臨時パーティ
立っていた枝から「とうっ」と掛け声をあげて飛び降りた髑髏マスクは宙づりになっている俺を見上げるような位置へと移動してくる。
「ふっふっふ、ひっかかりましたね」
「お前何者なんだっ、なんでこんなことをする!?」
徐々に近づいてくる髑髏マスクの放つ不気味な気配に俺はすっかり気圧されてしまっていた。
「………」
とうとう真下までやって来たそいつは、髑髏マスクに手をかけ…、ポイッと放り投げた。
「ジャッジャジャーン!怪しげな髑髏マスクの正体は~、ヤノンちゃんでした~!」
マスクを外し、現れたその顔はフィアードの問題児『貴婦人の話題』所属の冒険者ヤヤ・ヤノンだった。
「……はぁっ!?」
「も~う、シィドさんったらすんごいキョドっちゃって可愛かったですよ~」
ヤノンはケタケタ笑いながら俺を指差してくる。
何がそこまでツボにはまったのかは知らないが、腹を抱えてバンバン地面を叩き始めたヤノンを見ていると段々苛立ちが湧き上がってくる。
「いいからさっさと降ろせ!」
「えぇ~、せっかく罠にかけたのにですか~?」
怒鳴りつけると彼女は不満気に頬を膨らませてくる。
そんなことをしている暇があるならさっさと降ろせ!あっ、駄目だ。頭に血が上ってきた……。
「あれっ?シィドさ~ん、どうしました~」
ヤノンのそんな声を聞きながら俺は意識を手放した。
「あっ、起きましたか?」
目を覚まして最初に視界に映ったのは覗き込むようにしていたヤノンの顔だった。
…てか、近い近い。
ほとんど額と額がくっつくぐらい接近しているので一瞬なにかわからないほどだ。
(……あれっ?)
鬱陶しいので押しのけようとして違和感に気付いた。手が動かないのだ。
「あいたっ!うぅ~、何するんですかぁ…」
どうなっているのか確認しようとすると首を起こすと覗き込んでいたヤノンとぶつかってしまい、文句を言われる。
そんなに近くで見ているお前も悪い。
でかかった文句も体を見て引っ込んでしまった。
なぜなら――
「なんっで、縛られてんだっ!」
そう、俺はロープでぐるぐる巻きにされていたのだ。
どうりで動きにくいというか動けないわけだ……じゃなくて!
「おい、これはどういうつもりだ?」
未だに蹲っているヤノンを睨みつけながら尋ねる。
「えぇ~、降ろしてはあげたでしょ?まだ何か~」
「なんで縛られてんだよ?」
「だって、そうしないと逃げるでしょ?話を聞いてから解放してあげます」
そう告げたヤノンの顔はどこか楽し気だった。
「……で、話ってなんだよ?」
「ややっ、シィドさん急に乗り気です!これは寝起きに私の顔を見てテンションが上がっちゃいましたか?」
ちげーよ。
むすっとしたが、ここで話の腰を折ってもしょうがないと先を促す。当然、俺は今も縛られたままだ。
「ではではお言葉に甘えまして。シィドさん、私とパーティを組みませんか?」
しかし、ヤノンから告げられた言葉は予想だにしない言葉だった。
「…はぁっ?俺と、お前がか?」
「はいです。私たちがパーティを組めばいろいろ便利ですよ」
「って言っててもお前、クランに所属してるだろ?」
「別にクランに所属してるからってそのクラン内だけで仕事をする必要はないんですよ?たまには野良パーティで行動することはよくあります。
言ってしまえばペルニカさんが依然行っていた指導も野良パーティみたいなモノですし」
言われてみればそうか。
だけどなんで俺なんかとパーティを組みたいんだか。
理由がさっぱりわからん。
「簡単ですよ。私のインスピレーションにビビビッときたのです!ビビビッと」
ヤノンは髪の毛に手を突っ込み、わしゃわしゃしながらそう説明してきた。
まあ、別に断る理由はないか。
そうして俺たちは臨時パーティを組むことになった。
「ところで先ほどは何をしてたんですか?」
「…あぁ、これだよ」
どうも森に入った辺りから俺のことを見ていたらしく、何をしていたのか気になっていたらしい彼女にカラシシの実の粉末を取り出して見せてやった。
「うわっ!なんですかこれ!?すんごい赤いです!見てるだけで目が痛くなってきますよ!」
目を覆いながらアイタターと大げさなリアクションを取っているヤノンに説明をしてやる。
「ほほう、つまりはそれを上手く活用できないかと言うことですね。でしたら、私にお任せくださいっ!」
説明を聞いているうちに徐々に話しに食いついてきたヤノンは笑みを浮かべ、ビシッと敬礼をして見せた。
「どうするつもりなんだ?」
