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記憶の濁流

「…わかりましたか?わからないことがあれば、また随時お尋ねください。それでは、あなたの記憶で再生できるものを再生していきますから、必要だと思った記憶では反応してくださいね」

 淡々と事務仕事のように流れていく作業が続き、ようやくこの作業も終盤に近づいてきていた。まぁ、この作業が一番大変だったと後で泣くことになったが……。

 ……はぁ、数十分前のほのぼのとして雰囲気が懐かしい。


 ――遡ること数十分前。ひと騒動あってようやく町の中に入った俺は、アフィの案内である建物の前まで来ていた。

「……ここは?」

「ここは落ち人が最初に訪れるべき場所だよ。記録の保管場所にして、記録をする場所」

 案内された建物はまるで卵のように白くツルツルした建物だった。窓も入り口側にしかない変な建物というのが印象的だった。

「記録って何の?」

「そうだな、わかりやすく言うと記録と言うよりは記憶が正しいかな。落ち人っていうのは前の世界の記憶はなくしているけど、ここではその記憶を呼び起こすことが出来るし、この世界で記憶して忘れたくないことを記録したり、事件などがあってショックで忘れてしまった記憶を読み取ることも出来る」

 ただし、前の世界の記憶は時間が経つに連れ呼び戻せなくなり、ひと月もすればどんな人間でも呼び覚ますのは不可能らしい。だから、この世界に来たらできるだけ早くここに来る必要があるそうだ。

「さてと、入る前にしておかなくちゃいけないことがある。右手を出してくれ」

「…こうか?」

 言われるがままに右手を出すと、懐から出したペンで甲に何やら模様を描いていく。結構細かい動きをしているのにくすぐったくないのはなんでだろうなとずれたことを考えている間に終わったらしく、もういいと言われたので改めて模様をまじまじと見つめてみる。

「これは、何なんだ?」

「それは、この世界での身分証明書だよ。滞在している町や国を示すモノなのさ。旅に出たとしても、この模様があるところが君の本拠地ってことになるのかな?だけど、安心していいよ。別の場所に行けば簡単に変えられるから」

 なるほど、つまりはそこにいる間はこの模様で証明できるが、別の場所に滞在したければ書き換えればいいのか。

「あと、これは重要なことだけど、記憶を呼び戻した後にはもう一度ボクのところを訪ねてきてね。訳は、中にいる記録士が教えてくれるよ。ついでに、今日の担当は堅物だけど、いい子だから気にしないでね?すっごく疲れるとは思うけど、ねっ!」

 どんっとアフィに押され、俺はそのままとんとんと建物の中へと入っていく。

「お、おいっ!もっと詳しく教え――」

 抗議の声を上げようとした俺だったが、すぐに扉は閉まっていき、最後に見たのはアフィが笑顔で手を振りながら「あっ、やっぱり前で待ってるからね~」そんなことを言っている姿だった。

 後で思い出すと、あれはこれから俺の身に起こる理不尽を喜んでいたんだろう思わせるそんな不吉さを孕んでいた。


 建物の中は眩しいぐらいに白く、どことなく神聖な雰囲気を放っており、入り口と向かい合うような形で扉があるだけだった。

「……どうぞ、お入りください」

 扉の向こう側から女性の声が聞こえたので、おそるおそる中へと進んでいく。

「し、失礼しま~す」

 中は鏡張りの空間が広がっており、不思議なことに誰も(・・)いなかった。

「……あ、あれっ?確かに、さっき声が…」

 疑問に思いつつも部屋の中を見渡すと、入ってきた扉もなくなっている。そして、部屋には鏡しかないという状況となり、必然的に俺はこの世界に来て初めて自分の姿を確認することとなった。いや、確認するはずだった。

「…な、なんだよ、こりゃっ!!」

 部屋の鏡に写された俺の姿はぼやけていた。そして、俺はこの段階になってようやく名前と共に姿も思い出せなくなっていることに気が付いた。だが、思い出せなくても自分の姿がこんなにぼやけていなかったのだけは覚えている。

