別れの一歩
なんとか、投稿できました。前回が思ったよりも長くなってしまったのに、今回はあっさりと終了となります。
「「いい感じに絶望したみたいだし、ちょっと寝ておく?大丈夫よ。恐怖はないわ。だって…、もう起きることはないでしょうから」」
ゆっくりと近付いてくるジュリアン&ヴァルジャー卿。
死の足音が近付く中、シスターハイネはまだ絶望していなかった。
(マグタも、チェコさんもやられてしまった…。ここで、私が諦めたらこの二人はどうなるの?誰が助けてくれるの?)
敬虔な信徒であれば、こんな時こそ神に縋るものだろうが、彼女は魑魅魍魎の跋扈する教会で若くして枢機卿にまで上り詰めた人物。いざという時には人の力の方が有効だということを知っていた。
チラッと倒れている二人の様子を確認する。
(チェコさんも酷いけど、私の【治癒】が有効な分まだ安心。だけど、マグタの方は早く治療をしないと大変なことになる!)
いつも嫌々付き合っているマグタ。戦闘狂のマグタ。だけど、彼が弱い者を守る正しい心を持っていることは知っている。時折暴走そうするが、それを除けば彼はちゃんとした信徒だった。
ならばこそ、マグタを見捨てるという選択肢はシスターハイネの中には存在し得なかった。
(絶体絶命の状況なら、何をしてもどの道退路はない!)
覚悟を決めたシスターハイネは最後の戦いに臨む!
もし、同じ状況に追い込まれたのがジュリアンだったなら…。彼女は早々に心が壊れ、李太愛していただろう。そして、そのままなす術もなく倒されていたに違いない。
同じ信徒でもただ神に縋り、絶望を預ける者と神を信じ、神と共に歩むことを選んだ者の違いがここでハッキリと証明された。盲信と信頼の違いこそが、これから先に起こる戦いの勝敗を分けることとなる。
「「……何の真似?」」
ジュリアンは杖を構えたシスターハイネに尋ねる。今更、何をするつもりなのか?と。
それに対して、シスターハイネは見る者が見蕩れる笑みを浮かべていた。
「あなたには、わからないでしょうね」
そして、最後の攻撃に出るべくすべての魔力を解放する。
(どういうこと…?)
ジュリアンはシスターハイネの言ったように理解できなかった。
(何故立ち上がるの?)
ジュリアンは自分が今の世界の神ディアイラに見捨てられ、それでも創造の神ゲルトサリバに見初められたと考えていた。つまり、ただ世界の神だということだけで信仰している彼女と自分では選ばれた者という絶対的な差があると彼女は信じていた。
いや、そう信じなければ彼女は歪な精神すらも保てなかった。
そんな彼女にとって目の前でボロボロに傷つきながらも戦う姿勢を見せるシスターハイネの姿は異常なモノにしか映らなかった。
(あなたは神に見捨てられたのよっ!?なのに、どうして?どうして立ち上がるのよ!!)
なんとも言い難い不気味さ。そして、恐怖。本来ならば死んでいるはずの彼女が感じるはずのない感情がどんどん彼女の弱い心を蝕んでいく。
(このままじゃ…!)
そう思った瞬間、彼女たちは駆け出した。
ジュリアンの焦燥が伝わっていたのか、ヴァルジャー卿の体も何も考えずに猛然と駆け出していく。
その間にもシスターハイネの準備は着々と進んでいく。それを止めるためだけに、自分たちの正当性を証明するために。歪さを認めないために彼女たちは無我夢中で駆けていく。
「……はぁはぁ。もう、持ってるのも、限界…です、ね」
魔力を込め続けていたが、さすがにこれ以上魔力を送ろうにも体に力が入らない。今にも床に落ちそうな杖を最後の力を振り絞って、地面に突き刺す。
「ハアアアアッ!!」
杖を支えに、彼女は暴走しそうなほどの魔力をさらに注ぎ込んでいく。
注ぎ込まれた魔力。それに、埋め込まれている魔核から流れ出る魔力。どう見てもそれは杖の耐久限界を遥かに超える魔力量だった。
杖に使用されている魔石。それが司る魔法に反応するように次々と魔石が光を放つ。
まるで杖から虹が生み出されているように、洞窟内部が虹色に照らされていく。
そして、とうとうその時が来た。
――パリィィン!
何かが砕けるような音が空洞内に響く。
その音を聞き、ジュリアンは勝利を確信した。
(やっぱり、あなたは神に選ばれていなかった。いえ、あの駄神は何者にも手を差し伸べてなどくれないのよ!)
内部を照らしていた虹色の光も消え、ガクッと力なく杖にもたれ掛るシスターハイネを見てジュリアンはスピードを緩めてほくそ笑んだ。内心で、かつて信仰していた神への罵声を上げながら敗者の下へと悠然と近付いていく。
まるで自らがこの空間の支配者、絶対王者だと言わんばかりに。
勝利を確信し、他者を見下す彼女にはその時に起こった変化が見えていなかった。そして、気付いた時にはもう遅い。
「「何っ!?」」
突如、グンと引き寄せられる強い引力を感じ、慌てて踏ん張るジュリアン&ヴァルジャー卿。
引力の先、そこにはシスターハイネの姿が。
「「何をした!」」
叫ぶだけで動くことができない彼女たちに、魔力を消耗し疲労困憊のシスターハイネは顔を上げ微笑む。
「……別に、何も。私はただ神にこの勝負の行方を託しただけよ」
「「神!?そんなもの、いるわけが…」」
声を荒げた拍子に、体の力が抜け再び引っ張られそうになる。
(一体何が起こっているの!?)
