はじまりの町フィアード
「さて、見てみるといいよ。この世界が君のいた世界と違うということをさらに実感するはずだから」
呆然と彼女に見入っていた俺だったが、その言葉で視線を再び化け物に戻した。すると、彼女によって削られた化け物の身体から淡い光が発せられていた。
徐々に小さくなっていく巨体と周囲に集まる光。光が一気に凝縮されたようにカッと強い閃光を放ち、あまりの眩さに目を瞑ってしまい、次の瞬間には化け物の代わりに様々なアイテムが積み上げられていた。
「…な、なんだ、こりゃっ……!?」
異様な光景に吸い寄せられるように、近づこうとしたが、アフィに肩を抑えられてしまう。
なんだ?と聞くために振り向こうとした時、「ぷぎゃー」という間の抜けた声が聞こえてきた。
……声は、たぶんあの辺りから。
アイテムの山から聞こえてきた声、その発生源を探ろうと目を凝らしていると山がゴソッと動いた。
「……!!お、おい、アフィッ!」
慌ててアフィの顔を見ると、大丈夫だというように頷くだけだった。
もやもやしながらも、観察していると山の下に何かがいるのは確かだ。時折、さきほどのような「ぷぎっ!」とか変な声を上げながら姿を出そうとしている。
数刻後、ようやく姿を見せたのは、先ほどの化け物を小型化したような生き物だった。違うとすれば、先ほどの狂暴な雰囲気はなくなり、禍々しいほどの角や牙もちんまりとしているということか。
「ふーっ、もう大丈夫だね」
アフィの気の抜けた声を聞き、俺の身体からも力が抜ける。どうやら、知らず知らずのうちに緊張していたようだ。
アフィに聞いてみると、この世界の魔物と言うのは世界に蔓延る悪意を糧に成長し、巨大化するものらしく、本来の姿はあのように小さいそうだ。悪意の分を吐き出した魔物はその大きい体を維持できなくなり、本来の姿に戻りその際にアイテムをドロップするらしい。
その時に不用意に近づくと魔物も生存本能から反撃をしてくるので魔物が姿を見せるまでは手を出してはいけないらしい。その姿の時には殺せるのだが、殺してしまうと世界の悪意をため込む世界の機能が弱くなるのでできるだけそのまま逃がしてやるのがいいそうだ。
そんな話をしている間に、周囲をきょろきょろしていた魔物も害意がないことを確認したようで「ぴぎゃー」という声を上げて逃げ出していった。
……いや、お前のキャラが掴めねえよ。先ほどの恐怖の対象が可愛げのある姿で泣きながら逃げていくのを眺めつつ、そんな場違いな考えが頭をよぎったが、俺は悪くないだろう。
「ようやく落ち着いて話ができますわね。改めまして、よろしくそしてようこそ新入りさん。ワタクシは――」
「あっれー?もう終わっちゃってましたか?」
彼女の言葉を遮るように、放たれた言葉はこの世界で出会う三人目の住人からのものだった。
「…あら、ペルニカようやくやって来ましたの?」
自分の言葉を遮られた彼女は若干苛立ちを含んだ声音で現れた人物に声をかけていた。
新しく現れたのは少し小柄な女性だった。ただし、その身体のどこにそんな力があるのだというほど、巨大なハンマーを肩に担いでいたのを除けば普通の女性と言える、のか?
「……まぁまぁ、マスター。町長との逢瀬を邪魔されたからって、そんな邪険にしないで下さいよ」
彼女の剣呑な雰囲気などを気にした様子も見せず、軽口を叩く彼女の様子からするとこの人の態度はいつもこんな感じなのかもしれない。というか、先ほどまでの怒気もどこへやら今では耳まで赤くしてあわあわとしているのだから可愛らしいじゃないか。言い訳の対象がアフィなことと彼がポカスカと叩かれながら苦笑しているのが同じ男としては若干イラッとくるが…。
……あれっ?そういえば、さっき彼女変なことを言ってなかったか?聞き逃しちゃいけないことを言っていたような…………。そう、確か彼女はさっき…。
「……って、町長っ!?アフィ、お前町長だったの?!」
そうだよ!確かに、町長って言ってた!彼女に話しかけていたし、俺が町長なわけないのだからつまりはそういうことだろう!?
ええっ、こんな奴が町長かよっ!
この世界に来てから矢継ぎ早に頭を混乱させる事態が起きているが、これまでの非じゃないくらい混乱している。先ほど、化け物に襲われた時の動揺が可愛いと思えるなどほどだ。
「あっれぇ?町長、まだ話してなかったんすか?それは、悪いことをしましたかねぇ。あっ、新入りさん私はここにいるリリィと同じクランに所属しているドン・ペルニカって言います。一応、サブリーダーというか組織ではNo.2なんでよろしく」
「…は、はぁ」
駄目だ。こんなに友好的に接してくれている相手に対してこの態度は駄目だとわかっているが、俺の頭は先ほどからのアフィの話題で思考が止まっちまってるよ。
「あ~あ、町長が重要な説明端折ってるから混乱してるじゃないっすかぁ~。そんなに、二人でいちゃつきたかったんですか?」
「ちょっ…、ペルニカ!?あなた、何を言ってますのっ!新入りさんが誤解するような言い方はやめて下さいなっ!!」
「そうだよ。ペルニカさん。ボクは別にリリィとはなにもないのだから……」
「……アルタフィルさん、それは、どういう意味かしら?」
「へっ!?どういうも何も…っ」
呆然とする俺を差し置いて、アフィとリリィさんは喧嘩を始めてしまった。というか、リリィさんが一方的にアフィに突っかかってるんだけど……。チッ!アフィのヤツ、もげちまえっ!
