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混乱の一歩

 お待たせしました。今回はミルルがメインの話になります。

 有史以来、人々の生活を支えてきた力が突如として喪失した時。世界中に混乱が広がった。

「クッソ!なんで、こんな時に…!」

 魔物と戦う冒険者は突如スキルが使えなくなったことで窮地に追い込まれた。

「いでぇよぉおおお!!」

「…くっ、頑張って。頑張ってください!」

 大けがを負った人を必死で励ましながらも、突如として使えなくなった【治癒】の力に困惑を隠せない神官。

「最近、神の声が聞こえないこともあったが…。よもや、このような事態まで」

 教会では、この世の終わりの前触れだと嘆く人々。必死に神に呼びかけ、そして祈り続ける。

 また、ある町では動物の制御ができなくなったり、鍛冶ができなくなったり。スキルに頼りきりで魔法を使うという生活を久しく忘れていた人々はただ世界の異変に追い込まれていった。


「……シィドたちめ、一体何をしておるのじゃ」

 ここはナイフォワ王国の女王護衛官室。そことの長であるチタニアは、新たな作品の調子を確かめながら思うように作れなくなったことに疑問を感じていた。

 心なしかメイドたちの動きがぎこちなくなっているような、そんな感覚を感じている。

「熱っ!」

 フィアード鍛冶師ギルド。父の死を乗り越え、ようやくギルドマスターとしての風格も備わってきたドン・ペルニカ。彼女は、突如飛び散った火花とボロボロになった武器を見て驚いた。

「…【鍛冶】が使えない?」

 子供の頃から馴染んできた固有スキル【鍛冶】。鍛冶師の代名詞となるスキルの不発に困惑を隠せない。

 シィドたちを知り、彼らの旅の動向を知る一部の人間を除き、人々は理由もわからないままに狼狽えるしかなかった。


 そして、その動揺は当然目の前で起こされたシィドたちも同様だった。

「グァァオン」

 突如として聞こえる唸り声。

 視線を向けた先ではクレアが魔物使い(テイマー)で、飼い主であるはずのルルミちゃんに牙を剥いていた。

「…クレ、ア」

 呆然とするだけで、その場を動けない。突如の反乱に思考がついていかないのだ。

「ギュピピーー!」

 そして、同じく暴れだすポッコ。

「ぬうぅぅあああああああっ」

 倒れていたムサシが体を起こし、今にもルルミちゃんに襲いかかろうとしていたクレアを弾き飛ばす。

 転がる一人と一頭。しかし、スキルが使えなくなった以上劣勢は覆らない。

 魔物は制御を外れ、野生に還る。そして、被害が拡大していく。


「――よそ見している場合かえ?」

 その声にようやく思い出した。自分が今、何と対峙していたのかを。

 ゲルトサリバは先程からさらに姿が変わっていた。体には模様が浮き上がり、魔力と禍々しさが増している。裸のようだった格好も金雲がドレスのようになり、妖艶さを醸し出していた。

「……何を、した?」

 俺はその声を絞り出すのがやっとだった。

「何、大したことはしておらんよ」

 そんなバカな。

「――ただ、元からの我の力を返してもらっただけじゃ」


 ゲルトサリバに告げられた言葉に、俺はかつてディアイラから伝えられたことを思い出す。そう、この世界の始まりとなった力スキルについて彼女はこう語っていたのだ。

『――ジョブやスキルというのは元々が神が持っていた力でもある』

『――かの神が殺したことで失われた神力。それがスキルの源じゃよ』

『――ジョブとは、言ってしまえばスキルを扱うための道具に過ぎん』

 つまりはそういうことだ。

 ゲルトサリバが殺した神から奪った力がスキルだというのならば、それはジョブを通してディアイラが世界中に拡散していたということになる。

 現在、神はこの世界に二柱だけ。ディアイラとゲルトサリバ以外に本当の力、神力を扱える存在なんていないはずなのだ。だからこそ、ディアイラの力が弱まっている今ならば、ゲルトサリバが力を取り戻しつつある今ならばその散らばった力を一つにまとめることも可能なのではないか?

 奪われたのが、スキルとしての力なのかそれともジョブそのものなのか、それはわからない。だが、この世界の人間はすべてスキルを使って生きてきたのだ。それが奪われるというのは、手足をもがれるのに等しいのではないだろうか?


