どの世界でも鶏は凶暴
「グギョーー!!」
俺たちが徐々に取り囲んでいくと、魔物が包囲網を破らんと突っ込んできた。
「ぬおっ!この、チキン風情がぁ!!」
行かせまいと灼月を振るうが、魔法対策にスキルを発動させていない状態では大したダメージは与えられない。当たり所も悪く、ガキンと甲高い音を響かせ弾かれてしまった。
なおも止まらず突き進もうとするその横顔に青い火の玉が衝突する。
「グギョギョッ!」
突然のことに驚いたのか、火の玉が飛んできた方に顔を向ける。その視線の先では、くいくいと招くように手の甲を向けるクノン代表の姿があった。
「どうした?まさか、あの程度の攻撃で私を倒したつもりか?」
「(ちょ、ちょっと、クノン様っ!私もまだここにいるんですからあまり挑発的な真似は…)」
「(ええいっ、コロシアムでの気概はどうした!ほんの少し注意をこちらに向けるだけじゃから我慢せい)」
…あぁ、ジェンネさん。お気の毒に…。
ってそんなことしてる場合じゃなかった!
「今のうちだ!取り囲め!」
「くらえっ“アクア”」
死角に回り込んだミルルが水の魔法を放つ。
(……デカいっ!)
ミルルが放った水球は直径5メートルほどの巨大なモノだった。
(一体、どれくらいの魔力を注ぎ込んでるんだ?)
もちろん、ミルルはそんなに魔力が多いわけではない。まだ子供ということもあって、総合的な魔力量はシィドよりも少ないぐらいかもしれない。
では、なぜこれほどまでの巨大な魔法を発動できたのか。それは、ミルルのスキルの効果だった。
ミルルのジョブは道化師。道化師のスキルは基本的に見せかけや派手な行為をするものが多い。
今回使ったのは【ミスディレクション】。手品などで使われる注意を引きつける技法と似たような効果でとにかくそれを使っている間の行動が傍から見ると派手に見えるというスキルだった。
ミルルはこのスキルを使い、少ない魔力の水球を巨大なモノに見せかけたのだった。
――そして、見せかけだけの大きさの水球は魔物にぶつかった瞬間、まるで水風船のようにパァンと大きな音を立てて破裂した。
「っ!今だっ、マツリやれ!」
「おおおおっ!“桃源郷への誘い”ぃぃいいい!!」
かつてピリノンを倒した技が魔物を襲うが、
「……ぐぎょぎょ」
ブルルルッと体を震わせたことでマツリの放った斬撃は皮膚まで届かなかった。
それで終わるはずもなく、震えが収まる頃にはマツリはどこからか攻撃を喰らい、敵との距離を開けていた。
(何事でござるっ?)
拙者はどこから来たのかわからぬ攻撃によって敵と離されたのを感じていた。
その正体は呆気ないほど簡単に判明した。
「――なぜ、伸びるでござるかぁああああ!!」
(……うん、その気持ちはわかる)
俺は、マツリが叫ぶのを聞きながら心の中で密かに同意した。
別にマツリの様子が間抜けに見えたからとではなく、戦闘中にそんなことに気を取られるわけにはいかないからだが。
マツリを攻撃したモノの正体。それは、離れていた俺からは一目瞭然だった。単純に、複数あるトサカが震えが収まるのとほぼ同時に伸びたのだ。
(これは…、俺が喰らってないのは単純に位置がよかったからだな)
冷静に分析するとなんてことはないが、死角がないようなこの攻撃。唯一の死角が視界的な死角なしの正面というのはなんとも…。
マツリは首下を叩き斬ろうとして、体の横側に回っていたからなぁ…。
というか、こいつ。……ふざけてない?真面目にやる気あんのか?
