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新たな力と気付かぬ闇

「はぁ、はぁ…」

 やった、なんとか倒した!自分でも何が起きたのかはわからなかったが、勝ったという実感はある。それを証明するかのように先ほどまで肉の焼けるいい匂いを漂わせていたブヒヒントンが光を上げ始めた。

「……ふぅ。やっとかよ」

 ようやく一息つけるようになったので包丁を抜いて光が収まるまでその場を離れて様子を見守るとしばらくして光が収まり、小さなブヒヒントンが去っていく。その姿を見送ってから素材などを集めていく。

「……腹減った~」

 先ほどまでの緊張が取れたのと戦いの後ということ、それ以上に先ほど嗅いだ肉の焼けるいい匂いのせいで空腹が抑えられない。


 それまでに集めていたモノと合わせてぎゅうぎゅうになったカバンに達成感を感じる。この達成感があるから冒険者っていうのは止められないのではないだろうか。

「…これぐらい集まったら十分でしょ。一旦フィアードに戻ろうか?」

「そうですね。そういえば、ペルニカさんさっき戦っている時に包丁が赤くなってたんですけど、あれはなんなんでしょうか?」

「私の考えが当たっているとすればだけど、手の模様のスキル欄を見たらわかると思うよ」

 手の模様はいうなればステータスを現している。スキルなどは自分でしか確認できないが、名前や拠点場所の情報などは誰にでも見ることができる。

 

シィド:男 拠点:フィアード

ジョブ:料理人

固有スキル:【フレア】【目利き】

派生スキル:【炎刃】

 

 言われるままにステータスを確認してみると、今まで空欄だった派生スキルの欄に【炎刃】という文字が書き加えられていた。

「うん、やっぱり派生スキルだったか」

 ペルニカさんも隣で俺の模様を覗き込みながらそう呟く。その言葉に俺はぎょっとしてしまう。

(スキルは俺が許可しない限り誰かに見られることはないはずなのに、どうして彼女は知ってるんだ!?)

「心配しないで、どんな能力が現れたかなんてわからないから」

 表情から俺の考えを読み取ったペルニカさんはそういうと優しく微笑み、自分の手の甲の模様を見せてくる。


ドン・ペルニカ:女 拠点:フィアード 所属:貴婦人の話題

ジョブ:鍛冶師

固有スキル:【???】【???】【???】

派生スキル:【???】【???】


 ペルニカさんのステータスにはそう書いてあった。正確に言うとスキル欄には何を書いてあるのか読み取れなかった。

「ねっ?わからないでしょ?私が派生スキルって言ったのは単純に今までなかった派生スキル欄が書き加えられていたから」

 誤解させてごめんねと告げられてようやく納得できた。これならスキルをいくつ持っているかなどはわかってもどんなスキルを持っているかまではわからないだろう。

「誤解が解けたところで、派生スキルについて教えとくね。派生スキルっていうのはあなたがどういう行動をしてきたかによって決まるスキル。基本的には固有スキルが変化したものだよ」

「……ああ、だからか」

 俺の固有スキル【フレア】は火の玉を出す魔法。攻撃魔法の威力が弱いので火だねぐらいにしか使ってないけど。ここ数日の冒険で野宿も経験したが、食材に火を通すときなどに包丁をフライパン代わりに使ってもいた。だから、【炎刃】なんていう大仰な名称のスキルが生まれたのだろう。

「ちなみに、前も説明したけど固有スキルは職業に付けば発生するけどその中でもどのスキルが発生するかはわからない。そこは本人の適性だね。全員に発生するものもあるし、逆に派生でもないのに特別に発生する場合もある」

 そうなのだ。俺の場合は【フレア】は全員が発生するスキルだが、【目利き】は発生する人としない人が存在する。

「そして、魔法でもあるスキルの場合は体内の魔力を消費するけど、派生スキルの場合固有スキルよりも遥かに多くの魔力を消費する。今までの感覚で使ってるとすぐに魔力切れを起こすからそこは注意すること」

「わかりました。気を付けます」

 道理でさっき発動させたときに異様に魔力を持って行かれると思った。単純に考えると【炎刃】は【フレア】の10倍ぐらいか。1度に出せる【フレア】が30発程度と考えると3発程度しか使えない。スキルによって魔力の回復度合いが異なる可能性もあるからできるだけ余裕を持っておきたいな。

「まあ、魔力切れを起こしたからって体に不調がでることはほとんどないから安心してもいいよ。ただ、その技に頼り過ぎていざという時に使えずに命を落とすなんてバカな真似はしないように」

 命をかけた世界で長年生きていただけあってこういう時のペルニカさんに逆らってはいけない。彼女は冒険者に敬意を払うと同時に彼らの命を助ける武器を作る職人でもあるのだ。

 

 それからブヒヒントンの素材で重くなったカバンに悪戦苦闘しながらフィアードへ帰ったのは夕暮れ前だった。重い荷物を背負って帰ってきたのでへとへとだったが、早いとこ換金しておきたかったのでその足で冒険者ギルドへ直行する。

「おーい、ペルニカ!シィド!」

 ギルドへ入ると俺たちを呼ぶ野太い声が聞こえてくる。振り向くと、ドシドシと足音を響かせながらこちらへ向かってくるトレンさんこと親方がいた。

「叔父さん!」

「親方、どうしたんですか?」

 ペルニカさんが親方にガシッと抱き着かれ目を白黒させ、俺は俺は一体何事かと親方に聞いてみる。

「ガッハッハ、喜べ!ついに完成したぞ!」

「本当ですか!?」

 重たくなったカバンを放り投げ親方に詰め寄る。 

 完成したってことは、とうとう俺の家ができたのか!?

「ああ、急ごしらえだが上出来に仕上がっておるわい。どうする、先に見に行くか?」

 ぎゅうぎゅうに詰まったカバンを一瞥して尋ねてきたが、俺はいても立ってもいられずそのまま新居を見に行くことにした。

「じゃあ、私が素材の換金とかはしておくよ。明細もしっかり貰っておくから安心して行っておいで」

「そうですか!じゃあ、お願いします!」

 やった…!これで心置きなく家を見に行けるぞ!逸る気持ちを抑えつつ、親方と共にギルドを出ていく。


「……ケッ!いい気なもんだぜ。ああやって新入りから上前を撥ねるっていうのが奴らのやり方に決まってるってのによ!」

 そんな俺たちに遠くの席から悪態をついている男たちの存在にこの時の俺はまだ気付かなかった。彼らが、俺のカバンを凝視しハイエナのような視線を向けていることにも、ペルニカさんに対しては殺意にも似た憎悪を漲らせていることもその意味も。そして、彼らが俺とどのような関わりを持って行くことになるのかも。

 新居が出来たばかりで浮かれていた俺には想像もできなかった。この世界の優しい面だけを見ていた俺は忍び寄るこの世界の闇の片鱗に気付くことが出来なかった。この数日でなまじ世界に慣れたと思っていた俺は、同族殺しが禁止されていることから人間同士の争いがない平和な世界なのだと錯覚していた。人間に感情がある以上どんな世界にも争いが存在するという当然の可能性を頭の中から完全に抹消してしまっていた。

固有スキルはジョブが変わればなくなりますが、派生スキルはそのまま残ります。

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