追憶の一歩
予定よりも長くなったので二話に分けます。できたら明日投稿しますが、できなければ金曜日かも…。
「――――へっ…!?」
両手を挙げ、歓喜するチェコが突如気の抜けた声を漏らす。
「何ですかチェコさん。そんな気の抜けた声――」
しかし、シスターハイネの言葉は途切れざるを得なくなった。彼女の眼には後ろ向きに倒れていくチェコの姿がスローモーションで見えており、そして倒れるチェコのある一部を凝視していた。チェコが挙げていた両手。それよりも少し下、右肩の辺りが真っ赤に染まっていたのをシスターハイネはたしかに捕らえていた。
「チェコさん!!」
慌てて駆け寄り、抱き起す。
「……うっ、あぁ、う」
赤く染まった肩には大きな孔が開いており、そこから血が溢れ出てくる。そして、出血と痛みから朦朧としているチェコ。焦点の定まらない視点がシスターハイネを通り越して、頭上を見つめている。
「マグタ!早くこっちへ!」
マグタも呼んで治療に当たらねばと叫ぶが、返事がない。
「…マグタ?」
嫌な予感がしつつも振り返る。
「「ヒャハッ♪やっと現実が見えたって感じ?」」
そこには血塗れの剣を携えた騎士の姿が。そして、傍らには血溜まりに沈み、修道服を血で赤く染め上げられたマグタの姿があった。
「マグタッ!?」
マグタが血塗れで倒れていること、そして血に染められたマグタの修道服の色を見て悲鳴を上げる。マグタの修道服は現在白に変色していた。
マグタの修道服の素材となっている変色カメレオンにとって、白とは死ぬ間際の色。つまり、マグタも死にかけていることを意味している。
「「まったく、相手の生死も確認せずに勝利を喜んじゃ駄目じゃない。甘々な女神に仕える教会の人間は甘ちゃんだって言うのよ」」
悔しさと自分自身への不甲斐なさから、ギリッと歯を食いしばる。
(そうよ!なんで本当に倒したかどうかの確認を怠ったの!)
「「…まあ、本当に殺せる人間なんて私のアネストぐらいでしょうけどね!」」
その言葉に、シスターハイネは内心で安堵する。
(つまり、マグタはまだ死んではいないってことね)
だけど、とすぐに心を切り替える。安堵してもいられない。瀕死であることには変わりはないだろう。チェコの傷口に【治癒】をかけ、そっと出血を抑えていた手を放し立ち上がる。
先程の戦いで既に魔力を大分消耗してしまっているので、立つのもしんどいのだがそんなことを言っていられる状況でもなかった。今この場において戦えるのは彼女しかいないのだから…!
「――一つ聞いてもいいかしら?」
チェコを戦いに巻き込まないように徐々に距離を取りつつ、少しでも魔力の時間稼ぎをすべくシスターハイネはジュリアンとヴァルジャー卿に話しかける。
「「あら?何かしら?」」
おそらく相手もシスターハイネの魔力がそう多くないことを悟っているのだろう。余興だとでも言わんばかりに余裕の笑みを浮かべ、彼女の質問に答える姿勢を見せる。
「……どうやったの?」
「「んん?」」
質問の意図がわからなかったようで、ジュリアンたちが首を傾げる。わざわざ体部分であるヴァルジャー卿が腕を組んでいる辺り、からかっているようにしか見えないが…。
それに苛立ちながらも時間稼ぎに付き合ってもらっていると考えれば、と苛立ちを抑え込み質問をし直す。今度はより質問の意図を明確に。
「どうやってあの攻撃を防いだの?」
「「ああ、そのことね!」」
ようやく理解したと嬉しそうな表情を浮かべるジュリアン。ポンと両手を叩き合わせるような仕草で納得を表すヴァルジャー卿。
そして、二人は何でもないように答えを教えた。
「「簡単よ。止まっているところを叩き潰しただけだもの」」
「………はっ?」
今度はシスターハイネが固まる番だった。
ハッキリ言って何を言っているのかさっぱりわからない。それがシスターハイネが抱いた正直な感想だった。
しかし、サービス精神旺盛な彼女たちはよりわかりやすく説明してくれた。そして、それはシスターハイネを驚愕させるのに十分なことだった。
