて話してくれた事に感謝しつつ一言も聞き逃さまいと耳の穴をかっぽじって聞いていた。

 そうして、語りきった由莉を労うようにそんな言葉をかけると由莉の顔が浮かない色からほんのり桃色に変わっていた。


「ね、音湖さんまで可愛いって……」


「実際そうにゃ。人と関わる仕事もしてきたから分かるけど……由莉ちゃん、その姿と優しさは人を好きにさせるにゃ。うちが見てきた中でもずば抜けてるにゃ」


「そこまで言われると……照れますよぉ……」


 ど真面目にそんな事を言われた由莉は頬をさらに赤みを帯びていった。音湖もその様子を見てなんだか苛めてるような気がしてそれ以上はやめることにした。


「……さて、真面目な話をするにゃ。由莉ちゃん、苦しい事と向き合うのは辛いにゃ。多分、ただ向き合うだけだとその身を滅ぼしかねないにゃ」


「…………」


「けどにゃ、そんな時は自分の大切なものを思い出すにゃ。人は何か自分の中に大切なもの、失ったらだめなものがあれば、きっとそれも乗り切れるはずにゃ」


「大切な…………もの……」


 音湖から言われた事に由莉は自身に尋ねるように手を自分の胸の前に置いた。自分の過去と、今の自分の周りにいる大切な人、どっちを取るかなんて考えるのですら愚かであった。

 それさえあれば……過去の辛いことなんて忘れてしまえる、そんな事さえ思った。

 こんなにも近くに答えがあった事に由莉は少し笑みを漏らしながら音湖をもう一度見た。


「分かりました。音湖さん、もう少しやってもいいですか?」


「もちろんにゃ。これで何かを掴めたなら、今とは違うものを見れるから気をしっかりもつにゃ」


「はいっ!」


 師匠からの励ましを貰った由莉は頷くと、もう一度、あぐらをしながら心を鎮め、自分の心を見た。


 ★★★★★★★★★★★★★★★★★


 ―――痛みと痛みと……苦しみに塗れたあの頃、普通の生活を送りたいと思っても……それが叶わなかった。心もボロボロで……一瞬でも油断したら死んでしまいそうになりながら生きなくちゃと、そんな辛さを隠して逃げ続けた。


 ―――けど、今は……マスターがいる。阿久津さんも、えりかちゃんも、音湖さんだっている。それに……葛葉ちゃんと、もう1人の……私。私にはそのどれもが失ったらダメな大切な人達。そんな皆んなと一緒に入れるなら……過去だって乗り切れる。


〈……また、逃げるの?〉


 そんな事を心の中で思っていると、不意にもう1人の自分が語りかけてきたような気がした。だが、その答えも由莉は持っていた。


(逃げる……ううん、違うよ。過去の事はもう起きてしまったんだから仕方ない……変えられないよ。だから、私は今を生きるって決めたんだ)


 自分の心に向かってそう話しかけると、なんとなくだったが、〈ごうかくだよっ〉と聞こえたような気がした。自分の心に認めてもらえた気がして由莉はどうしようもなく嬉しくなった。

 そして、過去の事を乗り切った由莉の思考は急激に収束を見せ始め、頭の中がまっさらになるのを感じた。今だったらどんな事でも落ち着いて見れそうだと思わざるをえないくらいにそう思えた。


「……にゃ、由莉ちゃんの気配が変わったにゃ。どうにゃ? かなり効果はあったかにゃ?」


 丁度、1時間くらい経った後に、音湖はその事をいち早く察知して由莉に話しかけた。

 すると、由莉はその瞳をゆっくりと開けていく。それを見た瞬間、音湖はその気配にゾクッとした。信じられない集中力と、原色のように濃い気配を内に秘めた―――人はそれを無我の境地《《ゾーン》》と呼ぶ。


「……音湖さん、一度戦ってみたいです」


「やってみるかにゃ?」


「はい……やりましょう」


 近くにいるだけでもその圧が分かってしまうくらいに研ぎ澄まされた由莉を引き連れて音湖は河原のすぐ側の木が生い茂っている所へと入っていった。


「ここでやるにゃ。……悪いけど、ここはうちのテリトリーだから由莉ちゃんにはかなり分が悪くなるにゃ」


「はい。……お願いします」


 既に戦闘の構えを取る由莉に接触されたように音湖も臨戦態勢へと移行した。


(この気配はなかなかだにゃ。本当に……凄まじい子だにゃ、由莉ちゃんは)


(今なら分かる……どんな細かい事でも見える。……すごい。早く戦ってみたい)


「じゃあ、しっかりついてくるにゃんよ、由莉ちゃん!」


「……お願いします」


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