ピラファ火山⑦赤く輝く月
「せいっ、せやっ、せやぁ!」
戦いは膠着状態を保っていた。
俺が切り付け、ゲブロックが避ける。かと思えば、ゲブロックが反撃してきてそれを俺が避ける。
だが、この状態も長く続きはしない。俺は若干の焦りを交えて苛烈さを増した攻撃を浴びせていく。
魔物と人間の最大の違いが保有する魔力量だと言われている。基本的に、人間はあまり多くの魔力を持ち合わせてはいない。これは、やはり同族殺しを防ぐという力が働いているからだろう。
しかし、魔物は違う。たしかに連続で使い続ければ消耗していくが、それでも元々の持っている量に差があり過ぎる。まだ魔力を使っていないが、いずれは使わなければならなくなる。そうなってしまえばこの均衡は一気に瓦解するだろう。
かつてペルニカさんは
『魔物と戦う時に、一番やっちゃいけないのは膠着状態での戦闘の長期化だよ。それは魔物を有利にするだけだからね』
と教わった。
これは、冒険者の心構えと戦闘スタイルを現す。
「――つまり、冒険者に求められるのは瞬時に状況に適応する力ともう一つ……先手必勝の力!」
「ゲブロッ!」
ゲブロックは高く跳躍し、上へ上へと逃げていくとともに地面に向かって大量の吐瀉物を吐きつけていく。
(一体何をやってるんだ?)
その疑問の答えはすぐに判明した。
地面の表面がシューシューと音を立て削れるように溶け始め、その間からマグマが覗き見えたと思うと、ゲブロックはそのマグマに突っ込んでいった。
そのままマグマを飲み始めたのだ!
ボコボコと音を立ててるマグマをすごい勢いで飲んでいき、飲むにしたがって体の大きさも色も変わっていく。
黄色い体色が赤黒く変色していき、体も大きな球体にまでなるとこちらに振り向いた。
初めからふてぶてしかった態度は体に比例してさらに大きくなったようで、明らかに見下してきている。
「……ゲッゲッロ」
てめえ、何笑ってやがんだ?
図体がでかくなっただけですでに勝者気分ですか?ああん?
「言っとくがなぁ、てめえぶくぶく太っただけでぜんっぜん、怖く何てねえぞ!!」
ダッと巨体に向かっていく。あまりに大きくなりすぎて山の上なのに小山に向かっている気分になってくる。
――ボッ、ボッ、ボッ!
……何の音だ?
体がデカくなりすぎて近づくと何をしているのかさっぱりわからん。
足を止め、上空を見上げているとなにやら丸い物体が上昇していく。
その物体は上空でぶつかり、パァンと弾けた。
なんだったんだ?弾けたはいいが、それから何も起こらない。
不気味だな。そんな風に思っていたが、ポタポタと雨粒が落ちてきたような音し始めた。
変だな。雨雲何て出ていやしないのに…。
異変はすぐに現れた。雨粒のようなものが当たった地面が煙を上げながらどんどん溶けていく。
「――ッ!!」
ゴホ、ウェッホ!
咽るような匂いに慌てて手で口元を覆い隠す。
野郎!マグマを飲んでたのはこのためか…!
マグマの近くに住んでいるという時点で気付くべきだった。こいつはマグマを体内に取り込むことで吐瀉物の酸性を強くするんだ!!だからこそ、ここか。
今更気付いたって遅いが、起きちまったもんはしょうがない。
ピンチの時こそ冷静に……ですよね?ペルニカさん!
