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決別の刻

 ――ボトッ


「……へっ?」

 目の前でギッシー・アンキの首が落ち、支える力を失った体が地面に倒れる中、そんな声が聞こえた。その声を上げたのは誰だったのだろうか。俺だったのかもしれないし、誰か別の人だったのかもしれない。


「……アネ、スト?」

 目を疑うような光景が事実だということに気付き、皆が畏怖の視線をアネストさんに向け、息を呑む中彼女は以後にいて唯一顔を正面から見ていないジュリアンさんが声をかける。

 しかし、彼女はまるで魂が抜けたように反応しない。


 目の前で起きた事なのに、誰も彼もがその光景を信じることが出来なかった。

 ――世界から禁止された行為。ありえないという思いが理解することを拒絶させた。


 そんな中、一番驚いていたのは他でもないアネスト本人であったのは間違いない。

 いや、驚いたなどという言葉すら生ぬるい。

 アネストは絶望していた。


(目の前の男に対する怒りが湧き上がってどうしようもなかった。殺したいと思ったし、剣を振るった際殺せると確信もしていた。

 ――だけど、それでも信じられなかった)

 アネストはどうしようもなく困惑していた。

(……あぁ、神よ。何故なのですか!)

 彼女は己の信仰を呪った。

(――何故、今更こんな力を私に授けるのですかっ!?)

 そして、天に叫び、神を恨んだ。

(これでは、止められない!もう、あの人を止めることなどできないではありませんかっ!!)


 アネストはこれから起こることを知っていた。

 だから、彼女を…。

 アネストが最も大事にしている女性を救いたかった。

 救えないのならば彼女と共に死にたかった。

 だが、力を得てしまった…!

 これでは死ねない。もう彼女を止めることなどできない。

 

 そう気付いた時、アネストは自分のジョブを示す模様が『衛兵』から『処刑人』に変わっているのに気付いた。

(…『処刑人』。今までに存在することはなかった新ジョブ。いや、存在してはいけなかった新ジョブ。 何故、今なのだ?

 何故、あの時に現れなかった!?)




 ――今から5年前。まだジュリアンとアネストが教会に籍を置いていた時代。

「何故ですっ!何故、救援を送らないのですか!?」

 ジュリアンは教会上層部に噛み付いていた。

 彼女は数日前に彼女たちのいる教会からそう離れていない都市に未曾有の危機が及んでいると『予知』していた。

 だから彼女は訴える。

 今すぐにでも救援を送るべきだと!救援を送れば助けられるはずだと!


 しかし、上層部はそう判断しなかった。

 理由は――、

「とは言うが、シスタージュリアン。君の【予知】はいつ起こるのかまでわからないのだろう?それに具体性に欠ける。それでは救援を送りようがないではないか」

「……ぐっ!」

 告げられた言葉にジュリアンは悔しそうに唇を噛みしめる。


 アスティア・ジュリアンの【予知】は信用度が低い。それは教会全体の見解だった。

 そもそも彼女の【予知】にはある重要な条件がある。

 それは――彼女自身がいる場所しか見れないということ。

 教会において最も重要なのはたくさんの命を救うこと。あくまでも自分本位の未来しれ見れないような者は半端者とされる。

 今回の【予知】だって、

 『倒壊した瓦礫の中で泣き崩れる自分を見た』

 それだけだった。

 目の前には多くの人の死があったと語ってはいるが、それがいつなのかがわからない。それに、何が起きてそうなったのか。それすらわからない。 

『そんな不確定情報で教会の戦力を動かすことはできない』

 それが教会の総意だった。

 たしかに、教会は二大勢力と呼ばれるほどに勢力を持っている。それは【予知】能力の保有によるところが大きいが、全員が持っているわけではない。

 大きな支部あるいは本部でもない限り【予知】スキルを持っているのは、多くて二人。悪ければ一人もいないというのが普通だ。

 戦える者は多いが、それでもいつくるかわからない脅威のために兵を動かすわけにはいかなかった。

 だったらせめて避難勧告を…そう彼女は訴えたが、それも棄却された。

 これもまたいつまでかという期限がわからない以上、住人たちをそんなに長く非難させておく場所がないという理由だった。




 だが、彼女は諦めなかった。

 自分の味方をしてくれる護衛など、数人を引き連れて彼女は街へ赴いた。

「皆さん、危機が迫っています!お願いですから逃げてくださいっ!」

 ジュリアンは連日声の限り、叫び続けた。

 

