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アースナルド②遅れてきた貴婦人

「着いたーー!」

「着きましたですよー!」

 依頼予定日の前日、俺たちはアースナルドへやって来ていた。

 さすがに交易都市というだけはあってアースナルドはフィアードよりも遥かに巨大だった。木製の柵で囲うだけのフィアードと違い、都市を囲むように塀が作られ、中に入る為には門番付きの巨大な門を通る必要がある。

 そして、何よりも目を引くのは行き交う人々の数だろう。フィアードだけしか知らなかった時はこんなものだろうと思っていたが、ここはパッと見た感じでも数倍の人々行き交っている。

 明らかに町の住人という雰囲気の人もいればお偉いさんと雰囲気の豪華な衣装を身に纏う人。商人、冒険者など様々な職業の人々がここで生活をしているのだろう。


「ようこそ、交易都市アースナルドへ。身分証を拝見します」

「はいはい。どぞなのです」

 ヤノンがさっと右手の模様を見せるのに習い、俺も右手の模様を見せる。こういう時は一人じゃなくてよかったと思うな。

「…はい、結構です。では、これを持って行ってください」

 模様を確認した門番から通行を許可され、一枚の紙を渡される。


「…これは、何なんだ?」

 門番からある程度離れたところでヤノンに尋ねてみた。

「これは、滞在許可証といったところですかね。一応、これをこの町のお偉いさんに見せることで町に滞在する許可をいただくんです」

「面倒臭いな。なんのためにそんなことをするんだ?」

「まあ伝統というのもありますが、この町の人間以外が問題を起こした時に責任の所在をハッキリさせるためですね。こういう大きな町だとどこで問題が起こるかわかりませんから」

 デカい町っていうのも大変なんだなと思っていたが、後日フィアードでも他所から来た人にはアフィが滞在許可を発行していると聞かされたのだった。

「ちなみに、この紙を見せる前に問題を起こすとその場で動けなくさえる効果があるので注意してください」

「うわっとっと」

 にししっと告げらた言葉に紙をプラプラさせていた俺はビクッとなって落しそうになってしまった。

 そういうことは先に教えとけよな。

「あっ、見えました。あそこですね」


 見えてきたのは一際威圧感のある建物だった。ハッキリ言ってそこだけ明らかに別世界じゃないかと思うほどに周囲から浮いてしまっている。

「……本当にここか?」

 あまりの威圧感に思わず二度見してしまったほどだ。なんでこんな外観にしてるんだ?

 ヤノンも「そのはずです」とどこか自身なさげだった。

 いや、たしかに看板にアースナルド役所とは書かれてるけど。


「ウッ、ェ~ルカ~ム!!ボーイ&ガール!」

 扉を開けるのを躊躇っていると中から色黒のおっさんが勢いよく飛び出してきたかと思うと、俺たちの手をガッシリ握ってブンブンと握手を交わしそのまま強引に中へと引き摺られていった。

「ようこそようこそ!さぁさ、入った入った。お二人様ご案な~い!」

 


 流されるまま応接室に連れてこられ、呆然としている俺たちを尻目におっさんは一際高そうな革張りのイスにドシッと腰を下している。

 見るからに偉そうだ。

「さあ、何をしている早く座りたまえ!」

 急かされるようにイス座った俺たちだったが、告げられた言葉に再び腰を浮かすことになってしまうのだった。

「それでは、改めまして私がアースナルド市長ヴァガッサ・ガイナスだ」

「「ええっ!?」」 

 市長!?このおっさんが?

「(おい、ヤノン!本当にこれで合ってるのか?)」

「(わかんないです。私もアースナルドに来るのは結構久しぶりですし…)」

 小声で確認するが、彼女も困惑しているようだった。

 そりゃそうだ。こんなおっさんが市長とか意味が分からん。

 ……いや、アフィが町長やってるんだからこんなおっさんでもいいのか?

