目覚め
この物語は、ここから始まる。
「ん…?」
目覚めた俺は一面の光の中にいた。……ここはどこなんだろう。昨日は会社の飲み会だった。
終電で家に帰り……玄関で寝てしまったのかもしれない。確かに、スーツを着ているしマフラーもトレンチコートも着たままだ。
そのまま寝た……んだろうな。だが、ここは家ではない。どう考えてもおかしい。
いや、これは夢なのか?意識ははっきりしているつもりだが、立っているのか横たわっているのかすらわからない。体は動く自由に動く。これは浮いている、のか?
――あぁ、これが死か。
自分なりに納得しようとしたその瞬間、光が消え去り足元に大地が現れたと同時に体が重くなった。なるほどこれが重力なんだな、と改めて感じて足に力を入れた。
綺麗に整えられた芝生の広場の真ん中に立っていた。ここは公園なのだろうか。
ベンチや歩道が見えるが人はいないようだ。
時間は、朝なのか?風に揺れる葉の音、鳥の鳴き声を聞きながら考える。さっきからずっとここにいて、気づいていなかった……ということはないな。手足を動かした時点で何かに当たったはずだ。
とりあえず、まだ夢の可能性はまだあるが、ここにいてもどうしようもなさそうだ。
歩き始めると、木々の隙間から建物が見えてきた。街……?でも、これは俺の知っている街じゃない。少なくとも、東京にこんな町並みはないはずだ。
パスポートも持っていないし、どんなに酔っても海外まで行くことはない。うーん。まさか異世界か?と思って笑ってしまった。
公園を出るとそこはさながら中世ヨーロッパだった。おいおい、まさかタイムスリップか?ちらほら人が歩いているが、これまた中世ヨーロッパのような服装である。
うーん、英語喋れないんだよなぁ。この服、浮くんじゃないか?……いや!問題はそこじゃないだろ!!よし、とりあえずそこのお姉さんに話しかけてみよう。あれは、たぶん普段着だ。買い物かなんかだろう。二十後半のどこにでもいそうな俺だ、怪しまれることはないだろう。服はともかく。きっと相手してくれる。
「すみません、ここはどこですか?」
我ながら間抜けな質問である。
「え?」
「いえ、ちょっと道に迷ったみたいで……」
「あ~、観光の方ですね」
「そんなとこです」
「観光の方がこのエリアにいらっしゃるのは珍しいですね。この星にくる方はだいたいリゾート地区から出てきませんし。何かお探しなんですか?」
よかった、言葉は通じている……が、この星?”この星”というのは地球ではなくどっかの星、いや、俺はむしろ未来の地球にいるのか?いや、ちょっと何もかもよくわからん。考えろ、いや、情報を収集しよう。
「まーそんなところです。ところで今日って何日でしたっけ」
「え?今日は四月十九日ですよ」
「何年のですか?」
「何年って、マ歴二百十九年ですよ」彼女は笑いながら答えた。
そもそも会話が成り立っているということは、恐らく日本だ。いや、日本であってくれ!……でもマ歴って、何だ?昨日西暦が終わったとして、そこから二百十九年経っている?いや、西暦はまだ終わってないだろうし。いや、落ち着こう。落ち着くんだ。
「そうでしたね。そういえば、この星の正式名称ってなんて言うんですか?」
「え?マナラスに加盟してからはリゾート惑星スマハナですよ」
「マナラス…?」
「銀河同盟マナラス」
ヤバい!全然わかんない!日本どころか地球じゃない!ここは!異世界というか異星なのか!――そんなことを一瞬で考えて、テンションが上がったが一瞬にして絶望した。異世界モノに憧れはあったけどさ、これはないよ。俺が望んだからこうなったのかなぁ。夢オチってことないのか…?
