勇者に選ばれた俺の奮闘記
とある小さな村の農民夫婦の間に子供が産まれた。
レックと名付け、夫婦は大層可愛がった。
しかしレックが五歳を迎えた頃、謎の紋章が右手の甲に現れたことで、それまでの平和な日常は幕を下ろすこととなる。
紋章が現れまもなく、数人の神官達が王都からやってきた。なんでも、最近現れた魔王と対抗すべく勇者が選ばれたとか。そして言い伝えによるとその勇者とは紋章のある者だとか。
神官達はレックを引き取り、勇者として教育を施すことが目的のようで、それを伝えられた夫婦は子供と離れることを悲しく思いながらも、世界を救う勇者に選ばれたことを誇りにも思い承諾した。
レックは王都に勇者としてきてから様々な教育を受けた。戦闘に必要な剣術や魔法はもちろんのこと、槍術や体術、斧術、馬術、話術、料理、建築、音楽、園芸、ダンス、豆知識など、後半は勇者とは関係ないが、その他にも色々と強制的に嫌々と仕方がなく教育を受けた。
最初の頃は必要なことなのだろうと頑張ってきたが、清掃の仕方なんかを習い始めてからは流石に〝勇者ってなんだ?〟と思い始めた。しかし、全ては魔王を倒す為だと自身に言い聞かせ取り組んできた。
そして二十年という長い歳月を全て訓練や勉学などに費やし、レック二十五歳。
努力してきたお陰で勇者として完璧に仕上がり、また、どの分野の仕事に就いても問題ないレベルの仕事技術が身についた。もう間も無く打倒魔王の旅に出る日となった頃、レックは王室へ呼ばれた。
「勇者レックよ、幼少の頃からの訓練ご苦労であった」
「ありがとうございます。しかし苦労といいますか、途中〝気になるあの子の惚れさせ方〟とか習わされてましたし、自分としてはもう少し早くに旅に出ても良かったんじゃないかと思っております」
確かにある意味魔王は気になるが、惚れて欲しくはない。
「まあ良いではないか、これから役に立つかもしれんだろ…オッホン!本題に入ろう……」
王は一つ咳払いをし暫くの沈黙の後、
「魔王もうすぐ倒されるかもしれん」
「…は?」
これから打倒魔王の旅に出る勇者へと笑顔でそう告げた。
「なんでも最近隣国で勇者召喚の儀というのを行なったようでな、召喚された青年が今魔王軍へと挑み、何人もの幹部を圧倒しているらしい。このままいけば無事我々の勝利となるだろう」
「は?」
「だからお主はもう旅に出なくても良いということだ。良かったではないか、わざわざお主が命を掛けずとも世界が救われるぞ?元勇者レックよ」
…皆さんどうでしょう、小さな頃から勇者として鍛錬を積み二十年。遊ぶ事もなく、当然彼女など論外。青春を全て費やしたというのにポッと出の召喚勇者に魔王を倒される。じゃあ今までしてきたことはなんだったんだ。そしてもう元勇者と呼ばれる始末。
「娘もこの戦いが終わった後、隣国の勇者と結婚することが決まったのだ。いやぁ勇者との間に子共が出来ればこの国も安泰だ!」
いやいや王様よ、目の前にも勇者がいることをお忘れですか?子供が欲しいのなら俺いくらでも協力しますよ?もう何人でも作っちゃう…まぁ姫様は俺の顔見ると何故かゴミでも見るかのような顔をするが。
はぁ……なんか腹立ってきた。
「…王様、私は今から魔王倒してきます」
「何を言っておる話を聞いておらんかったのか?もうじき魔王は倒される、お主は必要ないだろう、行かずともよい」
「うっさいわ!こちとら魔王殺る為にガキの頃から勉学やら修行やらその他にも関係ないことやらされてきたんだ!それでやっと倒しに行けると思ったら必要ないから行かなくていいだって?魔王は俺の獲物だ、ふざけたこと抜かしてんじゃねぇよ!だったら俺の時間を返せこの中年ハゲ!!姫様の下着返すから青春を返せっ!!」
「なっ!?お主誰に口を聞いてるのか分かっておるのか!それに娘の下着が紛失していたのはお主が原因だったのかっ!王国の姫の下着に手を出すなど大罪だぞ!?」
「姫様のパンツは高く売れるんだよ!!」
「皆の者!この大罪人をひっ捕らえろ!!この者はもはや勇者ではない、打ち首にしてくれる!」
「はっ!捕まえれるもんなら捕まえてみろ、勇者舐めんなよ!」
地図と金さえあれば問題ない、金は姫様のおかげで十分ある。
ポッと出の勇者なんかに獲物を取られてたまるか!
