黄金色に輝く空
新年明けましておめでとうございます。
借金総額13万4000Mの男シィドです。鬱だわ。もうだめだわ。何も始まってないけど…。
「……なぁ、アフィ。14万Mってどれぐらいしたら返せる?」
「冒険者なら成功報酬しだいだから詳しいことは言えないけど大体3か月もあれば返せるかな?普通の見習いだとしたらこれはその人の努力やどこに所属するかで変わるけど、大体5か月といったところか。基本的に落ち人には早めの返済ができるようにしているし大体と言ったけどむしろ遅ければってところかな」
なるほど、つまり半年以内にはなんとかなるってことか。よっし、頑張ろう。……明日から。
ダメ人間みたいなことを考えながら明日へ向かって歩き出した。
「やっぱね、いきなり借金生活てないと思うとですよ!!そうでしょ、皆さん!」
ダンッとジョッキをテーブルに置きながら愚痴をこぼす。周りのみんなもそんなもんだと慰めてくれるのが地味に効くぜ!
あの後、今日は特にやることもなくなったということでアフィに連れられてやって来たのは酒場。向こうの世界では呑んだことのなかった酒を飲み嫌なことを忘れようとしているところです。
「あちゃ~悪酔いするタイプだったか」
「町長、大丈夫なんすか?こいつ」
「うん。悪い奴じゃないと思うよ。ただ、いきなり借金生活っていうのはきつかったみたいだけどね」
「だけど、しょうがねえよ。落ち人はこの世界では何も持ってねえんだから」
「そうそう!みんな経験してきてんだから、元気だしなよ兄ちゃん!」
あぁ、酒場のみんなの心が温かい。俺は、俺は…、
「俺は、猛烈に感動しているーー!!」
「この世界に来てよかったーー」
「この世界で生きていくぞーー」
この思いの丈が届くまで叫ぶことしかできないが、届け俺の想い!
「よっ!いいぞ」
「そうだもっと飲め!」
「あまり飲ませるなよ。向こうの世界では未成年だったらしいからまだ酒呑んだことないんだよ」
「なんだそうだったのか?それにしてはいい飲みっぷりだな」
「というより、ヤケ酒だな」
「ちげえねえ!」
ガハハハッ!笑い声が響くことで楽しい気分になる。やはり、人がいるってのはいいことだ。
「さて、じゃあ新入り歓迎のための例のモノを出してくれ」
「了解」
「シィド、今日はお前の歓迎会も兼ねてるんだ。向こうの世界では決してなかった珍しい食い物をお前に食わせてやるぜ!」
「やったー!さっきから酒ばっかでちょっとフラフラしてきてたんだよ~」
「まずはコレ!『エックルの実』」
出されたのは、ひょうたんのようにしたが膨らんだ黄色い木の実だった。
「……結構デカイな。どうやって食うんだ?」
「大体平均50cmってところだからね。ちなみにこれはこう…やって、絞ってやると、中身が、出る!」
まるで牛の乳を搾るように上から下に潰していくと、底の部分が割れ中身が出てくるのでそれをコップに注ぐ。
「どれどれ。うわっ!なんだこれ!?甘っ!甘い卵みたいな味がする」
「そうだよエックルの実は向こうの世界でいうところの卵そのもの。こういう風に向こうの世界では当たり前のモノがこちらでは存在しなかったり、食べないモノだったりするけど結構代わりの品が多いんだよねぇエックルの実の皮は食べれないけど、家畜のエサにはなるよ~」
「よーし、次はこれだ!」
……花?次に出されたのは器に盛られた真っ赤だった。
えっ?これを食えと?嫌がらせか?周りを見渡してもみんなニヤニヤいているだけで誰も助けてくれる雰囲気はない。まあ、毒ではないだろうと思い花弁を一枚千切って口に含んでみる。
「「「 おおおおぉぉ~~!! 」」」
なんだ?なに…か、あ、あれっ?
「……っ!?○×▽◇×××っ!?」
慌ててて近くにあったジョッキに手を伸ばし、中身を一気に呷る。
「か、辛ーーー!!」
ダメだろコレ!?絶対にダメなやつだろ!
「ギャハハハ!引っかかった引っかかった!」
「初めて来たやつにはやっぱりこれをやらねえと始めらねえぜ!」
「まったくだ!」
く、くっそー!やられた!
