泣く子にゃ敵わない
番外編はあと一話おまけ話を入れて終了となります。
次回更新は早ければ金曜日。遅くても月曜日には更新します。
ペソがいたの、忘れていた。
“竜の通り道”が獲物に喰らい付く直前思い出してしまった。
止めようにも、間に合わない。
爆炎で包まれていく魔物の断末魔。思わず耳を塞ぎそうになるほどの大音量にも関わらず、俺の耳にはそれ以上に耳に届く声があった。
――ぺしょしょ~~~!!
ペソの泣き声、だ。
「くっ……!」
本人の姿は見えないのに、頭に響く泣き声。
そして、全身を襲う脱力感に膝をついてしまう。
戦場で決してしてはならない油断だ。
当然、そんな俺を理性なき獣が見逃すはずもなく、一斉に襲いかかってくる。
「くそっ…!あのバカが」
忌々しく思いながら、姿の見えない元凶を探し走りはじめる。
…どこだ?どこにいる?
「ぺそー!どこだっ!?」
「グオン!」
「鬱陶しい!」
立ちはだかった魔物を吹き飛ばす。
(今、お前たちに構っている暇はない)
マズイな。魔力もそろそろ底を尽きそうだ。
ペソが泣いていることで魔力もどんどん減少してきた。このままでは辿り着く前に魔物に囲まれてしまう。
だが、これはある意味で僥倖。
俺の力が弱まり続けているということはペソがまだ生きているという証明でもある。
……見えたっ!
そろそろ魔力がなくなりそうになったところで、魔物の背中の上にいるペソを見つけた。
……よくそんなところで泣いてて気付かれなかったな。いや、そんなことはどうでもいい。一刻も早くこいつを回収しなければ!
そう、見つけただけでは安心できない。泣き止まない限り、俺の力は弱体化したままだ。
「(おい、ペソ!こっちだ)」
魔物の死角に回り込みながらペソに呼びかける。
「(ここだと言っているだろうがっ!)」
「……ぺしょ?」
よし!気付いた。
「(こっちだ!早くこっちに跳べ!)」
手を広げて、受け入れる構えを見せる。
「ぺじょ~」
泣き笑いするな!どうせなら泣き止んでくれ。
そうすればこんな面倒くさい真似をしなくても済むんだ。
「グル?」
チッ!気付かなくていい奴まで気付きやがった!
「ペソ!跳べぇー!」
「ぺしょーー!」
「「「グロアアッ!!」」」
ペソの跳躍にタイミングを合わせるように一斉に襲いかかる魔物。
こいつらを避けるには…、これっきゃねえか!
足元に目をやり、そのまま地面を踏みつける。
――ボンッ!
地面が爆発し、その爆発を利用して一気に跳びあがってペソをキャッチする!
「よし、捕まえたぁ~!」
「ペソッ!」
「グオンッ!」
「甘いっ!!」
宙に浮いた状態の俺たちに向かってくる魔物の角を掴み、爆破する。
「……ようやく、こいつも泣き止みやがった。こっからはさっきのようにはいかんぞ」
「オラオラオラオラァッ!!」
さっきまでの鬱憤を晴らすかのように魔物を殴りつけながら移動する。こんな世界なので俺は手甲と靴に常に一定の爆弾を仕込んでいるのだ。
まあ、魔力を込めないと爆破しないし、その分の魔力がもったいないから滅多なことでは使わないが。ただ、威力が弱い分の対策もしてある。
爆弾魔の固有スキル【圧縮】――本来は爆弾の威力を弱めるために周囲の空気を抑えるスキルだが、爆破の範囲に発動することで俺が傷つかず、なおかつ相手には大ダメージを与えることができる。
その結果、魔物は俺に捕まって爆破される。あるいは逃げ惑うことで地雷を踏んで爆破する。どちらかの選択を迫られることとなる。
(…あぁ、いかんな)
魔物を殲滅していく中、自分がマズい状態に陥っていることを悟っていた。
こんな状態になるのはこの世界に来てからすぐ以来か。
この世界に来てすぐの頃、俺は荒れていた。それこそペソ以外誰も近づこうとしないほどに。
ジョブとして爆弾魔があると知った時は嬉しかったが、それでも人を殺したりえないことに苛立っていたのだ。
