アースナルド④旅程の一幕
次回は結構殺伐とした雰囲気になる予定なのでワンクッション代わりにほのぼの回にしてみました。
「ごめんね~二人ともっ!」
ヤノンを解放したマリアージュさんは手を合わせて俺たちに謝罪してきた。
「いえ、気にしないでください」
「えぇ~、悪いよ。そうだ!何かあったら遠慮なく私を頼ってね!(なんなら、一晩ぐらいこの体を好きにしてくれてもいいよ?)」
「……へっ!?」
そっと耳元で囁くように告げられた言葉に狼狽してしまう。そんな俺をヤノンは怪訝そうに眺めていた。
「…………な~んちゃってう・そ、よ。そこまで安売りはしてないの。期待させてごめんね?」
「い、いえいえ、期待なんてっ!」
くぁ~、そこで上目遣いはズルいです!
いやいや、いかん。それはさすがにいかんぞぉ!俺は理性と自制心を総動員させて抗い難い欲求を抑え込むという苦行を強いられることになった。
そんな姿に満足したのか彼女は「忘れてた~」と言いながらサタンホーンに近づいていく。
……何をするつもりなんだろう?
サタンホーンたちはすでに狼たちに倒されて、光を放っている。
「さてと。ど・こ・にいるのかな~」
マリアージュさんは上機嫌で光の山を覗き込んでいる。何かを待ってるのか?
「あっ、出た出た」
光が収まって素材の山から顔を出したサタンホーンを見て嬉しそうに笛を唇にそっと添える。
「……なあ、マリアージュさんは何をしようとしてるんだ?」
「魔物の捕獲、ですかね?」
捕獲?いまいち意味が分からんな。そもそも魔物を飼い馴らすことなんてできないんじゃないか。
「ああっ、やっぱり可愛い!こんな子たちが私の天使になってくれるなんて…、【テイム】発動」
スキルを発動し、笛から美しい音色奏でられる。
音色がサタンホーンを包み込むと、トロンと蕩けた眼になる。そして、徐々に体の色などが変化していった。
「よーし、完了!それじゃあ、またね!」
一通り撫で回すと、【召喚】を発動する。すると、サタンホーンはどこかへ消え去ってしまった。
「あれっ?どこに行ったんだ?」
「マリアージュ様の【召喚】はどこか別空間と繋がっているそうですよ。今頃サタンホーンたちもその空間にいるんじゃないですか」
「へぇ~、便利だな」
「とはいえ、ストックできる魔物の数には制限があるそうですがね」
まあ、あれだけの能力ならそれぐらいの制限は付くだろうな。むしろ、無制限だった方が怖い。
何はともあれ、マリアージュさんが元に戻ったのならいいだろう。ルンルンとスキップをしながらやって来る彼女を迎えながらそんな風に感じていた。
サタンホーン以降は魔物に遭遇することもなく、順調に進んでいった。
「少し早いですが、今日はここまでにしましょう」
少し広いスペースに着いたので今日はそこでベッドバイソンを遊ばせるついでに野営をすることになった。
「…シィドさんは大変ですね」
「いやいや、シェナさんだって大変じゃないですか」
「そうなのですよ!そんな小さな子たちのお世話なんてシィドさんでは不可能に違いないのです!」
俺とヤノン、それにシェナさんとベッドバイソンの子供たち。さらにマリアージュさんが召喚した狼を連れて水汲みへと向かっている。
ちなみにマリアージュさんは残りの人たちの護衛と新しく仲間になったばかりのサタンホーンと親交を深めている。魔物使いは普通なら交流を持てない魔物を使役するので信頼関係を築くのが大事なのだと言っていたが、水汲みに行くのが面倒くさかっただけじゃないのか?
「そういえば、ベッドバイソンって何を食べるんです?」
「基本的には草や飼葉ですね。あまり普通の牛と変わりはしませんよ」
それにしても平穏だな~。こっちに来てからこんなにほのぼのとしたのは初めてかもしれん。
「あっ、川が見えてきましたよ!」
目の前にはさらさらと小川を澄んだ清流が流れている。
「へぇ~、綺麗な川だな」
「ここはピラファ火山から流れてきた老廃物が森を通る中で濾過される場所だからね。反対側の沼地帯では逆に濁り過ぎていて何も見えないような濁流が流れているそうだよ」
…ほほう、正反対の場所でそんなに流れが変わるものかね。
ベッドバイソンと狼は川で水浴びをして遊び、俺たちは水汲みをする。
桶に6つほど汲み終わったところ、
「そうだ!せっかくだから私たちも水浴びしていきません?」
「是非!」
シェナさんの提案に食いついたのだが、ヤノンに突き飛ばされた。
「つめてぇ!」
「よかったですね。水浴びしたかったのでしょ?」
ヤノンは白い目を向け、シェナさんはかーっと赤くなっている。
「いや、でもシェナさんがさぁ…」
「誰が一緒に浴びるなんて言いましたか!普通に考えて別々でしょ!」
……ああっ!たしかに。
いや~、あまりのラッキーチャンスに思わず食いついちまってたぜ。
「だははははっ」
「笑って誤魔化せるとお思いですかっ!」
あー、やっぱり駄目かぁ。
「はははっ、聞いたわよシィド君。残念だったわね~、一緒に水浴びできなくて」
「いや~、勘弁してくださいよ。帰る間も散々説教されてたんですから」
「いやいや、大したものだよ。その欲望に忠実な姿勢は見習わなくては!」
水汲みを終えて帰ってきた俺は、未だ怒りが冷め止まぬヤノンの様子と頬についた紅葉のような手形で何かしらあったと勘繰られ根掘り葉掘り聞かれているというわけだ。
マリアージュさんはともかく、まさかイリガンさんまで食いつくとは思わなかった。この人、真面目そうに見えて結構面白い人なのかな?
「君のような愉快な人材はうちのボスが大好きだからね、もしも冒険者を辞めるようなことがあれば推薦状を書いてあげよう」
「……はは、は」
冗談に聞こえない真剣な表情で告げら、苦笑するしかなかった。
「で、よ。その時、俺は言ってやったのさ!『俺の料理が食えねえ奴は豚のえさの方がお似合いだ』ってな!」
「いや、それはマズイんじゃ」
「だろ、普通そう思うよな?だけど、大旦那は違ったんだな。大旦那は『そこまでの自信があるならその料理が不味かったら料理人を辞めるのか』って言ってきたわけよ。当然、俺も売り言葉に買い言葉でその喧嘩を買ったわけだが、大旦那のアドバイスした通りに作り直すと格段に上手くなりやがった。だから、大旦那に一生ついていこうと思ったね!」
マリアージュさんたちの追及からそそくさと逃れ、同行していた料理人たちから料理を教わっていた。それにしても、この人たち暑苦しいな。
だが、商隊の一員として様々な土地を巡っているだけあって彼らの体験談は面白い。
どこそこの土地で食べた料理は美味かったやある地域では調味料をほとんど使わないなどといろいろ教えてもらった。
俺は俺でカラシシの粉末などを見せてはその感想を貰ったり、得るモノの多い日だった。
旅の初日は心地よい雰囲気を感じつつ、夜が更けていった。