「なんなんだよ!っていうかコレは一体なんだっ?!」
「……くくくっ、そ、それはねぇ」
「てめえは笑い過ぎだぁ!!」
「ギャー!」
「おう、新入りが暴れだしたぞ!誰かとめろー」
「気にスンナ!やられてんのはフィルだ」
「「「ならいいか」」」
「ちょ、君らねボクは仮にも町長だよ!?少しは気遣おうよ!」
「「「だが断る!?」」」
一斉に断言されむきー!?と酔っ払いどもに突っ込んでいくアフィ。てめえだって同じようなことしてただろうがと憤慨しているとマスターからカクテルを出される。
「まあまあ新入り君。これでも飲んで落ち着きなよ」
「これは…?」
「さっきの『カラシシの花』の花弁を浮かせたちょっと辛口の酒だよ」
カラシシの花は本来料理にほんの少し入れるスパイスとして使う物でそのまま食べる人は滅多にいないそうだ。元の世界でいうところの唐辛子みたいなものか。さらに、花びら一枚でも火を噴くほど辛かったがカラシシの花の実はさらに数十倍辛いらしくとてもじゃないが食べれたものではないと教えてもらった。
(さっきの数十倍かぁ…。ちょっと興味があるな)
「さて、そいじゃあ口直し代わりと言っちゃあなんですが面白いモノをお見せしましょうかね」
マスターが取り出したのは赤に黒の虎模様の大きめの物体だった。
「……それは?」
「これは『アギューチョ』というモノです」
触ってみると、ブヨブヨした奇妙な触感でちょっとベタッとする。これが面白いモノなのか?少し不快感を滲ませながらマスターを見ると、苦笑しながら手元に引き寄せ、様々な大きさに切り分けていく。切り分け終わるとすっと皿が押し出される。得体のしれないモノを口にするのは憚られたが、悪い人には見えないので口に入れてみる。
口の中に広がったのはまるで牛肉のようだった。目を見開き、他のさらに乗っているのを食べてみると今度は鶏肉の味がする。
驚く俺をよそにさらに火を通したり、細切れにしていく。出されたアギューチョを食べ進めると、牛肉や豚肉、鶏肉をはじめ食べたことのない味もあれば、同じ肉の分類でも部位が変わったかのように味や触感が変化していく。
「な、なんなんすか、コレ!」
俺の様子に満足気に頷いたマスターが今度はビンを取り出してその中身を鉄板にひいてからさらに焼いていく。同時に何も施していない状態も出し、俺の反応を窺う。こうなったら俺も箸を止められず二種類を食べ比べていく。
……ビンに入っていた液体を使ったを食べた瞬間、まるで体が浮いているような感覚を覚えた。それほどまでに美味かった。同じモノのはずなのに格段に味が上がっている。
「いかがですか?」
ハッ、あまりの美味さに放心しているしてしまっていた俺をマスターが現実に引き戻す。
「そちらは切り方、焼き加減、使用する調味料。さらには大きさや形でも味や触感が変わって様々な種類のお肉の味がするそうなんですよ。この世界ではお肉を食べることがないので特に落ち人の方々には大人気の食べ物なんですよ」
「それは、わかりますね。元の世界ではなんだかんだと肉を使った料理が多かったですから」
「そうなんですよ。元の世界へ戻れない方々にせめて食事だけでも満足頂けたらと思いましてこちらでは食文化の改革に余念がないんです」
向こうの世界になかった変わった食材が多いのもそれに拍車をかけているらしく、落ち人の生きていた時代ごとにその時代の味が生まれていったらしい。こんなに面白い食材があるのなら先人たちの気持ちもわかるぜ。
「先ほど使っていた油みたいなのもこの世界独自のモノなんですか?」
「はい。こちらはアギューチョの花や実を主に食べるユバチっていう蜂の蜜なんですよ。この蜂の蜜は油に滑らかですが、コレ単体でも食べれる物なんです」
言われてみれば、油にも蜜にも見える。この世界には結構変わった食べ物が多いというよりは存在しないモノの代用品が多いのかもしれない。この世界で肉を食べない理由は、動物に食べれる肉を持つモノが少なく、魔物に至っては素材に使えるような部分以外は落とさないこと、とどめを刺しても小さいので食べられない上に毒がある個体が多いので基本的に食用には不向きなものが多い。
その後もマスターおすすめの食材を堪能していく。まさに驚天動地といったように新世界の扉を開いていくかのような衝撃を受け続けた。
(こんなに、面白食材がわんさかあるのか…!)