「グアウッ!」
そんなことを考えていると、しゅるしゅると縮み始めたトサカの陰から跳びかかる巨体が見えた。
――クレアだ。
「いって…!クレア」
祈るように手を組みながら体を揺らし続ける。その度に鳴るリンリンという音。
私は魔物使いとして、鈴を用いている。これなら、常に奏で続けるのはそんなに難しくない。
ただ、ちょっと準備が整うまでに時間がかかるのが欠点だけど。
だけど、シィドさんたちのおかげで私も、クレアも――そして彼女も準備はできた。
「ギャギャー!!」
クレアに噛み付かれた魔物は、必死に振り払おうとしているが、クレアが噛み付いているのは後頭部の首の根元。
届く位置じゃあない。
そして、クレアにばかり気を取られているともっと痛い目を見るぞ?
「どこ見てんのよ?この、バカ鶏がぁあああ」
石のブロックを容易に破壊する拳が、魔物の喉仏を潰すように叩き込まれた。
――ぴきょ
声ともいえないような音がし、がくんとなる鶏。
勝った。この光景を見てそう思わない人間の方が少ないだろう。
だが、現実は違った。
首が変な方向に曲がっている。大型の獣に今もなお噛み付かれている。
どこからどう見ても死に体のその体からは今まで以上の魔力が溢れだしていた。
「…何じゃ、この魔力は!」
今まで感じたことのないほどの魔力の波動に、冷や汗が流れ出るのを止めることができない。
「―――カッ、ハ」
空気が漏れたような音がし、振り返るとジェンネが苦しそうにもがいていた。
見ると、向こうでも双子の片割れの女子などが苦しそうにしている。
(もしや、魔力量に反応している?)
強大すぎる魔力に自分の魔力耐性がもたず、耐えられなくなった。
そうなると急いで倒さねば…!
「ルルミ!兄ちゃん、ルルミがっ」
「くそっ…!マツリ、キャロル二人でルルミちゃんを看てくれ」
「任せなさい!」
二人が直ぐ様ルルミちゃんを診察していく。そこにクノン代表がジェンネさんを抱えてくる。
「…すまぬが、彼女も頼む」
「シィドよ、私も加わる。全力で奴を滅するぞ!」
そうこうしているうちに、魔力の膨張が収まっていた。
「チッ、なりふり構ってる暇はないか」
構えた灼月に両手を添え、飛び出す。
「一発喰らってろ!」
【炎角突き】を放っていく。
これなら…!
複数に分身し、多方向から攻めるこの技ならば一体を消されたとしても刃が届くはず…!
「グゥエア!」
まるで、周囲から空気が一気に抜けたように軽くなったかと思うほど魔物が息を吸い、真ん丸に膨れ上がった。
膨れ上がった体から、ボシュッと音を立て、全方向に吹き出した空気。
それに触れた瞬間、俺の技は掻き消された。
(バカなっ、全方向への魔力無効化だと!?)
分身を消され、灼月に纏わせていた炎も消失した。
絶望を感じた俺の耳に届いたのは、
「その技、連続で使うことはできるのか?」
答えのない問い掛けをし、クノン代表が胴体に刃を突き立てた。
「ググッギョエエエアア!!!」
今まで一番けたたましい悲鳴を上げ、のた打ち回る。
突き立てられた皮膚の下からは血が流れるが、それでも代表は離れない。
「……ようやく一撃か。長かったな」
――シュゴォォ
(いかん!)
