何と言おうとあの人は漢女(おとめ)だ
モニカさんの笑顔に見送られる形で冒険者ギルドを後にし、アフィの待つ建物へ向かう。
「ここで合ってるよな?」
見上げた看板には『るんの雑貨屋』と書かれている。とりあえず入ってみるか。
カランコロンという鐘の音を鳴らしながら店内に入ると、入ってきたのが俺だということに気付いたアフィが「よっ」と手を挙げて挨拶してくるのでとりあえず、
「アーーフィーーッ!!」
駆け寄ってそのままの勢いで殴っておいた。
「ぶへぇっ!!」
吹っ飛んでいくアフィを見て少しは溜飲が下がったのでふんと鼻を鳴らしておく。
「痛いなぁ。何をするんだい?」
「お前、俺に何か言うことがあるんじゃないか?」
「えー別にないよ?」
「ないことはないだろうが!お前、落ち人はひとまず冒険者になるってことを黙ってただろ!」
怒鳴るとああそのこと?みたいな顔でポンと手を叩く。
「…ああ、そのこと?」
「じゃねーよ!!」
「ぶほっ!」
ムカついたのでさっきよりも強めに殴っておいた。
「……で、なんで黙ってたんだよ?」
とりあえずアフィは正座させた状態で話を進めることにした。
「いやぁ~、別にわざと黙っていたわけじゃないんだよ?」
アフィが言うには必ずしも冒険者になる必要はないらしい。冒険者にならない場合はどこかの店で見習いとして働きながら腕を磨き少しずつ借金を返済していく。この場合、借金は徐々に返済する形になるので数年かかる場合もあり、借金生活が長いのが嫌なので基本的に冒険者になるようだ。
まあ、誰しも返済を長く続けたくはないよなあ。
例外的に、あまりに幼い人が来た場合は家などを持たずに誰かが面倒を見る場合もあるそうだ。
「わかってくれたかい?」
「…わかった。なんとなく騙された感があるが、わかった。ただし、もう一発殴らせろ!」
「えぇっ!?なんでぇ~!」
うるさい!なんとなくモニカさんに裏切られたような切ない気分になったんだよ!
いざ殴ろうと構えていたが、
「ごっ!」
「へぶひっ!」
俺たちは二人とも誰かに殴られ壁際まで吹き飛んでしまった。
な、なんだ今の重い一撃は?
殴られた頭を擦りながら周囲を見渡すとまず目に入ってきたのが、顔面を抑えて蹲ってるアフィと。先ほどまで俺たちがいた場所に仁王立ちで立っている巨漢が一人。
「あんたたち、アタシの店で暴れるんじゃないわよ!!」
………えっ!ま、まさか、これは元の世界にも多く存在した……あれか?
「ちょっと聞いてるのっ!まったく、アフィちゃんが新入りさんを紹介したいって言うから待ってたっていうのに、アタシの店を嵐に来たのん?あんまりじゃないのよ!」
確信した。この人はいわゆるそっち系の人だ!この世界にもいたのか。
「ごめんよ、るんさん。何も君に迷惑をかけたいわけじゃないんだ。許しておくれ、美しい顔が台無しだよ」
「やだっ、アフィちゃんったら上手いんだから!もう、そうまで言われて引き下がらなかったら私が嫌な女になっちゃうじゃない」
どこか戦々恐々とした俺と違って慣れているのかアフィは平然と話しかける。というかしなを作るな!怖気がする。
これまで普通にかわいい人たちしか会ってこなかったからこの人の登場は精神汚染が激しい。若干、顔色の悪くなった俺を置いてけぼりにし、二人は話を弾ませる。
「町長としては新入りに贈り物をするのが礼儀と言うもの。そこで、町一番の裁縫師であるあなたに依頼をしたいというわけさ」
「もうっ!お上手なんだから♪そういうことなら任せておいて!腕によりをかけて最高の品を作ってあ・げ・る♪」
おいおい、本当に大丈夫なのか?分厚い胸板を太い腕でドンと叩いた衝撃でちょっと揺れたぞ?というか、この人に何を頼むつもりなんだ。
「おっと、彼を置いてけぼりにしてしまったね。シィド、こちらは町一番の裁縫師であるベルタ・ルンデルハウス。通称『るんさん』だ。こう見えて、信頼できる男だから――」
「ぁん?」
「…し、失敬。信頼できる漢女だから安心してくれ」
うっかり本音を漏らしそうになったアフィはルンデルハウスさんにギロリと睨まれ慌てて訂正する。だが、アフィ本音が若干混じってるような気がするのは気のせいか?
