ピラファ火山⑧最後にはオチがある
今回でピラファ火山シリーズは最後です。あと1話で冒険準備編も終了となりますので最後までお付き合い下さい。
「――きなさ…!………なさい!シィドさん!」
…なんだ、うるさいなぁ。人がせっかくいい気持ちで寝てるっていうのに。
耳元で聞こえる声に思わず眉を顰めてしまう。
「(ほらぁ、疲れて寝てんだからそっとしておいてあげようよ)」
「何を甘いことを!ここがどこか忘れているのではありません!?」
「(それは、わかってるけど…)」
「もういいですわ!どうしても起きないつもりならワタクシにも考えがありますのよっ!」
「って、それはマズイって!?」
それまで囁くように話していた声の主の慌てたような態度に眠い気持ちを引きずりながらも薄目を開けて確認してみると、……そ
こには銃口を向けたリリィさんの姿があった。
「……っ!?」
「起きないなら寝ていなさい(永遠に)」
「――――っ!?」
逃げるよりも早く放たれた弾丸が顔の横を掠めていき、声にならない悲鳴を上げる。
「……あら、起きましたの?」
あまりの衝撃でガタガタと震えていた俺を見下ろしながらリリィさんは残念そうに呟いた。
いやいやいや!あなたさっき撃つ前に確実に目が合いましたよね!?というか小声でボソッと付け足すのやめて下さい。
「………って何をいきなり!?」
「いきなりじゃありませんわよっ!!何度起こしても一向に起きようとしないあなたが悪いのではありません?ワタクシ達がどれほど心配したと思っていますの!?」
………辺りを見渡すと真っ暗だったはず空は仄かに白み始めており、もう明け方が近いことを示していた。
いつの間にこんなに寝ていたんだろう。
(……たしか、あいつを倒して)
そうだ!思い出した。
ゲブロックを倒したことに安堵した俺はゲブロックが素材を吐き出すまで時間がかかりそうだったし、消費した魔力が回復するまで酸の川を渡れそうになかったからそのまま大の字で横になったんだった。
「……でそのまま寝てしまったと?」
俺が寝ていた経緯を説明すると二人の攻めるような視線が飛んでくる。
「まったく、ペルニカなんて心配して今にも泣きそうでしたのに」
「そっそんなわけじゃないじゃない!もうっ、リリィったら変な冗談言わないでよ!」
「…そういうことにしておいてあげますわ」
「泣きそうになんてなってないからねっ!むしろ、心配すらしてないんだか!」
……ペルニカさん。せめて心配はしてください。
照れ隠しなんだろうが、そんな言葉を言われると落ち込んでしまう。
「そ・れ・よ・り!素材の確認をしますわよ」
あぁ、そういえば倒したことで安心してたけど、仕事が終わったわけじゃなかったんだっけ。
獲得した素材は目的の胃袋や皮をはじめとして結構な量があった。これ全部持ち帰るのは大変だろうな。
「……んっ?これってなんですか?」
素材の中に気になるモノを見つけ、二人に見せるように摘み上げる。
それは、指先で摘める程度の大きさの黄色い石だった。
「石っていうには透き通ってて綺麗ですけど、宝石って感じでもないですね。どちらかというガラスや結晶かなにかでしょうか?
……って二人ともどうしたんですか?」
二人は俺の持っている石に釘づけになってまぬけに大きく口を開いて固まっていた。
――スッ、スゥッ
持っている手を動かすと二人の目はギョロギョロと忙しなく動き、石を追いかけていく。
「「うわああああぁぁぁ!!」」
あまりに不自然だったのでピンッと弾き飛ばすと、慌てふためいた二人に吹き飛ばされてしまった。
二人は中に放り出されたそれをまるで家宝の壺が落ちて来たように体を張って受け止めていた。
「……ど、どうしたんすか?そんなに慌てて」
「もうっ!なんてことをするの!?」
「本当ですわ!これがどういうモノかわかっててやってますの!?」
「いや、知りませんて」
そんなに慌てるほどのモノなのか?あんなショッボイ石ころが?
