追い詰める虎
明日の更新はお休みします。
「はぁ、はぁっ…!」
――誰か、誰かッ!!
シィドさんたちが危ない。それを伝えるためにフィアードの町中を走ってけど……。
(誰に助けを求めればいいの!?)
『彼女はフィアードの住人でもない。だったら、巻き込む必要もないだろう?』
そんな中思い出されるのは、シィドさんが放った言葉。 たしかに、あの言葉のおかげで私は無傷で解放された。
だけど、出来ることならシィドさんからあんな言葉は聞きたくなかった。
私を助けるため。だけど、ここで私が安心して生活できていたのはあの二人がいたから。だから、一緒に戦わせてほしかった。巻き込んでほしかった。
…だから、私が助けたい!
それに、私を解放したってことは私に助けを呼ぶことができないと考えているかそれとも助けが来る前に片づける自身があるってことのはず。
(急がないと…!)
「…キャッ!」
考え事をしながら走っていたせいでぶつかってしまったみたい。
「……す、すいません!ボーっとしてて――」
「――大丈夫かい?シェナさん」
「あ、あなたは――」
――ウェッ、ゴッホ、ゲッホ
店内に奴らの咽び声が木霊する中、俺とヤノンは入り口近くにいた連中を突き飛ばして店の外に逃亡する。
「よっし、第一段階は大成功だな!」
「…ですね。これからどうしますか?」
「最終目標は当然ババビディだ。だが、その前に倒しておかなければならない奴がいる」
並走しながら彼女も頷く。
倒しておかなければならない奴と言ったが、どんな奴かはわからない。
ただ、逃げていればそのうち姿を現すはずだ。
それまでは逃げ切って見せる!!
「ヤノン、逃げるのはとりあえず裏町を中心に行け!奴らもそろそろ巣穴から這い出てくるころだ」
「…では、私はネズミ取りでも仕掛けておきます」
「あぁ。それじゃあ、後で合流するぞ!」
分かれ道にに差し掛かったところで背後から男たちの喚き声が聞こえてくる。
ドブネズミどもも動き出しようだな。
ヤノンが罠を仕掛け終わるまで時間を稼ぐ。それが俺たちの戦い方だ。
俺はヤノンを行かせるためにその場で立ち止まる。
――そう、後ろからやって来る奴らに向かい合う形だ。
(…まっ、向かってくるのは所詮雑魚だけだろうがな。だが、雑魚一匹逃がしてケチをつけるつもりもない)
「相手になってやるから、かかって来いやぁー!」
後ろの方、たった今走り抜けてきた道からシィドさんの声が聞こえる。
「…やはは、シィドさんもはしゃいでますね」
私も気合を入れねばならないかもです。
むふーと鼻息を荒くしながら細い路地をネズミ取りを仕掛けながら走り抜ける。
シィドさんはババビディが問題だと思っているようですが、私はそれ以上に危険な奴がいるとおもうのですよ。
そいつに近づかれる前に…!
勝率はあの酒場から逃げられた段階でこちらの方が高くなったのです。
私たちはアルタフィルさんや町の人が気付くまで逃げ切ってしまえばいいのですから。
ただ、裏町は一種の治外法権的な立場がある。表の権力が届きにくい。裏町には裏町のルールがあるので来るまでに妨害されるということも考慮しておかなければなりません。
『青き虎』のメンバーが邪魔をするのではなく、裏町を根城にしている人間たちが表の人間が立ち入るのを拒むために妨害をしてくる。それが面倒なことです。
「これぐらいでいいですかね?」
「うげっ!」
「ぐあああっ!」
「あちっ、あちち!」
雑魚を蹴散らしているが、なんなんだこの手応えのなさは。
『青き虎』なんて大層な名前の割に情けないことだ。大方、元代表クランの地位に甘んじて碌な修業もせずに飲んだくれてたんだろう。
「……おっ」
空へと上がる赤い煙が目に留まる。
「やれやれ。もういいのか?手応えが無さ過ぎて時間があっとういう間に流れたな」
じゃあ、俺もずらかるかな。
「俺も失礼させてもらうぜ」
目眩まし代わりに【フレア】をお見舞いしておく。
「「「うわあああっ!」」」
「それじゃな~」
さぁて、釣られてくれるといいんだが。
予想以上に食い付いて来やがった。
後方からは土煙を上げながら『青き虎』のメンバーが追いかけてくる。
(あれだけコテンパンにやられたのに懲りないことだ)
半ば感心しながらも路地を走り抜けていく。
「(シィドさん~その先に仕掛けてます)」
見えた!
仕掛けをひょいっと飛び越え、通り過ぎ様に作動させる。
途端、シュルルという何かを巻き取るような音がしたかと思うと、後ろに鉄製の網が口を広げて出現した。
「「「ギャアアア」」」
ドブネズミが大量にかかったようだな。
「ひい、ふう、みー……」
網にかかったのは26人か。ババビディの言葉が正しければあと4人はいるはず。
おそらくその中には……。
「やれやれてめえらなんて様だ」
「本当ですね。だからあれほど資料に目を通しておけと言っておきましたのに…」
「…………無様」
「………!?」
いつの間に…!
