いざスキュータム号へ。
”ヴァンダム号の乗員はすべて記念館を目指せ”
この信号がみんなに届くのか。みんな無事なのか。砲術士マイケルはこの見通しの立たない状況に焦りを感じていた。
みんな無事なのか。俺は、ここで生き抜けるんだろうか。……いや、みんなが生きて脱出できればそれでいい。そのために尽力しよう! あいつを足止めしてくれた二人にも顔向けができない。
俺たちはヴァンスから逃れて、スキュータム号を目指していた。歩きながらみんなと話ているうちに、落下地点がバラバラであることが予想されるため、探し回らずに呼び出そうという結論に至った。
ドームを出て宇宙港に近づくと、宇宙港の周囲に人々が押し寄せている様子が見えた。恐らく全員リゾート地区の観光旅行者だ。時間的にもスマハナ人の街からここは遠い。どれだけの人数が脱出できるのだろうか。
「……全員が脱出するだけの船はない」
「そうね。でもマイケル。敵の目的がわからない以上脱出を最優先に考えるべきよ。この際リゾート地区にいる旅行者を優先として、原住民は残しましょう」
「艦長が生きていれば……」
ポールがつぶやいた。艦長は船と運命を共にすると言い張って最後までブリッジから出なかった。恐らく、そのまま墜落してしまったのだろう。
「艦長なら、全員で逃げる道を探すはずでしょう」
力強くそう言うジュラも、具体的な方法は思いついていないようだ。
「しかし、現実問題として船がないんですよ」
軍人の会話に口を挟まないようにしていたユージンであったが、ついそんな言葉が出てしまう。
「何にせよ、民間船だけではいざって時にやられるだけだ。スキュータム号を起動させよう」
そう言ったジュラに誰も反論することはなく、我々は混乱を避けるため宇宙港を取り巻く広場の一本裏の道から記念館へ向かうことにした。他のみんなは大丈夫だろうか。俺たちだけではスキュータム号を機動させられないだろう。
「ここだな、誰もいないな。入口は開いてるのか?」
ジュラを先頭に記念館に近づく。階級はともかく頼れる男だ。ヴァンダム号のブリッシの雰囲気もこの男が賑やかにしていたし、艦長はたまに苦笑いしていたが、人をまとめるのがうまいのは認めざるを得ない。
入口は開いていた。そのまま薄暗い廊下を進むが目的地がわからない。
「スキュータム号はどこに?」
「えーと、あそこに館内マップがありますね」
ユージンが駆け寄るとみんなで着いていく。なるほど、目的地は地下か。一階は資料の展示場か。屋上まで伸びる吹き抜けから地下のスキュータム号を眺めることができるようだ。二階は商業エリア、三階はレストラン、と。
「よし、行こう」
ジュラのその声を先頭にして歩き出す。無人なのか? 今日はアデヴィスの襲撃があるまでは普通の日だったはずだ。みんな外へ逃げたのだろうか。一般人の入場者には地下へ行くことはできない構造のようであるが、バックヤードにエレベータなり階段なりがあるだろうという判断でそちらへ向かっている。
バックヤードの事務室も倉庫も無人だった。奥の通路にエレベーターがあったが起動していなかった。その隣には、電子ロックされた扉。
「この電子ロック装置、軍のものと同じようだぞ。ちょっとやってみるか」
ジュラが自分のパスを通すがやはりエラーとなってしまった。
「やっぱりなぁ。試しに大尉殿、やってみていただけますかな」
こんな時だけ大尉と呼ぶんだからな。まあ、やってみるだけやってみよう。
……ピッ。
なぜかロックが解除された。そうして、ドアを開けるとすぐに地下への階段が延びていた。とても長い階段だったが五分も経った頃だろうか、ようやく階段が終わった。その先には廊下が続いている。廊下は真っ暗だったが奥に光が見える。長い階段から解放された安堵か、みんなの表情は心なしか明るい。
「こいつはすごいなぁ」
廊下から真っ先に出たジュラが関心して唸っている。全員が廊下を出て目にしたのは、巨大なドックとその中央に位置するスキュータム号だった。ドックの真上は一階からの吹き抜けになっているのが見える。