「そうですね、ありがとうございました」
「はい、それで道案内はどうしますか?」
「あ……そうでした。リゾート地区はどっちですか?」
「リゾート行きの電車でしたらこの道をまっすぐ、あっちに駅がありますよ」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
彼女は微笑んで逆方向へ歩いて行った。とりあえず、一人になろう。ゆっくり落ち着いて考えよう。そう思いながら俺は彼女の示した方向へ歩くことにした。
季節は春なのだろうか、日本ではそれくらいの気温に感じる。さすがにコートは暑い。気づけばジャケットまで脱いでいた。
町並みは中世ヨーロッパのようであるが、人々は通信端末やビニール袋を持っている。言語もよくわからんな。看板は読めない。いったいどういう文化なんだろう。時計のようなものを見ると、時間はまだ昼前のようだ。ともかく、腹が減ったが金もない。財布はカバンの中に入れてあったはずだがカバンがないし、あったとしても通貨が違うだろうな。さてどうしたものやら。意外に、冷静だな俺。
駅に到着すると、なるほど。こいつは異文化だ。中世ヨーロッパの街並みの中に突如現れた近未来建造物。さっきのお姉さんが言うように、この街では利用者はほとんどいないようだ。建物の立派さに比べて思いっきり閑散としている。駅員らしき人物を見つけたので話しかけてみようと近づく。
「リゾート地区までいくらですか?」
「五百メダですよ」
「どれくらいの距離ですか?」
「そうですね~二十Kmくらいですよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「……?えぇどうも」
メダが通貨単位なのか。だがどれくらいの価値なのかわからんし、そもそも金がない。歩こう。二十Kmくらいなら五時間もかからんだろう。五時間かぁ。遠いよなぁ。まあ仕方がない。そういえば、距離はKm単位なんだな。
――五時間後。
やっぱり、これくらいかかるよなぁ。歩きだしてからすぐ何もなくなってずっと草原だし、線路伝いに歩くにしてもめっちゃ疲れた。平地なのがまだ救いだった。あー喉がカラカラだ。
リゾート地区は巨大な街だった。海岸沿いに建設された街は、砂浜エリアを中心に、巨大なドームで覆われた遊園地付きのプールエリアや、ホテルエリア、商業エリアといった具合に分かれていて金の匂いがした。
日が傾き始め、そろそろ酒が飲みたい時間だ。金はないが、もうどうなっても知ったことではない。俺は、飲むぞ!飲んでやる!商業エリアに向かうぞ。
半ばやけくそになりながらそれでも安そうな店を探して、立ち飲み屋に突撃する。店内は思ったより綺麗で、客入りは6割というところか。棚にはよくわからない酒が並んでいるが、目の前で焼いている何かの肉はとても美味しそうな匂いだった。メニューが壁に貼ってあるが、やっぱり読めない。俺は腹が減っているが、それより喉が渇いているんだ。もう、とにかく何でもいいから飲ませてほしい。
「マスター、オススメはなんですか?」
「うーん、ビールにしときます?」
「よし、1杯目ですしね、ビールにします」
「ほい、ビールね」
出てきたビールは、いわゆる生中の見た目をしていた。飲んでみると香りがいい。エールだろうか。どこの世界も酒は似たようなものを作るのだなぁ。そんなことを考えながら、喉が渇いていた俺は一気に飲み干した。
「やあ、いい飲みっぷりですね!」隣に立っていた男が声をかけてきた。
「やー、喉がカラカラで」気分がよくなってきた俺は笑顔で答える。
「この店はフードもいけるんですよ」
「ほぉ、なるほど楽しみです。ところでこのビールの銘柄は何でしょう。エールなんですかね」
「銘柄は店に聞かないとわからないですけど、エールでしょうね」
「この星のビールなんですかね?」
「いやーたぶんマナラス全体に出荷してる大手じゃないですか」
「なるほど、ビールはエールが人気ですか?」
「最近はエールが好きな人も増えてきたみたいですね。俺はラガーも好きなんですけど、若い人はそうでもないみたいですね」
「どこも似たようなもんなんですね」
日本でもそんな感じだよな、と思い笑いながら返した。こういう酒場での出会いは楽しい。歳は二十代後半くらいだろうか。俺より少し年上かもしれない。地元の立ち飲みも変わった出会いがあるが、出張先の見知らぬ街での出会いを思い出すと、こういう立ち飲みのお店は現地の人と仲良くなれる格好の場なんだ。金はないが、まあ何も気にせずとにかく飲んでしまえ。そしてなるようになれ!
「そうですね。あ、僕はユージン=コナー。名前だけは知ってるかな?」
「飯村誠です。ユージンさん、有名な方なんですか?色々、あまり詳しくなくって」
その後、深夜まで彼と話しながら飲み明かした。彼は兵器産業のベンチャー企業で成功した実業家であり、一か月の旅行でこの星にきているそうだ。俺の出身地の話になると、たぶん別の銀河系で暮らしていたんだけど、気づいたらここにいたんだ~なんて話をして冗談だと思われ、金もないし宿もない、なんて話をしながら、地球の話をしたら凄い想像力だな!と気に入られてしまい、彼の宿泊先にやっかいになることになった。酔ってる俺って、すごいな。でも、飲みすぎた。