青い虎
体調を崩してしまったので今週はこれで更新をストップさせていただきます。
体調が戻りましたら次話は土日どちらかで投稿させて頂きます。
「これでどうでござるか?」
「……ああ、助かったよ。それにしても調合師ってのは凄いんだな」
マツリの調合してくれた薬を飲むことで俺は体の自由を取り戻していた。
「なあに、拙者にも同様の毒を使われたでござるからな。たやすいこと」
「……なんでお前には効いてないんだよ?」
バカだからなのか?
「拙者、特殊スキルで【遅毒体質】を持っているのでござる。なので毒が効果を発揮する前に解毒薬を飲むことなど容易いのでござるよ」
「便利なスキルですね~」
まったくだ。ただ、こいつがこんなスキルを持っている理由が元々鈍感だったからって気がしてならないんだが。
……それにしても。まさかあのネギがあんなに便利なモノだったとは。
マツリの使っている刀。その刀身に使われているネギ――名称を万能花咲草。
ありとあらゆる花を咲かせることができる世にも奇妙な植物。そんなものが自然界に存在するというのは奇妙な話だが、異世界ならではといったところか。
マツリはそれを武器に改装し、彼女の技によって花が咲くように改良しているらしい。
(……面白い)
(………ハッ!嫌な予感がするです)
シィドさんのあの眼。何かよくないことに興味を持っている時の目に似てます。
シィドさん…。興味を持ったら一直線なので、面倒なのですよ。
第二の『赤の血煙事件』を起こさなければいいのですが…。
「……して、これから如何するおつもりでござるか?」
「……そうだな」
「このまま逃げちゃえばいいと思いますよ?」
「う~ん、それはそうなんだが…」
その提案はたしかに魅力的ではあるんだが…。
「何か心配事でも?」
「逃げたところでまた奴らが現れないとも限らないしな…」
まあ、今回の騒動でさすがに取り締まられるとは思うが、ああいう奴らは変な抜け道を持っている可能性もある。
……どうしたものか。
「では、簡単でござるよ!」
「一騎打ちを仕掛ければよいのでござる!!」
なんとも短絡的な思考だ。
マツリが言うにはこの世界においても一騎打ち以上に後腐れのない決着の方法はないのだという。
……ただなぁ、一騎打ちかぁ…。
「…一騎打ちですか」
ヤノンも同じ疑問を感じているようだ。
「………何か問題でも?」
そして、案の定こいつは気付かない。まあ、こいつには期待してないが。
「いえ、今更一騎打ちをしてもというのがあります。ハッキリ言って相手はすでに多勢で攻めてきましたから。この場合、戦いを挑んだところでこちらが出した被害の方が大きいので取り合っていただけるか」
そもそもとさらに続ける。
「――敵のボス、ババビディはかなりの使い手です。今の我々ではとても一対一での勝利は望めないでしょう」
つまりは、一騎打ちを受ける可能性はあるが、それによって負ける可能性も高いと。
「……うう~む、そうでござるか」
「そうなのですよ…」
頭を突き合わせて考えてみるが、いい考えはそう簡単に思い浮かばない。
「じゃあ、当初の予定通りこのまま乗り込んで倒すしかないか」
結局はそこに落ち着くんだな。
「……ですね。それでも勝率は高くはありませんがやるしかないでしょう」
「なあに、拙者がいるのでござるから千人力とはいかないまでもお力添えをいたしましょうぞ!」
ヤノンは不安を誤魔化すように、マツリはどこか湧いてくるんだというほどの自信を漲らせながら賛同する。
――『青き虎』と俺たち3人での最終決戦だ。
あれだけ部下たちが追って来ていたのだからババビディもどこかに移動しているのではないかという不安もあったが、そんなことはなく……ババビディは元の酒場でドンと構えていた。
その居住まいからは欲に溺れた男という雰囲気は一切感じられず、まさに歴戦の戦士を彷彿とさせた。
「……よう、結局戻って来たのか」
「まったく、ふてぶてしい態度でござるな!」
お前が言うな。
「いいから、黙ってろ」
ぐいっと押しのけて前に出る。
「…こっちこそまさか未だにここに留まっているとは思わなかったぜ」
「なぜ逃げる必要がある?お前たちを負う役目なら部下に任せてある。だったらここで待っている方がいいに決まってるだろう」
負けることは考えてねえってことか。
「……だが、それも無駄だったようだな。まさか、てめえらのようなガキどもにあいつらが負けるとは思わなかったぜ」
まったく無能な奴らだ…そう言いながら立ち上がる。
改めて見ると結構デカいな。
「…さて、戻ってきたってことは俺と闘り合おうってことだろう」
わかってるなら話は早いな。
「いいぜ。俺もちょうどお前らを叩き潰してやろうと思っていたところだ。かかってきな」
ババビディの構えに対し、俺たちも武器を構える。
「ここは、拙者から!でやああっ!」
マツリが真っ先に斬りかかっていく。
ババビディも防御が間に合ってない。
「イケる!」そう思ったが、マツリの刃はガギィンという音を立て、奴の皮膚に弾かれた。
「………ぐっ、つぅ!」
斬りかかったマツリの方は刀こそ落としてはいないものの相当な衝撃を受けたらしく、手を押さえて蹲っている。だというのに、斬りかかられたババビディは平然とした表情を浮かべている。
「…どうした?もう終わりか?」
舐めやがって…!