気付けば、網で捕らわれた奴らの上に3人立っていた。
「……うぐ、た、助け…」
「汚らわしい手で触らないでいただけますか」
――ゴキッ!
「ぐあああっ!!」
助けを求め伸ばされた手を平然と踏みつけ、まるでゴミを見るかのような目で見下す。
それが仲間にすることか…!?
「ん~何か言いたそうだな?」
嘲笑うようにローブを被った長身の男が話しかけてくる。
「……何故、そんなことをする?仲間じゃなかったのか!?」
俺の問いに対する答えは明瞭かつ、不快なものだった。
「仲間ぁ?笑わせんなよ。こいつらは俺らの手足として動かすために存在するただの駒だ」
「……くくくっ、いや失敬。あまりにもおかしくてつい。そもそも、あなたの言うところの仲間をここまでボロボロにしておいて今更こいつらの身を案じるなんておかしな話ですね」
「…………滑稽」
見れば残りの二人も嗤っていた。
眼鏡をかけたいかにも頭脳労働専門ですというやつは堪えるように、もう一人の小柄な方はフードですっぽりと顔を覆っているのでわかりにくいが小刻みに揺れているので笑っているのだろう。
「それに、こいつらは俺たちにくっ付いていれば楽ができるって考えでここにいる存在…いわば寄生虫だ。それを宿主である俺らが駆除する。それの何が問題なんだ?そうだろう!えぇ、こら!」
男は捕まっている仲間たちを足蹴にしていく。
身動きの取れない奴らは呻き声を上げながら止めてくれと懇願し続ける。
「いい加減に――」
(……あれ?おかしい)
殴りかかろうとして、その異変に気付いた。
(二人しかいない?小柄な奴はどこに行った!?)
先ほどまで間違いなく3人いたはずなのに…。
「…………油断」
「―――ッ!」
声に振り返る前に背中に激痛が走る。
突如視界から消えた奴が小振りのナイフを握って立っていた。ナイフには血が付いており、一目で俺の血だとわかった。
「……ぐ、くそ!」
(一体いつの間に背後に回り込んだんだ…?)
「――おいおい、そっちにばっかり気を取られてていいのか?」
「――しまっ…ぐふぅ!」
後ろに気を取られていた俺の脇腹に強烈な蹴りがめり込む。
「がはっ、げっ…」
肺の中の空気と胃液が強制的に体外へと押し出される。
「ハハハハッ!油断してるからそうなるんだよ、バァ~カ」
「まったく、お二人ともやり過ぎですよ。私の出番がなくなってしまったじゃありませんか」
「おっと悪い悪い。じゃあ、あのちっこい女の方を譲ってやるよ」
「…………譲渡」
「…しょうがいないですね。それで手を打ちましょう」
ふざっけんな。まだ終わってねえだろうが…!
まだ倒れていない俺を無視して行われるやり取り。すでに勝負が着いたとでも言わんばかりの態度に俺は激昂し、殴りかかりたかった。
――しかし、心とは裏腹に体がいうことを聞かない。
(なんでだ!?なぜ動かねえ…!?)
「おうおう、不思議そうだな。いいぜ、冥途の土産に教えてやれ」
「…………却下」
「っておい!カッコつけた俺に恥かかせんじゃねえよ!」
「面倒ですのでここは私が。こちらにいるのは我がクラン所属ピリノンです。彼女のジョブは園芸師。植物を自在に操ることができます」
だからなんだってんだ…。
「…おや、まだわからないと?あなたもこいつら同様にバカなんですねぇ」
ん、だと…!
「おぉ、怖い。そんなに睨まないで下さいよっと!」
「……ッ!」
顔面を蹴られ、視界がぶれる。
その衝撃で元々力の入っていない体は簡単に地面に倒れ伏す形となった。
「……まあ、植物の中には当然毒性のあるモノもあります。ここまで言えばおバカなあなたでもわかるでしょう?」
倒れた俺を見下しながらあくまでも淡々と事実だけを述べていく。
(……つまり、ナイフに毒が塗ってあったってことか。クソッたれが…!)
原因が判明し納得すると同時に沸々と怒りが沸き上がってくる。
しかし、動かない体ではできることなどない。せめてもの抵抗に睨み付けることしかできなかった。
「おい、さっさとふん縛れよ。そいつを囮にしてちっこい女を誘い出すんだろ?」
「おっと。そうでしたね。ピリノンさん、ロープを貸してもらえますか?」
「…………貸与、利子付き」
「こわいですね。まあ、この方たちから奪ったお金で返済しますよ」
(……はは、ここまでか。悪い、ヤノン。俺の見込みが甘かった。せめてお前だけでも無事でいてくれ)
近づいてくる足音を聞きながら、そんな風に考えていた。
「――それ以上、その御仁に近づかないでいただこう」
「……ああん?誰だ、てめえ?」
「…拙者の名はマツリ。ただの流れのサムライでござるよ」
マツリがここから参戦します。ヤノンも次には合流する予定ですのでお待ちください。
さて、シェナが会ったのは一体誰だったのやら。その辺りを想像しながらお待ちいただけると幸いです。




