アースナルド③彼女の実力
「うーーん!絶好の出発日和ですね!」
「………そうです、ね」
「おやおやぁ?元気がありませんよ?昨日しっかり寝なかったんですか?」
誰のせいだ、誰の!そう言いたい気持ちは山々だったが、そんな気力もない。
今は一刻でも早く寝たい。
「……ふにゅ」
見ればヤノンも眠そうだ。まあ、こいつは寝てたみたいだから昨日の疲れが残っているだけだろう。こんな状態で護衛なんてできるのか?
そんな一抹の不安が頭をよぎる。
「冒険者様方、本日よりしばらくの間お世話になります」
アガサ商会は一台の大型馬車に檻を繋いだものと2頭のベッドバイソンを引き連れて現れた。大きさから察するに親と子だろう。
「フィアードまでのルートとしましてはピラファ火山を迂回するルートになると思いますが、よろしいですか?」
「ええ、問題ありません」
事前に話し合った通りのルートと言うわけか。ここに来る時も通ったルートだし問題はないだろう。
「依頼内容に記してあった通り我々とベッドバイソンの身柄の保護をお願いいたします。私はこの商隊の責任者で御者も務めますイリガンと申します」
御者のイリガンさんを含め、商隊の随伴員は8人。
料理人とベッドバイソンの世話役として雇ったという人が5人、アガサ商会の商人が3人という構成だった。
「出発前の注意事項としましては、ベッドバイソンの子供はまだ毛が十分に生えそろっていないのであまり長い間檻の中に入れているとストレスが溜まってしまいます。そのため、一日数時間程度檻の外に出したいのですが」
「つまり、ある程度広い場所と安全な道を通らなければなりませんね」
地図を見ながら真剣にルートを話し合うマリアージュさんとイリガンさん。
俺たちが来る時に通った道は馬車道としては十分だが、ベッドバイソンの子供を遊ばせるということを考慮すると少し狭いかもしれない。
そうなってくると少し遠回りすることになるかな。
「通常の馬車道を逸れて大きく迂回するルートですとそういうスペースがあるはずですので。そうですよね?」
「…へぇ、そうですとも」
イリガンさんは振り返ってベッドバイソンの世話役として雇われたであろう人物たちに確認を取っている。
道を尋ねるということは彼らは地元あるいはこの辺り出身、つまり道案内のガイド役も兼ねて雇われたってことか。
「食料などについては多めに持ってきておりますのでご安心ください」
「では、早めに移動しましょうか?遅くなれば本日のベッドバイソンを遊ばせる時間が無くなってしまいますから」
「そうですね。出発しましょう」
「ああ~、これいいわぁ……」
俺はベッドバイソンにもたれ掛りながら気の抜けた声を上げていた。
ベッドバイソンを護衛するということで誰か一人はベッドバイソンに乗るということになり俺が選ばれたのだ。もう一頭の方には世話役として雇われた女性が乗り込んでいる。
ヤノンとマリアージュさんは馬車に乗り込んでおり、マリアージュさんはイリガンさんと何やら話し込んでいる。その膝の上にはヤノンが頭を乗せて寝息を立てていた。よほど疲れていたのだろう。
この辺りはアースナルドから近いということで魔物も多くない。フィアードに比べると過ごしやすい気温とベッドバイソンの毛皮が程よい肌触りと温度が快適でついつい気が緩んでしまう。
「ふふふっ、たしかにこの子たちの毛は気持ちいいですよね。これなら貴族様が気に入るのも分かる気がします」
「…あなたは」
「申し遅れました。この子たちの世話を頼まれている動物使いのシェナです。エーテル・シェナ」
そういえば、イリガンさん以外とは自己紹介をしてなかったな。
「俺は、シィド。落ち人なのでただのシィドです」
「やっぱり、落ち人さんでしたか。道理で少し変わっていると思いました。この世界にはいつから?」
「そうですね、もうそろそろ4か月になります」
「では、まだ元の世界との違いで大変でしょう」
この人は他の二人と違って接しやすいな。女性だからっていうのもあるだろうけど…。
「あなたは、他の二人とどこか違う気がしますね」
「あら!そう思います?あの二人とは初めて会うのでそのせいかもしれませんが」
「あれ、一緒のところで雇われているわけではないんですか?」
「はい。私はアガサ商会専属の組合に所属しています。本来なら私以外も同じ組合の人間になる予定だったのですが、王都から特使の方が来るということでそちらの対応に回っているんです」
「……つまり、あの二人は臨時に雇った人たちですか」
道理であの二人の他所者感が強いわけだ。おそらく同行者の中であの二人だけは信頼されていないんだろう。
「あら?シィド君ったら意外と手が早いのね」
世話役の女の子と結構いい雰囲気じゃない。
「……そうですか?あんなものだと思うのですが」
「そう?そういう割にヤノンちゃんちょっといじけてない?」
あぁ、やっぱり若い子たちはいいわぁ。この初々しさがたまらない…!