駆け出そうとした俺の服の裾をぐいっとヤノンが引っ張る。
「なぜ止めるっ!?」
「今行ってもマツリさんの二の舞なのですよ!!」
思わず怒鳴りつけた俺をヤノンもまた同じような剣幕で言い返す。
「……そんなの」
わかってんだ!だけど、ここで行かないと…。
「まずは私が行きます!」
「なっ…!?バカか!お前であいつに勝てるわけが……」
信じられないことを言うヤノンの肩を掴んで言い聞かせようとしたが、その表情を見て何も言えなくなってしまった。
「(……いいですか?あいつのジョブは発掘家と聞いたことがあります。つまりは鉱山などで功績を採掘するジョブです。そのヒントをもとにあいつの反応から弱点を見極めてください。
この中で一番攻撃力が優れているシィドさん。あなたにしかできない役目です)」
掴んでいた手をそっと離す際に囁いた言葉。
「…そのためなら私たちは喜んで捨て石にだってなります」
自分のことを捨て石とまで言って向かっていくあいつの覚悟を踏みにじることなんて俺にはできなかった。
安心しろよ。
お前がどう思うと俺は捨て石だなんて思わねえからな…!
「やああー!喰らうのです……ドッキリクラッカー!」
パアンと炸裂音をが鳴り響く前にそれを遥かに上回る爆音が周囲から音を奪い去る。
「ぬっがああああ…!」
爆炎に包まれ呻き声を上げるババビディ。
その様子を見ながら、違和感を感じ始めていた。
「……おかしい」
違和感の正体がわからないのに顔の輪郭を伝うように汗が滴り落ちる。
――ゴオッ!
炎ババビディを包んでいた炎が揺らめき、人影が確認できた瞬間。違和感の正体に気付き、
「――ヤノンッ!」
「――遅え」
爆炎ごと凪ぎ払うように振るわれた拳をモロに受け、悲鳴を上げる間もなく吹き飛ばされその勢いのままに壁に叩きつけられる。
「……かはっ!!」
「その程度じゃあ俺には通じねえよ」
炎の中から姿を現した奴は予想通り、無傷だった。
……当然、火傷の跡も見受けられなかった。
やはり。
俺の予想は当たってしまった。
おそらく奴のスキルは硬化に近い能力だろう。でなければあの防御力は説明つかない。
だが、それだけではあの爆炎の中無傷の説明が付かない。
「……それでも、やるしかねえか」
二人の行為を無駄にするわけにはいかない。――俺は、スッと灼月を構えた。
「まだやる気か。いいぜ、とっととかかってきな」
油断していろ。それがお前の決定的な弱点に変わる。
「…【炎刃】」
ボオッと炎を纏わせる。だが、これじゃあ駄目だ。
もっと熱く、もっともっと熱く!!
魔力に応じ、刀身がどんどん赤く変色していく。そこから発せられる熱気で空気が歪み、周囲に陽炎が見られ始める。
「……ほぅ」
その刃に脅威を感じたのか、ババビディも初めて構えを見せる。
――ピリピリとした雰囲気の中、激突の時が来た。
「うおおおおっ!」
「…ハァッ!!」
振りぬいた刃を半身で躱した奴の拳が俺の顔面目がけて放たれる。
「…チィッ!」
その拳を避け、振りぬいたことでがら空きになった首筋へと刃を振り上げるもそれすら予期していたと言わんばかりに側転で避けられ、浮いた足を俺目がけて振り下ろす。
振り下ろされた脚は俺に当たらず、地面に深く突き刺さった。
「……ハァ、ハァッ」
「ちょこまかと…!」
チッ、これほどとは…な。
俺が息絶え絶えなのに、奴は呼吸を乱してすらいないことに実力差を痛感する。
(…こりゃ、正攻法で勝つっていうのは虫が良すぎるな)
改めて突きつけられた現実。それは怒りで血が上った頭を冷静にしてくれた。
(俺の本来の戦闘スタイル。それで勝つ!)