「いったい、どうなってるんだ?」

 思わず、呟いたその声に反応するように鏡の中の俺が光を放ち、遅れて俺自身も光に包まれた。あまりの光に目を瞑り、次に目を開いた時には、先ほどまでぼやけていた姿がはっきりと映し出されていた。

(どうなってやがるっ……)

「失礼。驚かせてしまいましたか」

 急に現れた気配にハッとなって見渡すと先ほどはなかったはずのテーブルとイスが用意されており、そこに眼鏡をかけた女が一人席についていた。

 さっきの声…。

「あなたが、先ほど部屋に入るようにと声をかけてきた人ですか?今まで、姿は見えなかったのに一体どうやって…?」

 質問に対する返事はなく、代わりに彼女の正面のイスを指し小さな声で「どうぞ」促された。

 つまりは、話は座ってからということか。まぁ、いいだろう。

 なんとなく、挑戦されているような気分になった俺はそのままイスを引いて席に着いた。


 新入り君を押し入れた頃、ボクらは軽く話をしながら彼を待つことにした。

「……で、今日の担当は誰ですの?」

 建物に吸い込まれるように入っていく彼の背中を見送りながら、リリィが尋ねてきたのでボクは愉しげに見えるように心がけながら答えてみせた。

「驚くことなかれ、今日の担当はなんとなんとキルエちゃんです!」

「「…………」」

 ボクが答えると二人はあっちゃ~という雰囲気を隠すことなく、天を仰いだ。うん、言いたいことはよぉ~くわかるよ!

「……あの新入り君。持ってないね」

「…いえ、逆に持っているのかもしれませんわ。そうでないと来て早々魔物に襲われたり、担当がキルエだなんてありえませんわ」

「たしかに…!持ってるかもねぇ~。悪い意味で、だけど」

「悪い意味じゃあ、持ってるというよりも憑りつかれてるんじゃない?」

「それはいかんな。どっかから霊術師でも呼んどいたほうがいいかな?」

「もう、アルタフィルさんったらふざけている場合ではありませんわよ?」

「ハハッ、そりゃそうだね」

「まったくですよ~」

 リリィがおかしそうに注意をし、ボクらもつられて笑ってしまう。まったく、彼の心中を察すれば笑っている場合ではないのだけど、他人の不幸は蜜の味と言うか、自分とは関係のない所だと面白いもんだね。

 それにしても、この町にいる3人の記録士。その中でも、一番真面目でマイペース悪く言えば融通の利かない堅物のキルエちゃんが担当だなんて。ハッキリ言って新入り、それも落ち人の担当には向かないような彼女が相手とは、まったくついてないねぇ。二人には冗談で言ったけど、本当に一度霊術師に見てもらうべきだろうか?

 可哀想だけど、ボクは彼の今後のためにもどうするべきか真剣に悩んでいた。

 決して面白い人材が来たとか、そういう邪な考えは持ってなかったんだよ。本当だよ?


 ―――俺は、一体何をしている?何を見ている?

 この世界に来る前にいた不思議な白い空間。そこに似ているようでそこよりもさらに異質な感じある場所に俺はいた。あの空間と違い、俺の身体はどういう状態なのかわからないほどに不安定で浮遊感がある。そして、時折生まれる空間の歪みのような明滅。その一瞬に見える人物。

(…あぁ、あれは、俺か。)

 なんとなくだが、わかった。今見せられているのは前の世界の俺の記憶、前世の記憶ってやつか。それとも、俺は死んだ間隔はねぇが死にかけたらしいから走馬灯かもしれないな。

 この記憶の濁流の中から残したい記憶を探すってか。ハッ、自分でも記憶になかったような生まれてすぐの記憶を見せられてもいまいち実感はわかねえなぁ。これも、新しい人生を歩むためには必要ってか?面倒臭えことをじゃねえか。

 適当に、見ながらもところどころに気になる記憶を拾い集めていく。

 家族らしき人物たちが俺の誕生を喜んでいる様子

 初めて喧嘩して勝った時の達成感

 楽しかった思い出やこれからも生かせそうな経験、俺の信条を決めるた場面など様々だ。そして、そんな記憶の濁流を辿っていく中、俺は最後の記憶に辿り着いた。

 真っ赤に燃え盛る建物、逃げ惑う人々や怪我をして動けない人々。瓦礫の下敷きになっている父親を必死に救い出そうとしている俺。

(そうだ。たしか、この事件で俺は……)

