その喧嘩、買った!
「へぇ、こんなところがあったのか」
連れてこられたのは細い路地を行った先のボロい酒場だった。
「…シィドさんはまだ日が浅いですかね。まだまだ知らないことはあるのですよ。まあここは知らなくてもいい部分ですけどね」
「無駄口叩いてねえでさっさと入れ」
軽口を叩きあっていると後ろから急かすように乱暴に押される。
ったく軽口を叩くこともできんのか。というか口を開くな!臭うんだよ。
ヤノンなどは露骨に鼻を押さえているほどだぞ。
「よく来たな」
出迎えたのは虎刈りのおっさんだった。
「……ケッ、わざわざ出向いてやったのに美人なお姉さんじゃなくこんなむさ苦しいおっさんがお出迎えとはな。ヤノン、お前に用じゃないのか?」
相手を煽るように言うが、ヤノンから返事は返ってこない。
変に思ってチラッと見ると彼女の目は驚愕で見開かれていた。
「ヤノン?どうしたんだよ、おいっ!」
「……!…し、シィドさん。私、この人を知ってるのですよ」
わなわなと震えるながらも目の前の男を真っ直ぐと指差す。
「なにっ!?」
「あの人は……ババビディ。クラン『青き虎』の盟主なのです」
男の正体にも驚かされたが、続けられた言葉に俺はさらに驚かされることとなる。
「今でこそ『貴婦人の話題』が代表クランですが、その前はこの『青き虎』こそがフィアードの代表クランだったのです」
なんてこった。つまり実力はリリィさんたちに並ぶということか。
「そんな大物が何の用だ?一切心当たりがないぞ」
「…あまりよくないことだとは思うのです。
(彼らは代表クランの立場を利用し私服を肥やしていたことでも有名です。それがリリィさんたちが来て、立場を奪われた彼らは『貴婦人の話題』を目の敵にしているはずです)」
後半は囁くように言っていたが、要するにクズってことか。
心の中でだが、目の前にいる人物と取り巻きの人間たちの評価を決めた。
「……さっさと座ったらどうだ?それとも怖くて座れねえか?」
心を読まれたのかと思わせる不機嫌さを見せながら、ババビディという変な名前の男は顎で椅子を示す。
(……話を聞いてからでも動くのは遅くないか)
俺たちは無言で用意された椅子に腰掛けた。
「……ふん、ようやく話に入れるな」
偉そうにしやがって。
「単刀直入に言おう。まず、お前ら二人ともウチのクランに入れ」
目の前の男はそんなふざけたことを言い出した。
「次に、そこのチビ女。お前は知っている限りの『女狐の前戯』のメンバーの情報と能力、その対策を教えろ」
話を振られたヤノンはピクッと動き出しそうなのをなんとか抑え込んでいた。
しかし、その手は強く握りしめられ、血が滲んでいた。
「――最後に、ウチの新入りとなったとはいえ、てめらは一番下っ端だ。しいてはメンバーに加わる参加費として持ち金の8割。次の仕事からは報酬の半分を納めろ」
(……何を言ってるんだ?)
一応話を最後まで聞いてみたが、出てきた感想はそれだけだった。
さも、俺たちがこの条件に乗ってくることを前提のように話しているが、そんな話に乗るわけがないことなんて考えればわかるだろう。
………いや、逆にそこに気付かないほどにバカだから未だに代表クランの座を奪還しようと目論んでるのか。おそらくは昔はこの方法で上手くいっていたから今更別の方法に切り替えられないっていうのが本音だろうけどな。
こんな奴ら、俺たちがやらなくてもそのうち誰かが潰しそうだな。
まぁ、今喧嘩を売られているのは俺たちだからな。売られた喧嘩は買うのがマナーだろう。
ヤノンも俺と同じ考えだろう。いや、こいつの方が俺よりも怒っているな。
『貴婦人の話題』を侮辱された辺りから無表情で、目の前の人間を敵意でしか見てない。
というか怖い。こいつ、こんな目もできたのか…?
「さっさと金を集めろ」
ババビディの命令で後ろに控えていた男が俺たちのカバンに手を伸ばしてくる。
「ゲヘヘ、それじゃあいただきま――いでででぇっ!?」
俺は無言で伸びてきた腕を掴んで捻り上げた。
「……どういうつもりだ?」
俺の行動に片眉を吊り上げ、怒気を含んだ言葉を投げかけてくる。
「どういうつもり?それはこっちのセリフだろうが!そもそも、てめえらみたいな薄汚れた奴らに渡す金は持ち合わせちゃいねえ。何よりも大恩ある『貴婦人の話題』を侮辱されて黙っていられるかっ!!」
侮辱するなら彼女たちの性格だけにしろ!
「「「ヘックション!!」」」
この日、『貴婦人の話題』のホームでは大多数のメンバーが同時にくしゃみするという珍事件が起こっていたが原因は不明とされた。
「クソガキがっ…!状況がわかってねえようだな。てめえら二人で『青き虎』のメンバー30人に勝てると思ってるのか!!」
30人って意外と少ないな。もうちょっといるかと思ってたぜ。
「さあて、どうかな?やってみねえとわかんねえかもよ?なぁ、ヤノン」
「もちろんなのですっ!」
そういった彼女はすでに髑髏マスクを付けている。
それを確認して俺も口布を上げ、ゴーグルを下げる。
そして、ボンッという音の後に店内に赤い煙が充満する。
――さぁ、喧嘩のゴングが鳴ったぞ?お前たちが売ってきた喧嘩だ、…逃げんなよ?