「クソッ!爆弾は人を殺傷してこそ意味があるのだ!でなければ爆弾の真価がわかるものか!!」
苛立ちをぶつける相手は必然的に魔物になっていった。
「ピギャアアァァァッ!!」
悪意を吐き出して害のなくなった魔物にもトドメを刺す。そんなことを繰り返し、注意されようとも態度を改めない俺は最初の拠点を追放された。
それでも、見つけては殺す。そんなことを繰り返していたが、ある日突然ペソが俺の行動を咎めるように魔物の前に立ち塞がり、泣き始めた。
「うるさい!俺の邪魔をするな!」
怒鳴りつけても泣き止むことはない。むしろより一層泣き声は酷くなり、力が入らなくなる。その隙に魔物は逃げ出していた。
そんなことが数回続き、とうとう俺は耐え切れなくなった。
「いい加減にしろっ!俺の邪魔しかしないのならどこかへ去れ!」
自分でも大人げないとは思うが、俺はこの世界の理不尽に我慢の限界を迎えていたのだ。
「……ぺそぉ」
どうせできやしないと思って言ったセリフだった。しかし、ペソは俺の言葉に素直に従って俺の前から去っていった。
時折、後ろを振り向いていたが、どうしても止める気にはなれなかった。
(ふん!どうせすぐに戻って来るに決まっている)
しかし、3日経ってもペソは一向に戻ってこなかった。
しびれを切らし、探しに行くがどこに行ったのかはまったく見当がつかない。
諦めかけた時、突如体から力が抜け頭にペソの泣き声が響き始めた。
(どこだ…?どこにいるんだ?)
必死になって辺りを探し回った。
不思議なことに泣き声は近づけば大きく、離れれば小さくなっていく。まるで俺を導くかのように。
「ペソッ!?」
ようやく見つけた時、ペソは魔物に襲われ血を流していた。
ぐったりと気を失っていたが、その顔には泣きはらしたような跡が見てとれた。
「……貴様ッ!!」
ペソが気を失っているのに大きく鳴り続ける泣き声が聞こえなくなるぐらい怒りで目の前が紅く染まり、目の前の魔物を睨みつける。そして、俺はあることに気付いてしまった。
目の前にいる魔物は、トドメを刺し切れずに逃げられてしまった魔物だ。トドメを刺そうとした時につけた傷跡がくっきりと見て取れる。
俺の考えを肯定するかのように、そいつも俺の姿を見て敵意を増していく。
魔物は悪意を糧にする生き物。だからこそ、悪意で強くなる。全く別の種類の人間の悪意で強くなるのなら……魔物自身が抱く悪意はどれほどのものだろうか。
明らかに憎悪を滲ませ、黒いオーラを放ちながら魔物は本性を現していく。
今まで倒してきた同種の魔物とは比べ物にならないほどに…。
「やる気満々とでも言いたいのか?舐めるなよ畜生風情がっ!」
不思議と力は戻っている。この状態で貴様のような化け物に遅れはとらん。
化け物は腕が6本の猿、オクトエイプス。通常よりも一回りはデカイ。
つまりはその分、力も強いはず。捕まったら、終わりだ……!
『ギャギャッ!』
来たっ!
伸びてきた腕をバックステップで躱していく。
――バキッ、メキ、メキキ…!
空振った腕は止まることなく、周りの木々をまるで枯れ枝のごとく粉々にしていく。
(おいおい、冗談ではないぞ……)
この時点で、怒りよりもこいつにどう対処するかを考えることで冷静さが戻ってきていたが、それでどうこうなる相手でもなさそうだ。
(ひとまず、ペソを回収……あるいは離れなければ!)
あの傷でもう一撃喰らったら、いやどんな状態でも今のこいつに殴られればひとたまりもない。
ひとまずこいつの気をこちらに引き付ける。
顔の辺りに最近作った小さな炸裂玉を投げつける。
『ギッギギィ!』
パンッと小さな爆発が生じ、驚いた化け物に存在をアピールするように声を張り上げる。
「こっちだ化け猿!」
上手く引き付けることができた。あとは、このまま……ッ!?