ジュリアンはただただ、困惑するだけだった。
シスターハイネが行ったのは単純なことだった。杖に使われている魔石。その全属性を同時に発動すること。
当然、そんなことをするのに必要な魔力も彼女にはないし、その力を使うことによる反動なども大きい。そもそも製作者のチェコでさえ、全属性同時発動何て想定もしていないので何が起こるかわからない。まさに神頼みの一撃。
そして、これは別の意味で効果を発揮する。
使用者自身にもどのような効果があるかわからない一撃。つまりは、まったくの予想外の一撃は対応を遅らせ、固定という半ば反則的な力を持つヴァルジャー卿も対応ができない状況になっていた。
そして、彼女たちの行動が結果自身の首を絞める結果となってしまった。
ジュリアンたちが勝利を確信したチェコたちを攻撃したことで、瀕死の重傷を負ったチェコとマグタ。しかし、彼女たちにはこの魔法の効果が一切見られず倒れたままだった。
それは、シスターハイネにはジュリアンたちの仲間アネストのように他者を殺傷する力がないため。そして、自決覚悟で発動したシスターハイネも中心部ということで多少のダメージを負ってはいるが、それでもジュリアンたちに比べれば軽いダメージだった。
彼女たちは、シスターハイネたちの油断を突いた。だが、それで自分たちの優位を確信したことが彼女たちの敗因となったのだ。
とうとう耐え切れず、吸い込まれる二人。そして、ヴァルジャー卿が遅れながらも対応をしようとするが間に合わず、強大な衝撃が二人の体を駆け巡る。
「「―――――――――!!」」
声を上げることも叶わず、二人は倒れ、立っていたのはシスターハイネ唯一人だった。
「…………」
先程のように油断はしない。シスターハイネはふらつく足元でゆっくりと近付いていく。
二人が倒れている場所には巨大なクレーターが出現しており、攻撃の威力を物語っていた。
「…………」
杖を構え、そして振り下ろす。
――ガキン!
「っ!!」
しかし、その杖は乱入者によって阻まれてしまった。
「……引いてください」
その声は、倒れていた二人に――ジュリアンに力を与えた。
「「アネスト!さっさとそいつを殺しなさい!」」
ジュリアンは力が入らない代わりに、首だけを起こしてアネストに叫ぶ。
「くっ!!………?」
杖を構えるシスターハイネだったが、すぐに武器を下した。
そして、アネストも動くことはなかった。
「「何をしている!?あなたは私のための剣でしょう!早く敵を殺しなさい!」」
ただ一人、状況を呑み込めず喚き散らすジュリアン。そんな彼女に、アネストは向き直ると、彼女の顔を胸に抱き寄せる。
「「……はっ?」」
突然の奇行に、ジュリアンはわけがわからず呆けた声を上げる。
「…ジュリアン様、もういいのです。我々の負けです」
そんな彼女に、言い聞かせるように言葉をかけるアネスト。しかし、彼女の真っ直ぐな声は歪んでしまったジュリアンには届かない。
「「何をバカなことをっ!あなたがいれば、いくらでも逆転の手立てはあるはずです!戦いなさい!」」
諭しても、彼女の心には響かない。
理解していても、それでも一縷の希望に縋ったアネスト。その希望に裏切られた時。彼女の心は決まった。
「アネスト殿っ!」
ちょうど、マツリを伴ったムサシが洞窟に駆け込んできたのを見て、彼女はシスターハイネに一言だけ言伝を頼んだ。
「――――――――」
「わかったわ。必ず伝える」
「じゃあ、ジュリアン様逝きましょう」
「「何を言って――」」
彼女の最期の言葉はアネストの涙と断罪の雨によって遮られた。
“許しの歌”。女神に縋る彼女の刃が砕け、無数の雨となって彼女たちに降り注ぎ。そして跡形もなく消し去っていった。
アネストの潔い最期を見届け、シスターハイネは神に祈りを捧げる。
「――主よ。偉大なる女神ディアイラよ。あなたの下に再び迷い子が参ります。その温かいお心で彼女たちを迎え入れられることを心より願います」
そして、彼女は向かってくるムサシに彼女の言葉を伝えるべく向き直る。
『私のようになるな』
彼女がどのような気持ちでそう言ったのか、それはもう彼女にもわからないがムサシにはわかる言葉なはずだから。
次回からはいよいよシィドとザイの対決が開始となります。前世、地球からの因縁。二人が何を思い、何を感じて来たのかをぶつける戦いとなります。そして、それが終わればいよいよ最終決戦が…。ここから先はネタバレになりそうなので控えさせていただきます。




