集合の一歩
「なっ――!?」
金属の破片が飛び散り、手元には刃先のなくなった柄部分だけが残された灼月。それを指先で行ったゲルトサリバの肌には傷一つついていないという現実。俺の頭は一瞬で真っ白になった。
「どうした?」
もう終わりか?そう告げるように、軽く手を払う。
「ぐっ、あああああああっ!!」
相手は軽く払っただけ。そう目の前を飛んでいる虫がうっとうしくて手を振った程度の感覚。
(それで、この威力かっ!)
数十メートルは優に弾き飛ばされ、地面には踏みとどまる時に力を込めた跡が残る。まるで相撲の電車道のように真っ直ぐと伸びた跡は、俺に彼我の実力差を明確に見せつけた。
「は、ははっ、はははははははははっ…」
もう笑うしかねえな。
迂闊な挑発に乗った数秒前の自分を殴りつけたい気分だ。
(こんな化け物と戦う?冗談だろう?)
やはり、相手は神だった。人間如きが相手にしていい存在ではなかったんだ。
(こんな化け物に不意打ちとは言え、勝ったっていうディアイラも相当だな…)
思い浮かぶのは、いつでも偉そうにしている女神。何故か、俺にこんなキツイ役目を押し付けた人物の顔だった。
…あいつは、俺にいったい何を期待したんだろうか?
俺だったら、こいつに勝てると本気で思ったのか?
(……待てよ)
そこまで考えたところで、俺の頭にはディアイラとこの世界で会った時の会話が思い起こされた。
確か、ディアイラはあの時――『お主には、『金雲』を払ってもらいたい』――そう言ったんじゃなかったか?
そう、たしかにあいつは『払ってもらいたい』と言っていた。
目の前の神、ゲルトサリバを倒すでもなく、封印するでもなく、ただそれを封印していたモノを払ってほしいと。
(『金雲』には何かがあるってことか)
良く考えれば、そうだよな。だって、金雲が来てからゲルトサリバの力は明らかに増した。そう考えると、金雲には俺の知らない効力があるはずだ。
「……どっちにしろ、無理難題だっつー話だよ」
あのバカ女神、悪態を吐きながらも僅かに見えてきた光明に俺は笑みを浮かべた。
「…ほぅ、諦めてはおらんかったか」
ゆっくりとだが、確実に戦意を募らせて向かってくる人間に、始まりの神ゲルトサリバは愉快愉快と口角を吊り上げていく。
これが、始まりの神にして同族を大量虐殺してまで争いを好んだ神の本性だった。おそらく、ディアイラによって封印されず、かの神だけが地上に生き残ったとしたら、軍神あるいは闘神として頂点に立っていただろうことは間違いない。
「さて、問題はどうやって攻略するか、だよな」
解決の糸口は見えた。その先にあるかもしれない光明も見えた。だが、圧倒的に到達するまでの手段と実力が足りない。
(一旦、逃げて実力を付けてから再戦……っていうわけにはさすがにいかないか)
そんな世迷言を考えていた俺の視界の先では事態が変化した。
「どっせぇえええええい!!」
「……ぬっ?」
突如として現れた少女によって振り下ろされる拳。それを顔で受け止めながら、ゲルトサリバは頭を捻る。
――どこから現れたのだろうか?
攻撃は蚊ほどのダメージも与えられていないが、それでもほんの一瞬、刹那的に動きを止めることに成功したのは奇跡と言っても過言ではないだろう。
風で靡いたエプロンドレス。そこからニョキッと蔦が顔を出していた。
「おおっ?」
僅かばかり驚いた様子を見せるゲルトサリバに、絡みついていく蔦。しかし、金雲に触れたところからどんどん朽ちていく。
「…………しつこい」
ボソッと呟くような声が少女のドレスの中から聞こえてくる。
それに少女も反応する。
「しつこいのはあんたもよっ!いい加減に尻尾をは・な・し・な・さいっ!」
ぶわっと捲り上がり、そこからは存在を示すようにピーンと立ったふさふさの尻尾。そして、スカートの中からは小柄な少女が転がり出した。
「…………あぁっ」
名残惜しそうに手をワキワキさせていることからも、彼女がどこにいたのかが窺い知れるというものだろう。
俺は、目の前で神に襲いかかっている二人を見て、その名を呟いた。
「…キャロル、それにピリノンも」
無事だったんだな。そんな声が漏れるが、それを肯定するような言葉が聞こえるとは思っていなかった。
「当ったり前なのですよ!私たちがそう簡単にやられるとお思いですか?」
バッと振り返ると、そこにはいつも通りの悪戯っ子のような笑みを浮かべたヤノンの姿が。
「ヤノンッ…!」
「おっと、オレたちもいるぜ?」
「そうだよ!ボクらも忘れてもらっちゃあ困るよ!」
そして、続くように同じ顔をした二人――ミルルとルルミちゃんが。二人が乗っている魔獣たちも存在を示すように鳴き声を上げていた。
「お前ら、一体どうやって…?」
神の攻撃で二か所は吹き飛んだはず。つまりは、この二組のところには攻撃はいかなかったのか?