(背中に何かが当たった!)
突如襲いかかってきた衝撃で前のめりに地面に倒れ込む。
背中に当たった重い一撃を確かめるように振り向くと背中は赤く染まっていた。
「血、じゃあない。何かの果実…」
よく見れば残骸のような物もこびりついている。
とにかく、今は少しでも遠くに……!
「…ペソ?」
目を覚ましたペソだったが、周りには誰もいない。この3日間、ずっとこんなだ。
しょぼんとして、起きようとしていたところ、少し離れた位置で光が点滅するのが見えた。
ザイだ!
そう思った瞬間、痛みも忘れて走り出す。
どんなに邪険に扱われようとも今までずっと一緒にいてくれたザイに彼女が信頼を寄せている証拠だった。
「はぁ、はぁっ…!」
息を切らし逃げ回っていた俺は違和感を感じていた。
(……おかしいっ!?)
時折身を隠しながら逃げているのにほとんど時間を稼げない。振り向いても姿を視認できない、それほど離しているのに……何故だ?
『ギャオッキー』
猿の声にハッとなり身を隠していた茂みを振り返ると、茂みを凪ぎ払いながら太い腕が迫ってきていた。
「くっ……!」
転がるように避けた先に現れたオクトエイプスを見て、ようやく得心した。
「そういうことか。道理で簡単に追い付いてくるはずだ」
上着を脱ぎ捨てる。
「…まさか、この俺がこんな簡単なマーキングに気付かないとは」
あまりにも重い一撃だったからてっきり攻撃だと思ったが、ただの匂いを付けるのが目的だったとは。
「……いいだろう。ここまで来たなら、好きなだけ戦ってやろう」
――オクトエイプスとの第2ラウンドが今始まる。
指の間には黒い爆弾を。
オクトエイプスが跳んで来るのを横っ飛びで避け、交差の間に投げつける。
『ギギャギャ!』
ぷすぷすと煙が上がるが、大したダメージにはなっていないようだ。
奴は同じように向かってくる。
(バカが!もう一発食らわしてやる)
しかし、今度はそうはいかなかった。
向かって来ていた奴は俺が避けようと体を動かし始めた時、ピタッと止まる。
(しまった!?)
そう思った時にはニマァと笑みを浮かべたオクトエイプスと顔が合う。
「……ガッ、フ!?」
脇腹を殴られ、吐血する。
(クソッ、肋骨をやられた…!)
こんな猿に騙されるなんて……屈辱だ。
「そんなに死にたいか…」
上等じゃねえか。こっからは逃げるのはなしだ。
その自慢の剛腕を吹き飛ばしてやる…!
『ギャオッス!ギャオ、ギャオ!』
ブンブンと振り回される腕を避け続ける。
「ハハハ、そんな遅い攻撃が当たるか!ワンパターン野郎めっ!」
挑発するのも、忘れない。
『ギャガーー!!』
オクトエイプスは挑発されると面白いぐらいに怒りを見せる。
(……やはり、こいつ知性が高いな)
こいつが確実に言葉を理解していることを確信する。
さっきの攻撃。こいつは一度避けられた後ですぐにフェイントを混ぜてきた。そんな芸当がただの魔物にできるとは思えねえ。
だが、言葉で簡単に攪乱できるようでは俺の相手にはならんな。
腕を躱しつつ、あるモノを指で弾き飛ばす。
オクトエイプスもそれに気付いているが手で弾くが、そこに絡みついていることには気付いていない。
「…そろそろ、仕上げだな」
ボソッと呟き、後ろ向きに倒れる。
『ギィッ!!』
すかさずボディーへ強烈な一撃が放たれる。
――ドゴッ!
(かかった!)
当たる直前に身を翻し、起き上がる。
地面にめり込んだ腕を抜くその一瞬の隙があれば十分だ!