「ハハハッ、驚かせてしまったようだな。だが、私はこれでも正式な――」

「市長!こちらにいらしたのですか」

 おっさんの言葉は突如バンッと開いた扉の音と現れた人物の声でかき消されてしまった。

「…ゲッ、ビビアン。お主、今日は非番じゃなかったのか?」

「ええ、ええ。非番でしたとも!ですけど、私が休みだと知ったあなたが羽目を外してフラフラと席を外して書類が減らないと言われれば非番であろうとも戻ってこらざるを得ないでしょうが!」

「これこれ、客人の前でそうデカい声を出すんじゃない」

「……へっ!?ああっ、申し訳ございません」

 ようやく俺たちに気付いたようでペコペコ頭を下げてくる。

「いや、別に気にしないで――」

「ああっ!市長、お客様にお茶の1つもお出ししないで!これが由緒あるアースナルドの対応かと評判が落ちたらどうなさるおつもりですかっ!」

 ……この人、苦手だ。


 ――ずずっ

 その後、ようやく落ち着いた彼女の淹れてくれたお茶をいただいている俺たちの前ではまだ彼女の説教タイムが続いていた。

「どうせまたミモールの魔眼を使っていたんでしょう!?あれはあなたの玩具ではありませんよ!」

「いやあ、書類仕事とは肩が凝るからな」

「そんなことは言い訳にはなりません!市長になったのですから自覚を持ってくださいと言っているんです!」

 先ほどの狼狽した人間とは思えないほど開き直った態度に俺たちはもはや呆れていた。

(どうでもいいからさっさと書類に目を通してくれ)

 いい加減面倒になってきたので助け舟を出すか。

「あ、あの~」

「ああっ、すいません。お茶菓子も要りますよね!?」

「いえ、そうではなく、先ほど話に出ていた『ミモールの魔眼』って何なんですか?」

「ああ!たしかにこの辺りではあまり見ないモノですものね。市長、お見せしてください」

「……ほれ、これだこれ」

 市長が取り出したのは、…水晶玉か?

 なんでこれが魔眼なんだろう?

「ふふっ、何故これが魔眼と呼ばれるか気になっておられるようですね。ここの壁に目玉が描かれていたのをご覧になりましたか?」

「目玉?そういえばあったような」

「たしかにあったのですよ」

 あまりの外観に気を取られてよく観察はしてなかったが、たしかにあった気がする。

「実は、その目玉が見た映像がこの水晶に映し出されるんです。あまり内情をお教えするわけにもいきませんが、あの目玉はアースナルドの至る所に描かれています」

「…へぇ~、凄いモノなんですね」

 漠然としか伝わらないが、凄い品物だということはよくわかった。

「ええ、決して個人が暇つぶしに見ていいようなモノではありません」

 ギロッと睨みつけられた市長は明後日の方向を向いて口笛を吹いている。絶対反省してないな。

「…まったく、そういえばあなた方はどこからいらしたんですか?」

「私たちはフィアードから来たのです。これが依頼書になります」

「……ああ、あなた方がそうだったんですか。この度はこちらの都合で急遽ご足労いただくことになって申し訳ありませんでした」

 依頼書を確認した彼女は納得したような表情を浮かべると俺たちに謝罪してきた。自分たちの都合で迷惑をかけたと思っているのかもしれないな。

「いえ、気にしないでください」

「そうですよ。冒険者なので仕事の依頼があれば赴くのは当たり前のことなのです」

「そう言っていただけるとこちらとしても助かります。すぐに許可証を書かせますので…」

 ふぅ、ようやく話が進んだか。

 それから発行された許可証を手に俺たちは応接室を出ていく。

 

『さあ、早く仕事をしてもらいますよ!私の休日を返還させたのですから馬車馬のごとく働きなさい!』

『ひぃぃ!勘弁してくれぇ!!』


 応接室から聞こえてきた声が役所全体に響き渡っていたが、気のせいだということにしよう。そうして、再び巻き込まれる前にそそくさと役所を後にしたのだった。





「アガサ商会。ここみたいだな」

「ですね~」

 役所を後にした俺たちは一旦宿を取ってから、依頼主であるアガサ商会に挨拶に来ていた。

「デカイな」

「ですね~」

 そこはまるで旅館かと言いたくなるほどの豪華な建物だった。

 このまま入って大丈夫なのか?失礼じゃないか?

