虎は本能に従う
いよいよ例の男デヴィオの能力が明らかになります。
「せやあっ!」
「ふんッ!」
マツリと相対することになったニケルだったが、思わぬ苦戦を強いられていた。
「弾けよ“エクスプロージョン”!」
「甘いでござる!」
「………ちぃ!?」
魔法が放たれる直前、マツリの剣戟によって杖が弾かれ魔法はまったく別方向へ飛んでいく。
錬成師であるニケルは杖の先端に埋め込んだ魔石により魔法を発動、それを【魔力変化】というスキルを使って魔法を変化させる戦法を取っている。
それに引き換え、マツリが得意とするのは接近戦。魔法が発動するよりも素早く動き、ニケルの魔法を翻弄していく。
当たらない攻撃にじり貧になるだけでなく、魔力も消耗していくことで徐々に追い詰められていく。
まだマツリはあの奇妙な刀を防御にしか使っていない。つまりは攻撃の予想ができない。
今はまだ攻め手と受け手に別れているが、入れ替われば勝ち目がない。そもそもニケルはサポートがメインで戦闘はそれほど得意ではないのだ。
「…この、いい加減に」
「やれやれこの程度で心乱すとはまだまだでござるな」
(速い!)
瞬時に背後に回り込み、首筋に刃を当てられていた。
「……これで、終わりでござるな。拙者無用な暴力は好まん。大人しくするなら――むっ!」
膨れ上がった異様な気配に注意を向ける。
「…………愚鈍」
「ぬおおおっ!」
二人を取り囲むように木の根がせり上がってくる。
「……ピリノンッ!私も巻き込むつもりか!!」
これにはマツリだけでなく、ニケルも慌てる。
「…………当然。雑魚、不要」
ニケルの問いかけにピリノンはフッと小さく笑みを浮かべ、答える。
そのまま二人を取り込み沈黙する植物。
「…………」
しばらくは見つめてピリノンだったが、すぐに興味を失くし再び屋上にいくか迷い始める。
「…………?」
しかし、ふと何かを感じ植物に向かい合う。
じっと見るが、やはり動いてなどいない。
それでも何かを感じた。こういう時は経験上何かある。
「…………不審」
ボソッと呟くとフードを脱ぎ、頭に差していた簪を抜いて投げつける。
「…………“崩れ落ちる女王の機嫌”」
根に刺さった簪――そこについた玉から黒いオーラが立ち上り、根を包んでいく。
――ジュワアアー!
腐臭と煙が上がっていく。
中に人間がいれば皮膚に火傷などのダメージを負い、さらには立ち込める腐臭で意識を保つことも出来ない。もしもまだ意識があるのならば必死に出てこようとするだろう。
出てこなければそれでよし。出て来るならそれを含めて倒せばいい。そう考えての行動だった。
――園芸師は植物を育てるが、育てるだけではない。育てる上で邪魔な雑草を駆除する力も同時に持ち合わせている。固有スキル【腐敗】――園芸師としては矛盾を孕んだ能力といえる。
「――まったく、とんでもないことをする御仁でござるな」
果たしてピリノンの不安は的中した。
腐敗し、崩れゆく根の中からマツリの声がしたかと思うと根に閃撃が入り、バラバラと下に落ちる。
「……どうでござるかな?」
着物が少しばかり破けているもののドヤ顔で現れたマツリ。その腕には気絶しているニケルが抱えられていた。
「…………意外」
姿を現したマツリを見て、ピリノンは正直な感想を呟いた。
ただし、これはマツリが無事だったことが…ではない。そもそも、違和感を感じたからこそ攻撃をしたのだ。無事でなかった方が予想外だろう。
では、何が『意外』だったのか?
それは――
「…………何故?」
「…どういう意味でござるかな?拙者あまり頭のいい方ではないのでわかり申さんが…」
「…………それ、不要」
彼女が指さしたのはマツリが抱えているニケルだった。
「……助けたのが、意外ということでござったか」
(……ううむ。どうしたものか)
返事の代わりにこくんと頷いたピリノンを見て、マツリは正直困っていた。
ハッキリ言ってニケルを助けたことは自分にとっては当然だが、いざ理由を尋ねられると困る。
言うなれば腹が減ったから食事をする。それぐらい彼女にとっては当然のことだった。
(……どう言えば、彼女は納得してくれるのでござろうか?)
納得させる必要などないのだが……彼女は自身でも把握しているように頭がよくないのでそんな簡単なことにも気付かない。
(おおっ、そうだ!)
