初めての…………借金。
「それじゃあ、次のところに行こうか?」
「次?次ってなんだよ?まだここみたいなところがあるのか?」
「いやいや、君どこに住むつもり?」
「……あっ!」
そうだよ!俺この世界に来たばかりで知り合いもいないし、当然住む場所も金もないじゃん!やっべえーどうしよう。
「ねっ?ということで、これから家を手に入れるため鍛冶師ギルドへ行こうか!」
こうして俺たちは鍛冶師ギルドへと赴くことになった。
その時、ペルニカさんただ一人が俯いていたが俺はそれに気付かなかった。
職業組合、鍛冶師ギルド。包丁や鍋、ハンマーなどの金具から土木関連まで扱い、仕事を斡旋する場所。
「さて、着いたね。ここがこの町の鍛冶師ギルドだよ」
「…でかいな」
そうその建物はデカイ。ハッキリ言ってデカイ。威圧感すら感じる。その割に、柱は剥き出し二階はさすがにきちんとしてあるがこれじゃあ寒いだろう。まぁ、この世界は比較的あったかいみたいだからこれでも十分なのかもしれんが…。
「さて、じゃあギルドマスターに会いに行こうか」
「って、マスター!?なんでいきなりトップだよ!」
「いや、だって落ち人はこの世界にとって異分子。信用なんてあるはずがない。だから、普通は町のトップつまりはフィアードではボクが責任を以てお偉いさんに交渉するものだよ」
「ぐっ……!」
たしかに…!俺だって、見ず知らずの人間に金を貸してほしいなんて言われて貸すわけがない。
悔しいが、ここはアフィに頼るしかないのか。
「なんでそんなに憎々しげなのかは置いといて、さっさと入ろうか」
中に入っても人はまばら、ここが本当に組合なのか?
「おーい、マスター!いないのかい」
「うるっせぇやい!!このバカたれ小僧が!」
カウンターの中から現れたのは大柄でヒゲの濃いおっさんだった。
「やあ、マスター。悪いけど、新たな住人の家づくりの依頼したいんだ」
「じゃったら、弟に言わんかい!大工職の担当はあいつじゃ!ワシは鍛冶師じゃ、家は造らん!」
「そうは言っても、落ち人が来たらその地域の長が後見人になるのは決まりだ。君に話を通したのはその制度に乗っ取ったものに過ぎない。筋を通したいだけなんだから落ち人だからと嫌わずに話を聞いてくれないか?」
「けっ!ワシは落ち人を嫌っとるわけではない。落ち人に騙されて手に職があるにも関わらず危険な冒険者なんぞをやっておるバカ者どもが腹立たしいだけじゃい!…そうじゃろう、ペルニカ!」
怒号によってペルニカさんはビクッと肩を震わせる。
「…ペルニカさん?」
「ペルニカにあたるのはおやめ下さらない?彼女は自らの意志でここにいるのですから」
リリィさんがすっと彼女を庇うように前に出てくる。二人が喧騒を繰り広げる中、アフィに近づいてどういうことか聞いてみる。
「ペルニカはこの町の生まれなんだけど、幼いころから冒険者に憧れて町を飛び出したんだ。数年後、この町に戻ってきて『貴婦人の話題』が拠点をここに移したけどマスターは未だに家を飛び出したことを怒ってるんだよ」
言われてみると、髪の毛や肌や瞳の色がそっくりだ。彼女のガタイが良ければもっと似ていたかもしれない。
「なるほど、だからあんなに…」
「そういうこと。冒険者は多くの魔物と戦闘を行う危険な職業だからね、親としては娘にそんな職ついてほしくはないだろうさ。それに、ペルニカの才能は彼も認めていたからね。いずれは自分の後を…と夢見ていただけにショックだったと思うよ」
わからなくもないな。誰しも家族が危険な仕事を選ぶと聞いて冷静なわけがない。
「それにペルニカも父親のことを尊敬している。決して嫌っているわけではないから彼女も強くは言い返せないんだ。僕に言わせてもらうともう成人しているんだから関係な様な気がするけどね」
これは落ち人だからかなと自嘲気味に笑うアフィはどことなく寂しげなモノを感じさせる。
俺たちは落ち人、つまりはこの世界にとって本来は異端。しかも元の世界の生活を捨ててきているわけだから繋がりが薄く感じてしまうのかもしれない。だからこそ、そういう一見冷淡な答えが出てくる分情の分野では人とずれてきてしまう。
しょうがないとわかっていても少し虚しさを覚えるな。
「…父さん、たしかに冒険者は危険だよ。危険だけど、冒険者がいるから私たちは生きていられるところもある。たしかに、町や王国には町長のように土地持ちスキルを持っている人が魔物を寄せ付けないようにしてくれてる。その中で一生を終える人だって少なくない。だけど……」
