閑話:サムライの服装事情
次回から新章に入ります。その前に一日お休みをいただきますのでご了承ください。
これは、まだ俺たちがフィアードにいた頃。そう、ちょうど『青き虎』との抗争に巻き込まれてしばらく経ったの日のことだった。
「ぬああああっ!ないーー!!」
俺たちが家でのんびり過ごしていると、突如マツリの叫び声が聞こえてきた。
「…何だよ、うるせえな」
「まったくなのです!危うくカラシシの粉をぶちまけるところでしたよ」
――バンッ!
「シィド殿、ヤノン殿!大変でござるっ!」
「キャアアアッ!」
「ぐわあああっ!」
慌てて浴室から飛び出してきたマツリ。彼女は、普段から身に着けている着物を羽織ってはいるものの、その下には何も身に着けていなかった。
その姿を見て、顔を真っ赤にさせながら俺の顔をあらぬ方向へと強引に向けるヤノン。その痛みで悲鳴を上げる俺。
まさに阿鼻叫喚の有り様だった。
「……で、一体どうしたってんだ?」
ヤノンに強引に曲げられたことで痛めた首を擦りながら、ムスッとしつつマツリに尋ねる。
下に何も身に着けていなかったことに気付いたマツリも今はしっかりと前を合わせているものの、結局何もつけていないらしくもぞもぞしつつ何が起きたのかを語りはじめる。
「…実は、拙者が湯浴みを終えて風呂から出たところ、着替え用に用意しておいたサラシと褌がなくなっていたのでござる」
「単純に用意するのを忘れてただけじゃねえのか?」
「いや、それはないでござる!」
随分、きっぱりと否定するなと思ったら、元々身に着けていた分のサラシと褌もなくなっていたのだそうだ。
たしかに、いくらこいつが抜けているからと言って元から着ていたかどうかぐらいはわかるか。
「そこで気になって荷物を確認したのでござるが…」
「それもなかったってことか」
ちなみに、マツリは基本的に風呂の時は荷物を浴室に持って入っている。信用していないとかではなく、着物なのでいろいろ必要なんだそうだ。
よくわからんが。
「…ということは、考えられる可能性は一つですね」
「……盗まれた、か」
だけど、盗むって言ったって一体どうやって…?
「「…………」」
「おい、なんだよその眼は?」
「じー……」
「じーでござる」
「お前ら、まさか俺が盗んだと疑ってるんじゃないだろうなっ!」
「ですが、家の中で盗むとしたらシィドさん以外には考えられないのです!」
失礼なことを…!
「大体、マツリが風呂に行く前からお前と一緒に燻製室に篭もっていた俺に何ができるっていうんだ!」
「……あぁ、そうでしたね。では、シィドさんの犯人説は消えましたか」
若干残念そうなのは俺の気のせいか?
「いや、シィド殿に脅されてヤノン殿が共犯になったという可能性も捨てきれぬ」
「その場合、ここにお前の味方はいないから迷宮入りだな」
「シィド殿。拙者、別に怒らぬ故本当のことを話してほしいでござる」
「…それは、信じてない奴の典型的なセリフだ。そんなことよりもさっさと新しいのを買いに行って来い!」
バカなことを言っているマツリをヤノンと一緒に放り出す。
――しかし、事件はこれで終わりではなかった。
下着紛失から3日後。
「ぬうぅぅああああっ!!」
再び、マツリの叫び声が聞こえてきた。今度は怒りの方が強いらしく、慌てることなくドカドカと足音を立てながらやって来た。
「また盗まれたでござるっ!」
「…またかよ」
一度ならず、二度までも。これはもう偶然ではないな。
「ですけど、どうやって盗んでいるのでしょうか?」
そう、問題はそこだ。
そもそも家の鍵は俺とヤノンしか持っていない。マツリは臨時で組んでいるだけの自分が持っていてはいけないと断固固辞して受け取らなかった。
というわけで俺とヤノン以外は勝手に入れるわけがないんだが…。
「一旦、アフィに相談してみた方がいいかもしれんな」
「……へえ、そんなことがねえ…。秘書君、すぐにトレンとリリィを呼んできてくれるかい?」
「かしこまりました」
「町長、トレン様とリリィさんをお連れしました」
