襲撃の始まり
――そして、一週間後。
「やっぱり、夢じゃないのか――」
そんな独り言がつい出てしまう。
あの晩から、相変わらず彼、ユージンの部屋にいた。
なぜ自分がここにいるのか、ここはどこなのか……それについては考えても仕方ないか、と投げやりになっていたが、元の世界に戻ったところでまたつまらない日常に戻るだけだし、別にどうとでもなればいいと思っていた。毎日が休みで、遊んで暮らしているこの状況、現実より遥かに楽しい。
ユージンに金も貸してもらえた。返すあてもないが、まあ失うものもないし、いざとなったら彼の会社でバイトでもさせてもらおう、とにかくもう、楽しむことにしよう、と気楽に考えていた。
ユージンは一人旅だった。仕事がひと段落したので一か月ほどバカンスに来ているらしい。彼の話し相手になりながら、色々な話を聞いた。銀河同盟マナラスは各星系の代表によって運営される緩い連合体であるが、各星系で独自の軍隊を所有していることもあって戦乱の種は当然のごとく存在しているらしい。
彼は、学生時代に研究していたソワールエネルギーをパックして弾薬化する技術で事業を興して一儲けしているらしい。軍の知り合いも何人かいるようで、報道はしていないもののマナラスは外敵に遭遇して交戦状態らしいという話を聞いた。どうやら一週間前の話らしい。
そして、俺が一番驚いのは、この世界には魔法が存在していることだ。さらに、魔法は科学に応用されていて、その技術は戦艦の動力を始めとして、ドームにあるプールの気候管理も魔法を利用しているそうだ。
そういえば、俺が何語を喋っているのかわからない状況であるものの、マナラス全体では言語は統一化が図られていて、俺はマナラス語をしゃべっているように聞こえているらしい。謎だ。
さてそんな情報を入手しつつ、この日も連日の飲みすぎで俺はベッドでゴロゴロして昼を迎えていたが、ユージンは朝から起きてホテルのビュッフェで朝食を取り、規則正しい生活を送っている。同じ量の酒を飲んでいるはずなのだが、なぜこうも違うんだろうか。
「ルーク、今日もプール行く?」
そうだった。別の銀河出身という話をなんとなく信じ始めたユージンであったが、飯村誠という名前は聞きなれないから、不用意な誤解を生まないように適当に通り名をつけておいた方がいいだろうと再三言われた。
恐らく、ナンパに同行するにあたって、俺の名前がハードルになるのが嫌だったんだろう。それなら仕方ない。渋々受け入れた俺は、名前を何か考えてくれよと彼にお願いした。そして、一晩悩んだ彼からルーカス=モーガンと名付けられた。そのくせ、彼は適当にルークと呼ぶようになっていたが。
「そうだなユージン、今日はうまくいくといいな、ナンパ」
俺は笑いながら答える。……異世界に来て何をしているのだろうか。そもそも、ここが地球とは別の星・星系であることは認めざるを得ないが、異世界にいるのか遠い遠い星にいるのかは不明だ。だが、日常に戻れないという点では、結局どちらでも同じことだ。まあ、戻りたいとも思わないが。
――その時、轟音と、それに続いて地響きが鳴り響いた。
「…?!」
「なんだこれ!?」
これは地震じゃなさそうだ。伊達に地震大国に住んでいたわけではない。地震のようであるが何かが違う。これは、なにか空気を震わせる…上空から何かが落ちてきたような、そんな音だ。窓の外をみると、空の彼方から地上に向かう一筋の線が残っていて、そしてその着地点と思われる場所はリゾートエリアからやや離れた草原であるが、煙が上がっているのが見える。隕石か何かだろうか。
「外、見に行く?」
ユージンの顔は心なしか楽しそうである。
「いや、危うきには近寄らない方が」
「そうだよねー。じゃあその前に、ちょっと調べてみるわ」
彼は通信端末を取り出して情報検索を始めた。
「特に情報はないねー。軍の友達に聞いてみようかな」
彼はメールか何かを打っているようだ。とりあえず、俺は服を着替えることにした。もし何かあったら寝間着では行動が制限される。ユージンに買ってもらった服もあるが、目の前にあったスーツを手に取った。
「………戦場になる!逃げよう!」
しばらくして彼は青ざめてそう言った。いつでも余裕を持っていた彼には珍しいことだった。
「とりあえずわかった。で、どこに逃げる?」
「この星を離れないと。宇宙港に行こう」
「状況は道中で聞かせてくれ」
彼が言うには、最前線の銀河の果ての防衛線を突破した敵の一部がこの星に向かっているということだった。では、あの衝撃は、攻撃か。やはり……こういうことに巻き込まれるんだな。これが王道ストーリーだ。
ホテルの外に出ると、人が溢れていて宇宙港への道は困難なものと思えた。彼と違って正確な情報はないにせよ、皆何かしらの情報は得ているのだろう。まさに阿鼻叫喚というのはこういうことをいうのだろう。混乱の真っただ中、仕方なく我々も殺到する人の流れに乗ることにした。
――その時。
空から幾筋もの光が降り注ぎ、衝撃と共にプールのドームから黒煙が上がった。続けざまに、商業エリアからも黒煙が上がり、ホテルエリアにも何かが落下、爆発して大地を震わせた。
「これは、もう手遅れかな?」
「そうかもしれないね。さて、どうしようか」
「逃げられないなら、」
「立てこもる、」
「かな」二人の声が重なって、意見は一致した。
「このあたりには地下施設はあるのかな?」
「うーん、俺の知る限りないな。この星の滞在時間は俺もほとんど一緒だし、俺だけが知ってる場所はそうないよ」
「そうだよなぁ。じゃあやっぱり、プールのドームかな?」
「そうだね……もしかしたら同じことを考えている人や逃げ遅れた人がいるかもしれない。いい標的な気がしなくもないけど、行ってみよう」
上空からの攻撃にはやはり防空壕と思う俺だ。うちの祖母は、敵からの空襲を受けたときにはみんなで防空壕に避難してやり過ごしていたそうだ。歴史的には、それはほぼ敗戦間際のことだ。いままで戦争の気配もなかったこの星で、いきなりそんな事態になるとは。これが戦争というものなんだな。
ユージンはずっと苦笑いである。二人でドームへ向かった。逆走する我々はなかなか進めなかったが、宇宙港への道を外れると途端に空いていた。確かに、この状況でプールに向かう人はそういないだろう。普段はドームへの道は賑わっていたがこの時ばかりは無人だった。
プールのドームに入るとまだ人の気配があった。朝から泳いでいる人たちが多いのだろう。宇宙港側の出口へ人が殺到しているが、倒れて怪我をしている人もいる。
「俺は逃げる人を逃がす。後々食糧の問題もあるし、その方がいいだろ」
さすがユージンである。
「わかった、この通路はまかせる。俺は奥のプールの様子をみてくるよ」
「おう」
ユージンはいつも人のことを気遣ういい奴だった。こういう時にまで、傷ついた人たちを助けようとするし、俺が人助けに興味がないこともわかっているから、納得できる理由を作ってくれたのもわかる。そして、不思議と彼といると周りの人の力になることや役に立つことが楽しくなってくる。不思議なものだ。