「すいませんねぇ。うちのマスター、町長のことが好きなのは周りからは丸わかりなんですけど、肝心の町長が気づいてないし、本人も気付かれてないと思ってるんで、よくこういった痴話喧嘩がおこっちゃうんですよ」
妬みの視線を向けていると、ペルニカさんが俺を慰めるようにそんな話をしてきた。あぁ、俺の中でリリィさんの株が暴落して、ペルニカさんの株がうなぎ登りだぜ。
「じゃあ、二人は放っておいて、何か説明されていないことで聞きたいことがあったら聞いてください。どうせ、しばらくはあのままでしょうから。まぁ、町長が説明した方がいいことはあるので、その辺については後でってことになりますけど…」
「あぁ、そうですか?」
ええ人や。この人、めっちゃええ人や。
さて、本当に長くなりそうだし、いろいろ聞いてみるか。
「…では、お言葉に甘えまして」
「はい。なんでも聞いてください」
俺はとりあえず先ほどから話題に出ていた【クラン】について聞いてみることにした。
「クラン。それは、一言で言ってしまえば冒険者たちの団体ですよ。簡単に説明しますと、元締めとして国があり、そこからの依頼はその依頼を受けるにふさわしいギルドが発注します。それを受けるのが冒険者と言うことになりますが、冒険者にもいろいろいるのですよ。例えば単独で行動したい人、少数で行動したい人、大人数でワイワイやりたい人など、ですね」
「なるほど。確かに単独で行動したい人がワイワイやりたい人と組んだところでいい結果が出るとは思えませんからね」
「そうなんですよ。で、単独冒険者をソロと言うのに対し、10人程度の集団をパーティと呼び、それよりも小規模な場合はチームと呼びます。これらは特に動きやすい少数精鋭集団と言うところでしょうか。そして、そういうソロ・チーム・パーティを複数統合し、まとめたものを私たちは【クラン】そう呼んでいるのです」
「つまり、動きたいときは個人や少数で動けるが、基本は大きな集団というところですか?」
「まぁ、そういう解釈で間違いありません。そして、私たちのクランは『貴婦人の話題』といいます」
「……貴婦人の、話題…ですか。何か意味があるんでしょうか」
「特に、意味はありませんよ。私たちは、女性限定のクランなんですが、そこに盟主であるリリィが貴族に憧れているので優雅さを出すために貴婦人とし、有名なクランになって話題を独占しようという意味を込めた。それだけのことです」
「へぇ~、いい名前ですね」
「ありがとうございます。リリィもきっと喜びますよ。あんな性格なので素直には喜ばないでしょうけどね」
「名前と言えば、この世界の人は姓を名乗らないんですか?それとも、アフィが言わなかっただけですかね」
「いえ、名乗らないが正しいですよ。正確には、この世界ではあまり姓を重視してはいないんです。姓は一種の境界線ですから」
「……境界線、ですか?」
「はい。まず、あなたも知っている通り、この世界には時折落ち人という異世界からの移住者がやってきます。彼らは名前を覚えていないので彼らにそういうことを考えなくてもいいように配慮しているんです。ただ、元からこの世界の住人にはそんな関係はないので姓を名乗りますが…」
ペルニカさんは若干申し訳なさそうというか気まずそうにそう告げる。これは、つまり俺やアフィ、リリィさんは落ち人だがペルニカさんはこの世界の住人ということか。それで、一人だけ立場が違うということに気まずさを感じているのだろう。
ついでに言うと、落ち人であっても姓を名乗ってはいけない決まりはないそうだが、みな名乗らないから名乗らないのが一般的なんだそうだ。それでも、大物貴族や王族の関係者、あるいは高位の神職者などは名乗るらしいから、この世界では本当に姓についてはおまけか一種のステータスみたいなものであってもなくてもよいが、あるとカッコつけられる程度の認識なんだろうな。
ペルニカさんからこの世界のことを詳しく聞いていると、ようやく痴話喧嘩を終えた二人がやってきた。
「…よう、もういいのか?」
「ああ、問題ないよ。さて、順序が大きくずれてしまったけど、改めましてようこそボクの町『フィアード』へ。歓迎するよ」
「ワタクシもフィアード代表クラン『貴婦人の話題』盟主リリィの名を以て新たなる住人を歓迎いたしますわ」
「同じく、代表クラン『貴婦人の話題』副マスターとして歓迎するよ。よろしくね!」
「ああ、よろしく!」
笑顔で歓迎してくれた彼らに、俺もとびっきりの笑顔で応えて見せた。