アフィに言われて出て行った秘書さんが二人を連れて入ってきた。
「…ありがとう。でも、なんでマリアージュまでいるんだい?」
「どうしてもついていくと聞かなかったので…」
「あっそう」
「アルタフィルさん、どういうことですか?」
「そうだぜ、なんでも下着泥が出たとか…」
「うん。実は――」
「マツリさん。安心してくださいね。ワタクシ達が絶対に守って見せますわ!」
俺たちは、家の周りに配置された集団を見つめていた。
あの後、アフィから事情を聞いたリリィさんはそれはそれは憤り、自分たちで絶対に犯人を捕まえると意気込んでいた。
ちなみに、おやっさんは自分の造った家でそんなことがあるはずがないと言っていたが、念のために鍵を取り換えると言って扉を造りに帰ってしまった。
「……一応、普段通りの生活をしていてもらいますが……シィドさんあなたは一応警備の間は別の場所に行っててもらいます」
(……ここ、俺の家なんですけど)
言ったところで取り合ってはもらえないと諦め、俺は渋々ギルドで厄介になろうとしたが、特定の事情があるわけではないので追い出され、結局この間は宿でお世話になることになった。
「「……で、駄目だったと?」」
翌日、宿を訪れたおやっさんと一緒に家の様子を見に行ったのだが、そこには意気消沈して項垂れる『貴婦人の話題』の面々。
そして、眠そうにしているヤノンと真っ赤になってプルプル震えながら手に持った紙袋を握り緊めているマツリ。
なんでそんな風になってんだ?
ヤノンの方は、まあ……一人だけツヤツヤしているマリアージュさんを見れば大体わかるが。
「マツリ、何を持ってんだ?」
「………」
「なんだよ?見ろってか?」
無言で差し出された紙袋を覗き込んでみる。
「……はっ?」
中に入っていたのは…下着。
しかも、結構際どい感じのスケスケなやつ。
「……今朝、彼女が目を覚ましたらそれが枕元に置かれてたそうですわ」
疲れた感じでリリィさんが説明してくれる。
ちなみに、マツリの最後の一組。つまり身に着けていた分も持って行かれたらしい。
「…えっ?ってことは、その下はまたすっぽんぽんか?」
これを言った後、集まっていた女性陣に袋叩きにあった。
一応、置いて行かれた下着をつけていたらしい。
つまり、今現在着物の下にはあのスケスケが…!……ごくり。
「……ふ~む。一体どうやったのやら…んぅ?こいつぁ…」
「おやっさん、何かわかったのか?」
扉を調べていたおやっさんが何かに気付いたような声を上げたので、聞いてみた。
「…ああ。これを見ろ」
指差されたのは扉の縁。そこには小さな傷が…。
「それは…?」
「よくわからねえが、何かが埋め込まれていたと考えられるな。それが影響して上手く鍵がかからなかったんじゃねえか?」
「ってことは、それを解消すれば……」
「ああ。少なくとも今のままの侵入は防げる。ただし、犯人が見つからない以上。無駄になるのは火を見るよりも明らかだな」
「あいや結構!拙者、腹を括ってこの下着を身に着けるでござる!」
「自棄になったか?」
「もう少し考えた方がいいのでは?」
「早まってはいけませんわ!」
「いや、これでも拙者なりに考えた所存…!それに、これ以上皆に迷惑をかけるわけにはいかぬでござるっ!」
こうして、マツリの下着紛失事件以降マツリはスケスケランジェリーを愛用するようになった。その分、今までみたいなだらしない生活をしなくなったのでいいと言えばいいのだが。結局、犯人が捕まっていないので謎が謎を呼ぶ形になってしまった。
「……んっ?種、か?こんなところで落ちてないで外でのびのびと育ちな」
「……ふふ、ふふふふっ、満足」
余談だが、この事件以降フィアードの町外れで夜な夜な不気味な笑い声が聞こえるようになったらしい。声のする方に行くと、まるでミイラのように全身に白く細い布を巻いた女がいたというが、近寄るとどこかに消えてしまうそうだ。
そして、そんな時には…毎回植物の種が周囲に転がっていたらしい。