「「まあ、見てもらうのが早いかな。ヴァルジャー卿、お願いしますね」」
ジュリアンの言葉に任しておけと言わんばかりに、力強く胸を叩くヴァルジャー卿。先程から抱いていた感想だが、これを見てシスターハイネは思っていたよりもお喋り?な人だなと思っていた。
そして、近くに落ちていた石を持ち上げ、壁に叩き付ける。
「「はぁい【ロック】」」
石と壁がぶつかり、粉々に砕けるところでスキルを発動。
すると、粉々に砕け散った破片はピタッと。まるで接着剤で止めたかのように静止してしまった。
「なっ!?」
そのバカげた光景には開いた口が塞がらなくなる。
「「どう?これがヴァルジャー卿の固有スキル【ロック】よ。このスキルはあらゆる物を固定することができるの。私みたいにね」」
自分のというと語弊があるが、ヴァルジャー卿の腕が頭――ジュリアンの頭部――を外そうと手をかけるが一向に動く気配を見せなかった。
つまりはそういうこと。バカげた力だがそんな力があればあの攻撃を掻い潜ることもできるだろうと思ったが、それでも疑問が生じる。
シスターハイネがそう思った理由。それは砕けた破片のうち、いくつかは地面に落ちていたのだ。
(…単にスキルの発動が間に合わなかっただけ。なんてことはないわよね)
「「そして~、もう一つのスキルが【次元固定】よ」」
まるでシスターハイネの疑問が当然だというように、彼女たちはもう一つの手の内を明かした。
「「これは、派生スキル。つまりは【ロック】の進化形。あらゆる物質の時間を停止するスキルよ!」」
(そういうこと!)
シスターハイネは内心で舌打ちしていた。
つまりは、先程のマグタの“反発しあう月”も停止した状態で力任せに突破したということ。
いくら強力な技であっても、停止してしまえばただのエネルギーの塊。避けるのは造作もないだろう。
「…一体どうやってそんな強力な力を手に入れたのよ」
あまりに絶望的な力に、気が付いたらそうこぼしていた。
――コンセント・フォン・ヴァルジャーがこの強力無比な力を身に付けたのは弟であるコンセント・フォン・ビジュワールと共にまだ普通の人間として冒険者をしていた時代の話である。
「兄者!本当にこちらで合っているのでありますか?」
深い森の中を進みながら、ビジュワールが兄ヴァルジャーに尋ねる。この時は、まだ普通の冒険者の様に杖とローブを身に付けており似非紳士を思わせる格好はしていなかった。
そして、こちらもまだ頭部が健在だったヴァルジャーが喜色満面な笑みを浮かべ、弟の不安を和らげる。
「心配するなビジュワール!俺の情報が間違っているはずがないのだ!」
豪快に笑い飛ばすヴァルジャー。長年冒険者として培ってきた経験が彼の歩みを確かなものにしていた。そして、そんな兄のことを心底信頼している弟も「兄者がそういうなら…」と不安が解消されたしっかりとした足取りで兄の後に続いていく。
しかし、これが大きな間違いだということにこのあと二人は嫌でも気付くことになる。そして、それが彼らの…世界の運命を大きく変えることにもなってしまった。
「クソォオオオッ!」
「逃げろ、ビジュワーール!!」
奥に進んだところで二人は最悪の魔物に襲われていた。
「…くそっ、なんでこんなところに天災級がいるんだっ!」
天災級の魔物、破滅仏象。
10メートルを超える巨体に10本の腕、3本の鼻を持つ世界でもトップクラスの怪力の魔物。この魔物が通った後にはまるで隕石が落ちたかのような破壊の後が広がる。
「ブオオオオオオオオオオッ!!」
振り上げた拳。そこから連想される破壊と死。
一気に体中の力が抜けていく感覚を味わいながら、なんとか弟が逃げるまでの時間稼ぎをするために突っ込んでいく。
「くそったれーー!」
死を目前にしていたのに、ヴァルジャーが考えていたのは、破滅仏象に遭遇する前に出会った正体不明の魔物のことだった。
(あれは一体なんだったんだ?)
