アースナルド⑧反撃の狼煙
活動報告でも書きましたが、問題児編を前後半に分ける予定です。
「(ふぅ、ひとまずこれでなんとかなりますかね?)」
今、私たちは木陰に身を潜めている。といっても、二人は未だに気を失っていますが…。
イヴィリードはというと、近くで別の私たちを追いかけている。
「グギョギョ」
地面を抉るように這い迫る先には黒い人影がいる。それは私の派生スキル【影追い】。自分の影を身代わりとし、その間に隠れるのが本来の使い方ですが…。
しかし、今あいつはシィドさんたち二人を追っている。
振り切るにはここを抜けるしかないですが、それまで大人しくしてるわけもないですし二人がいつ目を覚ますかわからない以上私が何とかしなければ!
……時間稼ぎ頼むのです。
――リリィが反撃のために動き始めた頃、マリアージュ達を乗せた馬車はようやく止まった。
止まった馬車からは拘束され、猿轡を噛まされた状態のマリアージュや商人たちが下されていた。ただし、マリアージュだけは両手両足の拘束に加えて目隠しもされている。彼女や商人たちは無事だったが、料理人は手酷く扱われていたようでふらついている。
『――頭!連れてきやしたぜ』
『おう、ご苦労だったな。それで、依頼品は傷つけてねえだろうな?』
『もちろんですよ。こいつのためにわざわざ世話役のフリまでしてしてたんすから…』
男たちの会話が聞こえる。
気配から察するにこの場にいるのは6人前後ってところね。
それにしても参ったわ。こいつらが料理人に手を挙げるなんて思わなかった。こいつらにとって料理人は交渉材料ではなく、ただの付属品ってことね。
これまでの情報を整理してある程度の現状が見えてきた。だけど、まだ確証がないのよね…。
まあ、今は大人しく拘束されたフリを続けてましょ。
笛は回収したみたいだけど、甘い甘い。冒険者っていうのは万が一に備えて常に奥の手をいくつか用意しているものよ。冒険者相手に喧嘩を売る度胸もない三流以下の盗賊。いえ、盗賊と呼ぶのもおこがましいわね。こいつらは自分の流儀というものも持っていないただのチンピラ。規模を考えると山賊が妥当な呼び方かしらね。
…つまり、こいつらは本当に下っ端。頭と呼ばれた男ですら大した情報は持ち合わせていないでしょう。黒幕を引き摺り出さないと私たちが依頼失敗の責任を負わされる。……そんな面倒くさいこと嫌よ!なによりヤノンちゃんが初めて一歩踏み出したんだから。
黒幕が出てくるまでこいつらを倒し切るわけにもいかないけど、何もしないと私の貞操が危ない?じゃあ、少しずつ数を減らしていきましょうか。
(――楽しい狩りの時間ね)
これからのことを考えると楽しくてしょうがない。余裕があるのを気付かせないように必死で笑いを堪えている。それが、山賊たちには恐怖で震えているように見えるのだから一石二鳥。
山賊たちはこの時、もっと注意して彼女を見ているべきだった。そうすれば気付けたかもしれない。
彼女が笑いを堪えているということにも。そして、彼女の体が小刻みに震えるのに合わせて服の下でモゾモゾと何かが動いていることにも。そして、その何かが服の中から這い出して彼らのアジト内部に入り込んだことも。
それに気付くことができていれば、彼らの運命はほんの少しは変わっていたかもしれない。
「グギョオオンッ!」
けたたましい叫び声が聞こえてきた。おそらくはイヴィリードが【影追い】を捕まえ、同時に偽物を追い掛け回されたこちに気付いたのでしょう。【影追い】は触られれば消えてしまうのが難点なのですよね。
だが、おかげでシィドさんたちを隠すことはできた。
イヴィリードの付けたマーキングは消せないけれど、しばらくは大丈夫のはずなのです。欲を言えばもう少し時間稼ぎができるとよかったのですけど…。
現在、私はいつの着ているマントの代わりに葉っぱを編んだものを纏っている。
(マントの素材が少しでも守ってくれるといいのですけど…)
大丈夫ですよね。なんて言ったってあれはお母さんが私のために編んでくれたものなのですから!
