日曜日の唄、旅人の行方
人のいない夕暮れの図書室にいた。過去の自分に酔いしれて、彼女の痕跡が跡形も無く消え去ったその一室に、何を見出すのでもなくただ立っている。しかし、確かにそこに、僕と彼女はいたのだ。
あれから何年も経ってしまった。彼女が今、何処で何をしているのか、何者になったのか僕は知らない。けれど、何となくは知っているんだ。
「先生、もう閉めますよ」
生徒が一人、廊下から僕に声を掛けている。その声に驚きつつ振り向いて、すまないと一言声を掛けた。彼女は少し笑って僕が部屋から出るのを興味深そうに観察している。
「何か僕の顔についてるかい?」
そんな常套文句を使ってみた。彼女は少し慌てたようで、言葉が詰まってしまった。
「えっと、その、なんだか悲しい目をしていたので、何ていうか、その、思わず先生の顔を見入ってしまったんです」
僕は彼女のことを良く知っている。僕が顧問をしている文芸部の生徒の一人で、図書委員を務めている。彼女は人を良く見ている。細かい気遣いができる優良生だ。
「そうか、良く見えているね。素晴らしいよ」
僕がそう言うと、彼女は照れくさそうに笑いながら図書室のドアを閉めた。ドアは簡単に閉まった。
「鍵は僕が返しておくから、もう帰りなさい。家路も流れきってしまったしね」
そんな先生面をして、彼女から鍵を預かった。
「はい。ありがとうございます。先生」
そう言って、彼女は足早に去って行った。その後姿が消えると、誰もいなくなった廊下が果てしなく続いていた。そうして、日が暮れていく街を廊下の窓から眺めて、その変わらない街に少し触れてみたくなった。手を伸ばして、遠くに見える家を一つ摘む。その家には誰が住んでいるのだろうか。あそこまで行けば分かるのだろうけれど、僕は、結局行くことは無いということを知っている。
「帰るか」
誰に言った言葉でもなかった。自分に言った言葉なのだろうか。僕はそれについて考えながら、誰もいない廊下をまた歩み始める。
終りだと思います。それでは