 自分たちの服装を見つめ、明らかに不釣り合いな格好のために入るのを躊躇してしまう。なんでここはこんなにも入るのを躊躇させる建物が多いんだ?交易都市のくせに客を招くつもりがないのか?

 思わず現実逃避してしまうほどに場違いな建物だった。

「でもでも、大丈夫なのですよ!私たちには天下御免のこの依頼書があるのですから。堂々としていればいいのです」

「そ、そうだよな!俺たちはここの依頼を受けて来たんだもんな!」

 そういうヤノンの声はどこか震えていた。……まあ、俺もだが。

「い、行くぞ!」

 意を決して扉に手をかけ、ギギィと音を響かせ中へ入っていく。


「おい、その商品はそっちじゃない!こっちの棚だ!」

「注文書どこだ!しっかり管理しろ!」

「王都からの視察団への献上品の数揃ってねえじゃねえか!あと半月ないんだぞ!」

 店内には所狭しと商品が並べられており、人々の怒号が響き渡っていた。

 俺たちの決心はなんだったんだ。誰も俺たちの存在に気付かない、むしろ邪魔だと追い立てられる始末。

「……どうする?出直すか?」

 途方に暮れてついつい弱音を吐いてしまう。

「ですが、お仕事は明日なのです。今日挨拶しておかないと到着していないと思われてキャンセルになるかもしれませんよ?」

「それもそうか。だけどな…」

 この忙しなく動き続ける人たちに話しかける勇気がねえよ。

 そもそも、受付が荷物で埋まってる段階で接客する余裕もないってことじゃないのか?

 ひとまず邪魔にならない位置に避けていたのだが、突如それまでの騒々しさが嘘のようにピタリと収まった。

 店員たちが見つめる方向に目をやると高そうな衣装に身を包んだ小太りの男と美しい女性が階段を下りてきていた。

(……あれが、ここのボスかな?)

 なんとなくそんな風に考えながら見つめていると、彼らもこちらに気付いたようでにこやかに向かってきた。

「やあ、お客さんいらっしゃい!大抵のモノなら揃うアガサ商会へようこそ」

「本日はどのようなご用件でしょうか?」

「あっ、客じゃないんです。実は依頼を受けて来たんですけど――」

「ってあれ?もしかして君、ヤノンちゃんじゃない?」

「……へっ、そ、そうですけど」

 なんだ?ヤノンの知り合いか?

「やっぱり、覚えてないかな?子供の頃に会ってるんだけど」

「チーフのお知り合いですか?」

「…うん、この子の両親はフィアードで商人をやっていたからね」

 やっていた、か。

 こいつが暗くなるのもそれが原因なのかな。

 ヤノンは以前から時折考え込むようにしている時があった。その時のように今もどこか影を落としている。


「実はね、君たちの他にもこの依頼に参加してくれる人がいてね」

 依頼書を見せ、応接室に通され依頼内容の確認をしていた俺たちに突如としてそんな言葉が告げられた。

「えっ、どういうことですか?」

 もしやキャンセルかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

「つい昨日のことなんだけど、ちょうどフィアードに帰るという冒険者が現れてね。せっかくだから同行してもらうことにしたんだ」

「こちらの都合でお知らせもせず申し訳ありません」

「いえ、そういうことでしたら…。なっ?」

「……え、ええ。大丈夫なのですよ」

 やっぱり、どこか変だな。

「そうかい。そう言ってもらえると助かるよ」

 チリンチリンと鐘をならすと、しばらくして従業員がやって来た。

「彼女をこちらの部屋にお通ししてくれ」

「かしこまりました」


 ――コンコン

 ノックの音とともに現れたのは先ほどの従業員。その後ろには女性を連れてきていた。

 彼女がもう一人の同行者か。

「……マリアージュ様っ!?」

 そんな風に思っていた俺の耳にヤノンの驚く声が届いたのだった。

「あっれー、ヤノンちゃん?なんでこんなところにいるのぉ?」

「マ、マリアージュ様こそ」

「なんだ知り合いだったのか?」

「……か、彼女の名はマリアージュ。『貴婦人の話題』ナンバー3でリリィさん、ペルニカさんに次ぐ幹部です」

「はぁっ!?」

「おやおやそうでしたか。いえね、彼女つい先日まで王都に居たそうなんですよ。いやぁ~、知り合いなら話は早い。では、明日はよろしくお願いいたします」

「は、はい」

 なんだか大変なことになりそうだ。


「ねえねえ、ヤノンちゃんなんでこんなところにいるの?そっちの男の子は誰?ねえったら、ねぇ~」

 現在俺たちというよりもヤノンだが、先ほどの女性マリアージュさんに絡まれていた。

 あそこの女性陣はどうしてこう一癖も二癖もある人ばかりなんだ。

「よーし、答えてくれないならターゲット変更!」

 うわっ、こっち来た!

