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子供たちの一歩

 ヤノン・ミルル・ルルミの子供チームVSテレポーター。

「君一人で、僕を?この、プラグメント・フォン・ベルジャシャンを倒すだって?」

「そう言ったつもりなのですが、聞こえませんでしたか?見た目若そうなのにもう耳が遠いなんて悲劇ですね~。そんな年寄りみたいな話し方をしているからではありませんか?」

 ヤノンのおどけたような言葉はベルジャシャンをさらに苛立たせた。

「――そこまで言うなら、いいよ。やろうか」

「!?」

 瞬きする間もなく、一瞬で目の前から姿を消したベルジャシャンにギョッとして硬直すると、耳元で声がする。

「遅いよ」

 ハッとなって振り返るヤノン。その表情を見て、ベルジャシャンが今度はギョッとした。

(笑ってる…だと!?)

 ベルジャシャンの攻撃はもはや止まらないところにまで来ている。それなのに、振り返ったヤノンの顔はたしかに笑っていた。

(くそっ…!)

 ヤノンの表情を見た瞬間、背筋に怖気が走ったベルジャシャンは冷や汗を浮かべて元の位置へ戻っていた。

「……はぁ、はぁ」

「おやおや?どうしたのですか?」

 疲労困憊のベルジャシャンを「随分息が上がっているみたいですね~」と揶揄していく。まさに罠師ギミッカー、人をおちょくることに関して、このジョブの右に出るものは一つとして存在しない。

「クッ、舐めやが――っ!!」

 苛立ちのまま一歩踏み出そうとした瞬間、地面が破裂した。

(何なんだ!?)

 突然の出来事に思考が追い付かない。またもや緊急離脱という形で力を使ってしまったことにも内心で舌打ちしつつ、ブスブスと煙を上げる右足を見やる。

「少し、喰らったか…」

 破裂してから逃げたために、回避が間に合わなかった。

 だが、そんなことは今はどうでもいい。

 彼が感じているのは既に恐怖や驚愕ではなく、圧倒的な怒りだ。

 このような姑息な手段に引っかかった自分への怒りもだが、それ以上に自分に傷をつけたヤノンへの怒りが心中を黒く塗りつぶしていく。


「うがあああああああああああああっ!!」

 常に自分が優位にあると考え、斜に構えていたベルジャシャンはこの日初めて追い込まれ、感情を爆発させた。


(おやおや、ちょっとからかい過ぎましたかね?)

 雄叫びを上げるベルジャシャンを見て、ヤノンはほんの少し後悔した。

(もうちょっと遊び…もとい時間稼ぎをしたかったのですが…)


(落ち着け、落ち着け!)

 一方、ベルジャシャンはベルジャシャンで冷静になろうとしていた。叫ぶことで怒りを発散し、怒りから冷静さを取り戻していく。

(僕の【空間跳躍】がそう簡単に破られるわけがないんだ!)

 ――テレポーターであるベルジャシャンの固有スキル【空間跳躍】は文字通り空間を移動するためのスキルだが、強力である一方で制限も大きい。

 一つ、自分が跳躍できるのは視界に入っている範囲だけ。

 一つ、他者を飛ばすには動いていることが必要となる。(これは相手の運動エネルギーで魔力を補っているため)

 だからこそ、戦闘開始から一歩も動いていないヤノンに対してはスキルを使用することができないでいた。

 そして、派生スキル【思考回廊】。これは、長時間の精神統一によって思い描く場所に跳ぶことが出来るというスキル。前回、魔女の森へ突如として現れることができたのはこのスキルのおかげであった。

