アースナルド⑤分断
「キャアアアアッ!」
「ヤノンッ!」
アースナルドを発って3日。フィアードへ繋がる道と沼地へ繋がる道の分岐点に差し掛かった時、突如として馬が暴走して加速し始めた。
俺とシェナさんも慌ててベッドバイソンを操り、後を追っていたのだが、そんな俺たちの目に飛び込んできたのは馬車から投げ出されるヤノンの姿だった。咄嗟に伸ばした手は虚しく空を切り、ヤノンは悲鳴を上げながら沼地へ続く道を転がり落ちていった。
「シィド君、ヤノンちゃんを…!」
馬車からマリアージュさんが顔を出してヤノンを追いかけるように叫んでいる。その声を聞いて、すぐさまシェナさんに目で合図を送る。
「……わかりました!」
合図の意味を察してくれたシェナさんはヤノンを追いかけるように進路を沼地へと変更する。
これが、契約に大きく違反することはわかっている。だからと言って仲間を見捨てることなんて俺にはできない!
シェナさんの操るベッドバイソンに牽引される形で俺の乗るベッドバイソンも速度を上げていく。そうして俺たちはヤノンを追い、沼地へと向かって駆け下りて行った。
(油断したわ…!シィド君お願いよ。ヤノンちゃんを守ってあげて)
私が助けに行けたらいいんだけど、こっちもそれどころじゃないのよね…。
私は武器を抜き、二人の男と対峙する。
「……へっへっへ、そう怖い顔すんじゃねえよ。てめえも丁重に扱ってやるからよ」
「そーそー、オレ様たちは優しいからなぁ~」
下卑た笑みを浮かべ、世話役として雇われていた男たちはイリガンさんたちにナイフを向け、脅しをかけてくる。動けばそのナイフが彼らを傷つけるのは明白。
「…よくも、ヤノンちゃんを!」
非難する私の声がまるで心地よい旋律であるかのように嬉々とした表情を浮かべる男たち。こんな奴らの術中に嵌るなんて…。
馬が暴走し始めた時、思わずそちらに気を取られてしまった。その一瞬の間にこの下衆どもはヤノンちゃんを馬車から放り投げたのだ。
シィド君が追いかけていったから無事だとは思うけど…。いえ、駄目ね。こういう時こそ仲間を信じないと。そうでしょ、リリィ?
それよりもこいつらの手際の良さ。
「……あなた達、盗賊ね」
確信を持って男たちに告げる。そう考えれば、こいつらが動物使いらしからぬのもわかる。犯罪に手を染めるような輩は基本的に性根が腐りきっている。
こんなことなら早々に対策を立てておくべきだった…!嫌な予感がしていただけに悔やまれる。
「そうで~す!盗賊ですよ~。ギャハハハハッ!」
「ベッドバイソンのガキをフィアードまで運搬するって聞いたんで手を回しておいたのさ!大人しくしてろよ。この先でお頭たちと合流するんだからな!」
「……その人たちはどうするつもり?」
「ああん?こいつらは身代金と引き換えにしてやるのよ!アガサ商会っていやあ、アースナルドだけでなく王都にも通じる大商会だからなぁ」
「そして、てめえと料理人は奴隷として売り払ってやるから安心してろや!まっ、てめえはオレ様たちが可愛がってからになるけどな」
さて、どうするか。
今手を出してもこの先で待ち構えている仲間たちと戦うことになる。シィド君たちとの合流地点も決めないといけないし…。
一応、シィド君に保険を付けることはできたけど、二人ともどうか無事でいて!
「わふっ!」
「うわぁっ!」
「ど、どうかした?」
「いえ、大丈夫ですからそのまま行ってください!」
び、ビックリした~。
俺の後ろから現れたのはマリアージュさんの狼だった。
「お前、いつの間に…」
狼はもぞもぞと俺の前に来ると、鼻をひくひくさせると何かを見つけたかのように「わん!」とひと吠えした。
「…シィドさん、その子ヤノンさんの居場所を教えてるんじゃないですか?」
「そうかっ!シェナさん。これを頼みます!」
「へっ!?ちょ、きゃあっ!」
シェナさんに荷物を放り投げて速度を上げる。
(早く追いつかないと……!)