そして、彼女は名案あるいは迷案を思いついた。
いや、状況を考えれば当然思いつく程度の考えではあるのだが…。
「……どうしても知りたければ拙者を倒して見せよ!」
「…………承知」
堂々と言い放ったマツリ、そしてあっさりと了承したピリノンによってマツリ対ピリノンの図式が出来上がる。
こうして相手を変更し裏町での第二ラウンドが開始された。
「どうした?来ねえのか?来ねえなら別にいいけどな」
そう語ってはいるものの、表情にはそれではつまらないとありありと書かれている。
私一人だけなら、逃げれますけれど…。
チラッと確認するのは未だにぐったりしているシィドさん。
何を使われたのかはわかりませんが…、すぐに動くのが無理だというのはわかるのですよ。
(だったら、やるしかないのです!)
(……ただ、どうしたらいいんでしょうか?)
戦う決意はできた。しかし、だからと言って戦えるかと聞かれればそれは否と答えざるを得ない。そもそも罠師は戦闘に向いたジョブではない。
その上相手のジョブもわからない。
対人戦において相手のジョブを知っているかどうかは最も重要なポイントとして挙げられる。相手のジョブを知っていればできることも想像できる。つまりは対処がしやすくなる。
(…いつも気付かれないように背後に現れる。これが、ヒントになるんでしょうか?)
「……おっ、やる気はあるみたいだな。それじゃあ、始めるか!」
ゴオッと突進してくるのを慌てて避ける。
「甘い甘い」
しかし、また背後にいたように首根っこを掴まれていた。
「……ッ!?」
「おっと~、それじゃあ届かねえぜ」
なんとか逃れようと手足をじたばたさせるが、ぐっと抑え込まれる。
「さあて、どうしてくれるかな?」
男の顔には嗜虐的な色合いが見て取れた。
それを見てさらに手足に力を込め、なんとか抜け出そうとする。
だが、それは逆効果だった。
「……決めた。ニケルにはお前が抵抗してきたからしょうがなくボコッたて言っとくわ」
腕を振りかぶったのを見て、殴られる…!そんな風に覚悟した時、
――ポポボゥッ!
小さな火の玉が男の横顔に直撃した。
「ぐあっつぁ……!」
(シィドさん…!)
火の玉が飛んできた方向には手を男に向けているシィドさんの姿があった。
「…てんめぇっ!!」
いけないっ!
血走った男がシィドさんへ向かおうとする前に流れるローブを掴んで思いっきり引っ張る。
「てやあああーっ!!」
「う、うおおっ…!?」
一本背負いのような形で宙を舞い、地面に叩きつけられる。
「……ぐおっ!」
初めて男の口から苦悶の声が漏れる。
手に残った破かれたローブ。白日の下に晒された姿。鎖帷子を下に着込み、黒い衣装を纏ったその姿。
その姿を言い表すとすれば――
「………忍、者?」
まさにその言葉が適当だった。
「………くは、くはははっ!」
な、なんなんですか…。
いきなり笑い出した男を警戒して距離を開ける。
「くはは…いいぞ。まさかローブを剥ぎ取られるとは思いもしなかったぜ」
しかも罠師なんかに。と続けられた言葉でこいつらがこちらの情報をつかんでいることが伺える。
「いいじゃねえか、このジョブに就いてから本気の対人戦をする場面がなくてな。ちょうど獲物を探してたんだ。お前を指名してやるよ」
「…できればごめん被りたいですね」
と言ってもここで受けないとシィドさんに被害が及ぶおそれもあるので受けるしかないのですよ。
「……その前に、どうしても確認したいことがあるのですよ」
そう、どうしても確認しておかなきゃいけないのです。
「おう、いいぜ。俺に本気を出させる褒美になんでも教えてやるよ」
たぶん、何を聞こうとしているのかわかってる。それでも教えようとしている。
どこまでも自分本意な戦闘狂。
だけど、戦闘におけるセンスはずば抜けてる。
やりにくい、侮れない敵だという印象を受ける。
「………あなたのジョブはなんなのです?」
「…くっくっく、本当は想像ついてんだろう?だから、そんな質問をする」
「……いいから早く答えてください」
「いいぜ。俺のジョブは――忍者だ」
告げられた言葉は予想通りだった。だけど、信じられない。
だって――
「そんな、そんなジョブは聞いたことないのですよ……」
信じられない思いが強すぎるためかどこか愕然と呟いていた。
新ジョブ。その人の適性によっては現れることがあると聞いたことはあります。
それでもここ数十年、いえもっと前から聞かれなくなっていた。
その新ジョブの使い手が目の前にいるなんて信じられるわけがないのです。
「だろうな。俺も驚いたぜ。いきなり新ジョブが現れるんだからな」
男が言うには新ジョブ忍者のスキル【隠密】で気配を隠して情報収集していたようです。
スキルだけ聞くと私の持つ【ステルス】に似ています。
まさか罠師の変異職ですか?
「さて、もういいだろう。さっさと始めようぜ」
「……わかりました。完璧に嵌めてあげます」
「くははっ!いいねえ。だったら俺は虎らしく喰い千切ってやるよ!」
獰猛な虎と罠師の戦い。本能と知恵の戦いが裏町の屋上で始まろうとしていた。
次回は月曜日に更新します。