 しかし、このスキル――ヤノンには見破られていた。と言っても、彼女が見破っていたのは固有スキルだけであるが。


 ――戦闘が開始される数日前。ヤノンは共闘する双子に敵の能力について話していた。

『おそらくですが、テレポーターの能力は大体こんな感じなのですよ』

『へぇ~、すっげえな姉ちゃん。よくわかったな!』

『本当ですよ!話を聞いただけでここまでわかるなんて信じられません』

 興奮したように褒め称える双子に、気分よく笑みを浮かべるヤノン。

『まぁ、あの二人の戦闘場面を想定すれば意外と簡単に思い付いたのですよ』

 あの二人、つまりはムサシとマグタは良く言えば感覚派、悪く言えば考え無しの猪突猛進タイプ。避けられたからと言って大人しく引き下がるタイプではない。

『――ですが、そこで矛盾が生じたのです』

 ヤノンが感じた矛盾。邪魔をされたくないのならば、そもそも現れた段階で飛ばしておけばいいということだった。

 そして、敵はそれをしなかった。

 圧倒的な優位に立っているからこその慢心か、それともできない事情があったのか。定かではないが、ヤノンは両方だろうなと推測していた。

『おそらく、相手は自分の力に相当の自信を持っているタイプの人間です』

 だからこそ、面倒臭いからと去ることはせずに相手取ったとヤノンは語っていく。

『だからこそ、付け入る隙があるのですよ!』

 そうして彼女は嬉々として作戦を伝えていく。


『ここまでは姉ちゃんの言った通りだな』

『うん。でも油断はできないよ』

 少し離れた場所でヤノンとベルジャシャンの戦闘を見守っていた双子は特殊スキル【交感】によって会話を続ける。

 自分たちに与えられた役割。それをやり遂げるために。今なお、一人で危機的状況にいるヤノンを救うべく、彼らはじっと待っていた。


(…そうだ!)

 ベルジャシャンはある一つのことに気付いた。

 そして、悟られぬように笑みを浮かべていく。

「……どうやら、お前を少し侮っていたようだ」

「やっと気付いたのです?」

 遅すぎなのですとさらに挑発をしながらも、ヤノンはベルジャシャンの雰囲気が変わっているのに気付いていた。

 先程までの余裕がない状態から、元の圧倒的優位な精神状態に戻ったように…。

(何かする気です?)

「これで、終わりだ」

 ヤノンが警戒した時、ベルジャシャンはローブの下に仕込んでいた無数の武器を放り投げた。

「!!」

 身構えたヤノンだったが、次の瞬間ベルジャシャンは武器と共に跳躍する。

「……しまったのです!」

 跳躍する前に見せた笑み。その意味を悟り、ヤノンは駆けていく。


「二人とも、逃げるのですっ!!」

(かかった!)

 走ってくるヤノンを見て、ベルジャシャンは策が上手く行ったことを悟った。

「てめっ――!」

「っ!?」

 双子の上空には無数の武器と共にベルジャシャンが出現していた。

 突然の襲撃に困惑する双子。それぞれが跨っている魔物が臨戦態勢に入る中、ベルジャシャンは二人を見てはいなかった。

「ガウッ!」

 クレアが一声を上げ、襲いかかるもその攻撃は空を切る。

「キャアアアアアッ!!」

 次いで発せられた悲鳴。それで二人はようやく事態に気付きヤノンがいた場所に目を向ける。

 そこには、無数の武器が山のように重なり、その下敷きとなっているヤノンと山の上に立ってこちらを見下しているベルジャシャンの姿があった。


「姉ちゃん!!」

「ヤノンさん!」

 双子は悲痛な声を上げると共に、自分たちの失敗を悟った。

(クソッ!あいつはオレたちなんて眼中になかったんだ。狙っていたのは――姉ちゃんだけだ)


 このミルルの予想はほぼ当たっているが、若干外れてもいる。

 正確にはベルジャシャンはどちらでもよかったのだ。

 ヤノンが二人の危機に動くというのならば標的をヤノンに、二人を無視するというのならばそのまま二人を襲うつもりだった。

 結果として、厄介な相手を先に始末できたというだけに過ぎない。

 ヤノンが動き出した瞬間、彼女を自分と一緒に飛ばしておいた武器の中に飛ばした。たったそれだけのことだった。


「……次はお前たちだ」

 さもつまらなそうに告げるベルジャシャン。彼らに対して一切の興味がないことがその言葉から窺える。ただし、その表情は二人の表情を見て一変することとなる。

「何がおかしい?」

 そう、二人は嗤っていた。

 目の前で仲間がやられておかしくなったのか?とも思ったが、すぐに違うということに気付く。

 そう、その嗤いはまるで罠にかかった獲物に対する捕食者の貌。

(僕は、この顔を知っている!)