 しかし、住人の反応は厳しいものだった。

「そうは言いますが、いつまで避難すればいいのかわからなければ避難しようがありません」

「どんな被害があるんですか?」

「何が起こるの?」

 そう告げられ、答えられなかった。


 叫び続けて数日後、教会から使者が来た。

 彼らは声を大にして彼女を叱った。

「あなたの妄想に付き合っているわけにはいかないのです!勝手な真似をせずに戻られよ」

 それを聞き、住人達は信じた。

 彼女は、嘘を吐いていたんだ、騙したんだと彼女を追い立てた。

 信じられない話よりも教会の意志を彼らは信じたのだ。


「――シスタージュリアン。あなたに一か月の独房入りを命じる」

 

 幽閉された中で、彼女は叫び続けた何故信じてくれないのだと。


「……くっ!」

 その声を聞き、彼女の味方も少しずつ離れていく中、アネストは決心した。


 数日後、アネストはジュリアンを脱獄させた。

 そして、彼女を連れて件の街へと向かったのだった。


 ――だが、遅かった。


「そん…な」

 目の前で広がる瓦礫の山。直前まで生きていたであろう人々が冷たくなり、血を流す様を見て彼女は自分の無力を呪った。

 

 街に起こったこと。それは、代表の急死。そして、それとタイミングを合わせたような魔物の群れの襲撃。それによって街は跡形もなく、破壊されたのだった。


「うぁああああっ!」

 

「――シスタージュリアンっ!!」

 突如飛び出してきた男。その男にジュリアンが襲われるのを見て、アネストは声を張り上げた。

「……カフッ!」

 深々とナイフが突き刺さり、白い司祭服が血に染まる。


「貴様ぁああっ!」

 男を殴り飛ばす。転がったところにさらに馬乗りになって殴りつける。

「うああわああああっ!」

 男が意識を失っても、殴るのをやめない。

 やめたのは、世界が彼女を止めた時だった。


 そして、彼女はこの時の迂闊さを生涯呪うことになる。

 止められたことで正気を取り戻したアネストは怪我を負ったジュリアンを連れて帰った。

 ジュリアンの怪我は深かったが、治せないほどではなかった。しかし、アネストが殴った時にナイフが折れ、それが脊髄にダメージを与えておりジュリアンは歩く力を失った。

 そして、勝手に抜け出したことは【予知】が的中したことで不問ととられたが、彼女たちは教会に絶望した。

 上層部が信じていれば都市が壊滅することはなかったのだ。

 そして、後悔の念を抱きつつ、ジュリアンは教会を後にする。それにアネストも付き添う形で続いた。




「――ァハッ」

 暗い感情に囚われそうになっていたアネストを正気に戻したのはそんな声だった。


「……ジュリアン様?」

 振り向いた先には恍惚とした表情を浮かべたジュリアン。

「アネスト。素晴らしいわっ!それは神があなたに授けて下さった祝福よ!悪を裁けという啓示に他ならないわ!」


「……ジュリアンさん?」

 俺は彼女が何を言っているのか理解できなかった。


「――ああ、まだいたのね。あなたたちはもう用済みだから早いとこ逃げた方がいいわよ?」

 逃げる?

「……一体、何から逃げろというのでござるか?」

 マツリの問いかけにジュリアンさんはつまらなそうに「あぁ…」と思い出したように呟いた。

「まだ言ってなかったわね。実は、王が死ぬっていう予言だけど……正確にはちょっと違うのよね」

「…なっ!?俺たちを騙したんですか?」

「そうよ~。当り前じゃない」

 そんなっ…!

