赤の血煙事件
「くあー、いつつ…」
二日酔いで痛む頭を押さえながらも今日こそはという思いでなけなしの金で集めた食材を広げていく。
「というか、この世界に来てから二日酔いになってばっかりだな」
誰に言うわけでもなく自嘲気味に呟いてしまう。
事実この世界に来てから酒で時間を潰してしまうのはこれで2回目。元の世界では未成年であり、そういうことに厳しかった両親の下で育った者としては世界の違いというよりも自分がこんなにも流されやすかったのかということに驚いてしまう。
「……まぁ、借金も少しずつだが、減ってきているしこれからは自分のために時間を使わねえとな」
今日試すのは、簡単な調味料の試食と応用法の研究にあたる。
この世界にはあまり携帯食糧という概念がない。そもそも腐りやすい生肉の保存などの心配がないのだから当然と言えば当然だが…。
それに、長期旅をする冒険者や商人であっても食べ物は身近に存在するのであまり携帯用に食料を持つという考えを持たない。まだお目にかかったことはないが、食料などの傷みやすい物を保存するためのアイテムも存在していることも携帯や保存食を開発しない理由だろう。これならば携帯食糧を開発すればヒットするに違いないというのが俺の考えだ。
だが、いざ作ろうとしてもそう簡単に作れるものではない。そもそも、こちらの世界の食材がいくら面白いといっても俺自身は元の世界では碌に料理をしたことなどないのだ。そんな素人に先人たちが作れなかった物を作れるかと言われて、できるなど考えるのは思い上がりも甚だしいだろう。
ならなぜ料理人を選んだんだ、そんなことを言わないでくれ。その場の気分は重要なんだよ!
それでもやらなきゃいけない。なぜなら、成功すれば一気に借金返済に近づくのは間違いない……はず。
とりあえず調味料を粉末に加工してみよう。使うのは石臼や乳鉢や乳棒、それに薬研。薬研は元の世界で好きだった時代劇で使ってるを見てから一度使ってみたいと思ってたんだよな。
まずは、色々すり潰してみて味が変わるかどうか木の実などで試してみたが結果は芳しくない。はっきり言って食えないことはないがというレベル。そもそも、そのまま食べれる木の実をすり潰しても触感がなくなるだけで旨味が出るわけではないようだ。
すり潰すのならば種や葉の方が効果は出る。そのままでは食べられない種などは少しはアクセントになる。これならばトッピングとして少しは使えそうだ。ただし、これぐらいだと誰かが試しているだろうから要研究だな。
それからも色々な手法を試してみるが、どれもイマイチだった。
「……やっぱり、元の世界で料理をしたことがなかった俺じゃ駄目なのかな?」
諦めが頭をよぎるのを必死で考えないようにしていたが、朝から始めてももう昼を過ぎ始めていたというのに成功例は一切ない。これじゃあ、くよくよするなというのが無理な話だ。
残った材料の中でめぼしいものと言えば、初日に俺が失敗したチェリーボムボムとカラシシの花ぐらいなもの。この2つは食材としては面白いが失敗の経験が頭をよぎるのでなかなか手を出せなかった。
(これが駄目なら、諦めるか)
とりあえず、カラシシの花をすり潰してみる。
「………くああ、効くぅ……!」
唐辛子を煎じたような刺激臭が目と鼻を襲い、たまらず窓を開け放つ。
「…げほっ、ごほっ!」
(か~、ひどい目にあったぜ)
ひとしきりむせた後に室内に戻ったが残り香でさえもまだ刺激してくる。
(……だけど、これは何かに使えるんじゃねえかな?)
調味料に使うのは置いといて、これだけの刺激臭なら魔物除けぐらいになら使えるだろう。あとは、これをどうやって加工していくか……。
「……一旦、団子にでもしてみるか」
先ほど石臼で挽いておいたネリネリネの粉末に水を注いでから捏ねたものにカラシシの花の粉末を混ぜていくと、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。それを千切っては丸めていくと見た目は赤い団子出来上がった。
その団子に串を刺し、弱火で火を通すと少しツンとくる匂いと共に香ばしい香りが広がっていく。十分火が通ったのを確認してからさっと醤油を塗って食べてみる。
「……おっ!こりゃいけるんじゃねえか」
食べてみると普通に旨かった。ネリネリネに含まれる粘り気が程よくカラシシの辛さを緩和させたようだな。これなら、揚げ団子にしたらもっと旨いかもしれねえ。…そうなると、油がいるな。少し値は張るが用意しといたほうがいいだろう。
少しは光明が見えてきたぜ!