バカにしたような顔を向けると、それがいかに価値のあるものかを力説してくる。もう本当に必死過ぎて話の内容よりも2人の態度の方が気になったぐらいだ。
俺が見つけた石ころは『魔核』といって、魔物の体内で魔力を蓄え続けるまさに魔物の核のようなモノだという。大きさや色によって性能や保有する魔力の質、魔力量にはバラつきがあるものの含有量は少なくとも人ひとり分は軽くある。
つまり、上手く使えば魔力量を大幅に増加させることが出来る魔力が少ないこの世界の人間にとってはまさに一発逆転をもたらす夢の素材となる。
しかし、入手方法が確立されておらず、ただ魔物を倒すだけでは手に入らないためまるで砂漠で砂金を探すかのような当てのなさもあって伝説の代物とされている。
俺が見つけたのは小さ目だが、この大きさでも最低価格1000万Mは下らないというのだから驚きだ。
――で、現在俺の目の前では死闘が繰り広げられている。
ペルニカさんとリリィさんの二人で魔核をどうするか揉めに揉めた挙句、喧嘩で決めようというわけのわからないところに着地した。初めは俺も参戦しようとしたが、二人のあまりの気迫に「手を出したら殺られる」と感じたので辞退した。
だが、それすらも後悔してる。
「どう!?今、確実に入ったでしょ!?」
「はあああぁぁっ!?何を言ってますの!?あんな程度でワタクシが倒せると本気で思ってますの!?」
なぜか喧嘩の審判をさせられている俺にペルニカさんからのボディーブローが決まったかどうのか猛抗議が寄せられる。どうでもいいし、関わりたくないんだが。
普段はあんなに仲いいのに、ここまで泥沼化するのか。というか別に半分ずつにすればいいんじゃね?と言ってみたが、
「「はぁっ!?意味わかんないんですけど!」」
本気で怒られてしまった。
いや、意味わからないのはこっち。
「大体、リリィは別に魔核を使う必要ないじゃん!魔石は魔力を溜めておくんだから常日頃から作っておけば問題ないでしょっ」
「魔核があれば色々便利なんですのよっ!それにペルニカにだってそんなに必要ないでしょ!?あなたのスキルは魔力消費量が少なめなのですから!」
「私は、魔核を使って造ってみたいモノがあるって言ってるの!?」
「ワタクシだってやりたいことがあると言っているでしょう!大体、こういう場合は普通盟主であるワタクシに譲りませんっ!?」
「ああっ、ここで立場を持ち出しちゃう!?リリィってばいっつもそう。面倒臭い時にはマスターの権限を使うんだから!職権乱用だよっ」
おっ、今度は口喧嘩になった。
ただ、口喧嘩かぁ~。勝敗どうやって決めるんだろ。
すでに他人事だと割り切って観戦をしているが、長引きそうな気配に辟易としてしまう気持ちを隠し切れなかった。
その後、結局喧嘩では決着が着かないということで二人から公平な勝負方法を求められた俺が提案したのは、ズバリ魔物狩り。
元々ゲブロックを狩る予定だったのだからちょうどいいと提案をしたが、なかなかいい結果に終わりそうだ。最初からこの方法にしていたら楽だったかも。
初めこそいがみ合っていた二人も狩りを始めてからの動きはさすがにプロと言った感じで落ち着きを取り戻している。
「ちょっと、リリィ今私の方狙ったでしょ!?」
「ペルニカこそ先ほどから無駄に地面を柔らかくしてワタクシの行方を遮ってますのよっ」
……取り戻していた。
「…ちょっと、二人ともいい加減にしてくださいよ。そういうのは後にしませんか?」
「五月蠅いですわ!あなたはワタクシ達が倒したあのブクブクガエルの集計でもしてなさい!」
「そうだよ、シィド君は引っ込んでて!」
「………はぃ」
こっわ!