その魔物は、目の前にいる死の象徴よりも小柄で見た目の気持ち悪さを除けば何も感じなかった。そして、その魔物に導かれるままに辿り着いた先には破滅仏象が…。
この段階でヴァルジャーはある結論に至っていた。
自分は何も感じなかったのではない。相手のとの力量に差がありすぎて感じることすらできなかったのだと。
事実、その魔物はヴァルジャーとビジュワールを破滅仏象に引き合わせるとまるで仕事が終わったと言わんばかりに目にも留まらぬスピードで姿を消した。
(気配は感じる!どこかでこの戦闘を見ているのは間違いないんだっ!)
今感じている恐怖は目の前の敵に対してなのか、それともその後に来るかもしれない未知の敵へ感じる恐怖なのか。それすらもわからなくなっていた。
(今はそんなことはどうでもいい!今すべきことは――)
「弟は俺が守るっ――」
「兄者ぁぁぁぁぁああああ!!」
真正面から振り下ろされる腕にばかり気を取られ、死角から放たれた一撃にまで注意が回らなかった。ヴァルジャーは血を吐き出しながら、その場に倒れ込む。
鞭というよりもしなる竹のように強力な一撃。そして、竹よりも太く重い破滅仏象の鼻はまるでビスケットを砕くようにヴァルジャーの骨を粉々にしてしまった。
「やめろおおおおおっ!!」
(来る、な……)
朦朧とする意識の中、ヴァルジャーはこちらに向かって来ているビジュワールの姿を捉えていた。必死になって手を伸ばそうとしている弟に対し、ヴァルジャーが抱いたのは恐怖。弟を喪うことへの恐怖だけだった。
骨が砕けたせいで体が言うことを聞かない。それでも何とか手を伸ばす。
しかし、そんなヴァルジャーを嘲笑うかのように、彼の頭上に影が差す。
――プチッ!
それが何の音だったのか。目の前で繰り広げられた光景のはずなのに、ビジュワールが理解するには体感で数分にも及ぶ時間を要した。
そして、理解した瞬間、ビジュワールは思考も自我も放棄して絶叫した。
「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁっぁぁ!!」
絶叫が森全体に響き渡り、彼の悲しみが周囲へ伝播していく。
しかし、それを聞いても目の前の化け物、破滅仏象は踏み潰したヴァルジャーの頭部から足を退けることはなかった。
この時、霊術師としてのビジュワールの力が発動する。
『ビジュワール。落ち着け』
「兄者!」
スキル【降霊】を発動していないのに、目の前に漂う兄の霊魂。驚愕しつつも触れようと手を伸ばすが、当然触れることなどできない。
滂沱の涙が流れ落ち、悲しみが胸を締め付ける。
『ビジュワール。逃げるんだ』
ヴァルジャーは死の間際に願ったように、ビジュワールが生きることを望んだ。
「だけどっ!!」
兄の死体を放置して逃げることなどできない!そう語るビジュワールにヴァルジャーの霊魂は優しげな表情で語りかける。
『……いいんだ。もう、いいんだ』
「何がいいんだよっ!一緒に帰るんだ!」
『俺はお前が生きていてくれるだけで――』
「――俺は、兄者が生きてくれないと嫌なんだよ!」
「ブオオウッ!」
兄を想う弟の叫びは、破滅仏象の注意を引きつけるという最悪の結末に至った。
『クソッ!せめて俺の体が動かせれば…』
砂煙を上げて突進してくる破滅仏象の前に立ちはだかりながら、ヴァルジャーの霊魂が悔しげな声を上げる。
「――だったら、体に戻せばいい」
弟が何を言ったのかわからず、はっ?と疑問を浮かべるヴァルジャー。
ビジュワールはそんな兄を無視して、兄の体を魔法を使って手元に手繰り寄せる。
「兄者は俺と永遠に共にある。俺が死ぬまで兄者は死なん!」
今まで感じたことのないような膨大な魔力がビジュワールの体から溢れ出てくる。
『ビジュワール、何をするつもりだっ!』
何かよくないことが起きる。そう感じたヴァルジャーは咄嗟に止めるべく手を伸ばす。
(イケる!)