「よ、よろしくお願いします。ルンデルハウスさん」
「もう、ルンデルハウスじゃなくて、るんちゃんって呼んで…んちゅっ!」
ひぃっ!怖い、本当に怖い!
アフィに目で助けを求めるもさっと逸らされた。おい、放置か!放置なのかっ!?
「お、おおお、お願いしま・・・・す?ね、ネエサン」
意を決して精一杯の作り笑顔でなんとかそれだけを伝える。さすがにこの人をちゃん付けなんてしたくない!
「あら、お姉さんだなんて嬉しいわぁ~。アタシあなたみたいなかわいい弟が欲しかったのよ!」
ぎゅ~~っと抱き着かれ、頬ずりされる。
イタイイタイイタイ!この人、見かけ通り力がものっそい強いんですけど、というかヒゲ!ヒゲがじょりじょりして気持ち悪い。鳥肌が立ち、気分も悪くなる。ここで俺は……。
「まあまあ、挨拶はそれぐらいでいいでしょう」
気を失いかけた俺とルンデルハウスさんの間にアフィが割って入って彼、いや彼女から俺を引き剥がす。助かったぜ、アフィ。足元がおぼつかなかったが、なんとか根性で距離を空ける。それでもふらついたが、察したアフィが俺を支えるように隣に移動してくる。
「あらん、残念ねぇ~。まあいいわ。彼に何を上げるかはもう決まったし!早速取り掛かるわねん」
一瞬、残念そうな表情を見せたがすぐさま踵を返し、スキップしながら店の奥へと消えていった。
「……アフィ、なんだったんだ?」
「大変だったね。だけど、あれでも腕は確かだよ。もう君に送る衣装を作り始めている頃さ」
ルンデルハウスさんはジョブが裁縫師であり、派生スキル『ボディタッチ』で相手の身体的特徴を把握することが出来ると教えられた。正確な数値を知るためには密着面積を高める必要があるらしいが、別に握手する程度でもわかるらしい。…ただし、相手が男性の場合は基本は強制的にハグになるそうだ。
「……な、なんて恐ろしい。お前よくもそんな場所に連れて来たな!」
「それでも腕は確かなんだからしょうがないだろ。あと、彼女の前でも彼女がいない場所でも彼女を男だということは言わない方がいい。どこでも聞きつけて制裁を加えに来るというまことしやかな噂がある」
「アフィちゃ~ん、何か言ったかしらぁ~?」
「な、なんでもないよっ!こちらは気にせず作業を続けてくれ!」
男という部分は小声で言ったにも関わらず奥から顔を覗かせるルンデルハウスさんに慌てて言い繕う。
「……ねっ?」
「ああ、わかった。肝に命じる。絶対に言わない」
これで俺はまた一歩フィアードの町に馴染めたような気がする。……哀しい。
「おまたせ~、できたわよ!るんちゃん今季最高傑作クラスの超々々力作!!」
そんなやり取りをしていると出来上がった衣装を持ってルンデルハウスさんが現れた。
「じゃじゃーん!」そんな効果音を言いながら見せてきたのは一見すると普通のシャツ。
「ふっふ~ん。これを普通のシャツを思っているあなた、甘いわよ!これの素材にはバルーンゴートの毛が95%にみずさき鶏の羽毛を混ぜ込んだ防熱対策加工済み!これでちょっと暑い日もこれ一枚で大丈夫って品なんだから!しかも、今ならあなたに合わせて虹色コンプリート!お値段は…たった3万4千M!大奮発よ~!!」
さ、3万越えだと…!隣でアフィが「奮発したね」と興奮気味に話しているが、定価を知らないので安いのかどうかはどうでもいい。ただ、俺の借金がさらに増えたという事実……。頭の上で3万Mという文字が羽を生やして飛んでいる。
……借金の増えたショックを引きずりながら俺は店を後にした。