アースナルド⑥動けない心
本日2話目です。
「よーし、もういっちょ!そーれぇっ!!」
「よいっしょ!がんばって~」
元の道に戻るべく行動を開始したはいいが、思った以上に沼地に足を捕られ思うように動けずにいた。特にベッドバイソンたちが大変で時折ある深い沼地の度にこうして押していかなければならなかった。
「シィドさん、このままだと登るのには結構時間がかかりそうです。一旦どこか休めるところを探しませんか?」
たしかに、ベッドバイソンもそうだがヤノンはまだ十分動ける状態じゃない。それに、押していたせいで俺とシェナさんにも疲労が出始めている。こんな状態でベッドバイソンを押しながら長時間移動するのは無謀だ。
「…わかりました。では、どこか落ち着ける場所を見つけたら水と食料を探しに行きましょう」
「はい」
「りょう、かいなのです」
「よっし、ここなら大丈夫だろう」
いい感じの洞窟と木々が密集している場所を発見したのでそこで休むことにする。
「……まずは水の確保が重要ですけど、二人とも何か使えそうなモノ持ってる?」
「私はないのです」
「私は小さ目のなら。あと私、水魔法が少し使えるので少しぐらいなら大丈夫です」
「それはありがたいです」
「じゃあ、私がそこら辺の石を削って簡単な容れ物を作るのですよ」
「…大丈夫か?」
「ははっ、シィドさん。いくら私が罠師だからって削るぐらいで失敗はしないのですよ…」
そういう意味じゃないんだが。
いや、こいつもそれぐらいはわかっているか。わかった上で心配をかけないように気丈に振る舞っているんだろう。その証拠に浮かべた笑みはぎこちなく、額には汗がにじんでいて顔色も悪い。ベッドバイソンたちも歩き難い道を通ったのと急に駆け出したことで疲弊している。
「ベッドバイソンがいるので寝る時の心配はいりません。しかし、ここは魔物が少ないとはいえ全くいないわけではないので早く抜けたいところですね」
「ええ。その通りです。ヤノン、俺とシェナさんで食料を探してくる。お前は少し休んでろ」
「…まっ、う」
「ほら、無理すんな。大丈夫、ウェルは置いていくから。なっ?」
声を掛けられた狼は任せておけと言わんばかりに尻尾を振っている。
ちなみにウェルというのはこいつの名前だ。いつまでも狼では言い難いったらないのでマリアージュさんには悪いが勝手に付けさせてもらった。
気に入ったのかそれともどうでもいいのかわからないが、反応しているので問題ないだろう。
「そう、じゃ…」
「おいおい、無理するなって言ってるだろう?」
「……わかりました。せめて、これを持って行ってください」
「……なんだこれ?ヘビの皮か?」
受け取ったはいいが、こんなものどうしろっていうんだ?
そんな疑問に答えたのは意外にもシェナだった。
「うわっ、これって煙ヘビの皮っ!?よくこんなに集めましたね」
…煙ヘビ?
「…そ、そうなのですよ」
「シィドさんこれすっごい珍しいモノですよ!」
興奮したシェナさんはイキイキした表情で説明を始める。
煙ヘビというのは人前に姿を現すことがほとんどないヘビで、その皮にヘビの意思が宿るのだという。
「皮に意思ってなんですかそれ?オカルト?」
「違う違う。意思っていうのは比喩です!その皮を燃やすと煙のようなヘビが出てきて、そのヘビが見た光景は炎の中に映し出されるんです!」
「………へぇ~」
なんかそこまで興奮されるといまいち凄さが伝わってこないな。
要するに燃やせばいいんだろ?