「もう少ししたら魔物が出没する地域に入りますので準備をお願いします」
「はいは~い。じゃあ、ヤノンちゃんシィド君に伝えてきてちょうだい」
「わかりましたなのです」
トテテと後方に向かうのを見送って、イリガンさんに話しかける。
「…ところで、あそこの二人何やら雰囲気が怪しい気がするんですけど」
「彼らは臨時で雇っているので我々と馴染んでいないのでそう見えるだけでは?」
「だといいのですが……」
あの二人、世話役をしていることから十中八九動物使いだと思うのだけど、特有の動物好きな雰囲気が感じられないのよね。
こういう勘は同系統の私にはわかるはずなのだけど…。
「……何もないといいわね」
きっとこの道中に何かあるという確信を抱きながらも、ヤノンちゃんとシィド君の初めての依頼が無事達成できることを心の中で祈りつつ、そっと呟いた。
「初日ぐらいはゆっくりさせてくれるとありがたいんだがな…」
ヤノンから魔物の出没地域に入るという報せを受け、しばらく進んだ辺りで俺たちは魔物の待ち伏せを受けていた。
待ち受けていたのはヤギの魔物か。
脅威なのはやっぱり角かな?それとも…。
「あら、サタンホーンですね。可愛いですわ~」
警戒しているとマリアージュさんが馬車の中から現れていた。
「……かわいい、ですか?」
「ええ、とってもキュートじゃありません?特にあの幼い牙なんて…もうっ、堪りませんわ!」
そうか?俺にはとてもそんな風には見えないんだが…。
「シィドさん、マリアージュ様の感性に何か言っても無駄ですよ。あの人はちょっと変わってるので」
いつの間にか隣にいたヤノンもそう言っているということはこれが通常運行なのだろう。
「…ただ、可愛いと言っているということはちょっと面倒かもしれませんよ」
「……面倒?」
一体どういうことだろう?
ヤノンに聞いてみても見ていればわかると教えてくれる気配はない。
「ふっふ~ん」
そんなことを話している間に彼女はスカートの内側から棒状の物を取り出し、それを組み合わせていき1本の長い笛に姿を変える。
「じゃあ、いくわよ~。おいで、私の天使たち。【召喚】ウルフちゃん!」
彼女が笛を吹くと空間に魔方陣がポンと浮かび上がる。
「……?」
何が起こるんだ?
魔方陣を凝視しているとぴょこんと毛の塊が出てきた。
「お、おおっ!」
そのまますぽん!と小さな狼が抜け出してきた。
一匹が抜けるとあとは早いモノで続々と現れてくる。
「「「ワウフッ!!」」」
現れた狼たちはビシッと整列すると尻尾を振って一鳴きする。
「……なっ、がっ、えええぇー!!」
ちょっ、何アレ!?あんなのアリかっ!
「あれこそが魔物使いの真骨頂なのですよ。と言っても、【召喚】はマリアージュ様の派生スキルですけど」
あまりの衝撃で言葉が出ねえよ。なるほど、読んで字のごとく魔物を使役するジョブか。面白いけど、あれ使えるのか?
現れた狼たちは子犬のような小さな姿していた。悪意を放出した後の魔物本来の姿に近い。この状態で戦えるのか?