「ふっふ~ん、シィドさんは私のジョブをお忘れですか?」
「…罠師だろ?それがどうしたんだよ?」
「まったく、罠師ができるのはわなを仕掛けることだけだと思ってますね」
やれやれと肩をすくめ、カバンから小さな球状のモノを取り出した。
「じゃじゃーん!煙玉で~す!」
取り出した煙玉をポイッと投げるとそこを中心にモクモクと煙が上がる。
その様子を見てどうだと言わんばかりにない胸を張るヤノンを見て言いたいことは大体分かった。つまりは煙玉を改良してカラシシの実の粉末を拡散させるってわけか。
「どうです?罠師の仕事は別に罠を作るだけじゃないんですよ?仲間が安全に逃げられるようにあらゆる工作をするのも罠師の役目。煙玉なんてお茶の子さいさいなんですから!」
「たしかに、これならいけるかもしれねえけど…」
俺にはどうしても懸念材料が1つあった。
「おや?どうされました?」
「……いや、たしかにこれなら上手くいくかもしれんが、使うのはカラシシの実だぞ?俺は大丈夫だが、お前は」
そう、カラシシの実を潰しただけであれだけ騒ぎになったんだ。煙玉なんてその煙に紛れて逃げるのが定石の手段ではこいつが危険なんじゃないのか?ってことだ。
あの事件の時は起こってからだったがしょうがないが、さすがに被害に遭うとわかっているのにやるわけにはいかない。
「その心配なら無用ですよ!」
そう言うと先ほどの髑髏マスクをじゃーんと見せてくる。
「これはボカン石っていう石を加工したマスクなのですよ」
ボカン石とは髑髏のような形をしている石で刺激を吸収し、どんどん大きくなる変わったモノだった。
罠師は鍛冶師の下位変異。変異の条件は失敗を重ねることなので失敗の被害を受けないようにその素材を使ったマスクを常備しているのモノが多い。
彼女も例に漏れずボカン石のマスクを使っていたというわけか。
「これを付ければ大抵の刺激は防げるのですよ。だから大丈夫です」
「よっしゃ、じゃあいっちょ頼むぜ」
「わっかりました~。ではさくっとやっちゃうですよ!」
ヤノンは道具を出していくとその場で作業を始めようとするので、俺は慌てて止めに入る。
「ちょっ、ちょっと待て!ここでやるつもりかよ」
「そりゃそうですよ」
きょとんと首を傾げたヤノンは何を当たり前のことをとそのまま作業を続行する。
「だから、待てって!ここでやって失敗したら面倒だろ?」
「だ~い、じょうぶですよ~」
「いいから来いって!」
ぶーぶー文句を垂れるヤノンを引っ張ってそのまま家に帰っていった。
これ以上問題を起こしてたまるか!
「もー、シィドさん強引すぎですよ!女の子には優しくしなきゃいけないんですからっ!」
「あー、うるさい!いいからさっさと始めろ」
「それにしても、シィドさんは変わってますよね~」
作業を始めて少しすると彼女はそう切り出した。
「……んっ?何がだよ?」
「だって、普通は料理人だったら料理を作るものですよ?それなのに、なんでわざわざ煙玉紛いのモノを…」
「そんなことか。別に意味なんてないさ。ないなら作るそれだけの話だ」
鼻で笑い飛ばし、さらに告げる。
「……それに、そんな変わり者に手を貸すお前だって十分変わってるんじゃないか?」
「私は、……そうですね。変わってますよね」
彼女はそれまでに見せたことのないような乾いた笑みを浮かべ、他のことを忘れるかのように作業に没頭していていった。
その時、彼女の顔に陰りが見えたような気がした。
――私は、ヤヤ・ヤノン。
生まれはフィアード。今は冒険者をしている。
子供の頃、私が冒険者になるなんて思ってもみなかった。
両親は商人をして時折家を空けることが多く、そんな両親の気を引きたかった私はよくバカをやらかした。それで少しでも一緒にいられる時間が出来るならそれでよかった。
両親もそんな私の心情を察してくれたのかバカな失敗をすると笑って傍にいてくれた。
しかし、そんな平穏な日々は唐突に終わりを迎えた。
「お父さんもお母さんも一緒にお出かけするの?」
ある日、両親が揃って王都の方まで商売に行くことになった。
「…おー、ヤノン。ちょっと王都まで出かけてくる。いい子にしてるんだぞ?」
「わわわわっ」
乱暴に頭を掻き乱され小さな体がぐらぐらと揺れる。
「もうっ!あなたったら、またそんな乱暴にして!ヤノンは女の子なんだから髪の毛を大事にしないとイケないのよ!」
乱暴に掻き乱していた父は母にぺしっと頭を叩かれ渋々手を放すと、代わりに私を抱き上げてくれた。母もそんな私たちに近づいて来て優しく頭を撫でてくれる。