スキュータム号は昔何かで見た通りの姿だった。巨大な剣のようなメインブロックを上部に持ち、その付け根の下部にあるやや丸みを帯びた十字型の主機関ブロック、そしてその十字の左右からメインブロックと平行に正面に伸びる盾のようなブロック。こちらはメインブロックよりやや短いが、艦の後方にも少々延びており、補助機関と兵装の機能をもっている。そして、主機関ブロックの下部からは他と比べて短めの剣のようなブロックがついてる。通信機能と格納庫のブロックだ。そして、主機関ブロックの前面、二本の剣と盾の内側、主機関ブロックの前面にはソワール砲を装備している。この構造はマナラス宇宙軍の現行艦もほぼ同様であり、そもそも我々のヴァンダム号もスキュータム号の量産型。見た目はほとんど同じであった。
「地上で、こんな風に眺めるとやっぱり迫力がありますねぇ」
ユージンが感心したように漏らした。兵器産業に関わるものであれば宇宙空間で戦艦を見る機会もあるのかもしれないな。そういう我々も地上で戦艦をみるのは初めてだ。
「とりあえずハッチに行ってみよう」
ジュラを先頭にして近づいていく。間近で見るとほんとに巨大だ。全長は五百mくらいのはずだ。高さは三百mくらいか。ヴァンダム号よりやや大きいように思える。
――止まれ!
ハッチの奥から声が聞こえ、我々は立ち止まる。姿は見えないがはっきりした太い声だった。
「君たちはヴァンダム号の乗員だな?」
「そうだ。俺はジュラ少尉」
「そうかそうか!」
その声の主が姿を現した。整備士のような中年の男が現れ、満面の笑みで話を続けた。
「無事でよかった。俺は整備の責任者をやっている、ジャックだ。この記念館は軍の管轄ではないんだが、まあ色々つながりはあってな、情報は入ってきていたんだ。君たちが墜落したのを知ってあきらめ半分だったが、ここにくるかもしれないと思って起動準備をしていたんだ。色々問題はあるものの概ね準備は完了している」
「それは心強いです。私のパスを登録してくれたのもあなただったんですね。ところで、他にここに来た者は?向かっているかわかりますか?」
「パスを入手できた一部のクルーを登録したんだ。登録できた人がここにきてくれてよかった。ここに来たのは君たちが最初だ。ヴァンダム号がこの星に落ちたことはわかったが、その後どうなったかはわからんなぁ。脱出できたのかすら、こっちでは把握はしてなかったんだ」
「そうですか。……申し遅れました。マイケルです」
「マイケル、よろしくな。さて、見たところ君らはブリッジ配属かな? ならば都合がいい。ところで、一人毛色の違うのがいるみたいだが」
「ユージンです。ちょっと色々あって、みなさんとご一緒してます」
「そうか、まあいい。じゃあみなさんご一緒に、ブリッシにどうぞ」
ブリッジまでは徒歩とエレベータの繰り返しだった。機関は始動していないものの、館内の電力をスキュータム号に回して電子機器は稼働させているという話だった。そして、最後のエレベータが開くとブリッジだった。
「ずいぶん広い」
「まあ旗艦機能を持っていたことと……そういう時代だったんじゃないかな」
「さてどうしようか」
ジュラと話をしていたところに、ジャックが声をかけてきた。
「改めて状況の説明なんだが、探知される危険があるから機関は始動していないしレーダーも止めてある。機関の始動については、主機関に二人、左右の補助機関二機にそれぞれ一人ずつ、俺を入れて五人だ。元々は戦艦の機関士だったメンバーだ。安心してほしい。……ただ、始動に必要なエネルギーがないんだ」
「電力かぁ……」
ジュラがつぶやくと、ユージンが思い出すように話し出した。
「確かソワール機関は魔力に等しいエネルギーでしたよね。それなら魔力でも大丈夫ですよね」
「大丈夫だ。特にこのスキュータム号は魔法と併用しての運用が主体の艦だから今の戦艦よりも相性がいいはずだ。だけどそんな魔力はここにはないぞ」
ルークが戻れば……ユージンの顔にはそう書いてあるように思えた。それは、俺がそう思っていたからかもしれない。あそこで彼らを置いてきたことが正しかったのか、自信が持てないでいた。