不安に苛まれそうになった心に渇を入れ、
「やーい、このモジャモジャ化け物!獲物はこっちなのですよーー!」
挑発するように大声を放った。
それに気付いた奴もキョロキョロと辺りを見回している。
「どこを見ているのですか~?こっちですよ~」
そこにさらに挑発するように声を重ねる。
ついでと言わんばかりに仕込んでおいた小細工で奴の近くの茂みをガサガサと動かす。
「グギョッ!」
すぐさま触手を伸ばすが、当然そこには誰もいない。そんな行為を繰り返していく。
「うふふふっ、なにをやっているのですかぁ~。そんなんじゃあ、私を捕まえるのなんて一生できっこないのですよ?」
挑発しながらも内心では焦りが募っていく。
早く、早く…!そう心の中で何度呟いただろう。
ようやく、奴が罠にかかった。
――べちょ!
「この時を待っていたのですよ!」
その音を合図に私は隠れていた木陰から姿を現し、突っ込んでいく。
イヴィリードはなにが起きたのか理解できずにどうにかして茂みから触手を引っこ抜こうと躍起になっている。
茂みの中には超強力なトリモチを包んだものを混ぜておいたのです。それを触手で潰すように掴んだので触手同士がくっつくように絡まっているはず…!
今のうちにこいつの動きを封じることができれば…!
目前へと迫った時、イヴィリードはブチブチィという音を立てながら茂みごと触手を引き抜いていた。
「そんなばか――がっ!!」
あまりにもビックリし過ぎて足が止まってしまった私のボディーに奴の触手が引っこ抜いた茂みを払い落とすかのように叩き込まれた。
衝撃のあまり肺の空気が吐き出され、息が詰まる。
そのまま地面を転がっていく。
「……カハッ、ゴホッ!」
勢いが止まり、吐き出された分の空気を吸おうとして口から吐血する。ヒューヒューという吸っているのかわからないような音を立てながらも呼吸を整え、立ち上がろうとしましたが、体に力が入りません。
(なんでっ!まだ何もしてないのに!)
動け動けと足を殴りつけるが、一向に動こうとしない。
ここまでなのですかっ?結局、私には誰も少ないということなのですかっ!そんなの、そんなのあんまりじゃないですかぁっ!?
声にならない叫びを上げながら天を仰ぐ。目からは涙がこぼれ落ちていく。
ずりずりと無慈悲に向かってくるイヴィリード。
息が体にかかる位置にまで来た時、
「…かかりましたね?」
微笑みと共に奴にとっての絶望への招待状を叩きつけるのです。
奴に巻き付くようにワイヤーがそこら中の木々から伸び、そのワイヤーを伝って炎が奴の体を燃やしていく。悲鳴を上げながらなんとか火を消そうと手当たり次第に触手を振り回す。
「無駄ですよ。そのワイヤーにはヘベレケ玉の中身、つまりはチェリーボムボムの果汁がたっぷり染み込んであるのです。奮発して原液を使ってあげたのですから冥土の土産にたっぷり味わうといいのです」
それにしても、ちょっと無茶をしすぎましたかね。
【影追い】が思ったよりも早く捕まってしまったことで十分な罠を仕掛けれなかった私は一か八か自分を本当の意味で囮にして罠を造ることを思いついたのです。
本命の茂み以外はわかり難いようにワイヤーを仕掛け、それが本命で絡まるようにしておいたのです。そして、本命は本命でトリモチを仕掛けた茂みがすぐに抜けるように細工も重ねておく、それに驚いたと見せて私を殴らせる。
その際、最後のワイヤーは胴体に巻き付けて防御とマーキングを施しておくのも大変でした。
最終ポイントに上手く誘導するために飛び掛かる位置も完璧に計算するという至難の業だったのです!
まったく、我ながら無茶をしたと思うのですよ。
おかげで肋骨を痛めたかもしれません。これは、シィドさんに何かしてもらわないと割に合いませんかね。
「さて、そろそろシィドさんたちのところに戻らないと…」
――ドスッ!
「……はあぇ?」
背中に激痛が走ったかと思うと体の力が抜け、その場に崩れ落ちた。
(な、なにが…!?)
周囲を見渡しながら異変に気付く。先ほどまで全身を焼かれ苦しんでいたはずのイヴィリードが炎を払うのを止め、口から伸びた触手の先端から伸びた針が背中に突き刺さっていた。
「ゲゾゾゾ…」
その触手を辿るようにイヴィリードの口の奥から姿を現したのは気味の悪い化け物だった。