「つまり、お前はスキルの力を奪ったということか?」

 嘘であって欲しいという思いを抱きながらも、自分の考えが確信をついているということが俺にとっては最悪の展開となった。

 何でもないように肯定され、絶望のどん底へと突き落とされる。

「それがわかったからと言ってどうする?お前たちの仲間はフラフラで動けんぞ?」

 放っておけば、仲間が死ぬぞと言っている。

 そうだ。クレアとポッコの今の状況は野生の魔物と同じはずだ。魔物使いのスキルで制御下にあるうちは安全だが、その制御が外れてしまえばただの魔物の戻るのではないか?

 そして、ただの魔物になるということは――仲間の『死』を意味している。

 間に人が入ることで魔物は人間の道具という立場になる。言い方は悪いが、絶対に自分を裏切らない奴隷を手に入れられるのだ。だからこそ、魔物を使った行動となるので法則に則り、使役される魔物は人間を殺すことが出来ない。同族殺しの禁忌の範疇に収められる。

(クソッ!)

 動けない仲間の下に向かおうとするが、それをさせてくれるほど易しい相手ではない。

「まあ、我が見逃すとは思わぬことじゃな」

 仲間の下へ行きたい俺をゲルトサリバは路傍の石ころのように蹴散らそうとする。




「クレア。お願い正気に戻って!」

 ボクは目に涙を浮かべてクレアに訴えかける。

「グアルルッ!」

 しかし、クレアは牙を剥いてムサシさんに噛み付こうとしてまったく届かなかった。

「ルルミ、こっちも手伝え!」

 双子の兄、ミルルの声にハッとなり振り返るとマグタさんが倒れているヤノンさんたちに近付こうとしているポッコの前に立ちはだかっている。

「ポッコ!!」

 声を張り上げる。しかし、クレアのことも気になる。

 一体どうすれば!?


「ぬうううっ…!」

 くぅ、このままでは駄目でござるよ!

 せめて、何か武器があれば…!


「…………?」

 皆がそれぞれの戦闘に移行していく。そんな中、ピリノンは聞こえてきた声に体を起こし、フラフラと歩きだしていった。


(こんな…、こんなことって!)

 非情な現実に体がついていかず、ただひたすら叫び続けることしかできない。それなのに、肉体の限界なのか徐々に声が掠れていく。

 一刻も早くクレアを止めなければならないのに。それはボクがやらなきゃいけない、いやボクにしかできないことなのに…。

 ふと、クレアと出会った時のことを思い浮かべた。

(あの時も……)




 ――あの時もクレアは牙を剥いていた。

 クレアは親だと思われる個体。その死体の側にいた。まるで、親を守るように、親の安らかな眠りを妨げないように。

『――ったく、しょうがねえな』

 当時ボクたちに戦い方を教えてくれていた師匠は、クレアを退けようとした。それはクレアの親を埋葬してやろうという親切心だったけど、クレアには親を奪う敵にしか見えなかったんだと思う。

 震えを誤魔化すように飛びかかっていった。

 その時、ボクは咄嗟にそれを受け止めた。

『おまっ、何を!?』

 師匠が驚き、ミルルが息を飲んだのが伝わってきた。特に、この世界に来て間もないミルルにはボクが傷付くことが恐怖にしか映らなかった。

 ――わかってる。師匠だったら、そもそも子供のクレアの攻撃なんか食らわないってことは。ボクがしたことは、無意味でむしろ悪い結果になったかもしれないことだっていうのも。

(だけど…)

 放っておけなかったんだ。

 クレアの姿はボクそのものだったから。

 

 クレアのボクと同じように突然親を失った。ボクはまだミルルがいたからなとかなったけど、クレアは本当の意味で独りだった。

 ――独りだとどうしていいかわからなくなるんだ。

 何をしても間違っている気分になるんだ。

 だから、ボクたちは誰かと一緒にいるんだと思う。


『――師匠、ボクにこの子といる時間を下さい』

 師匠は渋ったけど、最終的には折れてくれた。元々一人立ち(二人だからこれで合ってるのか自身はないけど)をする時のためにいろいろ仕込んでくれてたんだから、いい経験になると言ってくれた。一応何かあった時のために側にいてミルルと一緒に見守ってくれた。


 何をするにも最初は自己紹介だよ!