「代表!またさっきのヤツが来ますっ!」
再び、空気を吸い込み始めたのを見て、咄嗟に叫ぶ。
「…わかっておる、よっ!」
代表は冷静に突き刺さったままの刃に力を込め、一気に頭部へと振りぬいた。
キィンと高い音がなり、トサカで防がれる。
「やはり、このままでは上手く通らんか…!」
忌々しそうにトサカを睨みつけ、そのまま代表は全方位の風をその身に受ける。
「ぐ、ぐうぅうう……!!」
どうやら口から吐くのに比べ、威力も飛距離も大したことがないらしい。クノン代表は突き刺した薙刀を支えに、しっかりと魔物の背中に立ち続けていた。
「くっ…!」
しかし、風収まってからぐらっと倒れ、魔物の背中から落ちていく。
「だいひょ――」
「――任せてください!」
俺の脇を通り抜けた小さな影――ヤノンによって見事にキャッチされた。
「じゃあ、俺が時間稼ぎだな…【トリック】発動!」
ヤノンがクノン代表を脇に抱えて走り抜けるタイミングに合わせて、ミルルが魔物とヤノンの間に立ち塞がる。
ミルルもルルミちゃん同様、顔が青白くなっているのに、
「…無茶しやがって!」
子供が無茶をしている姿を見て黙っていられるわけがない。
二人の姿が視界に入った時から俺は動き出していた。
パンッ!
紙袋を割った音で猫騙しのような効果を持たしたミルルだったが、逆に火が付いた魔物の嘴が迫って来ていた。
だが、ミルルは落ち着いていた。
いや、むしろほくそ笑んでいた。
まさに、この危機的ともとてる状況は、ミルルの思惑通りだった。むしろ思惑以上の効果だった。
目の前で紙袋を割られる。人間では一瞬ギョッとし、その後怒りを見せるなどの反応を示す。だが、獣などはそのまま逃げるか、あるいは襲ってくるか。
ミルルは襲ってくる方に賭けた。
戦闘が始まってからの様子を見ていたが、この魔物はとても好戦的に見えた。もっとも、相手側から襲いかかっては来ないようなので、好戦的とは少し違うのかもしれないが…。
問題があるとすれば、ミルルの行動(紙風船を割る)に対する反応だった。
もしここで直接攻撃ではなく、ブレスや全方位への攻撃系だったらミルルは詰んでいたかもしれない。ミルルはここぞという時には一番危うい可能性に賭ける部分があったが、それが今回はうまく作用した結果だった。
ミルルは予想以上の成果に満足した表情を浮かべ、ルルミとの打ち合わせ通りにスキルを発動した。
「でりゃあああっ!」
ミルルと位置を入れ替えたキャロルは咆哮を挙げながら、拳を無防備な相手の顔面へと叩き付けた。
先程でさえ、一瞬怯ませたその攻撃をもろに喰らい、今度こそ魔物は声を上げることすらできずに倒れ伏した。
(やるじゃない、二人ともっ!)
キャロルは攻撃が入ったことに驚愕しつつ、二人に感嘆していた。
ミルルとルルミ。二人の共通する特殊スキル【交感】。
これは、二人の間でテレパシーのようなものができるというスキルであった。
ルルミが作戦を考え、ミルルに伝える。そして、タイミングを合わせてミルルがキャロルと入れ替わる。ルルミは看病してもらいつつ作戦の内容やタイミングをキャロルにあらかじめ伝えておいたのだ。
(さて、攻撃は入った。入ったけど…)
キャロルは倒れた魔物を見つめながら、決して油断はしていなかった。
先程も倒したと思ったが、思いがけない行動を取られた。
(だからこそ、徹底的に!!)
そう判断した後の行動は速かった。
「“金剛石の牙”」
動物、特にイヌ科動物において最大の武器はなんといっても強靭な顎から放たれる牙だろう。
それは、耳や嗅覚などをはじめとして犬の特徴を多く持っている彼女も例外ではなかった。
生みの親であるチタニアもそのことを前提として彼女を創り出した。
だが、人型である以上彼女の武器を牙とするのは違う。ならば、どうするのか。チタニアが考え出したのは身体能力…それに依存した圧倒的な握力だった。
キャロルはその卓越した握力を以てガシッとしっかりと首を掴み上げ、そのまま握り潰した。
――グシャッ!
