俺は諦めていない
先輩が寝不足なんだから少し横になってきなよって言ってくれたので、ゲストルームに戻る。
ベッドに座ってカーテンの隙間から射し込む光をぼんやりと見ていた。いつもは優しく感じる光は寝不足で疲れた瞳の奥にチクチク痛みを与えてくる。
スマートフォンの着信音が鳴る。ゆっくりとスマートフォンを手にすると先輩からメールが届いていた。
『お昼までには戻ってくるけど、今から図書館に行ってきます』なんだか先輩まで遠くに行ってしまうような不安にかられる。私、もう元の世界に戻れないのかな……。
スマートフォンをいじっていたらメモアプリが目に入った。何気なくメモを開くとそこには、まだ試していない実験が書かれていた。
5cm×5cmの紙に魔方陣を書いて、真ん中に文字を書く。『飽きた』
そういえば先輩は『飽きた』じゃなくて『元の世界』でもいいんじゃないかって言ってたなぁ。
よし、やってみよう。
紙を探して魔方陣を書くこと、小さいけど目標が決まったら少しだけ気持ちが楽になる。
ゲストルームには探してみたけれど無地の紙はなかった。
どこかにメモ帳とかないのかな……。家は固定電話の横にメモ帳が置いてあったけど先輩の家の固定電話ってどこかな? 探してみたらリビングに固定電話とメモ帳もあった。
そのメモ帳を一枚もらってなんとか魔法陣を書き込んで紙を仕上げる。両手で紙を包み込むように持ってリビングのソファに横になる。眠れるか不安だったけれど疲れていたせいか気がつくと寝ていたようだ。
短い眠りから覚めると先輩が心配そうに私を見ていた。
「あ、先輩おかえりなさい」そう言いながら手の中に持っていた紙を握りしめていた。なんとなく先輩のいない時にひとりで実験をしたのが後ろめたかったのかもしれない。
でも先輩は気がついていたみたいで「紙を持って寝るのを試してみたんだ?」といつもと変わらない声で聞いてきた。
「はい、でもだめでした。もう初日に調べた元の世界に帰る為の実験を全部したけれども、やっぱり全部だめでした……」私は涙を堪えながら答えた。
「でも俺は諦めていない」先輩は力強い声で言ってくれた。