「まあ、そういうことなのでこれを持って行ってください」
「……よっし、やるのですよ」
シィドさんたちを見送った私はいそいそと準備を始めるのです。
「シィドさんたちが帰ってくるまでにここの安全を確保するのは私の役目なのですよ!ってイタタタッ!」
蹲った時、シェナさんから渡された塗り薬が目に入る。
だけど、これを使うのは…。
馬車から私を投げ飛ばしたのはベッドバイソンの世話役として雇われていた男たちだったのです。考えたくはないですけど、シェナさんも奴らの仲間の一人という可能性がある以上油断はできないのですよ。
「…なんて、私はただ信じられないだけなのですよ」
自嘲気味に呟いた声が洞窟内部に虚しく反響する。
たしか、ジュプト沼地には大型の魔物はいないはずなのです。
いくつかの沼は底なし沼になっているので大型の魔物や動物は自重で沈み込んでしまうのです。
ということは大物用の罠は必要ないのです。それに、大物用を造っちゃうと牛さんたちがかかっちゃうかもしれないのですよ。
とりあえず音鳴り板付きの紐を周囲に張り巡らせておくのです。
私はスキル【急ピッチ】と【軽々】を発動させて作業を進めていきました。
【急ピッチ】は特殊スキル。作業が早く進む代わりに雑になりやすいというまさに罠師のスキルです。それでも時間がない時には便利なのですよ。それに固有スキル【軽々】を合わせれば重い物でも簡単に持ち運ぶことが出来るので大規模な建造でもあっという間です。
いつもならこの程度の作業には使いませんが、体を痛めているのでちょうどいいのです。
早く作業を終わらせてやらなければならないこともあるのです。
シェナさんが本当に奴らの仲間かどうかわからない以上シィドさんにそのことを伝えるわけにはいきません。シィドさんが彼女を疑うとは思えません。私が注意を促しても無駄でしょう。何よりこの状況では彼女を放置することなどできないのですから。
だったら、私だけが動くのです。
おもむろにシィドさんたちにも渡した煙ヘビの皮を取り出し、火をつける。
「…シィドさんたちを探してくるのですよ」
モクモクと上がる煙が徐々にヘビの形を取っていく。
そのヘビにシィドさんたちの捜索を命じるとどんどん伸びていったのです。
「……なっ!?」
煙ヘビがシィドさんたちを見つけ、炎の中に映し出された映像を見た途端、私は体中に走る痛みも忘れ、取る物もとりあえず駆け出していました。
「ヤノンの奴大丈夫ですかね?」
「……わかりません。私は人間についてはそこまで詳しくありませんので」
「そうですよね」
憎まれ口が叩ける分大丈夫なように見えるが、それでも心配だ。
「…心配ですか?」
俺の胸中を察したかのようにシェナさんが問いかけてくる。
「そりゃ、心配ですよ」
「……なんでそんなに心配するんですか?」
「そりゃあ、仲間ですからね。心配もするってもんです」
「ですけど、シィドさんと彼女が出会ってからまだたった4か月でしょ?なぜそこまで真剣になれるのか、私には理解できません」
彼女が何を考え、そのような問いかけをしてくるのか…それは俺には分からなかった。だが、彼女の問いから逃げてはいけないと思った。
「…いいえ。もう4ヶ月です。そりゃ、日数にすれば短いです。実際ヤノンと深く関わったのだって今回の依頼の少し前からです。それでも前の世界の記憶を失くしている俺にとってはゼロから始まる世界なんですよ。だからこそ大切にしたいんです」
「……そう、ですか。ごめんなさい。急にこんな話をしてしまって。実は以前、務めていたところで落ち人さんと仕事をしたんですけどその時に問題があったんです」
そう語る彼女の表情はどこか悲しげだった。
その時の問題が彼女の心に少なからず傷を残しているのだろう。
「よかったです。シィドさんがそういう人で」
その時、彼女は花のような笑顔を浮かべていた。
「……あぁ~、駄目だ。ここら辺には飲み水も食料もありませんね」
「そうですね。どうしますか?もう少し奥の方まで行ってみますか?」
洞窟から離れて結構奥に進んでいたのだが、一向に食料が見つからない。そんな状況に焦っていた。
「……いえ、一度戻りましょう。あまり離れるのも危険です」
洞窟にいるのは満足に動けないだろうヤノン一人。これ以上離れる前に一度戻っておくべきだ。
「では、ヤノンさんから頂いた煙ヘビで魔物がいないか見ておきましょう」
「わかりました」
煙ヘビの皮に火をつけると煙がヘビの形を取る。
「洞窟までの道のりを見てください」
ヘビは煙の体を伸ばしながら元来た道を辿っていく。
「たしかにこれは便利ですね」
「でしょ!それにしてもヤノンさん凄いですね!煙ヘビの皮をこんなに持ってるなんて」
火を覗き込んでいたシェナさんは興奮しているようだ。それにしても同じように覗き込んでいるから顔が近いです。まあ、こうしてないと見れないから。そう、しょうがないんだから。
そんな言い訳をしながら見ていると何かが映り込んだ。
「……ちょっと戻れ」
「………どうしました?」
「いえ、今何か見えたような」
食い入るように見ているとそこには何かの木の実が映った。
やっぱり食料だ!
「行きましょう!シェナさん」
「はいっ!」
場所も帰りの途中だし、これなら行くべきだろう。
俺たちは火を消すと映し出された場所へと歩き出した。