「う~む、どうしたものか…」
深夜、フィアードの住人の多くが寝静まった中俺は頭を抱えていた。
あれからいろんな味付けを試して回った。俺だけでは違いが判らなかったので、リリィさんやペルニカさんを筆頭に『貴婦人の話題』の面々、アフィやモニカさんそれに酒場のマスターなどにも試食してもらったが、概ね評価は上々。女性陣やマスターはさすがに味にうるさくとても参考になるアドバイスを貰えた。
あとは酒場にいたおっさん達はもう少しカラシシの味を残した方がいいんじゃないかと勧められたりもした。まあ、酒のつまみとして、甘いのよりもピリッとした辛さを求めての発言だったが…。
いろいろ聞いた結果出来上がったのものはピリカラシシ団子と名付けた。味付けは醤油を塗っただけのシンプルなものと辛さを抑えたおやつ系、あとは揚げ団子の3種類。
最近では出来上がった団子を飲食店で出してもらえるようになりレシピを売ったお金と団子を下す代金、それに団子の売り上げの一部を貰えることで借金返済が一気に早まった。
それなのに、俺の気分は晴れるどころかモヤモヤしている。
原因は簡単。おっさん達の言うところの辛さを押し出したものは上手くいかなかったからだ。普通の作り方ではネリネリネで団子状にするためか味がマイルドになってしまう。かと言って、仕上がったものにカラシシを足すと今度は辛味が中途半端になってしまうのだ。
俺の頭はピリカラシシ団子の辛さをいかにして引き出すか、それで埋め尽くされいた。
ネリネリネに負けないようにカラシシを加えるにはどうすればいいんだ?
花の割合をあげても成果は変わらない。むしろ、加えた分だけ全体のバランスを壊してしまう。いっそ諦めてしまえば楽なのはわかっている。……だけど、せっかくだからおっさん達の期待にも応えたい。
なら、どうする?
どうすればカラシシ本来の味を引き出せる?
「…そういえば、カラシシを初めて食べた時マスターが何か言ってなかったか?」
…なんだっけ、なんて言ってたんだっけ?
…………。
………。
…!思い出した。
「そうだ、たしかあの時『カラシシの実は花びらの数十倍の辛さがある』って言ってたんだ!」
花よりも実の方が辛味が遥かに強いってことは割合を変えなくても強烈な辛さを引き出すことができるってことじゃないか!そうと決まれば、善は急げ!
冒険者をしている時に使っているカバンをひっくり返し、目当てのカラシシの実を取り出す。
市販されているカラシシはうっかり実を潰したら危険だからと実は取り除かれて販売されることが多い。しかし、町の外に出た時に偶然にも野生のカラシシを発見し何かに使うことがあるかもしれないと思って採取しておいたのだ。
取り出した木の実を見て、これならイケる!とほくそ笑む。
突破口が見えたので、さっそく作業に取り掛かりたかったが、花びらよりも強烈な実をすり潰せば悲惨な結果になるのは簡単に想像できるので先に準備をしていく。
(窓を開けて…と。ついでに、すぐに対応できるように桶に水も汲んでおくか)
準備万端整った。これで俺の団子も一段階進化するはず……!
いざ、新境地へ!
――ぷちっ!ゴリゴリ、ゴリゴリ…ゴリ、ゴ……、
「~~~っ!!」
すり潰し始めて物の数秒もしないうちに尋常じゃない痛みが目や鼻、全身を襲う。まるで体内に火をつけられたかのように熱さを伴った痛みが広がっていく。
「――かっ、はっ―――!」
間近で刺激臭を吸い込んだ肺も焼け爛れてしまったかの如くうまく呼吸ができない。酸素を求められば求めるほど刺激臭が肺を埋め尽くすという悪循環を繰り返していく。
『『『ぐわぁぁあぁああぁ~~~~!!』』』
「目がああああぁぁぁぁ――!!」
「ゲホ、ゴホッ!ウェッホ!!い、息が……!」
次いで、町中からも阿鼻叫喚の叫び声が聞こえてくる。
(しまった!!窓を開けていたのが裏目に出た…!)
なんとか窓を閉めようと立ち上がろうとするが、あまりの痛みに方向感覚も狂い、自分が今どういう状態なのかも判別できない。ガッと何かに躓き、顔面からカラシシを入れておいたざるに突っ込んでしまう。その際、未使用の実が潰れて顔全体に汁がかかる。
「○×♯△♂■◇~~!?」
声にならない悲鳴を上げながらもなんとか手元に置いておいた桶を手繰り寄せ、そのまま顔を突っ込も顔についた汁は当然桶の水に混ざり、目を洗おうとしていたところにそんな刺激物混じりの液体を使ったものだからまたもや悲鳴を上げてのた打ち回る羽目になった。
俺がのた打ち回っている間にも町から聞こえる悲鳴は大きさを増していき、フィアードはまるで地獄絵図のような騒ぎに見舞われていた。
手探りでなんとか窓を閉め終わり取るものもとりあえず外に逃げ出した時には被害が少なかった住人達の誘導で避難が開始されるところだった。
その日は強風の影響もあり被害が広がるのも早かったが、発生源である我が家から離れるとそこまで被害は見られなかった。近隣住民の中には結構ひどい症状が出た者もいたが、翌日にはそれも収まっていたなど重篤者が出なかったのが唯一の救いだ。
この夜の一連の騒動は後に【赤の血煙事件】と呼ばれ、俺がフィアードの問題児として名を連ねるきっかけとなる出来事になった。
ネリネリネは粘り気のある蜜を溜める花で、その蜜を糊代わりに使用します。幹や根っこは火を通せば食用にもなり、今回シィドが使用したのは幹と根を粉末にしたものです。小麦粉とそば粉を合わせたようなものだとお考えください。




