芽生えの一歩
キャロル&ピリノンVSビジュワール卿。(前編)
「なんなのよ、もう~」
ぐったりとして気を失っているピリノンを抱えて湿った大地を駆けるキャロル。その背後からはドドドッという地響きを立てながら、腐った芋虫のような魔物群れが追って来ていた。
「あいつやっぱり最悪の趣味よ!!」
キャロルが喚く声は遠くまで届いたという。
「……ほっほ、やはり品のない物は動きも魂の色も鈍いですなぁ~」
魔物をけしかけたビジュワール卿は空になったカップに再び熱々の紅茶を注ぎ、口を付けながら彼女たちの同行を見つめていた。
「まあ、倒す必要もない相手ですし、私はゆっくりと時が来るのを待っていることにしましょう」
そう言って彼が見つめる先にあるものは…?
「ピリノン!いい加減に起きなさいっての!」
「…………」
きゃんきゃんと喚くが、腕に抱えた少女は目を覚ます気配を一向に見せなかった。
「ったくもう!!」
彼女が気絶しているのには、理由がある。
「園芸師だからって、虫が駄目ってあんたそれなんなのよっ!」
そう、ココ・ピリノン。彼女は大の虫嫌いだった。
ピリノンはビジュワール卿が指を鳴らし、姿を現した芋虫たちの姿を見た瞬間、意識を手放したのだった。
だが、フーリガーに対しては平然とした対応だったのになぜなのか?その理由は単純明快。彼女が苦手なのは植物を食べるタイプの虫。特に、芋虫が大の苦手だったのだ。
ちなみに、さすがにここまではビジュワール卿も予想外だった。
ビジュワール卿が用意していたのは、芋虫型の魔物。名前は土地喰らい。群れで行動し、群れのリーダーに従って行動するのが特徴だが、その通った後には草木の一本も残されず行進中に糞尿を撒き散らして土地を腐らせることからその名前が付けられた。
だが、ビジュワール卿は魔物使いではないのにどうやってこれほどの土地喰らいを使役しているのか?
それは、群れの中にいる腐った個体が物語っている。
ビジュワール卿は死霊術師の名の通り、群れのリーダーを殺し、その死体を操ることで大規模な群れをキャロルたちにけしかけているのだ。
「ああもうっ、埒が明かないってのよ!」
キャロルはキレながらも走る速度を一切落とさない。
ここら辺は獣の特性が現れていると言えるだろう。
「……ほほう。意外とやりますな」
そんなキャロルの様子を興味深そうにビジュワール卿が眺めていた。
「やはり、彼女もスカウトしておくべきでしたかな?」
そうして彼が思い浮かべるのは、一人の女性。
少女のような姿であり、天才的な技術を持つ機工師。キャロルの生みの親であるチタニアであった。
「彼女も開発者としての素養があったのですがねぇ…」
数か月前、シィドたちと再会してから王都に向かうまでの間。チタニアとフォルプランツは接触していた。ビジュワール卿がキャロルを物として見ているのはつまりはそういうことである。彼女が、チタニアによって生み出された存在だということを理解してしていからこその発言だった。
「なかなか強情な上に、あの実力…。勧誘できなかったのが、本当に残念ですな」
彼女の実力が高すぎて勧誘を諦めざるを得なかったことを思い出し、今まで見せていた飄々とした雰囲気から苦渋の表情を浮かべていた。
「しかし、あの程度の物しか作り出せないようではやはり資格はなかったということですかな?」
次に顔を上げた時には既にその表情は消え失せ、再びキャロルたちを観察し始めていた。
「がっ…!」
分裂した群れにいつの間にか囲まれていたキャロルは一匹の土地喰らいの攻撃を避けることが出来なかった。
いや、正確には避けなかった。
彼女の横腹を貫く触手。そこは、つい先程までピリノンがいた場所だった。
「……っうー、ピリノン、大丈夫…?」
口から血が流れ落ちることを気にも留めず、彼女は伸ばした腕で支えているピリノンに視線を向ける。
この時、なぜピリノンを庇ったのかと聞かれれば彼女は無意識だったと答えるだろう。事実、そうなのだ。彼女はこの時、本来のメイドとしての使命を優先させていた。
「…ほほう、自分よりも主を優先させますか?」
そんな彼女の行動を面白そうに、しかし、所詮は人形ということかと興味を失くしていく。
だが、この一撃は彼女の琴線に触れた。
「…この、クソ虫どもっ」
ギリッと奥歯を噛みしめ、犬歯を剥き出しにする。
「ピリノンに当たったらどうすんのよ!!」
そうして彼女は咆哮した。
ワォォォーンと狼を彷彿とさせる咆哮は死んでいるはずの土地喰らいたちの心を恐怖が襲い、体の自由を奪っていく。
彼女の根幹を形成するチタニアの意志。そして、獣の本能。それが合わさり、ある一つの想いをキャロルに芽生えさせていた。
『私は、生きる!』
この日、生まれてから生きていたとは考えていなかった人形に魂が宿った。
そして、魂の乗った叫びはもう一人も目覚めさせた。
「…………うるさい」
次回決着(予定)




