悪夢⑦間に合わぬ者
本日4話目にして久しぶりの主人公登場です(笑)
魔物に刺さったのは、小型のナイフだった。
「グギョオオオッ!!」
痛みで悲鳴を上げる中、魔物に刺さっていた刃が突如発火した。それによりさらにのた打ち回り始める。
「――今だっ!やれ!」
聞こえてきたどこか聞き覚えのある声。
魔物が呻いている間に、父の周りには――ぴょこ、ぴょこ――と小さな芽が生えてくる。それが成長していき、父を私の前まで運んで来てくれた。
「父さ――」
「――触らないでください!」
駆け寄ろうとしたが、その声にビクッとなり動きを止めてしまう。
「…あ、あなたは?」
現れたのは、白と赤の着物を着た女性。
「今はそんなことよりも、お二人の怪我の【治癒】を!」
「【治癒】…?あなた、神職なの!?だったらお願い!父さんを助けて!」
「わかってます。できるだけのことをします。あなたも一緒に治療しますからもう少しだけ近付いてください」
言われるがままに近付くと、私たちを白い光が包み込んでいく。
「…凄い」
どんどん痛みが引いていく。
(父さんは?)
期待を込めて父を見るが、父の容体は一向に変わらなかった。
「マツリ、どうでござるか?」
「……」
尋ねられ、ふるふると首を振った。
その意味を悟り、私は絶叫する。
「いや、いやぁああああああっ!!」
父の死を受け入れられず、覆い被さって泣き叫ぶ。
「……ペルニカさん」
この、声は…。
「ヤ、ノンちゃん…?」
そこにはたしかに数か月前に旅立ったヤノンちゃんの姿があった。
「ペルニカさん。間に合わなくてすみませんでした」
彼女は沈痛な面持ちで謝罪してきた。その表情を見て、彼女がかつて両親を亡くしていたことを思い出した。
泣いてる場合じゃない。そんなことはわかってる。
だけど、体は動いてはくれなかった。もう、怪我も治っているていうのに…。
「クソッ、クソッ、クソォォオオオオ!!」
俺は自分に腹が立つ!
助けられるはずだった!俺たちがあとほんの少しだけ早く来ていれば、助けられたんだ!
今から半月ほど前。俺たちは旅を続けながらフィアードへ向かっていた。
「……シ、シィドさん」
そんなある日、マツリが顔を青褪めさせてやって来た。
彼女が言うには【予知】で魔物に襲われるフィアードを見たらしい。と言っても、この時はどこの町かわからなかったから俺たちは手当たり次第に目についた町に寄ってみた。
この世界の常識がもう当てにならないことなど身に染みてわかっていたからだ。
そして、一週間前。
魔力が回復した頃合いを見計らって、マツリにもう一度【予知】を頼んだ。
すると、魔物に襲われていたのはおそらくフィアードだということがわかった。そして、最悪の事態が起こるということも…。
最悪の事態の合図が町を照らす光。
それを確認し、急いで戻って来てみたが間に合わなかった。手遅れだった。
俺たちが遅れたせいで…!
親方が、ペルニカさんの父親が殺されてしまった!
悔やんでも悔やみきれない。
今俺にできることはこいつを倒すことだけだ!
――そして、俺は背中に差していた武器を抜き放った。
「…じゃあ、あれは、シィド君なの?」
私は力なく、目の前で魔物と戦う背中に目を向ける。
「はいなのですよ。ペルニカさん、ひとまずここから逃げましょう」
…逃げる?何から?あの魔物から、私の父を殺した…あの魔物から?
「――や。絶対に嫌っ!!」
怒りのままに立ち上がるが、力が入らない。
「駄目です!私の【治癒】で傷は塞がってもまだ魔力は回復してないんですよ」
「そうなのですっ!このままじゃ、ペルニカさんが死んでしまうのですよ!」
「…だから何?父を殺したあいつを殺せるなら、私はどうなったって構わない!」
無理やりにでも動こうとする私をヤノンちゃん達が必死に止めようとする。
そこに黒い影がかかる。
顔を上げると、
「こんの、バカちんがぁ!!」
いきなり強烈なビンタを喰らった。
ビンタされる直前、微かに白と黒の何かが見えたような。それともあまりの衝撃で目がチカチカしているからか。
意識がハッキリとしない私に件のビンタを見舞ったであろう人物がグイッと胸倉を掴み、引き寄せる。
「あんた!命を粗末にするなんて、何を考えてるのっ!」
目の前には……メイド?
彼女は先程までの私よりも遥かに激しい怒りを見せ、私の上体を前後に激しく揺さぶる。
それを見て、「あわわっ、や、やめて下さい!」「キャロル殿、落ち着くでござるよ~」などと仲間の方が動揺しているのはなぜだろう?
「いい?あんたが今やろうとしていることはっ、自分のために命を投げ打ってくれた父親に対する最大限の侮辱よ!
あんたの父親はあんたに生きてもらいたかったの!何があろうとも生き抜いてほしかったの!それなのに、そのあんたが命を捨ててどうすんじゃこらあああああ!!」
「う、ぇうおうお、わわっ!」
ぐらぐらする~~!?
「あんたの仇はウチのシィドがちゃんと取るから、しっかり見てなさいっ!」
「……あっ、はい」
説教され終わった時には、もう無謀な復讐をしようなんて気持ちは微塵もなくなっていた。
(なんか自分よりも遥かにテンションのおかしい人を見てたら、落ち着いたというか急激に冷静にさえられた?)
こんな風に分析する余裕まで出てきたのだから間違いないだろう。
(…シィド君、絶対に勝って!)
そんな願いを込めて見つめる先、シィド君が背中に差していた武器に手を伸ばす。
(……あれっ?)
そこで違和感に気付く、あのシルエットはどう見ても自分が打った『灼月』ではない。というか、持ち手部分の形からすると棍棒?
だが、出てきたものは予想だにしないモノだった。
「……何、アレ?」
「「「何って……骨付き肉だけど?」」」
私の見間違いじゃなかったんだ。
「っていうか私の作った灼月は!?一体どうしたの?」
「灼月ならここですよ!」
そう言ったのはまたもや知らない子供だった。
ええっと、双子かな?そっくりだし。
で、二人が持ってきたのは……あれ?さっきのナイフ?
「ちょ、ちょっと待って!こ、この、見慣れた装飾……!?」
こ、こんなにちっちゃくなっちゃって…!
「何があったの~!?」
先程までとは違う意味の悲しみの叫びを上げたのだった。