戦場の一歩
ここに至るまでの過程をぶっ飛ばしていきなり最終局面です!
「ふふふっ、まさかこんなに早く対決することになるなんてね」
愉快そうに笑う首だけの女――アスティア・ジュリアン。
そして、その首を抱える首なしの騎士は肩を剣でポンポンと叩きながら、開戦の時を待っていた。
そんな二人に対し、神意を持って敵対する。
「――シスタージュリアン。元シスターでありながら、世界に刃を向けた罪は重い。ここで断罪いたします!」
シスターハイネの傍らには開戦の時を今か今かと待っているマグタと、どこか緊張感の足りないチェコがいた。
「どうでもいいから、早く闘らせろ…!」
「…マグタっち、顔恐いよ?」
この二人のせいで場の空気や士気が下がりそうな気分でどこか肩透かしを食らうシスターハイネだった。
ところ変わって、湿地帯。
ジメジメとした空気に不快感を募らせながら、吠える犬…いや、ワン娘が一匹。
「ったく、こんなジメジメしたとこまでわざわざ連れてきて何がしたいっていうのよ!!」
むきーと地団太を踏むごとに足が地面に沈んでいき、それがまた彼女の不快感を増していく。
「…………最高」
そして、そんな彼女とは対照的にほぼ泥に近い土を掬い上げ、気持ちよさそうな表情を浮かべるピリノン。
「…………これなら、イケる」
どこに行くつもりだとツッコミが入りそうなほどに恍惚の表情を浮かべている彼女。これには、味方であるはずのキャロルも何も言えず、何とも言い難い表情で訴えていた。
「ほっほっほ、意外と趣のわかる女性もいるではありませんか。あなた方の仲間には趣味の悪い人間しかいないと思っていましたよ」
そんな彼女たち――正確にはピリノンに声をかける猛者が一人。
その人物はこんな場所でも普段の礼装をピシッと着込み、優雅にティータイムを楽しんでいた。
「……あんたも相当趣味が悪そうね」
見た段階でわかってたけどとキャロルは続けた。
実際、その男性ビジュワール卿は趣味が悪いと言える装いだったので仕方がないのだが…。
ジメジメとした場所で、通気性の悪そうな礼装。さらには、ティータイムをするために設置してあったのは黒いテーブルに、紫色のティーセット。しかも、カップの中には灰色の液体がなみなみと灌がれていた。
「…この趣がわからないとは、残念な人だ。――いや、出来損ないには当然の性能といったところか」
最後の呟きが聞こえた瞬間、キャロルの殺気が膨れ上がった。
「上っ、等じゃない!今すぐにぶっ殺してやるわ!!」
そして、また別の場所。今度は鬱蒼と木々が生い茂る森の中。
そこでもまた対立する人影があった。
「……ふぅ、無駄なことはしたくないんだ。とっとと引き上げてくれないかな?」
「やはははっ、面白いことを言いますね。ですが、先に仕掛けてきたのはそちらなのですよ?」
不機嫌でやる気がなさそうな表情を浮かべ、追い出そうとする少年に対し、ヤノンはからかうような声音で応える。
「…ヤノンさん、あまり挑発しちゃ駄目だよ~」
「そうだぜ!相手はムサシの姉ちゃんとマグタのおっさんを同時に相手にするような相手なんだから」
そんなヤノンの様子を諌める双子。
ルルミはいつも通り彼女のパートナークレアに跨り、そしてミルルはしっかり成長しきったポッコに跨っていた。
「はいはいわかったのですよ。二人は心配性ですね~」
さすがに年下二人に言われては素直に従うしかないと肩を竦めるヤノンだったが、次にさらに挑発するような発言をする。
「…だけど、安心してもいいのですよ。この人の能力なども大体想像がつきます。おそらくは私一人で余裕でしょうから!」
やははは~と普段通りの快活な笑みを浮かべてあっけらかんと告げられた言葉に双子は言葉を失い、そしてベルジャシャンは怒りで眉を吊り上げた。
「――それを今から証明してあげるのです」
ヤノンはフィアードで問題児と呼ばれていた頃のように悪戯っ子のような笑みを浮かべるのだった。
「……ふぅ、またお前か」
かつての教会の跡地。そこではかつて剣を交えた者たちが再び向かい合っていた。唯一あの時と違うのは、サムライの傍らにはもう一人女性がいるということだろう。
「アネスト殿。貴殿がどのような心持ちでここにいるのか、それは拙者には理解できんことでござろう」
かつて、王宮で対立していた時とは違い、ムサシの心に迷いはなかった。
「だが、拙者は貴殿を止めねばならん。同じような境遇にいたからこそ、貴殿を止めたいと本心からそう思うでござるよ!」
「世迷言を…」
「世迷言なんかじゃありません!」
アネストの発言にそれまで黙っていたマツリが声を張り上げる。
「……お前は」
「私は、ククリユ・マツリ。この子の、ムサシの姉です」
そう真っ直ぐにアネストを射抜く瞳。それを見て、アネストは確信するに至った。
「…そうか。お前が、彼女の助けたかった人物か」
そして、目の前の――かつて感情のままに戦いを挑んできた――少女が思いを成し遂げていたことを嬉しく思いつつ、自分にはもう手の届かない遥か遠くの出来事だと切り捨てた。
「それでも私は止まることはできない。お前たちがどのような心境で挑もうと、私は再びお前たちを倒してあの方の下へ馳せ参じよう」
もう言葉は不要だと、刃折れの剣を抜き放った。
切り立った崖。その先端に棺のような物が置かれた異様な雰囲気を放つ祭壇があり、その前で二人の男が対立していた。
「……やはり、来るか」
祭壇で寝かされている少女の頭を撫でながら、ザイは来訪者を出迎えた。
かつて、それもザイとなる以前の光景を再現するかのように、彼の前にはあの時と同じ少年が立ちはだかっていた。
「…………」
「…どうした?何も言わんのか?」
以前はもっとうるさく喚いていたのにな…。
そう呟いたザイはかつて少年を恐怖のどん底に落とした時と同じように、嗤っていた。
だが、少年はもうあの時の無力な少年ではない。
圧倒的な力の前に感情だけで動く少年でもない。
「何をしているか、わかっているのか?」
感情を抑え、あくまで冷静に声をかける。
「わかっているさ。むしろ、お前の方がわかっているのか?」
少年のすべてを理解しているような態度が気に食わなかった。
「…わかってるさ」
だが、少年の答えを聞き考えが変わった。
態度ではない――すべてが気に食わない。
――そもそも自分がここにいるのは誰のせいだ?
――なぜ、俺はこんなに醜い世界にいる?
――貴様さえ、いなければ!
ザイはかつて抱いた負の感情。少女と旅をしていた頃には忘れていた感情が沸々と蘇ってくるのを感じていたし、それを抑えられなかった。
(いいだろう。貴様があの女神の意志を継ぐというのなら…、俺は俺の意志を貫き通す!)
「言葉は不要だ。さっさとかかって来い」
「……やはり、お前とは決着を着けなくてはいけないんだな」
少年はどこか達観したような諦観したような、それでいて悲しげな感情を抱き、一度俯いてから再び前に向かって歩き出すべく武器をその手にする。
「さあ、最後の戦いだ」
その言葉が合図だったかのように、各地で戦端が開かれた。
ある者は因縁を断ち切るために、ある者は自分の信じるモノのために、そしてある者は信じる仲間のために。
それぞれの想いを乗せた戦い。そして、世界の命運を左右する戦いが幕を開く。
すいません。なぜかジュリアンの名字がバトムスさんのに。