「ウルフちゃんたち、それじゃあよろしくね~」
「「「ワフッ!」」」
マリアージュさんの声に応えるように狼たちがサタンホーンへと襲いかかる。
「「「きゃい~ん」」」
しかし、簡単に弾き飛ばされ、コロコロと転がっていく。
……弱っ!
弾き飛ばされた狼たちは情けない声を上げながらマリアージュさんに体をこすり付けている。
「……おい、全然駄目じゃないか」
「大丈夫なのです。むしろ、これからが真骨頂と言っても過言ではありません。――皆さん!彼女から離れてくださいっ!!」
ヤノンが声を張り上げるのマリアージュさんから立ち上る怒気に気が付いたのはほぼ同時だった。
明らかに怒りのオーラが彼女を包みんでいる。笛を持っている手に力が入り過ぎてミシミシと音を上げている。
…それ、あんたの武器でしょ!?
「……おんどりゃ、誰の天使たちに手ェ出しとんねん!」
ええええーーーーー!!
口調が変わった―ー!!
「あわわわっ、シィドさんもっと離れるのですよ~」
袖をぐいぐい引っ張られるままにそっと離れる。
それほどまでに今の彼女は恐ろしい。
あっれ~?おかしいなぁ。この子たち可愛いと思ったのにな~。
私の頭の中は今怒りのオーラで真っ赤に満たされていた。可哀想に私の可愛い天使ちゃんたちは傷だらけになって助けを求めてきている。
これが助けずにいられますかっ!!
――マリアージュは身内に甘い。それは彼女の元の世界での生活に大きく影響されている。
彼女は元の世界では戦災孤児で、成長してからは身寄りのない者同士が集まった教会でシスターをしていた。彼女の宝物は子供たちがくれた歪なモノ。だからこそ彼女の感性は独特になったのかもしれない。
そんな彼女の平穏な日々は再び戦争によって奪われる。
戦争によって子供たちを殺される中、彼女は子供たちを守るために戦うことを選んだ。しかし、それだけで死にゆく子供たちを救うことはできなかった。
目の前で死にゆく子供たちの姿に絶望した結果、彼女は自ら死を選んだ。
今彼女の目には傷ついた狼たちが死にゆく中自分に手を伸ばしていた子供たちと重なっていた。こうなった彼女の暴走を止められる者は誰もいない。
「“溢れる怒り”」
聞いた者を恐怖のどん底に落とすべく地獄の底から響くような低い音色が響き渡る。
その音色を聴いた狼たちの体毛が銀色から黒へと変色を遂げていく。
これは彼女の固有スキル【鼓舞】による強化による影響だったのだが、この時の俺は彼女の怒りに感応しているように見えたのだった。
――魔物使いとは楽師が変異したジョブである。楽師は人間に力を与えるのに対し、魔物に力を与えることができる。
「さあ、もう大丈夫よ。あの憎いヤギを食い散らかしてきなさい」
先ほどと変わらぬ優しい声音で告げられた命令に明らかに狂暴性が増し、獣の本能を取り戻した狼たちは群れのボスに従うように突っ込んでいく。
そこにはもはや弱々しさは見当たらない。
たった1体のサタンホーンに集団で弾き飛ばされていたのに、今では1対1で圧倒している。
「怖いけど、スゲーな」
「感心してる場合じゃないですよ」
「ヤノン!?他の人たちはどうしたんだ?」
「少し下がってもらいました」
「…で、何かあるのか?もうすぐ片が付くように思えるんだが…」
「いえ、このままではこちらに被害が出ます。マリアージュ様は感情が高ぶると見境なく能力を使いますので」
「……どゆこと?」
「つまり、このままだとあの狼たちを私たちにけしかけてきます」
「何っ!?」
なんって迷惑なっ!