「それは、私が説明しますよ」
しかし、俺の予想が間違っていることを証明するように続々と現れる仲間たち。
マツリが、ムサシが、シスターハイネが、マグタが、チェコが皆が集まっていた。そして、マグタが抱えているのは似非紳士風の男と膨れっ面をしている男。
「私のスキル【予知】が私に起こる死を予言したので、すぐさま対応を取ったんです」
元々は別の場所で戦っていたが、アネストを追って洞窟に入ってしばらくしてマツリの特殊スキル【予知】が発動した。
それによってこのまま洞窟に留まっていれば死ぬことが判明したので、すぐさまヤノン達に連絡を取っておいたのだという。
「…こんなこともあろうかと、高価な通信用具を買っておいて正解でした」
マツリが手にしているのは、シューハコンドルという魔物から採取される部位で作られたヘッドホンだった。
シューハコンドルは嘴で同族間の情報をやり取りする習性を持っており、同一個体のものから作られた状態だったら、結構な距離のやり取りができる。
3個セットで、3000万Mとバカ高かったが、なるほど買っておいて正解だったようだ。
「それからは、ヤノンさんたちが上手く無効化しておいてくれたおかげでスムーズでしたけどね」
にこやかに言っているが、皆目を背けてるぞ?それに、指差されたそいつ…おそらくはテレポーターだろうけど、すんげえボコボコに顔が腫れ上がってんだけど。一体どういう説得をしたんだか…。
ちなみに、未だに気を失っている似非紳士は神に殺されるなら本望と逃げることを拒否したのでキャロルが本気でぶん殴ったそうだ。
気持ちはわかるが、キャロルが本気で殴ったら死んじゃうからな?
「私たちも、いきなり空が暗くなったり、金雲が降りてきたりで結構パニックでしたが、まあ結果オーライとしておきましょう」
「…そうだな」
そういうことにでもしておかないと…。
「おや?シィド殿、その手に持っている物は…」
「あぁ、これか。もういいんだ」
俺はムサシに言われて、いつまでも壊れた物を持っていてもなと地面に放り投げた。
「まったく、駄目ですよ?」
地面に落ちる前にキャッチされた灼月はルルミちゃんのマジックバックにしまわれた。
「…ううむ、フィアードに帰ったらペルニカ殿に怒られそうでござるなぁ」
嫌なことを思い出させるんじゃねえよ。
「そんなことよりも!あれをどうにかしないといけないんじゃありませんか?」
シスターハイネに言われてようやく今の状況を思い出し、ゲルトサリバに目を向ける。
「……一応、聞いておきますけど。あれが始まりの神で間違いないのですね?」
「ええ、あの存在感はディアイラも超えています。そう感じるのではありませんか?」
「だから、一応と言っているでしょう」
そう語るシスターハイネの頬を汗がつーっと伝っていく。
いつもなら真っ先に突っ込んでいくであろうマグタも、この時ばかりは大人しかった。二人ともが神職であることでその存在感に圧倒されているのだろう。
そう考えると、いきなり現れて早々に殴りかかったキャロルと、隠れていて直接向き合っていなかったとはいえ攻撃を成功させたピリノンは凄いということが窺える。まあ、結局ダメージは与えられなかったわけだが…。
「「「――どうしようか?」」」
強者を前に、俺たちクラン『流星回帰』の心は一致したのだった。
次回、ゲルトサリバの圧倒的すぎる力が解放されます。