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隠し名

『…実は拙者、マツリではござらん』

 突如告げられた謎の告白。

 意味が分からず、俺たちは黙ってマツリの言葉を待っていた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 マツリを見つめる6対の瞳。

 誰も彼もが息を潜め、じっとマツリが話し出すのを待っていた。


 そして、とうとう彼女が口を開いた。

「……さて、どこから話せばよいか」

 彼女は眼を伏し目がちにしていた。その視線の先は右手――身分を現す模様に向けられていた。

 言い出したはいいが、本当に言って良いものか。あるいはどこまで言うべきか。それを図っているかのような…。


(……大丈夫でござるよな?)

 マツリは自分の感覚を信じることにした。

 左手でそっと模様を撫で、顔を上げる。その顔は決意に満ち、覚悟が宿っていた。どのような結果になろうともその結果を受け入れよう…と。


「やはり、最初はどういうことかの説明をせねばならんな。だが、その前に一つだけ確認させてほしいでござる」


「この秘密を打ち明けるということは、拙者は…拙者たちは生殺与奪権を預けることになるでござる。拙者だけならばそれもよかろう。しかし、ことはあと二人。拙者にとって命と同等に大切な存在ヒトの命もかかっているでござる。

 だから、もし生半可な覚悟ならば何も聞かずにここで別れてほしいでござる」

 勝手な言い分だとわかっている。それでも言わなければならない。

 マツリはそう語った。


 ……重いな。

 マツリの雰囲気から何かしら重大なことだとはわかっていた。それでも、この世界で他者の命を預かるということは…重すぎる。

 沈痛な空気が流れ、誰も何も言えなかった。

 いや、誰も何も言う資格を持っていないとでも言うように沈黙を保っていた。

 その瞳はマツリから俺に向けられていた。

(皆、俺に判断を任せるってことか…)

 過度の期待ではない。盲目的な信用でも、他人任せでもない。

 『パーティーのリーダー』。奇しくも昼間にキャロルから言われた言葉が重く心にのしかかる。

 集団を率いる者としての責任と誰かの命運を預かるという覚悟。それを問われているような感覚を覚える。

 

(…悪いな、皆)

 心の中で謝罪をする。元々、マツリについていくと言い出したのは俺だ。だったら、最後まで彼女に付き合ってやるのが俺の役目だ。

 途中で投げ出すなんて無責任も甚だしい。


「……マツリ、話してくれ。お前の抱えている秘密を、重荷を俺たちに預けてくれ。俺たちは仲間なんだから」

「…シィ、ド殿」

 マツリの目に涙が溜まり、こぼれないようにゴシゴシと拭う。


「わかり申した。では――」

 こうして俺たちはマツリと運命共同体になる。

「――まず、拙者の本名はククリユ・マツリではなく、ムサシと申す」

 そう言った瞬間、彼女の右手の模様が閃光とともに弾けた。

 そして、彼女の模様が変化していた。


ムサシ:女 拠点:ラギリ村

ジョブ:調合師


 彼女の言った通り、ククリユ・マツリからムサシへと変わっていた。

「「「――――ッ!?」」」

 そして、その直後から俺たちは違和感のようなモノを覚えた。

 まるで、彼女と見えない何かで繋がっているような。自分の体と無意識の感覚を覚えるような。

「…ふむ、正常に作用したようでござるな。実は拙者もどうなるか知らなかったのでドキドキしていたでござるよ」

 本当に不安だったのか、額を拭っていた。

「…マツリさん、どういうことなのか教えていただいてもよろしいです?」

 いち早く動揺から立ち直ったのはヤノンだった。

 こいつは意外とこういうところの立ち直りが早い。やはり、純粋なこの世界の住人ということか。

「もちろんそのつもりでござる。初めに申し上げておくが、拙者は名前からもおわかりだと思うが、落ち人でござる」

 そう、彼女には姓がない。つまりは落ち人。こんなところまで隠していたなんて…。

「…そんな拙者がなぜこの世界の住人を装っていたか、それも模様に細工までしていたか。簡単に説明すれば、これはある人物のスキルによるものでござる」

「……ある人物?」

「うむ。その人物こそ拙者が助け出した人物の一人」

 ……ごくっ。

「――本物のククリユ・マツリでござる」


「そもそも、ククリユ・マツリと拙者の関係は義理の姉妹というものでござる」

 義理の姉妹、か。

「拙者はまだ幼い時分にこの世界に落ち来たのでござる」

 彼女が言うにはまだ7歳ぐらいの頃にこの世界に落ちて来たそうだ。

 7歳。言葉にするのは簡単だが、ミルルとルルミちゃんの半分ぐらいの年齢。そんな子供がこの誰との繋がりもない世界で過ごすのは…。

 過酷という言葉では言い現せないだろう。

 そんな時、偶然彼女が世話になっていた村にやって来たのが本物のマツリとその母親――ククリユ・エニシだったそうだ。

 彼女たちとしばらく暮らし、なんだかんだあって彼女たちがムサシを引き取ったのだという。

 それからは冒険者をしていたエニシについていく形で様々な土地を巡り歩いた。

 そして、彼女たちの運命を変える出来事が起きたのはそんな生活の中で立ち寄った村でのこと。

「その村こそが今向かっているラギリ村でござる」


「ラギリ村には食糧などの調達で立ち寄っただけでござった」

 しかし、冒険者の数が少ない村では旅の途中に寄った冒険者。それに、彼女たちの母親エニシは元々落ち人で結婚してからは引退したが、それまでは冒険者として有名だったらしく実力もそれなりにあった。