「喰らっとけ!!」
「ぬおっ!?」
ボボボンッと破裂音をさせながら赤い煙が奴を包み込んでいく。
(普段通り――俺の戦い方はこの煙玉とヘベレケ玉で相手を油断させること。卑怯だなんだと言われる筋合いはない!)
今のうちにトドメを刺す!
煙の充満している中に突っ込んでいく。
――ビリィ!
「……ッ!?」
煙の中か伸びてきた腕によって口布が引き裂かれる。
(バカなっ!?)
口布がなくなり、慌ててバックステップで距離を空ける。
「………無駄だって、言ったろ?」
当然のように無傷で現れるババビディの姿があった。
……ありえない。あれを至近距離で喰らって平然と呼吸ができるわけがない。
理解不能の状況に俺は思考を放り出していた。
「これ以上、相手をする意味もねえ。俺のスキルを教えてやるよ」
そう告げる奴が取り出したのは小さなナイフ。
それをおもむろに腕へと近づけ……、
――ギギッ!
火花が散るように肌をなぞって引かれたナイフは傷つけることができず、代わりに刃こぼれを起こしていた。
「――これが俺のスキル【メタル】だ!スキルを発動している間、俺の体は金属へと変貌する」
金属になるだと……!?
「いかなる攻撃も無意味!金属となっている間は呼吸する必要すらねえ!まさに鉄壁にして無敵の能力!」
だからか。
だから、マツリの斬撃も、ヤノンの爆撃も効かなかった。
……そして、俺の攻撃を避けた理由。それは溶けるから。どんな金属も耐えられる温度以上では溶けて変形する。だからこそ奴は俺の攻撃だけは避けた。
「わかったら落ち人風情が俺に逆らうな!!」
『青き虎』が『貴婦人の話題』を異様なまでに敵視する理由。それは代表の座を奪われたことともう一つ、彼女たちの代表が落ち人であることも挙げられる。
コメディカルティアにおいて、落ち人とは異質な存在。それでも、長い歴史と神の言葉ゆえに差別を受けることなく生活はできる。
しかし、それでも異物を嫌い、排除したがる者は少なからず存在する。
ファルサス・ババビディもまた落ち人を排除したがる人間の一人だった。
彼は幼少の頃、父親から落ち人への恨みを植えつけられていた。
『落ち人ごとき化け物どもにこの世界を渡すことは許されん!』
それが父親の口癖だった。
そして、そんな刷り込みを受けていた彼が落ち人を異端と認める決定的な出来事が起こる。
彼の婚約者が落ち人と駆け落ちしたのである。
婚約者は神職に付いていた。そして、神職の中には落ち人を崇拝する人物がたまにいる。それは、落ち人たちはこの世界に来る前に神に会うからだ。
その点で神の声を聴くだけの自分たちよりも崇高な存在だと盲信する人間がいる。彼女もその一人だった。彼女は日々、落ち人を嫌っているババビディを蔑んでおり、その心を落ち人から聞く神の姿などで癒していた。
そして、とうとう彼女はその落ち人と駆け落ちした。
そのことはババビディにとっては裏切り以外の何物でもなかった。
彼は荒れ、そして純血主義者のクラン『青き虎』を立ち上げた。
『青き虎』で実力のない者が多い理由は落ち人には数合わせ程度しか期待せず、彼らにまともな仕事をさせないことも原因だった。
目の前で堕落していく落ち人を見ながらいつしか彼の心は危うい落ち着きを得ていた。
(――俺が落ち人を堕落させた。こいつらは異物であり、異端。こいつらから搾取して何が悪い?)
そして、代表の地位を利用して新人冒険者から手数料として報酬を搾取し始めた。
これは当時の町長がエッゾ・ファルンだったことも大きく関係してくる。
落ち人でもある考え方から徹底的な改革派なアルタフィルを夜明けと例えれば、ファルンは夕暮れ。彼は町に潜む闇すらも許容し、町の平和を維持するタイプだった。
冒険者から搾取している彼らも町の住人であり、搾取されているとはいえ、それで新人たちが死ぬことがなくなるのならばそれもまたよし。そう考え黙認してきた。
しかし、アルタフィルの代になりその風習は一気に廃れることとなる。時を同じくして代表クランも変わり、『青き虎』は衰退を迎えた。
「――てめえらを利用して、あのクソアマ共を潰す。そして、返り咲くんだ!!」
そう宣言する彼の目は在りし日の情景を見つめて血走っており、傍から見てわかるほどに正気を失っていた。
獰猛な表情、【メタル】により金属のような皮膚感が相まってまさにその姿は『青い虎』と化していた。
(……なぜ、ここまで狂う)
その異様な様に俺は知らず知らずのうちに恐れを抱いていた。