 ボクは先程噛まれた腕とは逆の腕を出して、元気に自己紹介した。

『ボクはルルミだよ!』

 うん。予想通り思いっきり噛まれたよ。予想してたから、また同じように防いだけど。痛くはなかったよ。実際は涙目だったから空元気に見えたかもしれないけど…。

『ボクに君の親御さんの供養をさせておくれ』

 言いたいことを伝えて、奏で出したんだ。ボクの想いを。両親との思い出を。

 初めは警戒して唸っていたクレアも次第に音楽に耳を傾け、尻尾がゆらゆらと揺れ始めたんだ。奏でながらだったら、クレアに触ることもできた。

 演奏が終わる頃にはボクらに害意がないことが伝わって、クレアの親を埋葬することが出来たんだ。

 …だけど、クレアはそこから離れようとはしなかった。

 だがら、通い続けたよ。

 時にはご飯を持って、時には音楽を奏で、時にはただ傍にいた。そうしているうちにボクの力も変化して気が付いた時には、楽師から魔物使い(テイマー)になっていた。

 そして、その時には……君もボクの家族になってたよね。




「――そんな君が、ボクらを傷つけるわけがないよ」

 ゆっくりと近付いていく。出会った頃のように警戒する必要などないんだと言い聞かせるように。

「ルルミッ、やめろぉぉ!!」

 離れたところからミルルが制止の声を放つ。

(止めないよ。ミルル)

 今度ばかりはミルルがいくら言ったって無駄さ。ボクはクレアの家族なんだ。家族が苦しんでいるのに、何もしないわけにはいかないだろう?

「クレアは家族だけど、俺にとってお前以上に大切な家族なんて…」

 おかしいな。スキルがなくなったのに、ボクの考えがミルルに伝わってるみたいだ。

 だったら、ボクを止められないのもわかるだろ?

「さあ、クレア。一緒に歌を歌おうよ」

 ボクはかつてしたように笛を取り出してクレアの前で奏でていく。


「グアウッ!」

「しまっ!?逃げるでござるよ、ルルミッ!!」

 クレアがムサシさんから離れ、ボクに向かってきたのがわかった。

(クレア、お願い。ボクの音楽(声)を聴いてっ!)


「やぁああめろおおおおおおおおおっ!」

 オレは必死になってミルルに手を伸ばした。ポッコのことなんて忘れて、ただひたすらミルルにだけ意識を向けた。

 今にもクレアはミルルに噛み付こうとしている。

 さっきからミルルの声が聞こえるよ!

 哀しそうな声が、願う声が!

 だけど、それはクレアには届かない。今のクレアは出会った頃のように頑なだ。

(このままじゃ、ミルルが!)

 そう思った時、俺の真横を風が追い越していった。


(俺は、夢でも見てんのか?)

 マグタは目の前の状況に頭がついていかなかった。元来、物事を深く考える性質ではない彼にとってはいろいろと起こり過ぎて考えが追い付かなかったのだ。

 それでも、目の前の状況を説明するならばこうなる。

「世界を変えちまうような戦いが始まって、最悪の神が現れたかと思ったら力を失って…。そんで、仲間だと思ってたやつが敵になって――」

 そして。

「――敵になったと思ってたやつが結局は仲間だったのか?」

 推論を口にする彼の前では、一羽の鶏が魔物に攻撃をしていた。


 ヤノンを背後に庇うようにしてポッコが放った攻撃は、今にもミルルに噛み付こうとしていたクレアの口にすっぽり収まり、クレアを吹き飛ばした。

「ピギョーーーー」

 まるで作戦成功を喜ぶかのように、それまでの標的だと思われていたヤノンもそれを防ごうと立ちはだかっていたマグタも無視して飼い主(ミルル)の下へと駆けていく。

 鶏だから、飛ぶことはできないが、その体は若干宙に浮いていた。


「……ポッコ?」

 ボクは隣にやって来た存在に首を傾げた。

「ピキョキョ!」

 そのポッコは嬉しそうに鳴くと、ボクに頭を擦りつけてくる。その様子には一瞬、ルルミ達が襲われると勘違いして動き出そうとしたぐらい、自然な動きだった。

 肌を擦る羽毛の温かさといつものようにボクを慕ってくれるポッコの純粋な瞳を見て、涙がこぼれていた。

「ポッコ、ポッコ…ポッコォォ!」

 ぐいっと伸びた首に抱き着き、歓喜する。ポッコは理由はわからないけど、ボクが喜んでいるということは伝わっているみたいで、嬉しそうに飛び跳ねている。

「なんで、ポッコは大丈夫なの!?」

 いや、そんなことはどうでもいい。ポッコが大丈夫ということは――クレアだって元に戻る可能性があるってことだよ!


 築き上げてきた信頼が、確実な希望の光へと姿を変えた。

 そして、少女は新しい家族と共に昔からの家族を取り戻すべく戦いに臨む。

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