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浮遊する夢  作者: 志村朗
3/11

暗示する夢

彼が見る夢の話です。何かを暗示しているのでしょう。もしかしたら後数回、こういった形で彼は夢を見るかもしれません。それでは

 いつ眠りについたかは覚えていなかった。僕は自分が今どこにいるのか分からなかったし、周りには見覚えのない景色、いや、闇が広がっていた。その闇のずっと向こうに、少しだけ明るい場所があることに気付くまで時間がかかったから、まだ目が慣れていなかったようだ。目を凝らしてその巧妙な色相で輝いている場所に目をやっていると、何かが動いた気がした。何かは分からなかったけれど、そこが水辺だということは分かった。水をかく音が聞こえたからだ。いや、水を叩くという表現の方が適切かもしれない。とにかく、水の音が聞こえたのだ。僕は気になってそこまで足を運んだ。そこへ来てようやく、自分が外(ある意味では中かもしれない)にいることに気付いた。何故かというと、その明かりは空から降ってくるものだったからだ。

 そこには湖があった。周りは森で囲まれていて。頭上には悲しいほど無数の星が散りばめられていた。その一つ一つがまるで意志を持っているかのように淡く消えてしまいそうに光ったり、僕に何かを知らせたがっているかのように強く光ったりしていた。それが湖に反射して、湖の底にも無数の星が輝いているようにも見えた。しかし、その水面は時折、静かな波を起こし、星たちの光はある一定の規則があるかのように揺らいでいた。波を起こしている原因はなんなのか、僕は音のする方に目を凝らしてみる。すると何かが動いているのが見えた。それは湖に潜ったかと思うと浮上し、水面をプカプカ浮いて、そして、もう一度、今度はより一層激しく水面へと吸い込まれていった。そして、また、潜った場所とはかなり離れた場所から浮上しプカプカ浮いていた。それが人間であるというのは明確だったし、それが性別でいうと雌の部類に入るものだということもわかった。何故なのかはわからなかったけれど、僕はそう感じたのだ。

 彼女は僕には気付いていない様だった。いや気付けない様だった。僕が彼女の気を引こうと色々不可思議に行動をしてみたものの、彼女は一向にこちらを向こうとはせず、潜水と浮上を繰り返していた。僕は少し不思議に思って湖の水に触れてみた。しかし、冷たさは感じるのだが、水の感触が肌に伝わってこなかった。いや、冷たさでさえも、それは視覚から入る情報によって脳が誤作動を起こし冷たいと感じているだけなのかもしれなかった。僕は、その湖に触れられなかったのである。

 しばらくの間、僕は、彼女の潜水と浮上を見続けていた。それしかできることが無かったし、僕は、それが何かの意味を持つ行動なのではないかと思うようになっていたからだ。しかし、僕はとうとう、その一見無意味と思われる行動の真の意味を見出すことができずに、彼女はその行動を突如止めてしまったのだ。彼女は湖から体を出し、ゆっくりと、滑らかにその体を湖の淵へと上げた。体の曲線が星たちの光に照らされ、その影が湖へ描かれていた。

 僕と彼女は、丁度湖を中心に点対称な位置にいた。僕は、彼女の一連の動作をじっと眺めながら、彼女が森の奥へ消えてしまうまでその姿を追っていた。沈黙が辺りを包み込んだ。なぜか、彼女が森の奥へ消えてしまってから、星たちは髄分と寡黙な光となってしまい、辺りは生気を失った闇へと姿を変えてしまったようだった。ここにいては何かを見失う気がした。それが彼女なのか、僕自身の一部なのか、答えを出そうにも、僕の中にはどれも答えらしく、答えではなかった。しかし、ここへいても何か変化が起きるようでも無かったから、結局、僕も彼女の後を追って森の奥へと歩き始めた。

 森は木と土でできていた。しかし、相変わらず、僕はそのどれにも触れることはできず、起伏のある土の上を歩いているはずなのに、無機質な道を歩いているようだった。そもそも、歩いているかどうかさえ良く分からなくなっていた。体が自然に前へ吸い込まれるような、そんな感覚が常に僕を取り巻いていた。彼女がどれほど先へ行ってしまったのか、僕には見当もつかなかったし、あとどれだけ吸い込まれれば、僕は自分の足で歩き出せるのかすら、良く分からなかった。

 しばらくすると、いつの間にか周りの景色に変化が生じていることに気が付いた。それがいつからだったのかは思い出せなかった。僕が進むべき道が光っているのだ。無論、それは星たちによる光だった。僕は、彼女が近くにいることを示すものなのだと思うことにした。そうでなければ、星がこんなに意志を持つはずがない、その光は、確かに意志を持っているのだ。そして、僕は、その光に照らされると、いつもどこか懐かしく、悲しく、心臓のあたりが苦しくなった。

 何かを急かされているのだ。吸い込まれているのではなく、何かに押されているのだ。早くしなければ、もう二度と、取り返しのつかない事が起きてしまう。そういった脅迫めいた何かが僕の心を焦らせる。急かす。脅す。僕はそれが何なのかわからない……、振りをしているだけかもしれない。気付けないのではなく、気付かないように、流れる雲を見るだけのように、何もしないようにしているのかもしれない。自らそうなることを望んでいるように。でも、そうなったら必ず後悔することも僕は知っている。しかし、後悔してでも、僕はそれを見たいのかもしれない。何が起こり、何を決断し、決断したのか。僕は見たいのだ。

 彼女の姿を確認したのは、星が輝き始めてからすぐのことだった。彼女は森の大気を全て背負い込むくらい大きな深呼吸をしてから、僕の方を向いた。その裸体は美しく、無駄のない曲線が星に照らされ、白く輝いていた。しかし、僕は唯一、その顔を見ることはできなかった。個性のある体ではあったが、それは無個性でもある。顔を見ることができなかったのではなく、顔を見たくなかったのかもしれない。見てしまったら、この世界が消えてしまうような気がしたからだ。しかし、いずれ、この世界は終わる。彼女の体の向こうの空が白んでいた。星の光が消えようとしていた。それと同時に彼女の体も消えつつあることに僕は気付いた。相変わらず、顔を認識することはできず、たぶん、この世界はここで終わるのだろう。そういう気がした。

 夜が明けたのだ。


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