それからは時に協力しつつもゲブロック狩りを続け、大体30体近く倒したぐらいで周囲にゲブロックが見当たらなくなったので討伐依頼完了と判断した俺たちは一路フィアードへ帰還することにした。
今回の依頼にかかった日数は移動も含めて半月。
俺にとっては初めての遠征と言える仕事となった。
……勝負の方はリリィさんが9体、ペルニカさんが8体でリリィさんが僅差で勝利を収めた。ちなみに俺は3体。あとは全員で協力して倒したのでノーカン。
勝利したリリィさんは今までに見たことがないほどに浮かれて小躍りまで披露していた。その代りにペルニカさんの機嫌がしばらく悪いままだったが、何も見ていないことにしよう。絡まれると厄介だというのはこの仕事の間によく学んだからな。
「ここってゲブロック以外に魔物ほとんどいませんよね。なんでなんですか?」
勝負に負けて不貞腐れている私にシィド君が話しかけてくる。おそらく彼なりに気を遣ってくれたのだろう。……話題のチョイスはいまいちだけど。
「そう?そんなことないと思うけど…」
「いや、そんなことありますって。だって半月も滞在したのにゲブロック以外の魔物にほとんど遭遇しなかったじゃないですか」
たしかにゲブロック以外と言うと根城にしていた洞窟周辺で2、3種類見かけただけだが。
「それは、ワタクシ達の活動拠点の問題ですわ」
私に変わってリリィが説明をしてくれるようだ。普段はこういう面倒くさい説明はあまりしたがらないのだが、まだ機嫌がいいらしい。
「活動拠点の問題って、どういうことですか?」
「ワタクシ達はこの半月、基本的には火山の火口に近い山頂付近から中腹辺りで行動してましたでしょ?その周辺は基本的にゲブロックの縄張りになっておりますの」
そう、今回の目的がゲブロックだったこともあり食料を調達しに行くとき以外はほとんど下りていない。それに加えて行動範囲を広げて何かあると面倒だということで周辺以外はほとんど動いていなかった。
しかし、森をもう少し奥に行けば他にも魔物はいる。今回はたまたま遭遇しなかっただけだろう。
「へぇ~、そうだったんですか」
「そうだよ。ちなみにゲブロックはその辺りを中心に行動しているけど、動きにくいからは知らないけどそれよりも下には降りてこないし、山頂にもいかないんだよ」
「なんで山頂にもいかないんですか?火山付近に住んでんだし、マグマを呑み込んだりするんだから別にマグマが問題があるわけじゃないんでしょ?」
「山頂には鬼が住んでいるからですわ」
「……鬼っ!?えっ、リリィさん鬼なんて信じてるんですか?」
茶化すように言ったシィド君は真っ赤になったリリィに首を絞められていた。うん。今のは言い方が悪い。
しょうがないなぁ。助け舟を出してあげようかな。
「違うよシィド君。鬼っていうのは魔物の種類。ピラファ火山の山頂には獄炎鬼っていうとても危険な魔物が住んでるんだ」
「…ご、獄炎鬼。凄い強そうな名前ですね」
「うん、実際強いよ。今遭遇したら確実に敗けるだろうね」
普段でもクランメンバー全員が揃っていない状態では会いたくもない。
そもそも、鬼を含めた亜人系の魔物は軒並み異常な強さと知性を持っており、この世界において災害とされるモノの1つ。あまりの強さにゲブロックと違ってギルドでさえ強制討伐以来何て出せない。
「たまに山頂から降りてくるっていう話も聞くけど、めったに会うことはないから安心して。というか、会いたくもないし」
しかし、噂をすれば影あるいは藪をつついて蛇を出すじゃないが、暇つぶしの会話とはいえ話題にあげるべきではなかった。
『グオオオオオオッ!』
突如として聞こえてきた雄叫びにバッと振り返ると、山頂に立つ巨大な人影が見える。
その人影の頭部には存在を示すかのような角があり、遠目からでも人ではありえないほどに肌の黒さが見て取れる。
「「「ワアーーッ!」」」
一目散に山を駆け下りて無事にフィアードに戻ったが、やっぱりシィド君はなにかに憑りつかれるんじゃないのかという疑念が払いきれず、以降私たちの間ではシィド君の前で悪い噂話はしないという暗黙の了解が出来上がった。
ギルドへ戻って依頼達成の報告と依頼品の納品を終え、報酬を貰ってから解散となったのだが、最期の騒ぎのせいでなんだかドッと疲れる依頼だったなという感想を抱きながらホームへ帰っていった。
「頭!あのガキ帰ってきやがりましたぜ!」
フィアード裏町にあるとある酒場。そこに小柄な男が駆け込み、中にいた怪しい男たちに報告していた。
「…ほぉ、ゲブロックの討伐とはなかなかやるじゃねえか。まあ、あのクソアマ共とやってきたっていうのはムカつくが…おもしれえってことに変わりはねえ」
一番奥に座っていた大柄の男は報告を聞き終わると面白そうに顔を歪めていた。
そんな男にまるで病気のような青白い顔をした痩身の男が尋ねる。
「どうします?やりますか」
「……いいや、まだだ。もう少し美味そうになってから刈っても問題はねえ。それよりもあのクソアマ共の情報をもっと集めろ!」
「了解」
そう答えると痩身の男は闇に溶け込むようにスゥーと姿を消した。
「今に見てろ、クソアマ共…!今に代表クランとしてのてめえらの地位を奪ってその座に返り咲いてやる。そうなったらてめらは終わりだ!せいぜい俺たちに傅いてヒイヒイ泣き喚くがいい……!」
頭と呼ばれた男の言葉に反応するかのように薄暗い酒場に子分たちの下卑た笑い声が鳴り響いたのだった。
今週中に冒険準備編を終わらせ、その後は本編更新の前に設定集を更新したいと思ってます。