ペルニカさんは少し躊躇いながらも自分の信念を告げる。その表情には決意と覚悟が見て取れた。
「だけど、そんな人たちを助けるモノを作り出すのは私たち鍛冶師だ!だから、私はそんな人たちを裏切りたくない。そんな人たちの期待に寸分の狂いのないモノを作り出せる父さんは尊敬している。だけど、それじゃだめなんだ!期待通りではなく、期待以上のモノを作り出せてこそ、だから私は共に戦うことでそれを見つける。父さんに何を言われても変わらないよ!!」
「…………」
ギルドマスターは無言で彼女を見つめている。その瞳は彼女同様揺るがぬ信念を感じさせるが、それと同時に娘の幸せを願う父親のモノだったのかもしれない。
「……はぁ、このやり取りも何度目かわからねえ。いつも言うが勝手にしろ。ただし、ワシは冒険者を続けている限りお前を認めることはない。……おい、誰かトレンを呼んで来い!」
「へい、ただいま!」
それ以上言うことはないとばかりに背を向け、カウンターに向かって叫ぶ。
「……やはり、今回もダメでしたわね」
リリィさんはそんな様子を見ながらペルニカさんを気遣うように傍に寄り添っている。
「マスターとペルニカのやり取りは会う度に繰り返されていてね。それでも初めの頃よりは進歩しているんだけど、こればっかりはどうにもならないから時が解決してくれるのを待っているのさ」
アフィが小声でそう囁き、何ともいえないまましばらく待っていると奥からドシドシという足音が響いてきた。
「よう、兄貴!呼ばれたから来てやったぞ!」
やって来たのは、マスターを小柄にしたようなおっさんだった。やたら声がデカく、思わず耳を塞ぎたくなってしまう。
「…んっ?そこにおるんは、ペルニカじゃないか!」
「やっほー、おじさん。相変わらず元気そうだね」
「あったりめえよっ!!職人は身体が資本。覇気のねえ職人なんざ職人じゃないわい!」
ガッハッハと豪快に笑うと建物全体が揺れるように響く。
「さて、改めて紹介するよ。こちらは、ドン・トレン。鍛冶師ギルド土木関連長、通称親方。ちなみに、さっきまでいたギルドマスターはドン・エルド。トレンのお兄さんだ。どちらも腕は超一流だから何か作ってほしい物がある時は二人に相談するといい。トレン、新しく来たシィドだ」
「シィドです。はじめまして」
「おう、ワシはトレンじゃ。よろしくな、坊主」
強引に手を引き寄せられ、がっしりと握手を交わす。
「さて、要件はわかった。つまりは家が欲しいということじゃろう?そうじゃのう、今から作り始めるとしても材料の調達なども合わせて大体、半月ほどかの」
「えっ!?そんなに早くできるんですか!」
この世界の暦は一週間が5日と考え、四つの季節の移り変わりをひと月で表すためにひと月20日で十の月があるとなっている。ただし、新年を迎えた月は神へ感謝を示すためにひと月40日となっている。つまり、10日ほどで家が建つということだ。
「ガッハッハ、あったりめえよ!ワシの腕にかかればあっちゅー間じゃい」
やはりこの世界独自の方法などがあるのだろうか?向こうの世界では考えられない速度に俺は感嘆してしまう。
「さてと、話はまとまったね。じゃあ、完成まではギルドに部屋を貸してもらおうか」
「え゛っ!?こ、ここにか?」
「あーごめんごめん。ここじゃないよ。ここは、さすがに…」
よ、よかったー。ここじゃなかったか。ふぅ、生きた心地がしなかったぜ。ただ、周りからの視線が若干痛いわ。みなさーん、俺じゃないですよ。言ったのはここにいる男ですよ。
「じゃ、じゃあどこにいくんだよ?ギルドはここだろ?」
「ギルドはギルドでも行くのは冒険者ギルドだよ。商業ギルドもあるけど、そこは信用第一だから関係者以外は建物に留まることはできない。ならば、残るのは冒険者ギルドか宿屋だけ」
「…まぁ、宿屋は金がないと無理か。……って、そういえば家の金はどうするだ?」
「それなら大丈夫」
自棄に自信満々だなと思っているとどうやら金はちゃんと取るらしい。落ち人の場合無一文でやって来るので彼らが生活を安定させるまでは最初に訪れた土地で生活できるまでの費用を負担。その代りに彼らが生活できるようになった時には彼らから一定額あるいはそれにふさわしい対価を支払う。
つまり、俺の新生活はいきなり借金生活。終わった。終わったよ俺の楽しい生活は。