果物が潰れたような音を立て完璧にへし折れた首はだらしなく垂れ下がっていた。
「…………」
光が上がり始めたのを見て、キャロルは興味失くしたようにふんと鼻を鳴らしてそれを地面に放り投げた。
「……ようやく、終わったか」
未だ力の入らない体を引き摺るように光を放ち続けている近付いていく。
「…代表。大丈夫なんですか?」
「……ああ、なんとか、な。どうやらあいつの全方位攻撃…あれには外に見える魔力だけでなく、内側にも作用するようだ」
突き刺した状態で耐えたのだが、その際少し吸い込んでしまったようだ。まだ体の内側から痺れるような魔力が途切れ途切れになっているようなそんな感覚で力が入らない。
(……だが、やらねばならん)
光の放出が終わり、動き始めた宝の山を見て私は薙刀を握る手に力を込める。
「――出て来たな」
クノン代表が悪意を放出しきった魔物の本体を見て、武器を構える。
「……代表?」
何をするつもりだ?そう思った瞬間、動きの鈍い魔物に刃を深々と突き刺した。
「だ、代表っ!?」
目の前で起きたことが信じられず、声を張り上げる。
「――こいつがどんな性質であるにせよ、これほど厄介な魔物は他に見たことがない。ここで完璧に息の根を止めておく必要があった。文句は後で聞こう」
たしかに、言いたいことはわかる。
あれほど危険な魔物だ。対処法がわからない以上、仕留める方が後顧の憂いはないだろう。
だが、それでも何か胸の奥にしこりが残るような感覚があった。
そんな風に見ていると、スパァン!と背中を叩かれた。
「イッテェェエエ!!」
「バカね。あんたが気にすることじゃないでしょ?」
俺が悲鳴を上げて背中を抑える中、犯人であるキャロルはそう告げてルルミちゃんの方へと戻っていった。
多分、落ち込んだ俺を励まそうとしてくれたんだろうけど…。
力加減を覚えて欲しいものだ。
苦笑しつつ、俺もルルミちゃんの方へと向かっていった。
「ルルミちゃん、大丈夫?」
ルルミちゃんとジェンネさんの下へ行くと、まだ顔色がよくはないが二人は起き上がっていた。
「…ええ、大丈夫です」
「……私も平気です。それにしても恐ろしい魔物でした」
心底恐怖を感じたようで、ジェンネさんは思い出したようにぶるりと震わせていた。
「さて、こいつも……」
その声に背後を振り返ると、クノン代表が卵の前に立っていた。
しかし、彼女が割るよりも早く卵にピキッとひびが入り――雛が孵った。
――ピィーピィー
ヒヨコらしい鳴き声をあげ、存在を主張する。
その様子に一瞬苦悶の表情を浮かべたが、決心したように「すまん」と呟いた。
しかし、それを遮る者がいた。
「待ってください!」
先程まで具合悪そうにしていたルルミちゃん。彼女はクレアに抱えられ、いつの間にかクノン代表の前に立ちはだかっていた。
「……何の真似だ?」
「たしかに、私たちは危なかったです。…でも、この子は関係ないじゃないですかっ!」
「だが、あれほど危険な魔物。将来の禍根は今ここで絶つ!これは、代表としての私の責務だ」
罪もない民たちを危険には晒せないと揺るぎない意志を見せる彼女に対し、
「…罪がないって言うなら、この子にも罪はありません!!」
それと同等の覚悟を見せた。
「では、どうすると言うのだ?」
「ここに置いておけないのなら、私が連れて行きます!私は魔物使いですから」
それで折れたわけではないだろうが、クノン代表は「わかった」と呟いて矛を収めた。
おそらく、彼女も生まれたばかりの命を奪うことに抵抗があったのだろう。
そんな代表を余所によかったと生まれたばかりの雛を抱きしめるルルミちゃんだった。
「――それにしても、こんな新種の魔物がいるなんて。これは、ジュリアンの予知も戯言ではないかもしれん」
クノンの言葉は喜ぶルルミの声にかき消され、誰にも聞かれることはなかった。
次回は閑話を挟みます。久しぶりにあの人たちが出てきますよ~




