第一章
ウィル:「君の名前は・・・・・・?」
???:「・・・・・・」
ウィル:「もう一度聞く。君の名前は?」
???:「・・・・・・」
ウィル:「・・・・・・もういい。連れて行け」
兵士:「はっ!」
武装した兵士二人が少年―先日捕らえたばかり―を独房に連れ戻す。
ウィリアム・バルハート少佐は、S.O.F―ソルジャー・オブ・フリーダム―と呼ばれる非政府組織の作戦本部副長を務めている。
ウィル:「まったく。最近のゲリラときたら・・・・・・」
バルハートは深くため息をついた。S.O.F日本支部へ査察へ行った帰りに自分を襲った暗殺者、捕らえはしたもののまだ一四、五歳の少年であったことにバルハート含めその場にいた上級士官は驚きを隠せなかった。
バルハートは若い頃からその卓越した指揮能力を発揮し、数々の紛争を鎮圧し、過激派を摘発してきた。そういった過去から暗殺者に狙われるのはよくあることだった。だが今回の暗殺者は―
???:『失礼するよ』
ウィル:「はっ、開いております」
扉を開けて入ってきたのは、S.O.F総司令官の萩原幸一准将だ。
幸一:「暗殺者は何か吐いたかね?」
ウィル:「いえ、黙秘を続けております」
幸一は流暢な英語を使う。敵わんな、とバルハートは思った。生粋のアメリカ人である自分ですら訛りがでる。だが幸一の使う英語は何処へ行っても通じる物であった。
幸一:「そうか・・・・・・諜報部の方では何か掴めたかな?」
ウィル:「はっ。どうやら・・・・・・捕らわれていた<マキナの子>の一人のようです」
幸一:「・・・・・・それは確かか?」
ウィル:「なんとも言えませんが。当時の研究者であったあなたならわかるのではないかと」
幸一:「なんにせよ、彼に会ってみる必要があるかもしれんな」
ウィル:「はっ。今なら鎮静剤で眠らせてありますので」
幸一:「そうか。じゃあ一緒に来てくれ、ハルバート少佐」
ウィル:「・・・・・・・・・・・・バルハートです」
二重、三重に閉められた鉄格子を抜け、独房区へと向かう幸一とバルハート。
問題の少年が閉じ込められている独房の前に立つ。前には士官が二人立っていた。
ウィル:「少年は?」
兵士:「はっ。薬物で眠らせています。しばらくは目を覚まさないかと」
幸一:「そうか。少し調べたいことがある。開けてくれ」
兵士:「はっ。しかし・・・・・・」
狼狽する兵士。他方の兵士は何もないように黙々と立ち続けている。
ウィル:「聞こえなかったのか、二等兵」
兵士:「はっ。了解しました」
重厚な扉がごぉぉっと音を立て開かれる。こうした扉は中から開けないように内側には取っ手も鍵穴もついていない。
ゲリラに訓練されたのだろうか。少年は寝息も立てずに眠っていた。
ウィル:「どうですか。何かわかりますか?」
二人は少年の体をくまなく調べる。右腕に妙なしこりがあったが、少年の背中を見たとき、幸一は目を細めた。
幸一:「ふん。どうやら間違いないようだな」
背中に小さくではあるが、シリアルナンバーが”焼いてある”のを確認した。
ウィル:「それは・・・・・・」
幸一:「うむ。<マキナの子>計画なのだが・・・・・・当時六体の試験管ベビーを作っていたのだよ。000から005まで。002から004は日本支部が管理している私立中学校に通わせている」
ウィル:「本人達はその事を・・・・・・」
幸一:「はっはっは。知るわけがないだろう」
当然だ。もし自分の親だと思っていた人物が実の両親ではなく、自分の正体が一つの遺伝子によって作られた存在だと知ったらどうなるか。おそらく混乱する。自我がしっかりしていればそれだけに終わるだろうが、最悪の場合人格が崩壊するかもしれない。それだけはなんとしても避けなければならなかった。
ウィル:「と、いうと?」
幸一:「ふむ。それはだな―」
ウィル:「じゅ、准将!」
余所見をしていた時に目を覚ましたのだろう、少年が幸一に襲い掛かった。
幸一:「は、放せ!」
ウィル:「き、貴様ァ!」
腰に携えていたスタンガンを取り出す。それを少年の脇腹に当てスパークさせると、三秒ほどで少年は沈黙した。
ウィル:「大丈夫ですか、准将殿!?」
幸一:「あ、ああ。なんとかな。ふぅ―」
ウィル:「全く。何をしていた、二等兵!こんなのを拘束したとは言わんぞ!」
兵士:「も、申し訳ありません!」
ウィル:「もう三重ほど頑丈に固定しろ!」
兵士:「了解しました!」
ウィル:「いますぐ始めたまえ!・・・・・・准将殿、とりあえずこの場を離れましょう。長居は無用です」
少年の拘束にとりかかる兵士達。それを尻目に幸一とバルハートは司令官室へと引き返していった。
その時は誰も気付いていなかった。少年の右手に怪しく光る針があったことに。