由莉の戦い
「ガキが大人に反抗するんじゃねぇぞ、おらぁ!」
由莉をめがけて3人の男が雪崩込むように襲いかかる。普通の女の子では太刀打ちなんて出来るはずもない。
……由莉が普通の女の子だったら、の話だったが。
(阿久津さんと比べものにならないくらい遅いし……スキだらけだよ)
何気ない顔で由莉は襲いかかる男たちを難なく躱した。顔や腹に飛ぶ拳は半歩も動かずに避け、体当たりしてきた男にはしゃがんで避けるふりをして足を蹴り上げて、すっ転ばせて顔を土まるけにしてやった。
「どうしたの? 私を『殺す』なんて言ってけどさ……これじゃあ話にもならないよ」
由莉自身、相手を煽るのはあまり得意じゃなかったが、今、この状況での最善だと判断してやっていた。
(これで動きも雑になるし戦いやすくなったかな? ……やっててあまりいい気持ちにはならないけど、ね……それに、あともう少し時間を稼げばえりかちゃん達も逃げきってくれるはずだから……)
「くそがぁ……っ!舐めるなぁぁぁーー!!!」
年端もいかない女に舐められ、遊ばれ、煽りまで受けた男達の怒りは絶頂へと達していた。そして、今の今まで一人ずつの攻撃だったものが由莉を三方向から襲う形となった。
煽りすぎて団結力高めちゃったかな……、と由莉は心の中で反省しながらその波状攻撃に備えた。
(まず前から、ね)
前から飛んでくる拳をさっと躱すと次は後ろから羽交い締めを狙い別の男が忍び寄ってきた。
―――それも見えてるよ
わざと掴まれるギリギリを見計らい抱きつこうとされた腕をしゃがむことで回避すると、振り向きざまに木製の下駄で金的を思いっきり蹴り飛ばした。
毎日、平然と10km以上走っている由莉の脚力全開の蹴りは凄まじく―――
「ごふうぅ………」
男は泡を吹き出しながら目を見開いてぶっ倒れた。
以前阿久津から聞かされていた通りの結果に由莉は少し驚いたが……これで1対2になった。
「ふぅ……次はこっちから行こっか……なっ!」
狼狽している男二人に由莉は間髪いれずに畳み掛ける。
(この状態で出来るかな……ううん、絶対出来る!)
いつも通りの動きで、いつも通りの速さで……
由莉は『一瞬』男達の視界から消失した。
「なっ……!?」
「っ!?」
そして気がつけば―――由莉は男たちのすぐ側まで迫っていた。
(……やっぱり、阿久津さんと比べるまでもなかったかな)
もしも阿久津だったら、カウンターをされて後方へ弾き飛ばされているはずなのに、この男達は突拍子もない動作に重心がぐらついてしまっていた。
故に、少しも動けない。
片方の腹に掌底突きを放ち、よろめいた所でその男の足を踏み台に飛び上がると回転と捻りを加えた横蹴りをもう一人の男にお見舞いした。
耐え切るまでもなくその男も脳震盪を起こし行動不能にした。
3人の男との交戦が始まって僅か3分で2人の男を潰した由莉はあまりの手応えの無さに肩透かしを食らった気分だった。阿久津との練習の方がまだまだ手応えがあった。
(うーん……なんかなぁ……って、油断したらダメだよね。まだあと一人いる訳だし……)
由莉は既に逃げ腰状態の残党の正面を向くとゆっくりと歩いていった。1歩ずつ……ありあまる殺意を地面にぶちまけるように―――
「くそ……なんだってんだよ! せっかく金づるが手に入ったと思ったのによぉ! なんでこんな―――」
…………由莉は最後まで男の言うことを聞かず一気に前に詰め寄ると、胸板を蹴り、男が仰向けに伸びた直後、顔面を陥没させる勢いで下駄のつま先をめりこませた。
そこに『躊躇』なんて言葉は存在しなかった。
「……人をそんな風に思ってる人、大っ嫌い。そうやって自分たちの勝手で女の子を傷つけるなんて……本当に許せない」
下駄の底に着いた血を地面で拭くと、由莉はえりか達が逃げたと思われる場所へ向け走っていった。
(無事に逃げられたよね……? えりかちゃんとあの女の子…………)
そして数分後、由莉が見たのは…………凄惨な現場だった。
「えり、か……ちゃん…………?」
「…………」
声をかけても…………えりかから返事は帰ってこなかった。