二人が一緒に出掛ける時はいつもこんな感じだった。
「てんちょー!そろそろ出ますよ」
その時、従業員さんが二人を呼びに来て、一緒に出掛けて行った。
この時、私がいつものように我儘を言えばこれから起こる惨劇を防げたかもしれない。そう考えるとなぜその日は我儘を言わなかったのだろうか?そう考えてしまう。
両親が乗った馬車が谷底に落ちたという報せが届いたのはその日の夜だった。
なんでも魔物に追われ、避けるのにスピードを出し過ぎて谷底に落ちたのだという。両親を含め従業員や護衛に付いていた冒険者も全員亡くなったと聞かされた。
私は信じられず、制止を振り切り駆け出していた。
辿り着いた先で見たのは店の馬車がボロボロになった姿と冷たくなった両親の姿だった。
その後、霊術師によって両親と最期の別れを済ましたがしばらくは何も手につかなかった。
それから数年後、私は冒険者となり『貴婦人の話題』に所属した。
しかし、昔から失敗ばかりしていた私のジョブは罠師になり、ホームを破壊する日々。盟主や幹部の方々は優しいから一度所属したメンバーをそう簡単には放逐しないけれど、他の人が迷惑そうに感じているのもわかってる。
特に同じような時期に入ったというだけで私のお目付け役になってしまったジュリちゃん。彼女には本当に迷惑をかけている。
早い話、あそこに私の居場所はないのだ。
昔のように失敗をしても構ってくれるわけではない。むしろ失敗をすればするほど煙たがられていく。今ではフィアードの問題児として『悪戯鬼』なんて変な二つが付いてしまったほどだ。
そんな日々を過ごしていたある日、彼の存在を知った。
彼はコメディカルティアに来て日の浅い落ち人だった。
ペルニカさんと組んで冒険者見習いみたいなことをしているごく普通の人。そう思っていた。
その評価が変わったのは彼が起こした『赤の血煙事件』から。フィアード全体を巻き込んで人々を苦しめた事件を起こした彼は反省しているように見えてあまり反省はしていなかった。
それから見かけるたびに目で追うようになっていた。ただの興味だった思いは偶然川の方へと向かっていたのを見つけた時確信へと変わった。
彼は、あの事件の時と同じようにカラシシの実を潰し始めたのだ。
人に迷惑をかけても自分を貫き通している姿を見て、彼は私と似ている。そんな嬉しさがこみ上げてきた。
――そして今日、彼と接触した。
彼を罠にかけ、強引にパーティを組んでくれるように頼みこんだのだ。
「おおっ!やりましたよ。完成です!」
「マジかっ!?やったー」
二人して歓声を上げる。早速試しに行くことにした。
「よーし、やるぞ!」
「はいですっ!こっちも準備オッケーですよ」
ヤノンはマスクを着け、俺もゴーグルと口布をしっかり着ける。
二人の準備が整ったのを確認し、足元に煙玉カラシシバージョンを叩き付けた。
ボンッと煙が広がり、俺たちを包んでいく。
順調に広がっていく煙を眺めながら成功の喜びを分かち合おうとヤノンを見ると、彼女はマスクを抑えながら悶えていた。
「…何やってんだ?」
怪訝に思いながら尋ねると、突然彼女が咽叫び始めた。
「ブエッホ、ゲェッホ!!」
どうやらあのマスクでは完璧に防ぐことはできなかったようだ。
そんな悶え苦しむ彼女には悪いが、その姿が滑稽に思えてくる。
「……ぷっ、はは、ダーハハハハッ!お前、何やってんだよ」
「ちょ、もーう笑わないでくださいよ~。ひどいなぁ~。……ハハ、アハハハッ!もうっ、ほんっと、駄目ですねぇ~」
ようやく収まってきたヤノンも俺に釣られて笑い始めた。
煙の中、俺たちの笑い声が響き渡った。
(よかった。家で暗くなったみたいに感じたけど、気のせいだったみたいだな)
(やっぱり、シィドさんに声をかけてよかったです。この人となら一緒にやっていけるです!)
私は悶えながら両親が死んで以来、久方ぶりの喜びを噛みしめていた。臨時パーティなのでどうなるかはわからない。だけど、これからいいことがきっと起こる。そんな期待に胸が膨らんでいった。
――こうして新たにフィアード冒険者にパーティが誕生した。
彼らがパーティを組んだことを聞いた人々は問題児が手を組んだと聞いて恐れ慄き、彼らパーティに『クラッシャーズ』と名付けたのだった。
後に彼らの名は文字通り壊し屋としてフィアードだけに留まらず国中に広まっていった。
ヤノンちゃんのちょっとした過去話も盛り込んでみました。
彼女の失敗の背景どうでしたか?いい子でしょ?




