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第二話

辺りを闇がすっかり支配し始めた頃、『ただいま』と雪代が帰ってきた。

いつもは陶器のように白い鼻先が、今は寒さからかほんのり赤みを帯びている。


「おかえり。今家にある材料で出来る食事は作っておいたわ」


「あとはここから少し歩いたところに食べられそうな山菜がいくつかあったから、お浸しにしてみたの。シチューと合うかは微妙だけれど・・・・・・」


少し遠慮がちに雪代に勧めてみると、雪代は嬉しそうに笑ってくれた。


「ありがとう。・・・・・・でも、身の回りのことは全部俺に任せてくれていて構わないのに。俺はあなたに仕える立場だから」


「そうはいかないわ。あなたは私の両親に恩があるからと私に仕えてくれるけれど、私ももう一人で身の回りくらいは出来る年齢だもの。いつまでもあなたに甘えているわけにはいかないわ」


「そう? 俺はあなたの世話をするのが、結構好きだけどな」


それに――、と雪代は一旦言葉を区切ると


「なんだか子どもが巣立っていくような感じで、寂しさのような気持ちもあるかな」


と呟いた。


もう、と心の中で膨れそうになるが、今まで雪代に頼りきりが当たり前だったため、子ども扱いされるのは最もだと思う。

反論の余地などなかった。




「明日も少し出掛けてくるけれど、何か食べたいものとか欲しいものがあればまた教えて。探してくるから」

「わかったわ」



雪代が買ってきた食材を使って、また何品か食事の支度をする。

私と違って、雪代の動きは機械のように正確で、無駄がない。


そうして瞬く間に準備を終えると、私達は温かい食事に囲まれながら、

出来たての夕食を食べ始める。


「そういえば、今日は何かおもしろい発見はあった?」


それは雪代が出かける度に決まって私が聞く質問。


雪代は記憶を掘り返すかのように視線を彷徨わせる。

この反応も、決まって雪代がする反応だ。


「そういえば異国の文化が今どんどん入ってきて、村の様子も日を追うごとに変わってきているね。シチュー(シチウ)もそうだけど、それ以外にもカレーや牛鍋なんていう食事も見かけたよ。まあ金額はかなり高めだったけれどね」


「カレーと牛鍋? それはどんな食事なの?」


興味津々に聞く私に、雪代は笑みを浮かべながら、一つ一つわかりやすく説明してくれる。


こうして話を聞く度、私も外の世界を見てみたいと気持ちが湧き上がる。


けれど、いつもその言葉を封じるかのように、黒い塊が私の喉を塞いでしまうのだ。





(いいの。私はこのままで・・・・・・。また何かあったら雪代に迷惑をかけてしまうもの)


いつものようにそう自分を納得させる。


けれど、すぐに頭の中に浮かぶのは、答えの出ない己への問いかけ。


(でも、本当にいいのかしら)




「あ、そうそう」


雪代の声で、ふと顔を上げる。


雪代はゆっくりと席を立つと、荷物の後ろから小さな花束を取り出した。


「これ、深雪に俺からの贈り物」



雪代の腕の中で、赤、紫、白色の小さな花がそれぞれ美しく咲き誇っている。

色のない部屋内の中でそれは一際色鮮やかで、私の瞳を釘付けにした。


「アネモネという花らしいよ。これもここ数年で異国の国からもたらされた花みたいで、深雪が好きそうな花だろうと思って」


「ありがとう。あとで私の部屋に飾らせてもらうわ」



その後もとりとめない会話を続けながら、ひとしきり食事を終えると、それぞれ自室へと戻った。


自室の中に入った私は、雪代からもらったアネモネの花束を

早速窓際に飾ることにした。


「アネモネ。綺麗な花ね……」


静かな室内で凛と佇むアネモネの花。

窓から射す青白い月明かりに照らされ、その花弁は儚くも一層輝きを増していった。




「それじゃあ行ってくるね。昨日と同じくらいに帰れると思う」

「わかった。気をつけてね」


いつも通り出掛けていった雪代を見送ると、私もまたいつも通りの生活を戻る。



「そういえば、昨日の山菜が結構おいしかったから、また摘んでこようかしら」



私は外出する用の羽織を箪笥から取り出すと、さっと腕を通して外出した。




外は変わらずの銀一色の世界。

日に照らされた雪は目を刺すような輝きを放っている。



山菜の場所までは歩いてだいたい二十分程かかる。

ここからの道のりは比較的平坦だったけれど、途中少し足場が悪い箇所があったため、転倒しないように気をつけなければいけない。





昨晩は雪が降り続いていたのか、昨日私がつけた足跡は見事に綺麗に消えていた。


新雪を踏む感触は、何回やっても小気味いい。

それはまるで何も書かれていない和紙に、したためた想いを一筆、また一筆と綴っていく感触と似ている。


私はその感触を楽しみながら、しっかりとした足取りで歩を進めていった。






しばらくすると、左手側に村の様子をいくらか見下ろせる場所に辿り着いた。



「ここが少し足場が悪いのよね……。間違って足でも滑らせたら大変」



私は慎重に足を踏み出していく。



問題なくその場を切り抜け、ほっと胸を撫で下ろすと、一息つくかのように村の景色を見下ろした。


家々が豆粒くらいにしか見えないため、村の様子をこの場所から感じ取ることは出来なかったが、なんとなく人々が活発に行き来する、栄えた様子が目に浮かんだ。



(雪代から聞いた村の様子から、そう私が勝手に想像しているだけなのかもしれないけれどね)


自嘲気味に一人笑いながら、また歩いていく。



すると突如、ぞわっと体が浮く変な感触が走った。


あっと思った時は時既に遅く、右足の地面が崩れ、体が地へ深く落ちていく。






視界が上下に回転しながら暗転を繰り返す。

体を打ち付ける鈍い音と共に、声にならない痛みが立て続けに私を襲った。




「…………」


冷え冷えとする静寂の中、私はこわごわと薄目を開けた。


ヒリヒリと篭もるような痛みが今も体中に反芻している。

ぼんやりとした頭の中で、どうやら足場のない場所へ足を踏み入れ、転落したのだということに気がつく。





腕に力を込め、少しずつ体を起こしていく。

自分の体をおぼつかない手つきで探り、幸い骨が折れていなそうだということは確認できた。




(よかった……。これならなんとか一人で帰れそう)


安堵で大きく息を吐くと、額に滲み出ていた汗が冷たい風と共に徐々に引いていく。


ザリ……


カチャ


風とは違う、固く冷たい感触が私の額に触れた。

え、と思い、ゆっくりと顔を上げると

黒々とした拳銃を手にした、柴色(ふしいろ)の長い髪の男が目の前に立っていた。



「その薄い髪色……。間違いないな」


「まさかこんなに早くお目見えするとは、俺も驚いた」

「……霊幻山に棲む、雪女さん」


ゆっくりと告げた言葉はうわべだけの丁重さだけを纏い、私の心を冷やしていく。

ひき始めたはずの冷たい汗が、またじわりと滲み始めていった。


「俺は狩人(かりうど)。依頼を受けて、お前を退治に来たのさ」


口の端に煙草を加えたまま、男が鼻で薄笑いをする。

耳元を優しくそよぐ風の音が、どこか恐ろしげに聞こえた。

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