 だから、彼女は頼られるままに戦いに赴いた。

 だが、そこで悲劇は起こった。討伐に向かったが、魔物の数が思っていたよりも多く彼女は負傷して帰ってきた。

 そして、彼女たちはそこで療養を兼ねて生活することとなる。


『二人とも、まだジョブにはついてないんだって?ここで就くかい?』

 母親の快復を祈っていた二人に悪魔が囁いた瞬間だった。

 かねてよりジョブに就きたいと願っていた本物のマツリはその提案に食い付いた。


「――そこからでござる。拙者たちにとって最悪の悲劇が幕を開けたのは」

 二人は村長に勧められるがままに神職のジョブに就いた。

 珍しいことではないが、この世界では多くの場所が教会と繋がっている。そこで、人材発掘のために子供には神職に就けることが多い。

 そして、運悪くマツリは適性があった。

 彼女は神官に就くことができ、ジュリアンさんと同じように【予知】が現れてしまった。

「今になって思うとそれを見た瞬間に村長の態度が変わったのでござる」

 普通だったら、知られないはずだった。しかし、小さな村だし保護者が満足に動けに状態であったために起こった悲劇。いや、村長はそれすらも狙っていたのだろう。

 教会からの要請であったにも関わらず、マツリの力を使って使者が来る日を【予知】し、退けていた。

 

 この話を聞いて俺は納得した。

 だからムサシはジュリアンさんが力を悪用したのをあんなに怒ったのか。


「その日、エニシ母さんが病気になりました」

「それは…」

 タイミング的にもおかしいだろう。

「……はい。シィド殿のお察しの通りです。母さんは人質にされました」

 おそらく自分もと呟いたムサシは自嘲気味な笑みを浮かべていた。

「拙者とマツリは母さんに会うことができなくなりました」

 ムサシは適性もなかったことから、病気の義母を治すために調合師というジョブを選んだ、か。

「…そして、マツリの様子がおかしくなったのもその頃です」

 つまり、マツリという人は直接脅されたんだろう。

 元々怪我を負っていた母親、それにまだまだ子供自分たちだけでは生きていけない。そんな中、妹も守るためには従うしかなかった。


「拙者はバカなので、村長たちの話を信じていました」

 そんなムサシが異変に気付いたのは偶然だった。

 ある日、夜中にトイレに目を覚ました時。

 村長と数人の村人、それにマツリがどこかへ出かけるのを見かけ追いかけたそうだ。

「そこで見たのは、村長たちに言われるがままに力を使うマツリの姿でござった」

 そして、その奥の独房のような場所からはマツリを心配する義母の声が聞こえてきたらしい。


「拙者は耳を疑い申した。そして、マツリを問いただしたのでござる。

 『そんなわけないじゃない。ムサシったらママに会えなくて変な夢を見たのね』マツリはそう言っていたでござるが、すぐに嘘だとわかりました」


 それからムサシは村長に直談判しに行ったが、当然会わせて貰えなかった。

「それだけでなく、その日から拙者の食事に毒が微量ではござるが盛られ始めたのでござる」

 調合師に就いていたこともあり、これがきっかけで彼女の特殊スキルが目覚めたのだろう。

「皮肉なもんね。自分たちが眠っていた力を呼び起こしたなんて」

 キャロルは嫌悪感を隠すことなく、村人たちを侮蔑した。

 俺たちだって、目の前にそいつらがいたら…!


「【遅毒体質】が発現するまでは体調を崩していたので、マツリにバレてしまって…」

「そうじゃなくてもバレただろうけどな」

 だって、こいつ嘘下手だもん。

「…へっ?」

「いや、何でもない」


「そこでマツリが言ったのでござる」


『このままじゃ、ママだけじゃなく私たちも危ないよ!』

 ここで私たちと言ったのは、ムサシを心配させないようにだろう。

『だから、マツリあなたは逃げて』


「当然、初めは反対したのでござる」

 だが、それでもマツリは譲らなかった。


『…いい?あなたは最後の希望。私たちを助けるために、あなたは一人でいかないといけないの。わかるわよね?』

 マツリは昔のように優しく諭した。

『都合がいいことにあの村長は私のもう一つの力には気付いてない。だったら、あなたを隠すぐらいならできるから――』


「そして彼女は、拙者の身分と自分の身分を入れ替えることで『隠し名』として村を脱出させてくれたのでござる」

「「「…………」」」

 なんか、想像してたよりも重い話だったな。

「だから、拙者は内密に村に戻り、二人を救出して逃げねばならぬ」


「…先程、覚悟を窺ったのは『隠し名』は打ち明けることで解除されるのと、話した人物に命を預けることになるからでござる」

「……命を預ける?」

「『隠し名』をかけた人間。それにかけられた人間は秘密を打ち明けた瞬間から打ち明けた人物に命を預けます。秘密を打ち明け、自分たちを預けるのです」

 打ち明けられた人間――つまり、俺たちが死んだりこの秘密を第三者に打ち明けると『隠し名』の人物たちは呪いを受ける。

「そして、拙者たちが戻らないと母さんも危険です」

 だから、3人分の命を背負う覚悟……。


「勝手なお願いなのはわかっています。ですが、どうか拙者たちを救ってください!!」

 そして、ムサシは元の世界では定番の土下座をしたのだった。

・おまけ

 ムサシは宮本武蔵が好きだったのでそこから彼女が取った名前です。彼女がサムライのような恰好などをしているのもそのせいです。

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