魔王城では戦いが繰り広げられていた。
一方は全身に漆黒の鎧を纏い禍々しいオーラを放つ魔王、もう一方は白銀の鎧を纏い光り輝く聖剣を持つ勇者と、共に旅をして来た仲間達。
周りの至る所が破壊され一目見ただけで激しい戦闘が行われていたと分かる。
しかしその戦いもついに決着の時が来た。
「クッ…!ここまでか」
魔王が膝をつき自身の敗北を悟る。
「お前の負けだ魔王!今まで苦しめられてきた人々の仇!」
「それは間違いだ!魔族は人族の領域になど侵攻していない!人族が攻めてきたから私達は戦ったのだ!」
魔王が言ったことに偽りはない。
実際に魔族は他の種族の領域に侵攻しておらず、資源欲しさに人族が一方的に攻め入っていた。
しかし召喚されたばかりでこの世界に詳しくない青年は、魔族が一方的に侵攻してきているとしか聞いておらず、当然魔王の言葉になど聞く耳をもたない。
「見苦しいぞ魔王!そんな言葉信じるわけがないだろ!」
そう言って勇者は膝をつく魔王の首へ向かって聖剣を振り下ろしーーーーー
「終わりだっ!」
ガァン!
「しゃあっ間に合ったぁああああっ!!」
突然現れた人物によって防がれた。
「なっ!?聖剣を素手で防ぐだと…誰だお前は!」
「勇者レックだ!お前のせいで元勇者だけどなぁ!」
レックは勇者にキレながらそう伝えた。
「勇者だって?でもその勇者が何で魔王を庇う!」
「それは…魔王は俺のモンだからだっ!!」
「えっ!?」
魔王が突然後ろで声を上げたが気にしない。
「お前も勇者らしいけどな、こちとら五歳の頃から寝ても覚めても魔王のことだけ考えて生きてきたんだよ!二十年間我慢したんだ…ポッと出の奴に取られてたまるかよっ!」
「えぇ!!?」
気にしない。
「そんな事を言ってる場合じゃないだろ!こうしている間にも苦しんでいる人達がいるんだぞ!」
「苦しんでる?あーもしかして金の問題か?そりゃ貴族達が豪遊して民から巻き上げてるからな、こっちの国でもそんな感じだったぞ」
まぁ俺は姫様の下着売って貧民に金配ってたけど。俺いいことしてんじゃん、なのに罪人呼ばわりとかないわー
「ってか旅してる時に村の人達から話聞いたりしてないの?つーかそもそも人族の領域に魔族いたか?そんな調べればすぐ分かることもしなかったの?バカだなぁ」
「う、うるさい!ゲームでも漫画でも魔王が全部悪いんだぁ!」
突然ゲームとかわけのわからん事を叫びながら勇者は突っ込んできた。
「だから何で素手で受け止めれるんだよ!?こっちは聖剣だし神様から力だって貰ってるんだぞ!」
「聖剣頼り乙!こっちはずっと鍛えてきたんだ!お前なんかに負けるかよっ!」
そう言ってレックは聖剣を拳で殴り砕き、そのまま回し蹴りで勇者を吹き飛ばした。
「ほらお仲間さん達、ぼけっと見てないでさっさとそのねんねした勇者連れて国に帰れ!じゃないとあんたらもぶっ飛ばすぞ!」
レックがそう怒鳴りつけると、仲間達は勇者を連れて逃げるようにこの場からいなくなった。
「さて、と…やっと二人っきりだな魔王、やるか」
「ヤる!?…こ、困る!私は経験がないのだ!心の準備が出来てない!」
心の準備?まあいきなり目の前で勇者に助けられたんだ、整理がついてないのも無理ないな。俺もまさか魔王を助けるとは思ってなかった。
「俺も同じだよ魔王、だけどずっとお前に会いたかったんだ、今更待つなんて…」
「ひ、日を改めよう!私達はお互いのことをよく知らない…それに私はボロボロだ、こんな格好でなど…」
何故かモジモジしながら魔王はそう言った。
確かに魔王はさっきまで戦ってたんだ、俺も急いで来て疲れたし、日を改めて万全の状態で戦うことには賛成だな。
「分かった、日時はそっちに任せる。それで悪いんだけどそれまでこの城にいてもいいか?帰る場所ないんだわ」
「か、構わないぞ!」
魔王は兜を取り笑顔で言った。
「…魔王、お互いのことをよく知らないって言ってたよな」
「そうだな、だがこれから知っていけば良いではないか…ど、どうした、何故私の顔を見つめる」
魔王はレックにじっと見つめられ、頬を染め顔を背ける。
…女だったのかよ!ってかどうしようめっちゃタイプだ。
「くそっ何でそんなにかわいいんだよ…っ!」
これじゃ戦いづらいじゃないか!
「て、照れるからやめてくれ…レックといったか、不束者だがこれからよろしく頼む」
照れながらそう言われてレックは、
「〝気になるあの子の惚れさせ方〟もっと真剣に習っとけば良かったなぁ」
小さな声でそう呟いた。
それからしばらくの時が経ち。
召喚された青年はこの世界の現状を知り、金を巻き上げている貴族達に腹を立て、民と共に暴動を起こした。
そして、人々の後押しもあり青年は国を統治することとなり、魔族と和平した。
レックと魔王は互いに知れば知るほど惹かれ合い、無事ゴールインしたとさ。