 あの優しそうなジュリアンさんが…。

 信じられない気持ちで頭が真っ白になりそうだ。

「…あら?信じられない?だけど、本当のことよ。あなたたちは都合がよかったの。他所者で、人数もいるからある程度の事態には対応できそうだったし…。

 私の大事な民の命を危険に晒すような真似はできないでしょう?」

 彼女は壊れたように笑っていた。


「じゃあ、そろそろ逃げなさいっていう言葉の意味を教えてあげるわ。実はね、ここはもうすぐ崩落するのよ」

 ジュリアンさんが言うには、彼女の【予知】では本来倒壊した宮殿…その瓦礫に潰された王や代表たちが見えていたらしい。

「【予知】は私の目線で行われるから私が死ぬことがないのはわかっていたわ。それに私の【予知】の性質も把握している。さっき、そこの死体が言っていたような悲劇はもう繰り返さないわ」

 彼女の【予知】は彼女がいることで起こる災厄を見せるモノに過ぎないという。

「皮肉な話よね~。あの人の言っていた私のせいっていうのは合ってたんだから」

 過去、彼女を傷つけ歩く力を奪った男の顔が頭を過った。


「……何のために王を殺そうとする?」

(……マツリ?)

 マツリからは静かでそれでいて寒気を覚えるような怒りを感じる。


「……ナンノ、タメ?」

 きょとんと首を傾げながら尋ね返した時、彼女の眼はもはや正気じゃなかった。


「そんなの民を救うために決まってるじゃない」

 ジュリアンさんがマツリから王へと視線を移す。

「あの老害どもが神から下された宣託をないがしろにしなければ多くの命が救えた!私が歩く力を奪われることもなかった!

 彼女は王に向かって叫ぶ。しかし、その瞳は今目の前にいる王ではなく、かつて恨みを抱いた怨敵を見据えていたのかもしれない。

「私は、今度こそ民を救う!そのためには王にならないと駄目なのよ!だから、そいつを殺す。そいつを殺して私が皆を救える人間になって見せる!」

 過去に囚われ、過去に生きていた。


「――だから、アネスト。やっちゃって」


「御意に!」


 アネストさんが前に出る。

 俺が動くよりも前にマツリがその道を塞いだ。


「退け!」

「…………」

 強い口調で告げるアネストさんに対し、マツリは首を横に振り無言で刀を構える。

「……羨ましいな」

 そんなマツリの姿を見て、アネストさんはそう漏らした。


 だが、次の瞬間。彼女は吠えた。

「私は、今度こそ彼女を救ってみせる!」

 かつて守られなかった想い。それを守るために彼女は剣を取る。

「私を止めたければ力づくで止めてみせろ!」

 例えそれが間違った正義だと理解していても。……理解しているからこそ、彼女はもう自分自身で止めることなど出来なかった。

 

(クソッ!何が『力づくで止めろ』だ)

 『力づくで止めろ』――その叫びは彼女が必死に心の中で訴え、叫び続けている本心だ。

(…俺には『止めてくれ』って言ってるようにしか聞こえねえよ)


(許せぬっ!)

 拙者は身を焦がすほどの憤怒が内側から湧き上がってくるのを感じていた。

(そんな自分勝手な理由で()()を悪用するなど…、断じて許してはおけぬ!)


(それでは…、それでは彼女の魂や誇りはどうなるというのでござるか!?大切な人のために自らを犠牲にし続けている彼女はまるで道化ではござらんか!)


 目の前で過去の妄執に囚われているジュリアン。彼女がマツリの目には忘れることのできない――忘れられるはずのない大切な存在ヒトの姿が重なり合った。


 ――そして、感情の高ぶりと止められない想いを乗せた二人の戦いが火蓋を切った。


 次回は閑話を差し込みます。

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