一種の興奮状態になりながら俺は無我夢中で食べ進めていった。
周りの喧騒も収まって来て静けさを取り戻し始めた頃、ゴウッという音が響き外から眩い光が差し込んでくる。
「……ま、まさか」
「すげー、行くぞ!酒なんて飲んでる場合じゃねえ!」
酒場が再び騒がしくなり、客が我先にと外へ出ようとする。訳が分からず、流れについていくと夜空に黄金の雲が浮かびその雲が通った軌跡に輝く道筋ができていく。
まるで、天の川のようなその光景はあまりにも美しく、言葉にできない。下手をすると魂すらも持って行かれるような神々しさを感じさせた。それほどまでに美しい。
「……運がいいね」
いつの間にか隣に来て俺と同じように空に魅入っているアフィあの雲は『金雲』というらしく常にこの世界を移動しているのにめったに見ることが出来ない世界一の絶景なのだと教えてくれた。
いつ頃から空にあるのか、どうしてめったに見れないのか多くの謎があり、すべてが未解決な現象。その時俺の胸の内に言い表せないような感情が芽生えていた。
金雲が見えなくなるまで見続け、興奮冷めやらぬ店内に戻った俺はマスターに一番強い酒を注文した。雲を見て芽生えた感情が忘れらず、あの雲のことを考えモヤモヤしていたからだ。アフィなどはどうしたんだと聞いてきたが、今はこの想いを忘れないように強烈な刺激が欲しかった。少ししてジョッキに木の実のようなものが入ったモノとその木の実そのものが目の前に置かれる。
「こちらが、この店――いえ、世界で最も強いお酒です。これは――」
なんか説明し始めたけど、ぶっちゃけさっきから飲んでる酒のせいで頭がボーっとしてきたわ。
ボーっとする頭をシャキッとさせようとマスターの話の間木の実に手を伸ばす。
「――というわけで、アルコール度数の非常に高いこのチェリーボムボムの実を」
ポリポリ
「一度熟成させ、アルコール度数を下げたものをさらに」
ポリポリポリ
「一か月間樽一杯の水に対し、一個の割合で浸すことで」
ポリポリポリポリポリ
「さっきから何なんですか…って、シィドさん!?」
「…んっ?うわっ!シィドそれはそのまま食べちゃまずい!」
ポリポリ……ポリ、変だな。マスターたちが喚いているみたいだけど何も聞こえない。
マスターのうんちくが始まったなと思ったが、ボクは大抵こういう時は聞き流している。だって、マスターの話は長いんだもん。そこで先ほどから若干気になっていたポリポリという音がするので目を向けると、シィドがチェリーボムボムの実をバクバクと食べ進めていた。先ほどの山から考えると、少なくとも10個は食べている計算になる。
「ああ、駄目だ。完全に目が据わっちゃってる」
「…先ほどまで興味深そうに聞いていらしたので実物をお出ししたのですが……逆効果でしたかね?」
「いや、もっと前から酔いが回ってたんだろうね。そこに金雲を見た興奮が重なって集中力が根こそぎ奪われたんだろう」
「ああ、こんなことならアギューチョの時のように先に召し上がっていただくんでした」
後悔の念がマスターを襲われ始めていたので、慰めようとしたのだが逆効果だったようだ。
(…それにしても)
ボクは隣でボーっとしているシィドに目線を向ける。新しくやって来た彼はどことなく面白い雰囲気を放っている。特に何をしたというわけでもないのについて早々バフォモス襲撃から始まり、この町一の変人と名高いキルエが担当。極めつけにこの世界に棲んでいる人でも滅多に見ることが出来ない金雲を目撃した。
これからフィアードを面白くしてくれそうな予感を感じつつ、二人の様子を肴に再びグラスに口を付けた時シィドが勢いよく立ち上がり、その拍子にイスが倒れる音が酒場に響く。
「…シィド?」
「シィドさん、大丈夫ですか!?」
ボクやマスターが声をかけるが、聞こえていないのか先ほどと同じようにボーっとした焦点の合っていない目をしている。
「俺は、この世界で生きていく!この世界が俺の第二の人生だー!!」
突如として始めた宣言に驚きながらも彼を見つめる。
「俺は、冒険者になる!冒険者になってあの雲を追いかける!」
まだまだ宣言は続いていくようだ。
「ジョブも決めた!この世界には俺の世界になかった珍しい食材がわんさかあるんだ!それを食べつくしてやる!俺は料理人になるぞーー!」
握り拳を天に突き上げながらの宣言はどこか清々しさを感じさせるほど純粋なモノだ。…うん、君はこのままであって欲しいな。ボクのように歪んだ目的でこの世界に馴染まないでほしい。
「…そして、そして、いつかあの雲を喰ってやるーーー!!」
(……、え、ええぇぇーー!!)
予想外、予想外過ぎるよ!まさか、金雲を食べようと思うなんて!あの美しい現象を見て食欲がそそられたの!?というか、酒場に入ってから考え込んでたのってそれ!?
あまりの衝撃で言葉も出ないとはこのことだ。先ほどまであんなに心配そうな顔をしていたマスターも信じられないモノを見る目つきで彼を見ている。そりゃそうだよ。あれを見てからそんな感情を抱いた人なんて有史以来初だろうよ!
シィドはシィドで言うだけ言うと満足したように微笑むとフラフラし始め、そのまま倒れてしまった。倒れたシィドは満足そうな表情で頬を緩めながら眠っている。
(やれやれ。しょうがない奴だ)
呆れてもしまったが、それでも彼の感情は本物だろう。純粋な感情でなければこんなに満足した表情を浮かべることなどできやしない。
(これは、贈り物だよ)
横たわる彼の傍にそっとしゃがみ込んで手を取ると、ジョブの欄に『料理人』と書き加えておいた。
ちなみに、チェリーボムボムを直接食べてしまったシィドはこのあと丸々4日間目を覚ますことはなかった。
チェリーボムボムというのは大きさがサクランボのようですが、一つでウォッカよりも強烈なアルコール度数だと考えてください。