師匠も今別の戦場で戦っている。だったら、不肖の弟子とはいえ俺が諦めるわけにはいかないだろう。
師匠の姿を思い浮かべながら戦意を奮い立たせていると――ジュッ!と肩を掠める。
「……チッ!」
掠めた服の肩部分が溶け、肩に激痛が走る。
このままじっとしてはいられない……。
縦横無尽に動き、酸の雨が当たらないように走り続ける。
しかし、奴も甘くはないようだ。どんどん吐瀉物を吐き続け徐々に逃げ場がなくなっていく。
放出した分体積も小さくなり、ゲブロックとの位置ががまるで中州と川岸にいるかのように酸の川が拡大していき、絶望的なほどに距離がどんどん開いていく。
「……使うなら、今か。【炎刃】発動!」
――前回の戦いでは【炎刃】の使い方を考えさせられた。
「…新しく出たスキルの使い方ってあれで合ってるの?」
きっかけは灼月の最終調整をしていたペルニカさんが何気なく発した言葉だった。
「……へっ?いや、合ってんじゃないっすか?現にちゃんと発動してるわけだし…」
「う~ん、そうなんだけどねぇ。なんか違和感があるというか、十分に力を引き出せてないような気がするんだよね」
「それはワタクシも感じましたわ。なんだか無駄に魔力を垂れ流している。そんな感じでしょうか」
「それだ!そうそう、なんか使うべきところに使えてないって感じ!?まさに、私が言いたかった通りだよ」
…えぇ~。二人から駄目だしされてしまった。
じゃあ、何か俺は今まで完璧に使いこなせてなかったってことか?
というか、発動させたらいいだけじゃないのか?
元来スキルとは、個々人の使い方次第で威力も効果も変わってくる。
そのため、様々な使い方をしていくことでより効果的な使い方や自分に合った使い方ができるようになる。
あれから試行錯誤を繰り返し、ゲブロックに対して最も効果的であろう使用方法も編み出した。あとはそれが本番で通じるかどうか。
発動した【炎刃】は以前のように刃から炎を迸らせてはいない。その代りに刀身が真っ赤に染まっている。
その姿はまさに、燃え上がる月。
前までは刀身に炎を纏わせるだけだったが、今回は刃の内側に炎をためるイメージで発動させている。そうすることで刃を真っ赤に燃え上がらせ、刀身そのものが熱を帯びている。
ヒュッ、と俺目がけて飛んできた酸の雨を切り付ける。
すると、刃に触れた瞬間――ジュワッ!と一瞬で蒸発していく。
酸性が強く、いくらマグマで強化したとはいえあいつが吐き出す段階で液体に変わる。予想通りの結果に俺は勝利を確信した。これでゲブロック最大の脅威である酸は怖くはない。あとはただ近づいていくだけ。
降り注ぐあまたの酸の雨粒を切り払いながら猛然と追い迫る。
(攻撃が届くとすれば、まだ大きい状態の今しかない!)
――固まった決意は突き進むための意志となり体を突き動かす。突き動かされた体は普段以上の力を引き出し、まさに渾身の一撃となる技をシィドに授けた。
向かってくる獲物の体が突如としてぐにゃりと歪んだのを見て、ゲブロックはやっと溶け始めたのだと油断して攻撃の手を緩めてしまった。もしここで攻撃の手を緩めなければ結果が少しは変わっていたかもしれない。
俺は湧き上がる力を感じていた。
その感覚は【炎刃】が発動した時にも似た感覚だったが、あの時とはまた違う。
――ぐにゃ
突如、まるで体が引き裂かれるように視界が揺れていく。
(チッ!何かわかんねえが知ったことか!)
「うおおおおおっ!!」
奴と俺とを隔てる川を飛び越え、攻撃を止めている巨体に向かって飛び込んでいく。
「……っ!?」
攻撃が止み、奴が油断しているのはわかっていた。何を油断してるのかは知らんがチャンスが今しかないと思った。だからこそ飛び込んだ。一歩間違えれば酸の川に真っ逆さまだというのに恐怖はなかった。
俺が飛び込んだ瞬間、奴の驚愕が伝わってくる。
何に驚いたのかは知らねえ。だが、俺はお前を倒す!
燃える想いは奴を貫くイメージを伝えてくる。
「貫けぇーー“炎角突き”!!」
ぐにゃぐにゃと揺れていた獲物が飛び込んできたと思うと複数に別れたことにゲブロックは驚きを隠せなかった。
対処をしなければと思う間もなく、燃え盛る弾丸は容赦なく体を貫き風穴を開ける。
開いた穴から力が溢れだし、巨体を保てなくなったゲブロックは悲鳴を上げながら自ら作り上げた酸の川へと崩れ落ちていった。
ピラファ火山シリーズはあと1話です。といっても最後は単純にもどっていくだけですのでストーリーが進むような話ではありません。おまけだと思ってください。その後は少し設定集をまとめたいと思います。