俺は赤い炸裂弾を投げつける。
『ギャギャギャーーーー!!』
オクトエイプスのけたたましい叫び声が森中に響き渡った。
痛みを抑えようと腕を伸ばすが、どの腕も肘から先が無く、千切れた部分からは血が溢れ、足元に血だまりが広がる。
血だまりの中には千切れた腕の先が転がっていた。
弾き飛ばしていたのはトゲのある爆弾。ひっつき虫を参考に作り出した作品だった。トゲが奴の毛に絡み付き、離れない。
一つ一つの威力は小さいが、集まれば威力は大きくなる。そこに炸裂弾を投げつけ、火種と誘爆を与えてやった。
炸裂弾はバクサン草という熟成すると自ら小さな爆発をして種を遠くに飛ばす植物を利用していた。赤い炸裂弾はそれの火力を上昇させたものだ。
蹲りながらも未だに俺を睨み続けるオクトエイプスを爆破する。
「……無様だな」
悪意を吐き出し、すっかり小さくなったオクトエイプスを捕まえ見下す。
こいつもまだ敵意を剥き出しにして威嚇している。
だったら、殺した方がいいよな?
「―――ペッソー!」
今後の禍根を断つべく伸ばした手にペソが抱きつくように抑え込まれた。
「放せペソ!今ここでこいつを仕留めなければ、こいつは更なる脅威となって俺たちの前に立ちはだかるぞっ!!」
今度ばかりはどうあってもこいつにトドメを刺す。その俺の決意は目に涙を浮かべ、キッと睨みつけるペソの表情によって瓦解する。
気付けばオクトエイプスを放していた。
ペソの涙のせいで脱力したわけではない。ペソの気迫に俺が気圧されたのか?
それから、オクトエイプスの傷が癒えるまで俺たちは付ききりで看病をした。
初めは俺だけでなくペソにも敵意を剥き出しにしていたが、日が経つにつれ徐々にではあるが、心を開いていった。
そして、傷が8割方癒えた頃には俺が差し出したエサも普通に食べ、むしろもっと寄越せと催促してくるまでになった。
(魔物も接し方を変えればこんなに人に懐くのか)
――人の悪意に振り回される魔物。だからこそ、彼らは善意で接すれば好意で返す。彼らはこの世界の歪みであると同時にこの世界の示す可能性でもある。
そのことに気付くことができるかどうか。それが神が同族殺しを禁止している理由なのかもしれない。
「――――ペソッ!」
ぺちんと軽い衝撃が頬に走る。
「………ペソ?」
見ると頬を膨らまして怒っているペソの顔が。
(……そうか、また暴走しそうになってたのか)
周囲は一面焼け野原になっており、ところどころで悪意を放出する光が上がっていた。
「……悪かったな。ペソ。またお前に教えられた」
ぐしぐしと撫でてやると嬉しそうに目を細める。
そんなペソを眺めながら胸に去来する思いがある。
こうして争いをしていても、いつかはそれを収めなければならない時が来る。それを抑えられるのは争いを外から見ている人間ではなく、争いに参加しながらも自分の信念を持ち続けた人間なのだろう。
…俺には、できないことだ。
俺は、自分の世界を認めさせるためだけに暴れまわる人間。
俺が破壊者だとすれば、ペソ…お前は創造者なのかもしれないな。
これからも俺は破壊を続けるだろう。だが、破壊された場所も傷ついた誰かの心もお前なら新たに創り出すことができるかもしれない。
俺は、そんなお前が創り出す世界を真逆の立場でありながらずっと近くで見続けていたいんだ。
これがあのふざけた神の目的かもしれないと気付いているから正直には口が裂けても言わんが…。
こんな俺だが、お前が許す限りお前の傍に居続けてもいいだろうか?許されるのだろうか?
俺は破壊者。世界を破壊する者。元の世界であろうとこの世界であろうとそれは変わらない。
しかし、同時に世界の創造を見届ける者でもある。
破壊と創造が常に世界の裏と表に分かれるように。いつかお前が俺の傍を離れていくその日までお前を守り、お前に守られながら……そして、世界を破壊しながらも俺たちは同じ道を歩み続けよう。