「ですから今のうちにマリアージュ様を止めますよ」
マジかよ。面倒くせえな。
「あと、彼女は棒術の達人だったという経歴の持ち主ですので気を付けてくださいね」
「…はぁ、しょうがねえ一気に止めるか」
灼月を抜き去り、戦闘態勢を取ろうとしたのだが、待ったを掛けられる。
「さすがにそれで攻撃したら面倒なので、シィドさんはフォローに回ってください」
「了解」
予想通りマリアージュ様の悪癖が顔を出してきたのですよ。
彼女は可愛いモノに目がないのですが、それ以上に可愛がっているモノが傷つけられることに対する怒りが半端ないのです。その際に必ず暴走するので手を打たねばなりません。
止めきれないと依頼内容に抵触する可能性もあるのですよ。
「……ところでどうやって止めるつもりだ?」
「私の武器をお忘れですか?」
私の武器『ドッキリクラッカー』は様々なモノを飛び出させますが、基本的には爆発するだけです。しかし、対人相手に使用する時には、私の武器は非常に役に立つのです!
この世界では同族殺しが禁止されていることもあって、大威力の攻撃を人間同士で向けることはできない。だからこそ私の武器は人間相手だと相手を行動不能にさせる程度まで威力が落とされる。
普段は使い勝手が悪いですが、愛用している最大の理由と言えるのです。
「とりあえずシィドさんは彼女を一か所に釘付けにしてください。その隙に私がやってみせるのです!」
「……上手くいくのか?」
むむっ、失礼な!シィドさんは私を侮っている節がありますね。ここらで一発ガツンとかましてやらないとですね。
その前に、あの子たちを無効化しないといけませんね、っと!
狼ちゃんたちに向かって煙玉を投げつけていく。
「「「ガルァッ!!」」」
ふふ~ん、鼻が利くので効果抜群ですね!
「シィドさん、この酔っ払い玉なかなかいいですよ!」
「酔っ払い玉じゃねえ!ヘベレケ玉と呼べ!」
まったく、酔っ払い玉でいいじゃないですか。
これはカラシシの実を使って煙玉を改良した後でチェリーボムボムを使ってみたのですが、これが思いのほか上手くいきました。調子に乗った私たちは濃度を様々に改良してみた。今投げつけたのは100倍に希釈したモノ。普通の魔物などには効き目が弱いですけど、嗅覚が優れていた狼ちゃんたちには効果覿面みたいですね。
「あ゛あ゛~、何してくれてんだゴラァ!」
おおっと、ヤバいのがこっちに気付いてしまったです!
「シィドさん、さっさとしてください!」
「わかってる!というか声かけるな!こっちに来るだろうが!」
それが役割でしょっ!
「って、ゴチャゴチャ言ってる場合じゃないのですよ!いっきま~す!!」
ぐいっと引っ張るとパパンとなって紙吹雪と鳩が飛び出した。
「ぽっぽ~」
『ぽっぽ~』じゃないのですよ~!なんでこんな時に限って大外れが出るのですかっ!
「オイタは駄目よ?」
「……ハッ!」
ボーっとしている間に笛(鈍器)を振りかぶったマリアージュ様が迫っていました。
「こっち向けぇーー!」
殴られる直前、ボボボンと火の玉がマリアージュ様の周囲弾けて火花が飛び散っていきます。
「今度こそいいの出てください!」
狙うのはマリアージュ様の頭部一点!
願いを込めて思いっきり紐を引っ張った。
――ギューン!ゴツッ!
「…あうっ!」
瞑っていた目をおそるおそる開くと、飛び出したグローブが顔にめり込んだマリアージュ様はパタンと倒れていました。
やったのですよ~!?
まさに九死に一生!
嬉しさで涙が滲んで前が見えないのです。
「やったな、ヤノン!」
「はいです」
喜びを分かち合おうとしたのですが、ガッと襟首を引っ張られたのです。
「「マリアージュさん(様)!?」」
「もー、酷いわ!ヤノンちゃん。女の子顔にいきなりこんなものを…!」
ぷんぷんと怒りながらマリアージュ様にギュ~ッと抱きしめられたのです。
苦しいけれど、感じた温もりに胸が一杯になったのですよ。
マリアージュさんの実力と共に本性が明らかになった回でした。
ついでに彼女の過去をちょっとだけ明らかにしてみました。今回のように登場人物の過去だけを取り上げた回を作ってみようと考えていますが、おそらくこの章が終わった辺りになると思います。
とりあえずリリィさんで考えていますのでご期待ください!