 何やら胸騒ぎのような違和感を覚える。ゾッとしてここから先を見てはいけないようなそんな違和感。ほとんど感覚がないような空間の中で体中の毛孔から汗が噴き出すような感覚。

 これは、さっき化け物に襲われた時に感じたような死が目前に迫っている感覚。先ほどと違うのはより濃厚で明確だということ。つまり、俺はこの後死んだ。正確に言うと死にかけた。

 無意識のうちに映像の中の俺自身に手を伸ばす。伸ばしても記憶の中なので触れないことはわかっている。それでも伸ばさずにはいられなかった。

(やめろ…!!頼むから、振り返らないでくれ!そのまま、逃げろっ!)

 しかし、願いは虚しくあらかじめ決められていたかのように振り返り、そしてアレを見てしまった。

 人々が泣き叫ぶ阿鼻叫喚の地獄絵図のような光景の中、その様子を嗤いながら見つめているあの男を。そいつが、どんな奴なのかそんなことは知らない。だが、その表情(かお)を見た瞬間に確信した。こいつがこの状況を作り出した!

 助けを求めて彷徨わせていた視線が男の横顔に固定され、懇願していた気持ちが憎悪に染っていく。

 ――親父は、もう助からない。なのに、なんで生きてやがる!何を嗤ってやがる!!

 気付いた時にはその男の背中に向かって走り出していた。

 すぐに男も俺の存在に気付く。怒りで染まった俺を見ても嗤い続け、懐から何を取り出した。

「―――――」

 男が何かを言った瞬間、視界が紅く染まり次の瞬間には真っ暗になる。

 そこで俺の記憶の旅は終わった。

 忘れねぇ。例え、何があろうともこの記憶だけは忘れねぇ。もう一度、こいつに会うことがあったら絶対にこいつを殺す…!

 この時は再び会うことなど予想もしていなかった。ただ、この怒りを、理不尽を忘れたくなかった。忘れられるはずがなかった。ただそれだけだった。

 しかし、運命とは残酷なモノで俺は再びこいつと出会うことになる。またもや最悪の形で。


「……っ!!」

「お目覚めですか?」

 先ほどの空間から戻ってくると、同様に無表情の女がこちらを覗き込んでいた。

「……そうか、戻ってきたのか」

「はい。お疲れ様でした。記憶巡りの旅は終わったようなので、これから上書きに入ります。紋様が見えるように手を出してください」

 淡々と告げられる言葉にまだ動悸が収まらない感覚を覚えつつも、黙って手を差し出す。ハッキリ言って、この疲れている状態でこの女の淡白な感じと無言で早くしろと急かすような視線は堪えるが、それ以上にここで長居をしたくなかった。一刻も早く解放されたい。そういう感情があったのかもしれない。

 女も決められた手順に従うように針を出し、その先に自分の血を付けると手の模様に書き重ねていく。

「はい、これで終了です。お疲れ様でした。この世界の詳しいことについては誰か別の人が説明して下さるでしょう。とりあえず、その足で町長のもとへ向かってください。では、本日の担当はキルエでした。またのお越しをお待ちしております。さようなら」

 最後まで自分のスタンスを崩さず、これで自分の仕事は終わったと告げると俺は鏡の部屋から追い出されていた。まるで感情のない人形を相手にしているような疲れがドッと出てそのままフラフラと扉を開けて外に出て行った。

(……できることなら、もう二度と来たくない。来るとしても、あの女が担当の時は嫌だ)

 俺は切実にそう感じていた。

 

 短いやり取りしかしていないはずなのにそんな感想を抱かせる。それがフィアードのある意味名物記録士キルエの真骨頂であり、彼女が真面目で優秀な割に面倒臭いと呼ばれる所以であった。

記録士の読み取ることのできる記憶はエピソード記憶です。この世界にやってきた落ち人達が失うのは彼らが体験してきた記憶であり、意味記憶はそのまま残っています。

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