ビジュワールは今まで感じたことのないような全能感を感じていた。
(今ならば使者を蘇らせることも可能だ!)
自分の力が変わっていく瞬間。そして、ついにそれは完成する。
「――【魂着】」
兄の霊魂は最後に必死な形相で手を伸ばし、そして消えた。
「ブオオオオン!」
絶望が目の前にあるというのに、ビジュワールは見る者が怖気を感じるような笑みを浮かべていた。
それに世界の災害と呼ばれる魔物が怯え、そしていつの間にやら立ち上がっていた首なしの体が魔物の体を縦に切り裂いた。
断末魔を挙げることもなく、左右に割れ土煙を上げる巨体。
最悪が去ったと思った瞬間、まるで巨体の中にいたかのように倒れた巨体の真ん中にあの魔物がいた。
「お、お前は……!」
災害級を倒した今だからこそわかる目の前の魔物の異常さ。魔物はまるで獲物を追い詰め、恐怖に染まる表情を愉しんでいるかのように「ゲジョジョ…」と鳴きながら、ゆっくり近づいてくる。
恐怖で足が竦むビジュワールと魔物の間に立ち塞がるヴァルジャーの体。
しかし、その体もまた恐怖で震えていた。
「なかなか、面白かったぞ」
「「!?」」
突然、魔物が流暢に言葉を発したことに、二人は驚愕した。
「まあ、そう固くなるな。我は神ゲルトサリバ」
「げ、ゲルトサリ、バ…?」
聞いたこともない神の名に、恐怖しか感じない。
「知らぬのも無理はない。この世界はあの忌々しいディアイラによって破壊されているからな。我はお主らの言う同族殺しの時代、そこで頂点に立っていた存在だ」
「っ!?」
その言葉に、またもや絶句する。
つまりは、この神は自分が創世時代にディアイラによって殺されたうちの一柱だと言っているのだ。そんなことを信じられない!そう以前のビジュワールだったら言っただろうが、自分に目覚めた力と目の前の現実がそれをすることを許さなかった。
「実は、そろそろ復活しようかと思っててな。新しい力を授けるべき者たちを探していた」
魔物はそのために生み出した存在であり、今まで多くの人間に試練を与えて来たという。名はゲルシュ。
「お前たちは見込みがある。我に仕えよ」
神からの言葉に、それまで恐怖で震えていた体が今度は歓喜で震えあがる。
そして、ビジュワールとヴァルジャーの二人は神の使途である魔物の足元に跪いた。
「信じられない」
話を聞いてシスターハイネの口からは正直な感想が飛び出した。
まさか女神ディアイラが行動を起こす前に、邪神の方が先に動いていたなんて。そんな思いが彼女の胸中を占めていた。
もしも、シィドたちがいたならばその魔物についても驚いただろうが、ここにいる3人はその魔物については知らなかった。
「「わかったでしょ?神に直接選ばれた人間と、気まぐれな神の言葉を読み解くだけの人間の差が!あなた達では到底、我々には敵わないということが!」」
さらに絶望に落とすべく、ジュリアンは言葉を重ねる。
「「それに、私にも【予知】という力があるのよ?あなた達教会が見捨てた力がね!」」
それを聞いてシスターハイネはようやく理解した。
あれだけの暴力的な攻撃。それを止めるためにはタイミングを合わせる必要があった。
(…つまり、彼女の力が万全に発動しているということ)
まさに絶望的な状況。
シスターハイネは無意識のうちに、笑みを浮かべていた。
もはや、この状況に狂ったように笑うことしかできなかったのだった。
頭部が健在って髪の毛の話かと思いましたよ。ちなみに、ヴァルジャーはスキンヘッドです。(全然健在じゃなかった!)




