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寒いのが嫌い

 なんで日本列島がボートじゃないんだろうかと時々思う。夏は北へ、冬は南へ移動して年中すみよい気候を維持するボートだったらいいのに、と。数百年数千年後にまだ人類が生きていれば冬なんてなくなって一生暖かい気候に囲まれて過ごせるのかもしれないが、あいにく今は2015年、平成で言ったら27年、便利な世の中ではあるがそこまでテクノロジーは追いついていない。まだ人間に冬の寒さをどうにかする方法はないし、そもそもそんなのありませんよっていうのがそのうち判明するかもしれない。まだまだ発展途上な人類が生きているのがこの現代。


 だから現代人は今年もこうして冬の寒さに身を震わせストーブに手をかざしてちょっとした幸せを味わわなくてはいけない。いや、なんだ。そんなもん幸せじゃあない。不幸の中にぽっと普通が現れて、あたかもそれが幸福のように見えてるだけだ。それは偽りの幸せだ。自分らは決して幸福なんではない。むしろ不幸側だ。半不幸だ。そんな半不幸の世の中で、やっぱり自分は不幸に震えている。だって冬だから。寒いから。この文章を打ち込んでいる今、青森に住んでいます。そりゃあ寒くても仕方がない。


 ではそもそもなぜ寒がりのくせに青森という日本国内では極寒寄りの場所に住んでいるのか。それは自分にもわからない。強いて言うならば、成り行き。いろいろと選択肢があったようななかったような中で青森を選び、ちょっと納得して、冬になってまた後悔した。寒いから、どのうちどこかへ引っ越そうと。


 青森だっていうんですからやっぱり雪もどっさり積もって寒さに拍車がかかる。だいたい十一月の中ごろに初雪が降って、積もって、ようやく春らしくなるのが三月四月。最後に残った雪が解けきるのは五月。年の半分弱が冬と言ってよろしいのでは? それにしてもとんでもない気候だ、と思う。そんでもって、今日もそうだったんですが、雪の日に強い風が吹くともうやるせない。どうしようもない。交通量の少ない道路のど真ん中に寝転んでそのまま凍死しようかななんて考えがちょろぽっち頭のどこかをよぎる。中央線越えて対向車線に出て自分の中の良心と正面衝突して、やっぱり凍死なんてやめようかなと思う。でもだって一度二度三度真正面から吹雪に襲われてみれば、ああもうどうでもいいやと、そうなる。


 そして寒いと指が痛い。氷点下の風で真っ赤に震えあがった指先に、深く毟ってある爪。これがもう、とんでもなく痛い。血が出てないのが不思議なくらい痛い。指は赤いのに真っ青。寒い。ポケットから出した手が急速冷凍されて鮮度のいいまま死にそうになる。非常にまずい。やるせない。


 そして雪の降る中雪の積もる中歩いていると、当然ながらジーンズの裾に雪がまとわりついて溶けたり溶けなかったりしている。それを見て、やっぱりまた、うんざり。家に帰ってストーブつけて、点火を待って座り込む、このルーティーンの中に足首が冷たいという刺激が割り込んでくるからだ。いやもう勘弁してくれと。じゃあジーンズを脱いだらいいじゃないかと思うけどそしたら寒いじゃないかと。干してある次のジーンズを穿いてみろ、寒くて走り出しそうになるんだ。しかも洗濯物は増えるしいいことがない、雪が降ると。


 そうこうしてるうちに家に辿り着き、財布に入っている家の鍵を取り出そうとする……この瞬間だってやっぱりやるせない。いや本当にやるせない。財布のファスナーをつまんだ指先がもう凍った雷に打たれたかのようにしびれて、爪はやっぱり血が出そうで出ないのが落ち着かなくて、ああもう財布から鍵を出して家の中に入るより先に玄関前でぶっ倒れてやっぱり凍死しようかななんてちょっとだけ思って、やっぱりやめる。なんだろうなあ、家の前で死ぬ人って結構多いんじゃないか?


 ようやく吹雪から解放されて家の中に匿われて、でもやっぱり電気のついてない冷え切った部屋を見るとため息が出そうになる。電気をつけ、ストーブをつける。室内気温は三℃。ここは本当に室内か?座り込もうと思って、足首を見て、やめる。このまま座ったら、だめだ。ルーティーンを痛覚が邪魔する。冷たく固まった抜け毛まみれのカーペットが手招きする。ああ、もう、ねえ。


 最後の難関が、栓。なんの? 水道の。外気温が氷点下四℃を下回ると水を抜いておかないといけない。水道管の中の水が凍るから。管が割れて修理がいるから。でも、でもだ。それにしてもだ。冷え切ったからだ、冷え切った玄関、そして冷え切った手で水道の栓をぐりぐり回すこの瞬間がもしかしたら帰宅するまでの間で一番やるせない瞬間なのかもしれない。オレンジの栓をしびれる右の手で握って回す。蛇口から出る水が小爆発を起こしながらぷっしゃっしゃ。あーうるさい。いや、うざい、か。


 冬の中で、ひとり、なぜ雪国に自殺者が多いのかわかったような気がする2015年の冬。帰ってから一時間以上たっても乾かないジーンズの冷たさを感じながら、やっぱり早く引っ越そうと思う青森の夜のこと。

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