 そして、戦闘開始早々にその笑みを浮かべていた人物がもう一人いた。

(まさか――!)

 嫌な予感がして、自らが作り上げた武器の山を掻き分けていく。


「……そん、な」

 そして、愕然とした。

 武器の山の下にあるはずのもの、あるべきはずのもの――ヤノンの体がどこにもなかったのだ。


「【ミラージュ】解除!」

 その言葉と共に、視界が鮮明になったかのような感覚を覚えると共に強い衝撃を受け気を失った。彼が最後に見たのは3人の笑顔だった。




「やははは~上手くいったのですよ~」

 体に着いた汚れを落としながらご機嫌なヤノン。それに対して、二人は疲れ果てたという感じだった。

「…まったく、姉ちゃんは性格悪いぜ」

「本当だよ。もう二度とこんなのはごめんだね!」

「まあまあ、上手くいったのですからよかったじゃないですか?」

 文句を垂れる二人に対してヤノンは結果オーライと告げる。

「……それにしても、ほとんどがハッタリで倒すなんて。この人も不憫だよな~」

 そう言って気絶しているベルジャシャンに憐みの視線を向ける双子。


 そう、この戦闘の大部分はヤノンのハッタリだった。

 そもそも、ヤノンが能力は把握していると言ったのもハッタリ(これはほぼ正解していたが)。

 そして、ヤノンが一人でベルジャシャンを倒すという挑発も真っ赤な嘘だった。

 ヤノンは初めから一人で倒そうなどとは微塵も考えていなかったのだ。


 ヤノンは二人に敵の能力を見極めることを頼んでいた。

 クレアが移動の形跡を追えるかどうかを試し、そしてポッコが能力を消せるかどうかを試した。

「それにしても、こんなのに引っかかるなんてビックリですよ」

 ヤノンは笑顔を取り外した。

「うわぁ、それ何度見ても心臓に悪いな!」

 非難するミルルとそれに賛同するように激しく首を上下に振るルルミ。二人の視線は、ヤノンの笑顔をそのまま再現したかのような仮面に注がれていた。

 これは、つい最近手に入れた変装カメレオンの仮面。

 普段はのっべらぼうのようなツルツルの仮面は長時間同じ表情で装着していると、その表情をまるまる写し取ってしまうのだ。


 つまり戦闘の流れはこんな感じになる。

 まずヤノンがベルジャシャンを挑発し、自分にだけ敵意を向けさせている間に二人が動き回る。

 そして、最初の奇襲でまるでわかっていたかのような笑みを浮かべて(そう見えるような仮面を装着して)おくことで動揺を誘う。

 ちなみに、この後で破裂したのは一瞬の間にクレアに乗ったルルミが仕掛けた罠。

 ここが一番重要だが、パンという破裂。これに合わせてミルルが【ミラージュ】を発動し、幻を見せる。これによってベルジャシャンは幻の相手と戦うことになり、幻影と戦っている間にポッコの力を試したりしていた。

 そうしてある程度の実験が終わったところで【ミラージュ】を解除し、正気に戻って混乱しているところにクレアが一撃を放ったというわけだった。


「まったく、情報不足ですね!」

 口調は怒っているものの表情は楽しそうなヤノン。

「罠に嵌めるのが罠師わたしの本領ですよ?その私が、真っ当に戦うわけなんてないじゃないですか!」

 自分は全く悪くない。むしろ、こんな自分を信じるお前が悪いのだと告げるヤノンは間違いなく悪戯っ子で問題児なのだろう。

 テレポーターという貴重な力を持つ者は、フィアードが誇る問題児に翻弄されたのだった。


 そんな彼――プラグメント・フォン・ベルジャシャンの敗因を挙げるとすれば、悪戯に本気に怒り、また残りが子供だということで油断した慢心。つまりは人間としての余裕のなさだと言えるだろう。

 今回の話の教訓は子供相手に大人が本気になってはいけないということですかね?むしろ、子供の悪戯に本気になると手酷いしっぺ返しを食らう?みたいな。

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