若干の居心地の悪さ
「………はぁ」
赤の血煙事件から3日。今までどおりに過ごしているのに、居心地が悪い。今もすれ違う人々にひそひそと何やら囁かれてたり、振り向くとささっと顔をそらされる始末。
いや、そんな反応はまだいい方だ。明らかに不機嫌な態度で物を売ってくれなくなった店も少なからずあるし、酒場などではやたら絡まれる。
一応親しい人たちは普段通りの対応なのがまだ救いか。
事件の翌日に事の顛末を説明しに行ったところアフィから「次は問答無用で追い出す」と言われ、匂いが染み付いて取れなかったので家を立て直すことになったと親方に言うと無言で呆れられその日は追いだされてしまった。後日ちゃんと話を聞いてもらえたので助かったが、このまま関係が悪化するのかと本気で焦ってしまった。
極めつけはモニカさんにまたギルドの部屋を借りる挨拶に行った際、
『こんなに早く出戻ってきた方は初めてですっ♪』
などと言われたのは正直きつかった。
しかも、他の住人からの訴えで新居は町はずれの川の近くに移されることとなり、不便さを感じることは間違いない。
「…追い出されなかっただけましか」
新築は防臭加工が施されることは告げられていたので、ついでとばかりにいろいろ注文を付けておいた。費用は跳ねあがったが、先行投資だと思って諦めよう。
「……さて、これからどうするかな」
借金が一気に増えたから返済に忙しいわけだが、額が大きくなりすぎて返済の目処がまったく立たないんだよな。
今現在の借金は378万7200M。
内訳は元々の借金が21万M。新築の代金が200万M、ギルドや町への迷惑料が125万Mで残りが近隣の修繕費および治療費。
ピリカラシシ団子の契約があるから月々2万200Mと売上次第では幾分か上乗されて入って来るが、こんなに借金が膨らんでしまうと焼け石に水だ。
……あぁ、事件が起こる前に戻りたい。
切実にそう思う。
駄目だ駄目だ!こんなことを考えてる場合じゃない。今は一刻も早く借金を返済しなければ!
それに、俺にはやりたいことがある。あの強烈な匂いのダメージはあったが、あの程度で諦めると思うなよ…!
そう、俺はまだ諦めてなんかいなかった。むしろ、あの失敗を経たことで確信したのだ。カラシシの実を使えばピリカラシシ団子は俺の求める味になる。そうに決まってる!
それだけじゃない。カラシシの実を加工することに成功すれば、さらに幅広く挑戦できるはずだ。
「とりあえず、金稼ぎに行きますか…」
「おいおいおい、そこ行くチミィ」
「……えっ、俺?」
今日も今日とてペルニカさんの指導の下、冒険者として仕事を終えた帰り道。俺は変なおっさんに声をかけられた。
「そうそう、最近やってきた話題の落ち人ってなぁ、チミィのことだろぅ?」
「……そうですけど、そういうあんたは……交信師か」
交信師とは、ジョブの一つで交信師同士や魔力で印を繋ぐことで遠く離れた人との会話を行える仕事だ。手紙などの軽い物ならば別空間を使ってやり取りができるジョブだとも聞いた。特徴としてアンテナと呼ばれる髪の毛が頭頂部に生えることか。
このおっさんもハゲているくせに頭頂部には不釣り合いな髪の毛がピョコンと生えていることから間違いないだろう。歳を取って引退した年寄りたちが頭頂部の寂しさを誤魔化すために人気だって言ってたし、こいつもそういう類に違いない。
「ほぅ、少しは勉強しているようですねぇい」
「感心してるようには聞こえねえな」
むしろ、見下していたのを改めたような雰囲気で不快だな。無意識のうちに乱暴な口調になってしまうが直すのも癪だしこのままでいいか。
「で、交信師が何の用だ?あいくにとあんたのことは知らないし、俺自身はこの町以外に知り合いもいないから別の町などから手紙や連絡があるとは思えないんだが」
「まあねぇい、チミィに声をかけたのはただ噂を聞くようになった新入りがどんな奴かを知っておきたかっただけなのさぁ。それにチミィは勘違いしているようだが、私は文通所の人間ではないよぅ?」
おっさんは足元に置いてあった木の棒を引き上げると、そこには魚がぶら下がっていた。
「これを見てわかるように私は漁師なのさぁ」
「……漁師?あんたがか?」
あまりにも胡散臭い。
実はコメディカルティアは魚は食べる。しかし、水辺の方が魔物は強いのであまり捕る人間がいないのだ。
それなのに、この如何にも胡散臭いおっさんが漁師だと…?
「おやおや、私を疑っているねぇい。だけど、安心しなよ。私は正真正銘の漁師さ。まっ、やれているのはスキルのおかげだけどねぇい」
「……交信師がそんないいスキルを持ってるとは思えないけどな」
魚釣りをしていても襲われないってことは、アフィのような結界系統か魔物除けのようなレアスキルってことになる。
「チミィはやはり将来有望だねぇい。アルタ君が気に入る気持ちもわかるよ」
アルタ君!?アフィをそう呼ぶってことは…。
「そこで何をしている!?」
おっさんの正体に気付いた時、怒号にも似た声が聞こえてきた。
「…アフィ」
「やぁ、アルタ君」
予想通り声の主はアフィだった。
「エッゾ!何をしていたのかと聞いてるんだ!?」
「何ってただの雑談さぁ。別に前町長であるからと言って今のチミィの仕事にケチをつけようなんて思っちゃいないから安心したまえよ」
前町長、やっぱりこいつがそうなのか。
アフィが嫌っているアルタ呼びをするのは前町長ぐらいだと聞いてたからもしかしてとは思っていたが…、予想通りか。だとしたら、俺に一体何の用だ?アフィとの間に確執があったという話も聞くし、面倒事に巻き込まれてんじゃないといいんだが。
………もう遅いか。
あとから前町長の名前は正式に出すつもりですが、彼はエッゾ・ファルンといいます。昼行燈です。