「ねえねえねえ、君は誰?私が知らないってことは最近来た人かな?それとも、ナンパ?やぁ~だぁ~、ヤノンちゃんナンパされてたの?」

「い、いえ違うですよ。その人は今パーティを組んでいる人です」

「えええーーー!!ヤノンちゃん抜けちゃったのっ!」

「いや、まだ抜けては…」

 声、声がデカいよ!

 行き交う人々が何事かとこっちに注目し始めている。何とかしないと面倒なことになる。

 ええっと…おっ、あそこなら良さそうだな。

「マリアージュさん、あそこ!あのお店に入りましょう!」

 俺は返事も待たず、強引に彼女の手を取って近くの喫茶店に入っていった。


「甘~い!すんごい美味しいねここのケーキ!」

 ふぅ。ようやく大人しくなったか。

「(助かったのですよ。マリアージュ様は興味が続く限り対象を離さないので有名なのです)」

「(面倒臭い人だな。この人で大丈夫なのか?)」

「(実力に問題はありません。むしろ、我々を軽く凌ぐ実力者です)」

 本当かよ。見た目ではそんな風には思えないんだがな。

「そういえば、王都はどうでした?」

「うう~ん、大変だったよ?あの人も元気だったからしごかれちゃったわ。あ~あ、早くホームに帰りたい!リリィの淹れた紅茶が飲みたい~~」

「まあまあ。この依頼が終わればフィアードに帰るのですから…」

「ぶうぅ~!…まっ、いっか。久しぶりにクランの仲間に会えたことと美味しいケーキに免じて許してあげましょう。そういえば、初めはこの依頼二人だけで受けるつもりだったんでしょ?どういう役割分担でいくつもりだったの?」

「基本的にシィドさんが前衛として警戒に当たり、私がサポートですね。夜などは私が罠を設置するという感じでしょうか?」

 ヤノンの説明にマリアージュさんはふむふむと頷いて見せる。

 ヤノンのジョブに付いては彼女の方がよく知っているだろうから俺が下手に口を挟むよりもいいだろう。

「……まあ、シィド君のジョブを知らないから私からその陣形がどうのこうの言うつもりはないわ。私が入るとしたら、前衛かしらね」

「前衛って、マリアージュさんのジョブって何なんですか?ちなみに俺のジョブは料理人ですけど」

 彼女の雰囲気から武器を取って戦う姿がまったく想像できない。

「よくぞ聞いてくれました!私のジョブは魔物使い(テイマー)よ」

 魔物使い(テイマー)?聞いたことないな。

「すいません。よく知らないんですけど、どんなジョブなんですか?」

「説明するのは簡単だけど、百聞は一見に如かずってね!明日のお楽しみにしておきましょっ♪」

 ウインクをしてこの話はもうおしまいと勢いよく立ち上がった。

「それよりもせっかくアースナルドまで来たんですもの、今日はショッピング!店巡りを楽しみましょうよ!」

 結局その後は強引に店巡りをさせられ、へとへとになった辺りで宿に引き揚げることとなった。

 しかも、なぜか彼女までついて来て両脇に抱え込むようにして眠りこけてしまい、俺は女性が隣に寝ているということで緊張してなかなか眠れなかった。

『貴婦人の話題』の幹部登場です。実は彼女はリリィ、ペルニカと共にクランを立ち上げた立役者の一人です。幹部であり、クランの相談役という立場にいます。

実力的には3人とも伯仲しており、1対1では勝負が着かないほどです。

 さて、彼女の登場によって道中がどうなるか。それでは次回までさようなら~

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