「……ここ、は?…イ゛ッ!」
目を開けると見覚えのない風景。体を動かそうとすると体に走る痛みに思わず顔を顰めてしまう。
それでもなんとか体を動かそうとするが、地面がねちょねちょしていて思うように力が入らない。
這うように近くの木にもたれ掛ってようやく現状を把握することが出来た。
「……ジャプト沼地」
まさか、私がここにいるなんて。随分と落下してきたみたいですね。
「急に馬車から放り投げられてこんなところまで来るなんて。私はどうしてもここを避けることはできないということですか」
思わず苦々しい想いが口をついて出てくる。
ここには嫌な思い出しかない。
両親の命を奪ったこの土地には…。
お父さんとお母さんもさっきの道を通ろうとして転落した。
「私も、このまま死んじゃうのかな――」
イヤだ。まだ何にもしてない!
誰にも認められないまま死ぬなんてイヤだ!
「…イヤだよ。死にたくないよぉ…!」
「大丈夫だ!お前は死なせない!」
………へっ?
現れたのはシィドさんだった。
彼は、ベッドバイソンから降りると私にそっと手を差し伸べ、
「さあ、一緒に帰るぞ」
そう告げてくる。
私は無意識のうちにその手を取っていた。
ふぅ、なんとか見つけられたか。
ヤノンを無事見つけ出すことができ、胸中に安堵の想いが広がる。
この広い沼地の中からヤノン一人を探し出すのは本当に至難の業だった。
「……お前のおかげだな。ありがとよ」
感謝の念を込めて狼の頭を撫でてやると、もっと褒めろと言わんばかりに頭をこすり付けてくる。
「…ははっ、ふてぶてしい奴だな」
その態度に現状も忘れてつい和んでしまう。
「シィドさ~ん、見つかりましたかぁ?」
「シェナさん。こっちです!」
沼地に入ってから急に走り出した狼を追うために分かれたシェナさんにわかりやすいように【フレア】を発動させる。その明かりを頼りにやって来たシェナさんを交えてこれからどうするか話し合った。
幸い、ヤノンの傷は大したことなく打ち身が酷い程度だった。地面がぬかるんでいたのが功を奏したようだ。それでも、しばらくは安静にしていた方が良さそうだが。
「ヤノンさん、これを。動物用の痛み止めですけど、ないよりはマシなはずです」
「ありがとうございます」
「…さて、これからどうするか」
どうにかしてマリアージュさんたちと合流しないと。
ここにいつまでも留まっているわけにはいかない。じっとしていても体力を消耗するだけだ。あまり食料があるとも思えないしな。
「とりあえず沼地を抜けるべきですよね。ただ、元の場所に戻るかそれとも目的地に向かうか……」
「そうですね。あれだけ暴走していたら元の場所に戻っているかどうかは怪しいところです。暴走が収まっていたとしてもあそこは馬車で引き返そうと思ったらある程度距離を行ってからでないと無理でしょう」
「たしかに。ですが、フィアードへ向かったとしても向こうが途中で止まって待っている可能性もあります」
それもそうか。こっちが合流するのを待つというのは十分考えられる。
そもそも、このまま向かおうにも飲み水などもない以上迂闊には動けない。
そんな時、ヤノンがおずおずと発言する。
「……合流するのは止めた方がいいと思うのです」
「……ん?どうしてだ?どっちみちベッドバイソンのこともあるからいずれは合流しねえといけないだろう?」
「…………」
俺が尋ねるとヤノンは俯いて黙り込んだ。まるで言うべきか言わざるべきかと悩んでいるようだ。
…いや、そうじゃないか。何かを気にしている?
伏し目がちな視線だが、時折顔を上げた際にはシェナさんを見ているような気がする。彼女に聞かれたくないことなのか?
「どうしたんだよ?なにか言いたいことがあるなら言ってくれ」
「…いえ、なんでもないです」
――ヤノンには仲間に遠慮するところがある。それは、彼女が本当の意味で仲間だと思える者に出会ったことがないことと両親を喪った過去が大切なモノを作ることを拒んでいた為であった。
煮え切らない態度に違和感を覚えたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。俺たちはひとまず元のルートに戻るべく、来た道を引き返すことにした。




